特集 地域におけるリハビリテーションクリニックの活躍

特集にあたって

 医療保険制度の改革に伴い,急性期医療機関における在院日数短縮の流れがますます加速され,リハビリテーションが不十分なまま,急性期から直接,地域に退院するケースが増えている.このようななかで,地域においてしっかりとしたリハビリテーション医療を提供する必要性が高まっており,特に急性期資源と回復期資源の不均衡が著しい大都市圏においては,この傾向が著しい.
 しかしながら,これまでリハビリテーション専門医の活動の場は病院が中心で,地域の第一線で活躍する専門医はまだ限られているのが現状である.地域におけるリハビリテーション医療は,いわゆる「維持期」ということばが表すようなスタティックなものでは決してなく,高度の専門的スキルと豊かで柔軟な発想および対応力が求められる実にダイナミックなものであり,リハビリテーション専門医がその専門性を発揮し,重要な役割を果たし得る余地は潜在的にきわめて大きいと考えられよう.
 このような「地域生活期」におけるリハビリテーション医療のフロントラインに立つリハビリテーションクリニックに焦点を当て,その現状を共有するとともに,将来の展望を拓くことを期待して,本特集は企画された.制度上の問題をはじめとして,決して条件や環境が整っているとは言い難い地域リハビリテーション医療の現場において,試行錯誤を繰り返しながら真摯にリハビリテーション医療に取り組んでおられるフロントランナーたちの貴重な実践報告が集められており,読者に大きな勇気と希望を与える特集になったのではないかと考える.
 執筆者には,1)どのような経緯で地域に飛び込んだのか,2)クリニックのハード・ソフトは,3)診療圏の特徴は,4)診療の概要と特に力を入れている活動は,5)現状の問題点と将来への展望は,の項目に沿って,クリニックの活動の様子をご報告いただいたが,きわめて具体的かつ率直な報告が寄せられ,今後の地域におけるリハビリテーション医療のありかたや方向性を考えるうえで,大いに参考になる内容になったのではないかと思う.大変ご多忙な日常診療の中で,本特集にご協力いただいた執筆者のお一人一人に心から御礼申し上げたい.

 (編集委員会)

 

大都市圏における活動(1) 地域連携を重視した大都市型のリハビリテーション専門クリニック
   
速水 聰 森 英二 里宇 明元
Key Words 医療保険 介護保険 訪問リハビリテーション 通所系サービス 早期退院支援
   
内容のポイントQ&A
Q1 クリニック開設の経緯は?
  平成7年に,入院リハ後,在宅で障害を抱えて暮らしている患者をはじめとして,広く地域を対象にリハを実践するために東京都大田区山王に開設されたリハ専門の無床診療所である.
Q2 クリニックのハード,ソフトは?
  診療科目はリハ科,整形外科,内科である.外来診療と訪問診療を2名のリハ科専門医が行い,往診は24時間体制で適宜対応している.平成20年5月より脳血管疾患等リハビリテーション(I)・運動器疾患リハビリテーション(I)による医療サービスを外来で提供している.
Q3 診療圏の特徴は?
  平成19年11月のクリニック移転後より脳血管疾患の紹介患者が増加傾向にあり,外来患者の約50%を占めている.リハ対象者の年齢構成の中心は60080代であるが,小児(障害児を含む)から90代の高齢者まで幅広く分布している.
Q4 診療の概要と特に力を入れている活動は?
  身体機能の改善がまだ見込めるか,あるいは長期的な身体機能の維持,ADLの維持・向上のレベルに達しているかの判断をリハ科専門医が総合的に評価している.その評価に基づき,外来もしくは訪問のリハ,あるいは介護保険による通所系サービスのいずれかを勧めており,医療・介護連携のスムーズな移行にチームで対応している.
Q5 現状の課題と将来への展望は?
  大都市圏では,いわゆる地域完結型の医療リハシステムのみならず,小規模・多機能・高機動性のリハ専門の診療所が,地域リハに大きく貢献できる可能性を秘めている.クリニックでは現在,健康増進,疾病予防の観点に基づく運動や栄養指導を中心とした予防的アプローチの将来性にも期待している.

