特集 リハ患者の認知症マネジメント

特集にあたって

 従来より,認知症やうつ病はリハビリテーション(以下リハ)の大きな阻害因子と位置づけられている.脳卒中や大腿骨頸部骨折術後など,十分なリハを必要とする疾患でも認知症やうつ病があるとリハの適応すら減じてしまうことが多い.とくに認知症の存在はリハのアウトカムを低下させる因子として多くの報告がなされ,認知症自体がリハの世界から嫌われてきた経緯がある.しかし高齢社会を迎え,脳卒中をはじめ多くのリハ対象疾患に認知症が並存するのが当たり前になり,リハスタッフにも認知症のマネジメントが求められるようになってきている現実がある.朝田 隆先生の「オーバービュー」ではこのような社会背景を含めて概観していただいた.
 認知症といった場合,通常はアルツハイマー病とその類縁疾患を思い浮かべる.すなわち,進行性の記憶障害を中核とした疾患である.運動ニューロン疾患などの進行性の神経変性疾患と同様,リハを行っても徐々に機能は低下する運命にある.しかし,運動ニューロン疾患のような例でもそのときどきで最大の能力を引き出すことが求められ,リハ介入は有効に機能する.たとえば廃用に起因する筋力や拘縮の改善,環境調節によるADLの拡大などである.四肢の問題ではないが認知症においても同じような姿勢でリハ介入をすべきではないか,また能力低下の側面では大いに改善できるのではないかと思う.少なくとも,認知症医療ガイドラインに掲げられるような基本的な内容は知っていなければならない.以上の観点で鷲見幸彦先生の「診断と薬物療法」,山口 潔先生の「心理療法:非薬物療法としてのケア」,下村辰雄先生の「記憶・言語障害へのケア」をご覧いただきたい.
 一方,認知症ケアで常に問題になるのが周辺症状としての昼夜逆転,不穏,徘徊などの問題行動である.脳卒中や大腿骨頸部骨折術後などに,リハの大きな阻害因子となる.本来,回復期リハ施設で集中的なリハを行って,歩行・ADLの自立を目指すべき身体能力をもっていても,こういった問題行動はしばしば回復期施設への入院受け入れを困難にし,十分なリハが行われることなく療養施設への入所を余儀なくされる.また問題行動が緩和されない限り,家族による在宅ケアも困難となる.まさに本特集のタイトルに掲げた「リハ患者の認知症マネジメント」である.こういった観点で田中尚文先生には「行動心理学的症候と対応のポイント」を具体的に示していただいた.
 最後に強調したいのがうつである.うつ症状は認知症と誤認されやすい病態である一方,しばしば脳卒中後に出現する.当然のことながら,うつには薬物療法を含めたが体系的な治療法があり,その意味でうつの診断,認知症との鑑別は必須である.先崎 章先生には「高齢者のうつと認知症」について,精神科とリハ科の両方に精通した立場で記していただいた.読者にはリハにおける認知症を再認識していただければ幸いである.

 (編集委員会)

 

オーバービュー:認知症マネジメントに必要な知識
   
朝田 隆
Key Words 認知症 アルツハイマー病 精神症状 行動異常 非薬物療法

認知症の診断と薬物療法
   
鷲見幸彦
Key Words 認知症 薬物療法 画像診断 神経心理学検査
   
内容のポイントQ&A
Q1 アルツハイマー病(AD)と血管性認知症(VaD)の鑑別は? アルツハイマー病類縁疾患は?
  AD VaDの鑑別も重要だがAD患者が脳血管障害を合併する可能性を常に念頭におく必要がある.認知症と鑑別が必要な病態はせん妄,うつである.
Q2 脳画像の見方と鑑別診断は?
  形態画像と機能画像を活用する.鑑別診断の重要な武器だがあくまで補助診断であることを忘れてはならない.
Q3 神経心理学的検査とその活用法は?
  患者の病態を把握するために重要な手技である.検者,被検者ともに負担の大きい検査なので,適切な検査の選択が必要である.
Q4 薬物療法の効果と副作用は?
  現在使用できる薬剤は限られている.認知症患者の特性を考え慎重な投与が必要である.

認知症の心理療法:非薬物療法としてのケア
   
山口 潔
Key Words 非薬物療法 回想法 バリデーション リアリティー・オリエンテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 回想法とは?その適応は?
  回想法とは,患者の過去の回想に,スタッフが共感的受容的姿勢をもって意図的に働きかける心理療法である.個人回想法やグループ回想法がある.回想法は,認知症に広く適応となるが,重度の認知症,妄想や誤認が多い方,心的外傷のある方には適していない.
Q2 バリデーションとは?その適応は?
  バリデーションとは,認知症患者の混乱した行動の裏には必ず理由があると考え,認知症患者の「虚構の世界」や「心的現実」を否定せず受容することを原則とする一連のコミュニケーション技法である.バリデーションは認知症に広く適応となるが,精神疾患の病歴のある方,ごく軽度の認知症や重度の認知症には適していない.
Q3 リアリティー・オリエンテーションとは?その適応は?
  リアリティー・オリエンテーション(現実見当識訓練)とは,日付,季節,居場所など現実の情報を伝えて見当識を高める認知リハビリテーションの一種である.軽度の認知症には適しているが,中等度〜重度の認知症ではむしろ混乱を増悪させるリスクがある.
Q4 その他の非薬物療法とその位置づけは?
  特定の活動に固執するのではなく,個々の患者が楽しめるものを選択するようにする.セラピストの技量も問われる.さまざまな療法を生活のなかに統合するようにする.

