特集 COPDのリハ−もっと効果を上げるためのヒント

特集にあたって

 高い喫煙率や人口の高齢化ともあいまって,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)の罹患率や死亡率が上昇しており,呼吸器機能障害患者のなかでも大きな割合を占めている.WHOの予測では,COPDが2020年の世界の障害者の原因疾患の5位に入るとされている.わが国も例外ではなく,COPDの有病率は8.5%であり,40歳以上の日本の人口にあてはめるとCOPD患者は530万人にのぼるとされている.
 このような状況の下,COPDのリハに関する知見が相次いで報告され,COPDのリハはCOPDに対する有効な治療として非薬物療法の最初に行うべきものとして位置づけられている.Celliの言葉を借りれば,この10年間はCOPDのリハが「根拠のない虚無主義(unjustified nihilism)からエビデンスに基づいた楽天主義(evidence-based optimism)へ」と大きく転換した画期的な10年であったといえる.さらにわが国では2006年4月から呼吸リハが保険適用となり,その普及に拍車がかかっている.しかし,COPDのリハを始めてみたが期待したほど効果が上がらないという声も耳にする.すなわち,COPDのリハには誤解しやすい点があり,うまく行うには,ちょっとしたコツが必要であることも事実である.
 そこで,本特集号では,COPDのリハ効果を最大限に引き出すためのヒントをたくさんとりあげた.執筆者は,この領域でトップランナーとしてご活躍されている先生方であり,極めて充実した内容にしていただいた.すなわち,里宇先生からは,COPDのリハ総論,上月先生からは運動療法,桂先生からは薬物療法,宮本先生からは酸素療法,野村先生からは栄養療法,千住先生からは地域連携,松島先生からは呼吸器感染対策でのポイントに関して,最近の進歩についてわかりやすく解説していただくとともに,初心者が間違いやすい点や,効果を上げるためのとっておきのヒントをあげていただいた.
 本特集は,従来のリハ医学・リハ診療の教科書を読んだだけではよくわからないポイントを明らかにしており,これからCOPDのリハを開始しようというリハ医およびコメディカルの日常臨床の現場での手引書として,また,すでに行っている方々の技術や考えかたの再点検やブラッシュアップの役割も果たせるように構成されている.本特集を契機に,わが国に質・量ともに優れたCOPDのリハが大きく普及することを期待する.

 (編集委員会)

 

オーバービュー
   
里宇明元
Key Words COPD 呼吸リハビリテーション ガイドライン ADL 抵抗運動

運動療法でのポイント
   
上月正博
Key Words COPD エビデンス 中止基準
   
内容のポイントQ&A
Q1 適応と禁忌は?
  運動療法は呼吸リハビリテーション(以下リハ)の中核となる構成要素である.運動療法の適応は,息切れのある慢性呼吸器疾患で病状が安定している場合である.一方,年齢制限や肺機能の数値には基準を定めない.すなわち,コントロール不良の循環器疾患,急性炎症,重度の精神疾患など,よほどのことがなければ禁忌とはならない.高齢だから,肺機能の低下が著しいから,高炭酸ガス血症の状態にあるから,というだけで,運動療法の導入をあきらめることのないようにすることが肝心である.
Q2 中止基準は?
  胸痛,動悸,疲労,めまいなどの自覚症状や,SpO2が90%以下,あるいは年齢別最大心拍数が85%になったら運動を中止する必要がある.しかし,呼吸困難感に関しては修正Borgスケールで7(とても強い)〜9(非常に強いの少し前)が中止基準である.すなわち,心不全などの合併症がない限り,息切れが少しぐらい出てきても,他の自覚症状の出現やSpO2の低下(90%未満)がなければ,運動療法を中止しなくてもよい.
Q3 リハビリテーションの内容は?
  COPDのリハのエビデンスは,心臓リハや脳卒中リハのエビデンスにもはや遜色ないレベルにまで高まった.特に下肢を中心とした運動療法が強く推奨されている.一方,吸気筋訓練をCOPDのリハの必須の構成要素としてルーチンに行うことを支持するエビデンスはない.呼吸リハの効果を十分にもたらすためには,週5回,4週程度行う必要性がある.リハの効果を維持するためには,患者自身あるいは患者と家族が自立・継続して行えるリハメニューにする必要がある.
Q4 症例にみる運動療法介入のポイントは?
  呼吸リハにより,肺機能は不変にもかかわらず,運動機能が著明に改善して移植待機患者リストからはずれるようになった自験例を紹介する.運動のためのコンデショニングから開始し,徐々に下肢を中心とした全身持久力・筋力トレーニングに移行していくことが重要である.

