特集 骨粗鬆症と運動−リハに生かす臨床知識

特集にあたって

 小児の四肢変形の矯正から始まったリハビリテーション(以下リハ)医療は戦傷や交通事故,産業災害に起因する障害の回復,さらに脳血管障害,虚血性心疾患,慢性閉塞性肺疾患,がんの終末期に対する取り組み・生活の質向上へと時代に伴う疾病構造の変遷に対応してきた.そして,高齢者の年齢・割合の増した21世紀においては要支援者・要介護者の大きな原因疾患である運動器の加齢疾患に対してリハ医療の活用が求められている.
 高齢者運動器疾患のなかでも骨粗鬆症は骨折を介して要介護高齢者の原因疾患の3位を占めるほど重要で,90歳以上の要介護高齢者では脳卒中の1.5倍もの多くが骨折・転倒を原因として要介護状態になっている.人口の高齢化とともに身体機能の低下の原因として際立つ骨粗鬆症・骨折に対して,運動療法という手法を有するリハ医療がどのようにかかわればよいかを理解するために『骨粗鬆症と運動−リハに生かす臨床知識』の特集を組んだ.
 林は脳卒中患者に生じやすい大腿骨頸部骨折の原因を動物の廃用状態と骨内血流の関係から調べ,麻痺が易骨折性を惹起する機構を明らかにした.一方,有効な薬物療法にも運動負荷が必要で,運動療法で脊椎椎体骨折を防ぐことが健康長寿につながることを述べた.大島先生は日本人宇宙飛行士が宇宙に長期間滞在することと関連して,微小重力下での人体は体液シフトや体内リズムの障害にも悩まされるが,最も影響の大きいのは骨代謝であると述べられている.廃用に伴う骨萎縮,腎結石形成を人工重力や薬剤の力で治していくことになるが,これらは高齢者の骨粗鬆症治療への応用にも発展する可能性が大きい.
 骨コラーゲンの架橋について研究してこられた斎藤先生は骨コラーゲンには善玉と悪玉があり,運動負荷により善玉コラーゲンを増やすことが骨質の向上につながり骨折しにくい骨になると自身で行われた多くの実験結果をエビデンスとして述べられている.日本で最も多くの骨折の臨床像と実態を把握し,研究してこられた萩野先生からは骨粗鬆症に伴う脊椎椎体骨折や大腿骨頸部骨折が高齢者の生活の質や調整生存年にどのように影響するかを述べていただいた.一方,骨折予防をリハの視点で研究してこられた小池先生は骨折予防の救世主と考えられる転倒予防体操・ヒッププロテクター装着はいずれも転倒防止や衝撃力緩和に有効であるが,骨折を防ぎえたかについてはまだまだ高いエビデンスを求めなければならないと述べておられる.
 本特集の5つの論文を通じて,リハ医療がもはや骨折後の早期治療や機能回復といった後追いの医療にのみに関心を寄せるのではなく,対象疾患の素材である骨質・骨代謝から転倒防止,生活の質向上といった全生活機能・人間像までをも捉えて高齢者の健康長寿の伸展に寄与していく時期に来ていることを伝えたい.

 (林 泰史/東京都リハビリテーション病院・編集委員会)

 