認知症の記憶・言語障害へのケア
   
下村辰雄
Key Words エピソード記憶 メモリーエイド 意味記憶 失語 廃用症候群
   
内容のポイントQ&A
Q1 記憶障害の特徴とその対応は?
  アルツハイマー病では特にエピソード記憶の障害が顕著である.記憶障害に対しての訂正や説得は無効なので,とにかくいったん受けとめることが最低限必要である.
Q2 メモリーエイドの活用法は?
  メモリーエイドは外的代償法の一つで,メモやカレンダーなどの外的記憶補助手段の使用によって,記憶に関連した生活障害の緩和を目指す取り組みである.メモリーエイドの使用には自ら記憶の問題を自覚し,メモリーエイドに情報が記録されていることや,いつどのように使用するかを憶え続けていられるなどの条件がある.
Q3 認知症に伴う失語の評価と対応は?
  アルツハイマー病の言語症状のプロフィールは超皮質性感覚失語に類似し,後期にはWernicke失語あるいは全失語に近づく.言語は継続的に流暢で,文法的に正しく,構音は良好で,重度になるにつれて,理解障害が進行し,内容が失われる.一般的な対応としては,常に同じ言葉で答える,簡単な言葉で伝える,一度に2つ3つのことはいわない,しつこく説明したり,くどくどといわないことなどが大切である.
Q4 廃用症候群における仮性認知症とは?
  廃用症候群では日常生活・社会生活に影響がでるほどの変化が生じるのが特徴である.認知機能・精神機能の低下としては注意力の低下,集中力の低下,興味・関心の低下,発動性低下が生じやすく,長期臥床が強いられるなどの強い廃用症候群が生じた場合には,認知症の診断基準を満たすほどの知的機能障害(仮性認知症)が生ずることもある.

高齢者のうつと認知症
   
先崎 章 稲村 稔 儘田 孝
Key Words 認知症 うつ病 仮性認知症 混合型認知症 発動性低下
   
内容のポイントQ&A
Q1 高齢のリハ患者に発症するうつや認知症の原因としてはどのようなものがあるのか?
  リハ患者に発症するうつ病としては,(1)内因性のうつ,(2)現疾患に直接に起因するうつ,(3)現疾患による機能障害,社会機能の低下への反応として起こったうつ,などがある.また,認知症としては,(i)加齢や疾患の経過による認知症,(ii)脳血管障害を起因とする認知症,(iii)うつや意識障害(せん妄など)による可逆性の認知機能低下を認める認知症(仮性認知症),があげられる.しばしばいくつかが複合している.
いずれも発動性の低下,意欲低下を多く認める.(1)〜(3),(i)〜(iii)のそれぞれの場合で対応が異なるので鑑別が必要である.
Q2 高齢者のうつと認知症の鑑別のポイントは?
  うつによる仮性認知症(iii)と認知症(i,ii)との鑑別は外に現れている症状だけでは難しい.抑うつ気分を伴っていなければ認知症による発動性の低下(i,ii)である可能性が高い.しばしば抗うつ剤投与後の週〜月単位の様子によって,結果的にわかる.また,うつ((1)〜(3))とアルツハイマー型認知症(i),脳血管性認知症(ii)の3つが混在していることもしばしばあり,その様相は月〜年単位の経過で明らかとなっていく.
Q3 うつの治療は?
  高齢者が内服しても副作用の少ないSSRIやSNRIが汎用されている現在,大うつ病性障害の治療アルゴリズムに則って薬物治療を行う.もちろん,いかなる場合でも,同時に心理社会的側面への対応が重要である.リハ評価や訓練が過度に負担にならないようにすることが望ましい.身体機能低下が改善し日常生活動作が拡大する過程でうつが軽減する例もよく経験する.本人の状態を個別に把握・検討し,リハの負荷やゴールを達成可能なものに変更,誘導していくことが必要である.

行動心理学的症候と対応のポイント
   
田中尚文 目黒謙一
Key Words 行動心理学的症候 せん妄 睡眠覚醒リズム 徘徊 認知症
   
内容のポイントQ&A
Q1 徘徊のメカニズムは? どう対応すればよいのか?
  アルツハイマー病の場合には,徘徊を生じうる認知障害には記憶障害,見当識障害や判断力低下があり,不安,幻覚や睡眠覚醒障害などは徘徊を増長すると想定される.徘徊に対しては,原因疾患による特徴を考慮し,心理的配慮やケアを個別に工夫する.
Q2 昼夜逆転発症のメカニズムは? 改善する方法は?
  睡眠覚醒リズムは,睡眠と覚醒を制御する神経機構とサーカディアンリズムにより調整されている.睡眠覚醒障害により睡眠が分断されると,夜間の睡眠が十分に確保できずに日中に傾眠を生じる.改善するには,まずせん妄を含めて原因疾患を鑑別し,疾患別に睡眠習慣と睡眠環境を改善するための非薬物的介入,さらに薬物療法へと進める.
Q3 転倒転落事故回避のための対策は?
  環境調整,モニタリング,安全ベルト,外傷予防用具があげられる.センサやカメラによってモニタリングしても転倒転落を未然に防げるわけではないので,頼りすぎは禁物である.身体拘束や行動制限を行う場合には,明確な適応基準のもとに必要最小限にする.