特集 関節リウマチへの新しいチャレンジ−薬物療法の動向と早期リハ

特集にあたって

 「四支動かず,百節皆疼み,身体太だ重きこと,猶鈞石を負へるがごとし・・(中略)・・布を懸けて立たむとすれば,翼折れたる鳥の如く,杖に倚りて歩まむとすれば,跛足の驢に比ふ(万葉集第5巻:沈痾自哀の文)」と山上憶良が嘆いてから1300年が過ぎた.これまで,1899年のドイツ・バイエル社からのアスピリンの発売,1930年頃からの金製剤の使用,1948年のコルチゾンを用いた関節リウマチ(以下RA)治療の研究などエポックメイキングな出来事はあったが,薬剤による副作用死も相次ぎ,RAの治癒は望むべくもなかった.しかし,1988年に全身性免疫疾患であるRAに対してアンカードラッグ(要の薬)である免疫抑制剤・メトトレキサートが認可され,さらには1998年の生物学的製剤の上市により,「RAの進行は薬物治療では抑えることができない」という治療概念が,疾患概念の変化とともに「薬物治療によりRAの寛解導入,あるいは治癒も可能である」という認識へと革命的かつ非連続的に変化(パラダイムシフト)したのである.
 さて,近年のEvidence-based Medicineに基づくRAリハビリテーション(以下リハ)の有効性の検証や診療ガイドラインにおける早期RAに対するリハの推奨などRAリハには追い風が吹いてきている.しかし,リハ診療報酬の標準的算定日数(RAは算定日数の上限除外対象)の設定など昨今のリハ医療全体を取り巻くさまざまな問題もあるが,リハについて医師から話も指導もなく,「医師のリハの効果に対する認識を高めて欲しい」と患者側から望まれている現状では,これまで医療者側はRA患者側のリハに対する期待に十分応えてきたと胸をはっていえる状況ではない.これまでは関節炎のコントロールに難渋し,その間にもRAの病期は進行するので,リハの効果を実感することなく,時間ばかりが過ぎてしまっていたが,パラダイムシフトは薬物治療だけではなくRAリハにもなんらかの革命的な変化をもたらしてくれるはずである.RAリハにはまだまだ解決しなければならない問題が山積しているが,RA患者のADLを維持しQOLを高めるために,積極的な薬物療法の最大限の活用と適切な時期のリハや手術の実施が重要である.
 本特集では,新しい時代を迎えたRA治療においてリハ医がどのように他科からの要請に応えるのか?また,RA患者にどのようなリハを提供していかなければならないのか?を明らかにしたいと思い,早期診断と治療法の進歩,その結果としてのRAリハの新しい展開と可能性について症例報告を交えてまとめていただいた.また,現状ではRA患者全員が必ずしも享受できるわけではない高価な生物学的製剤の経済評価,およびRAリハに特化した経済評価の面から治療と効果の費用負担のバランスについても解説をお願いした.これらが,新しい時代におけるRA治療の柱を支える基礎(アンカー)としてのリハの重要性をRAにかかわる医療関係者が理解し,他科からの要請と患者側からの期待に応えるための手がかりになると信じている.

 (佐浦隆一/大阪医科大学 総合医学講座 リハビリテーション医学教室・編集委員会)

 

オーバービュー
   
三浦靖史 佐浦隆一
Key Words  関節リウマチ パラダイムシフト 治療機会の窓 生物学的製剤 リハビリテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 関節リウマチ(以下RA)リハビリテーションの現状は?
  近年,RAに対するリハの効果についてのシステマティックレビューが発表され,RAリハの重要性が認識されるようになってきている.しかし,これまでのRAリハに関する医療者側の態度を振り返ってみると真摯に向き合ってきたとはいい切れない.また,リウマチ友の会もリハに関して大きな期待を寄せているが,アンケート調査結果などからすると患者側の期待を裏切っているといわれても仕方がない状況である.
Q2 RA治療におけるパラダイムシフトとは?
  RAの治療現場では,非ステロイド性抗炎症薬やステロイドによる短期的な生活の質(QOL)の改善を目指す「Care」を有効に使いながら,十分量の免疫抑制薬の投与や生物学的製剤の導入により関節破壊を防止し,生命予後の改善と長期的なQOLの維持を目的とする「Cure」へ治療の重心を移すというRA治療の「パラダイムシフト」が起こっている.
Q3 早期RAとは?
  一般的には確定診断後203年以内のRAが早期RAと呼称される.早期診断に基づく早期治療の開始により身体機能障害の重度化を防ぐという「治療機会の窓:window of opportunity」のコンセプトに基づく治療を行うために,抗CCP抗体やMRI画像診断を取り入れたRA早期診断基準が検討されている.そして,RAに対する高い有効性を示す生物学的製剤の発症早期からの導入によりRAが寛解へ導入されるだけでなく,軽度の骨びらんなら修復される場合も示されている.
Q4 治癒が目指せる時代におけるRAのリハビリテーションは?
  RAリハは生物学的製剤などで十分にコントロールされた患者の一時的な機能障害に対する回復期リハが中心になるかもしれない.しかし,現時点でもRAリハの効果には明確なエビデンスがあり,RA患者のADLとQOLの維持に極めて重要である.また,生物学的製剤にかかわらず障害が重度なRA患者に対する維持期リハ,在宅医療,介護保険を利用した地域リハの必要性は微塵も低下するものではない.