オーバービュー:運動負荷と骨代謝
   
林 泰史
Key Words 骨粗鬆症 骨密度 大腿骨頸部骨折 運動負荷
   
内容のポイントQ&A
Q1 リハビリテーションの視点からみた骨粗鬆症の概観は?
  骨粗鬆症は加齢や低カルシウム食摂取,女性ホルモン分泌量低下などによって徐々に骨内のカルシウム量が減少することによって生じる静かな臓器の静かな疾患であり,原因疾患にかかわりなく機能障害・能力障害・ハンデキャップに対応するリハ医療とは距離があるようにも思える.しかし,高齢者では加齢とともに転倒・骨折に基づく身体機能の低下による要介護状態の人の数が増え,これをリハの手法で抑制できることが判明してきた.その鍵となるのが運動負荷により骨代謝に影響を与えることと,運動や装具により転倒・転倒による衝撃を緩和することである.
Q2 廃用による骨萎縮の実態は?
  ラットに卵巣摘出,低カルシウム食投与,尾吊り上げといった3重負荷をかけたところ,大腿骨の血流が低下し,同時に骨内カルシウム量,破断強度も低下していたが,血流低下の局在を調べたところ大腿骨近位部に最も血流低下が著しかった.このことから,脳卒中に罹患した患者が大腿骨頸部骨折を生じやすいのは廃用により大腿骨近位部に著しい骨萎縮をきたすためであることがわかった.脳卒中後の骨萎縮は麻痺の程度が強いほど,日常の活動性が低いほど高度になっていくことが判明し,患側のみならず健側にも骨萎縮の生じる実態が判明した.
Q3 運動負荷の骨代謝に及ぼす機構は?
  運動により骨芽細胞は骨形成を促進するが,骨芽細胞を働かす機構として皮質骨1 mm2あたり2.6万個も存在し,骨内の細胞の90%以上を占める骨細胞が重要な鍵を握っている.骨細胞は1,000〜5,000 m2の表面積をもち,1.0〜1.5 lの組織液を有する骨細管内で静かにしているが,骨に運動負荷が加わり骨細管内の組織液が動くと,骨細胞が反応して骨形成のシグナルを出す.骨が0.1%撓むほどの運動負荷が骨形成には必要であるとの研究結果があるが,臨床的には骨の脆弱性に応じた軽い運動負荷でも骨量増加は図られている.
Q4 運動負荷による骨量増加は?
  運動負荷による骨量増加が最も顕著に現れる年代は中学生時代を中心とした成長期であり,この時期の運動の骨量増加効果は高校生や大学生時代のそれに比べて優れている.また,最近発売されているビスフォスフォネート剤やラロキシフェン塩酸など強力な破骨細胞機能抑制剤を投与すると骨吸収により出現するはずのカップリング因子が働かなくなるので骨芽細胞は骨形成を始めない.そこで,これら強力な骨吸収抑制剤投与に合わせて運動負荷をかけるかカルシウム剤・ビタミンD剤を併用して骨形成を促すことが必要となる.最近の研究で,生命予後を最も悪くする骨折形は大腿骨頸部骨折ではなく脊椎椎体骨折であることがわかってきたが,この骨折を防ぐために大腰筋を鍛えれば腰椎の骨密度が増加することがわかってきたので活用したい.

重力と骨代謝
   
大島 博
Key Words 微小重力 宇宙飛行 懸垂免荷 骨代謝
   
内容のポイントQ&A
Q1 微小重力が身体に及ぼす影響は?
  1〜2週間の宇宙飛行では,宇宙酔いや体液シフトが問題となる.一方,長期宇宙滞在では,骨量減少や宇宙放射線による影響,体内リズム変調や,パフォーマンス低下が顕在化し,予防対策が重要となる.
Q2 懸垂免荷歩行での骨代謝は?
  宇宙飛行やベッドレスト研究と同様に下肢懸垂免荷歩行でも骨量は減少する.健常な被験者の24日間の下肢懸垂免荷歩行では,脛骨骨端部骨密度は1.1%減少した.外傷後の下肢懸垂免荷歩行では,免荷1カ月後の骨密度は大腿骨の頸部で4.9%,転子部で3.5%減少した.外傷後骨萎縮は,免荷による荷重減少のみならず,骨折部周囲の循環障害や炎症などが関係する.
Q3 宇宙飛行の骨代謝への影響は?
  宇宙の微小重力環境では,骨への荷重負荷の減少,骨吸収の亢進,骨形成の低下が起こり,骨量減少や尿路結石のリスクが高まる.腰椎や大腿骨の骨密度は1.0〜1.5%/月減少する.長期宇宙滞在飛行士の大腿骨近位部骨強度は,片脚起立時で2.6%/月,転倒時で2.0% /月低下する.
Q4 骨粗鬆症を惹起せずに無事宇宙飛行を終える方法は?
  軌道上では毎日約2時間,週6日間の運動を計画するが,骨量減少や尿路結石のリスクは予防できない.NASAとJAXAは共同研究として薬剤による骨量減少と尿路結石予防に関する研究を開始した.月面基地建設や有人火星探査に向けて,人工重力の研究推進が期待される.