薬物療法でのポイント
   
桂 秀樹
Key Words 段階的治療 長時間作用型気管支拡張薬 吸入ステロイド薬 吸入指導
   
内容のポイントQ&A
Q1 COPDのステージごとの薬物治療のポイントは?
  %1秒量(%FEV1)により軽症,中等症,重症,最重症の4つのステージに分類し,段階的な治療を行う.薬物療法では気管支拡張薬が管理の中心であり,長時間作用型のものを用いる.COPDの気道炎症はステロイド抵抗性であり,気管支喘息とは異なり吸入ステロイドは第1選択とはならない.しかし,重症例では急性増悪の頻度を低下させ,QOLを改善することが示され,重症(ステージ3)以上の症例で,増悪を反復する症例が適応となる.気管支拡張薬を併用することは1つの気管支拡張薬の用量を増加させることに比べ,効果を増し,副作用のリスクを軽減させるため,効果に乏しい場合は段階的に治療をstep-upする.
Q2 呼吸リハビリテーションを行う際に気管支拡張薬の投与を忘れていないか?
  気管支拡張薬と運動療法の併用により相乗効果があることが報告されている.また,運動療法を行う際にはあらかじめ呼吸困難を改善しておくことが重要であり,呼吸リハビリテーションを実施する際には最大限の薬物療法をあらかじめ行っておくことが原則である.COPDの治療において用いられる気管支拡張薬には長時間作用型b2交感神経刺激薬,長時間作用型抗コリン薬,テオフィリン製剤がある.1秒量,QOL,運動耐容能の改善効果は長時間作用型抗コリン薬で高く,現時点では第1選択と考えられている.
Q3 正しい吸入療法の指導は?
  吸入薬による薬剤投与は,薬剤が直接局所に到達する,薬剤の即効性が得られる,薬剤の効果を高める,全身投与に比べ副作用が少ない,などの利点があり,COPDに対する薬物療法の中心は吸入薬である.一方で,吸入薬は正しく吸入できているかで効果に大きな差が出てしまうという欠点がある.特に高齢者では吸入薬の誤使用が多いことが指摘されており,また,吸入薬のデバイスも多様化しておりその使用方法について具体的な指導を行うことが重要である.