大都市圏における活動(2) 中途障害者・高齢者の主体性の再構築
   
長谷川 幹
Key Words 主体性 自主グループ 通所リハビリテーション 中途障害者 高齢者
   
内容のポイントQ&A
Q1 クリニック開設の経緯は?
  障害者,家族とじっくりお付き合いするため,1998年標榜科目はリハビリテーション科単科でクリニックを開設した.
Q2 クリニックのハード,ソフトは?
  現在は,ハードは医師の診察室,通所リハ室,訪問リハ(療法)室,居宅介護支援事業所,事務で,ソフトは常勤が医師1名,看護師1名,理学療法士6名,作業療法士3名,介護職3名,ケアマネジャー2名,事務3.5名と非常勤の医師が4名である.
Q3 診療圏の特徴は?(疾患の割合,年齢構成など)
  当院は世田谷区のほぼ全域で訪問診療し,平均年齢は71.6歳である.疾患別では,脳損傷者が半数近くを占め,ついで骨関節疾患,難病, 不活動(「廃用性」)の順に多い.
Q4 診療の概要と特に力を入れている活動は?
  筆者の日常業務は外来と訪問である.外来は,時間をかけて障害者を診察,助言するため1日10人以下で,初診では40〜50分が普通である.その際,さまざまな障害の評価と予後予測,中途障害の複雑な心理への対応,家族の支援方法,介助方法の助言・実践,日常生活上できることを拡大していくこと,生活習慣病の防止や自主トレーニングを助言して,できるだけ本人が決めて実践できる方向を模索している.
Q5 現状の課題と将来への展望は?
  「障害や高齢であってもできた」という体験により主体性の再構築を図り,「自らの生活を責任をもってコーディネートする」意味で自立することが,障害者の尊厳を守ることにつながる.地域で働く療法士の数の拡大と,「主体性」の評価,有効なプログラム,理学・作業・言語療法などの方法論の確立などが課題であり,これらが解決すれば,地域住民の不安が増大せず,障害・高齢であっても「何とかやっていける」という考えに変わるだろう.

地方都市における活動(1) これがリハビリ屯田兵の生きる道
   
近藤 健
Key Words リハビリテーション 有床診療所 在宅医療 介護保険 地方都市
   
内容のポイントQ&A
Q1 クリニック開設の経緯は?
  1985年,筆者が39歳のとき専門のリハ医療を活かして,自分に合った生きかたで生きようと決意し無床診療所を開業した.また,外来診療だけでは,経営が成り立たないと考え,診療報酬の高い在宅医療を並行して始めた.開業2年後に介護保険が始まり,その後も医療・介護保険の制度がめまぐるしく変更した.度重なる制度変更に対応して5年後に有床診療所を開設し,入院,在宅医療,在宅介護に必要と思われるサービスを自前で提供できるように多様な事業を展開してきた.
Q2 経営状況は?
  医療保険と介護保険がほぼ半分ずつの収入となっている.有床診療所の入院リハは1年中休まず実施しているが,診療報酬点数は低く,入院だけでは経営が厳しく,退院後の医療,介護サービスを総合的・有機的に提供するビジネスモデルにして経営を安定化させている.
Q3 診療圏の特徴は?
  当院は栃木県大田原市周辺の人口約20万人,半径30キロ程度の,市街部と農村地,山間部で構成されている地域を診療圏としており,有床診療所を中心として,入院リハ,在宅医療,多様な介護保険サービスを医療,介護の境目と切れ目のない看取りまでの医療・リハ・介護サービスを統合して提供している.
Q4 入院患者のリハの現状は?
  2008年6月1日〜11月30日の間に当院にリハ目的に入院した患者73人の平均入院日数は49日,FIMは入院時66.8,退院時80.1であり,利得13.3,利得率は0.27であり,回復期リハ病棟と比較しても劣らない結果であった.
Q5 現状の課題と将来の展望は?
  2007年1月の医療法改正に伴い,有床診療所の新規開設は原則不可能となった.リハ医は住民生活の近くに接し,生活に密着してさらに活躍すべきである.小回りがよく地域に密着したリハを展開する有床診療所は,高齢化の進む日本に有用であり,保険点数の引き上げと,気概と経営手腕のあるリハ医のために新規開設できる制度に変更を期待する.