骨強度にかかわる骨質−運動負荷との関連
   
斎藤 充
Key Words 骨質 力学負荷 重力 コラーゲン 架橋 骨質マーカー
   
内容のポイントQ&A
Q1 骨密度に加えて骨質が骨強度・骨折にどの程度関与するのか?
  骨強度の約70%は骨密度に,残りの約30%は骨質に依存している.
Q2 どのような機構が骨強度に関与するのか?
  骨質は,骨の単位体積当たり50%を占めるコラーゲンの善し悪しに依存している.コラーゲンの強度は隣り合うコラーゲン同士を結びつける共有結合「コラーゲン架橋」が規定している.コラーゲン架橋は善玉架橋と悪玉架橋に分類される.
Q3 日常診療での骨質の評価法は?
  コラーゲンの悪玉架橋の非侵襲的測定法が確立されている.骨粗鬆症では保険適応がないため今後のエビデンスの蓄積が必要である.
Q4 運動負荷が骨強度を増すか?
  生理的な荷重負荷は,悪玉架橋を増やすことなく善玉架橋を最大限誘導し,骨質を高める.一方,非荷重もしくは無重力環境下においては,善玉架橋が低形成となり骨質が低下する.
Q5 薬物療法施行の判断と効果,注意点は?
  低骨密度および独立した骨折リスクとされるアルコール多飲,現在の喫煙,大腿骨頸部骨折を背景に有する症例では,運動療法や薬剤介入を行うべきである.また,生活習慣病(動脈硬化,心血管イベント,脳梗塞,糖尿病,高脂血症)は骨質を低下させ骨折リスクを上昇させることから,これらを併発している症例では,治療介入を行うべきである.骨粗鬆症治療薬の使用に際しては,骨密度,骨代謝マーカーでモニタリングを行い,過度の骨代謝抑制に注意をはらう必要がある.

骨粗鬆症のさまざまな臨床像と生活の質
   
萩野 浩 大對樹
Key Words 骨粗鬆症 生活の質(QOL) 脆弱性骨折 運動療法
   
内容のポイントQ&A
Q1 骨粗鬆症に対する生活の質調査票の種類と特徴,使いかたは?
  健康関連QOLの評価に用いられる尺度は,大別して疾患によらない包括的尺度と,疾患ごとに用いられる疾患特異的尺度とに分けられる.骨粗鬆症に特異的な尺度としてQualeffo,OPAQ,OQLQ,JOQOLがある.
Q2 骨粗鬆症におけるさまざまな臨床症状の生活の質に与える影響は?
  最も頻度が高い椎体骨折では,発症時にほとんどの症例で疼痛を自覚しているにもかかわらず,大半は診断されないで経過している.骨粗鬆症例では椎体骨折数が増加するにしたがって加速的にQOL低下をきたす.
Q3 大腿骨近位部骨折患者の生活の質に与える影響は?
  大腿骨近位部骨折の患者ではADL低下と同時に,社会とのつながりを絶たれることで,QOLが大きく低下する.また,骨折後1年を経てもなお,本骨折例のQOLは骨折前のレベルに比較して有意に低値で,骨折によるQOL損失は骨折治癒後も経年的に膨らむ.
Q4 骨粗鬆症患者に対する運動療法は生活の質を高めるか?
  運動療法は筋力や体幹・四肢柔軟性を改善することによるQOLに対する直接的な効果が確認されているとともに,運動参加による精神面での効果が期待される.閉じこもりの危険性がある高齢者に対して積極的に運動への参加を促し高齢者QOLを維持することが必要である.

リハビリテーションの視点からの骨折予防
   
小池達也
Key Words 骨粗鬆症 転倒 骨折 ヒッププロテクター
   
内容のポイントQ&A
Q1 どのような運動負荷が骨密度増加に有効か?
  ・運動の種類でいえば,持久力を強化するよりは瞬発力を強化するほうが,骨密度増加に有利である.
・小児における運動の効果は間違いなく存在するが,骨粗鬆症を罹患するような年代において,運動が骨密度を増加しうるとの証拠はない.
・骨折予防を最終目的とするならば,運動の効果は骨密度増加でなくてもかまわない.
Q2 転倒予防の手法とそれぞれの効果は?
  ・転倒危険因子を把握し,それを改善することは理にかなっている.
・太極拳は単一の運動種目で転倒を防止できたとの報告はあるが,外傷を防止できたわけではない.
・薬物を用いる方法も考慮されてよいが,効果が十分に証明されているわけではない.
Q3 転倒により大腿骨にかかる衝撃力とその緩和方法は?
  ・立位からの側方転倒により,大腿骨転子部には5,60008,600 Nの荷重力がかかる.
・大腿骨頸部の骨折荷重閾値は若年成人でも7,200 N程度であり,防御動作がなければ,高齢者でなくとも骨折を生じる.
・ヒッププロテクターが転倒時の衝撃を減弱させるのは間違いないが,全員に効果を発揮するとは限らない.
Q4 骨折予防を目標にした包括的な運動プログラムは?
  ・骨折予防を目的にさまざまな運動プログラムが報告されているが,エビデンスレベルは高くない.
・身体能力低下は骨折の危険因子であるが,その危険因子を改善するプログラムが骨折を防止できるとは限らない.