酸素療法でのポイント
   
宮本顕二
Key Words 在宅酸素療法 酸素濃縮器 液体酸素 呼吸不全 パルスオキシメータ
   
内容のポイントQ&A
Q1 COPDの対応方法は?
  安静時,体動時にかかわらず室内空気下のPaO2が60 Torr以下,あるいはSpO2が90%以下のときは原則として酸素吸入を開始する.ただし,在宅酸素療法はPaO2 55 Torr以下が絶対適応,60 Torr以下が相対適応であり,異なるので注意する.息切れのみをもって酸素吸入を開始してはならない.
Q2 運動時の酸素吸入は?
  運動中はPaO2が60 Torr以上を維持できるように酸素吸入を行う.しかし,酸素吸入により,より強い運動ができたとしても,それをもってリハビリテーションの効果が上がるとは限らない.運動中の低酸素血症の評価はパルスオキシメータを使うが,パルスオキシメータのプローブが運動により揺れているときの測定値は信頼できない.プローブを動かさないようにして,かつ,測定値が安定してから読み取る.
Q3 業者側との連携は(旅行,飛行機,ホテルなど,どこまで依頼できるか)?
  多くの酸素供給業者は旅行先での酸素供給も含め患者の支援サービスを行っている.事前に旅行の許可を医師から得て,その後,業者に依頼する.飛行機を利用する場合,飛行中にPaO2が低下するため在宅酸素療法を受けている患者は酸素吸入が必要である.飛行機のなかで酸素吸入を行うには事前に航空会社へ所定書式の診断書を提出する(鉄道・バス・車は不要).
Q4 安全管理は?
  患者が注意すべきこと:火気に対する注意が最も大切である.禁煙は当然であるが,なかには隠れて喫煙する患者が少なくない.喫煙しながら酸素を吸入し,いったん鼻カニュラに火がつくとカニュラは一気に燃え上がる.火災による死亡例も報告されている.酸素を吸入しながら火気を使った料理もしてはいけない.
リハ専門職が注意すべきこと:酸素吸入下の運動負荷検査をする場合,検者が携帯酸素ボンベを専用カートで運びながら歩くが,ボンベの転倒事故に注意する.酸素濃縮器の酸素濃度は92〜93%で,決して100%ではない.最近使われ始めた携帯用酸素濃縮器の酸素濃度は90%以下である.携帯用酸素ボンベに呼吸同調装置を装着して使う場合,同じ酸素流量であっても装置ごと(製造メーカーごと)に供給する酸素量は異なる.また,「同調」から「連続流」にスイッチを切り替えると機種によっては「連続流」は常に2 l/分に固定されるものもある.
Q5 症例にみる酸素療法介入のポイントは?
  在宅酸素療法と肺容量縮小術(LVRS:lung volume reduction surgery)の適応の有無を決める目的で入院したCOPD患者が,術前のリハビリテーションの結果,労作に伴う息切れも改善し,6分間歩行距離も伸び,結局LVRSの適用がなくなった.高度の低酸素血症があっても酸素吸入下に運動療法を行う有用性を提示する.

栄養療法でのポイント
   
野村浩一郎
Key Words 栄養療法 体重減少 BMI FFM グレリン
   
内容のポイントQ&A
Q1 COPD患者の栄養状況は?
  わが国の調査では気腫優位型COPDのうち%標準体重(%ideal body weight:%IBW)が90%未満の体重減少のある患者は約70%,さらに80%未満の中等度以上の栄養障害をもつ患者は約40%と報告されている.現在,わが国におけるCOPD患者数は530万人以上いると推定されている.栄養障害を合併するCOPD患者は,潜在的に多数存在することが予想できる.
Q2 低栄養とリハ効果,生命予後の関係は?
  呼吸リハの中心となる運動療法では,栄養療法を強化することにより体重を増加させながら運動耐容能を向上させることができる.反対に低栄養状態では,リハ効果は低いと考えられている.体重減少は呼吸機能障害の重症度とは独立した予後因子であり,体重減少と死亡率には密接な関連が指摘されている.
Q3 栄養介入研究の現状と注意点は?(炭水化物の問題点,栄養か運動か?)
  栄養療法は栄養障害が進行する前の安定期から介入するべきであり,進行した場合無効となることがある.呼吸商の面で炭水化物の多い食事は二酸化炭素産生を増加させ換気需要を高めるためCOPD患者にとっては不利となる可能性がある.栄養療法と運動療法のどちらを優先させるかは,進行する栄養障害の指標である動的体重減少の有無で判断する.
Q4 新しい治療方法は?
  摂食亢進作用,蛋白同化作用を有するホルモンであるグレリンの臨床応用は,フェーズ2の段階に入っており,今後COPDの栄養障害の改善に効果が期待される.蛋白同化ステロイドと呼吸リハの併用効果に関しては,いまだ一定した見解には至っていない.
Q5 症例にみる栄養療法介入のポイントは?
  増悪期は動的体重減少の有無を必ず確認する.進行する体重減少は,COPD自体の悪化を意味する.目標は進行する体重減少を止めることである.
増悪前の体重まで回復させるには数カ月の期間を要するため,長期的な栄養指導を計画する.
安定期は呼吸リハのよい適応であり,栄養療法の併用により運動療法の効果を高めることができる.運動耐容能の改善,BMI,FFMの改善は病態の安定,予後の改善を期待できる.