地方都市における活動(2) 地域でリハビリテーションを実践すること
   
関谷博之
Key Words 地域リハビリテーション クリニックの運営 在宅診療 訪問リハビリテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 クリニック開設の経緯は?
  1998年3月にビル診でスタート,2003年1月に現在地に移転.
Q2 クリニックのハード・ソフトは?
  診療科目:リハ科・整形外科・リウマチ科.診療科目の第一標榜をリハ科としているクリニックは極めて稀であろう.脳血管疾患リハ施設基準 II,運動器リハ施設基準 I.DEXA,UDS,エコー,VFは実施可能.セラピスト数は2009年1月現在で理学療法士 8(うち非常勤1),作業療法士3(0),言語聴覚士1(1).
往診の頻度:在宅訪問診療を含めて約20件/日.
在宅:在宅訪問診療を行っているケースの大部分が訪問リハを行い,約75%は中枢神経疾患(訪問総数 N=116/156,50例が脳血管疾患,次いで脳性麻痺21例,脊髄(頸髄)損傷15例など).
デイケア実施:2003年9月から2004年9月まで通所リハ実施,現在休止中.
経営面での評価:保険(介護保険を含む)・福祉制度の変更が頻繁であり,職員の入退職とあいまって経営上の不安定要因となっている.
Q3 診療圏の特徴は?
  大阪府の東部に位置し人口約27万の八尾市を中心として大阪府の中央部をほぼカバーする地域である.地域内の高齢化率は20%前後.
Q4 診療の概要と特に力を入れている活動は?
  業務内容の大部分がリハであり,リハ対象者に占める中枢神経疾患の比重が大きい.特に頸髄損傷者と脳性麻痺者に対するリハサービスの比重が大きいことがユニークな点である.また外来リハに疾患別リハ規定の導入後,自閉症スペクトラムの障害児の担当数が増加傾向にあり,さらに筋萎縮性側索硬化症,ハンチントン舞踏病,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症等の希少症例のリハ担当を行うという貴重な経験を得た.また,介護保険関連のリハサービス件数は緩やかな増加傾向となっている.
Q5 現状の課題と将来への展望は?
  今後の課題と問題点として,(1)非専門医によるリハ施設の運営をどうとらえるか,(2)ケアマネジャーの資質,(3)診療報酬制度とリハ,(4)クリニック固有の問題点がある.
固有の問題点・課題である,クリニックの運営と教育・臨床研究の両立,臨床研究テーマの選択,地域内での連携体制の強化の実現を通じて,より充実したリハサービスを提供していきたいと考える.

特殊疾患(難病等)に対する活動 神経内科およびリハビリテーションクリニックとしての活動
   
加勢田美恵子 早乙女郁子
Key Words 通所リハビリテーション 訪問リハビリテーション 在宅訪問診療 神経難病
   
内容のポイントQ&A
Q1 クリニック開設の経緯は?
  地域住民の健康管理と在宅訪問診療と,障害をもつ患者へのリハビリテーションを提供すべく,東京都文京区内に2001年4月にかせだクリニック,さらに2006年4月に駒込かせだクリニックを開設した.
Q2 クリニックのハード,ソフトは?
  内科,神経内科,リハビリテーション科を標榜し,通院困難な患者に対しては在宅訪問診療を実施している.施設基準の問題から,医療算定による理学療法あるいは言語療法を行う施設を分けている.介護保険による通所リハ,訪問リハも提供している.
Q3 診療圏の特徴は?
  高齢患者が多い傾向にあり,脳血管障害後遺症20.6%,認知症8.3%,パーキンソン関連疾患6.6%,その他生活習慣病や感冒などが多い.在宅訪問診療では,脳血管障害後遺症,認知症とともに,筋萎縮性側索硬化症(ALS),多系統萎縮症(MSA),多発性硬化症などの神経難病の患者も含まれる.
Q4 診療の概要と特に力を入れている活動は?
  地域住民の健康管理を目的とした外来診療,通院が困難となった患者に対しては在宅訪問診療を行い,地域におけるかかりつけ医機能を担っている.訪問診療では2名の常勤医と1名の非常勤医が携帯電話により24時間体制で対応している.各クリニックの施設機能に応じて,通所あるいは訪問の実施形態でリハビリテーションも行っている.
Q5 現状の課題と将来への展望は?
  地域医療の一環にリハビリテーション体制を組み込むうえで,施策上の制約とリハ供給源の不足の課題があり,その対策が望まれる.