地域連携でのポイント
   
千住秀明 北川知佳
Key Words 呼吸リハビリテーション 病診連携 COPD 保健所
   
内容のポイントQ&A
Q1 COPDリハビリテーションの普及状況は?
  呼吸器リハ料は3,695施設が届け出ている.この届出施設数は,呼吸リハを行うには十分な施設数であるが,呼吸器科医などの不足,理学療法士や作業療法士の呼吸リハに対する卒前教育の不足,低い診療報酬などが普及を妨げている.しかし3学会合同呼吸療法認定士など医療関係職種が増加しているので,あとは医師の処方と妥当な診療報酬を待つだけである.
Q2 連携に必要な情報は?
  COPD検診は喫煙習慣の有無と年齢が重要な情報であるため,対象者を限定することが重要である.呼吸器障害者の地域医療システムは,地区の保健所が中心となり,医師会,地域中核病院,呼吸リハ施設,医院やクリニックなどが協力して支えていくことが必要である.
Q3 連携における問題点は?
  病診連携の阻害因子は,地域住民のCOPD啓発の遅れによる問題意識の欠如である.「COPDは予防と治療が可能な病気」であり,重要なことは予防である.そのためには保健所が中心になった予防,治療そしてリハまで,地域完結型のCOPD病診連携システムの構築が不可欠である.
Q4 症例にみる連携事例とそのポイントは?
  COPD患者に呼吸リハを行うことで息切れの症状や運動耐容能の改善,ADLの向上などの効果も得ている.しかしその後の継続ができなければ症状も増悪していき,その効果も維持できない.自己管理下で継続するのにも限界があり,管理下での継続した治療は必須であると思われる.地域でそれぞれの施設の役割を明確にした地域連携システムづくりも急務である.

呼吸器感染対策でのポイント
   
松島敏春
Key Words ガイドライン 気道感染症 抗菌薬 ワクチン 咳
   
内容のポイントQ&A
Q1 COPDの急性増悪を予防する方法にはどのようなものがあるか?
  ・喫煙者は非喫煙者より,急性増悪をきたす頻度が高い.
・急性増悪の最も多い原因は気道感染症であり,ウイルスによる急性上気道炎,ことにインフルエンザはそれだけでも急性増悪をきたすし,ウイルス感染後に,あるいは,単独で細菌感染を合併し,増悪をきたす.
Q2 COPD患者の気道の細菌感染症に対して,外来ではどのようなタイミングで,どのような抗菌薬を選択することが適正か?
  ・一般的には喀痰が膿性になった時点を細菌感染の合併と考え,抗菌薬の使用を開始する.しかし,高齢者,COPDの進展例,気道感染症の重症例では早期に開始する.
・インフルエンザ菌,緑膿菌,肺炎球菌,モラクセラ・カタラーリスなどが原因菌となることが多い.これらに有効な経口薬はレスピラトリーキノロンである.
Q3 COPD患者の気道感染症による増悪で,鎮咳薬や去痰薬はどのような場合に必要か?
  ・咳は去痰のためにあるので,痰の多い患者の咳を止めることには慎重であらねばならない.
・COPD患者の多量の痰は気流障害をきたして呼吸困難を増悪し,咳を頻発させて体力を消耗させる.
Q4 急性増悪で消炎鎮痛薬を必要とするのはどのような場合か?
  ・咳による肋骨骨折,胸部外傷,腹部術後などで咳が抑制され,去痰不十分となり,急性増悪をきたすことがある.
・気道感染症で体温上昇をきたし,発熱が患者に不利益をもたらすことがある.