関節リウマチの早期診断と治療法の進歩
   
石黒直樹
Key Words 関節リウマチ 生物学的製剤 抗リウマチ薬 早期診断
   
内容のポイントQ&A
Q1 早期診断法は確立されたのか?
  早期診断による早期治療開始の必要性が唱えられる現在,確実な関節リウマチ患者を分類するための基準では実地臨床の現場では不十分であることは明らかである.診断の遅れは治療の遅れに繋がるので積極的な診断が必要である.早期診断を心がける必要性から,MRIと診断マーカーとの組み合わせによる診断法が提唱されている.
Q2 メトトレキサートと生物学的製剤がRAの治療ストラテジーを変えたのか?
  生物学的製剤導入後は治療目標として画像的寛解,すなわち完全な骨関節破壊抑制が掲げられることが多い.従来型治療では,薬剤効果の面からも関節破壊抑制を治療目標とすることが困難であった.破壊関節の機能回復が手術以外で望めない以上,破壊される前に破壊抑制効果が確実な治療を始めるべきである.症状改善を目的とした治療から関節構造破壊防止に向けた治療に大きく変化した.この効果には症状の改善,X線的な関節破壊遅延,治療の継続性の3つが含まれている.
Q3 メトトレキサートや生物学的製剤はRAの機能予後を改善するのか?
  EBMとして最も確実な関節破壊抑制効果が示されている薬剤はMTXである.そのMTX治療ですら,進行例では長期の観察においてMTX治療の成否にかかわらず一部の症例を除いて大多数の症例で関節破壊の進行が観察される.MTXと生物学的製剤との併用でも明らかに早期症例(発病後3年以内)では症状改善,関節破壊抑制の点で違いがみられ,早期例に有効例が多い.早期からの確実な治療は大きな症状改善をもたらす可能性がある.
Q4 メトトレキサートや生物学的製剤による副作用とは?
  メトトレキサートの副作用:骨髄抑制,肝・腎機能障害,肺障害(間質性肺炎,肺線維症等から,呼吸不全)等の重篤な副作用が起こることがある.原則4週間ごとに臨床検査を行い,患者の状態を十分観察することが必要である.
生物学的製剤の副作用:免疫抑制により治療効果を発揮する薬剤なので感染症,特に呼吸器感染症(重症肺炎),結核,ニューモティティス肺炎などが問題となる.

早期関節リウマチ患者へのリハの新しい展開と可能性
   
渡部一郎
Key Words 関節リウマチ 運動療法 装具療法 疼痛コントロール
   
内容のポイントQ&A
Q1 RAの治療ストラテジーの変化に伴い,リハ治療の役割,ポジションはどのように変わるか?
  生物学的製剤の導入により,難治性であったRA障害は劇的に改善した.リハ関連専門職が多数養成されており,外来での生活指導,自宅での機能訓練指導,訪問リハ,短期入院など多角的なアプローチが可能である.新薬の効果(特に長期的な効果)は確立されてないため,治療するリウマチ専門医との連携により,病態,合併症,新しい評価についてチーム医療を進める必要がある.
Q2 早期RA患者に対するリハプログラムの実際や効果は?
  早期RA患者は,障害が軽度なためリハのニーズが少なく,リハ治療や指導が後手に回っていた.変形が進んだ後ではリハプログラムの効果が乏しく,早期からの愛護的関節可動域訓練,筋力増強(等尺筋)訓練,持久力(有酸素)訓練,疼痛に対する温熱物理療法が必要である.生活指導,自主訓練指導,または介護保険による訪問・在宅リハが望まれる.
Q3 家事,労働に際しての病気に応じた自助具・装具,テーピングの実際は?
  補装具療法は,障害・変形が進行した後では効果が乏しい.せっかく作製しても使いづらい,合わなくなるなどで使用中断する例も多い.変形のない関節に対する生活指導,変形早期の保護機能目的の装具・テーピングの使用・有用性の指導と,変形してしまった関節の免荷・安静を主体とした補装具療法を頻回の評価と調整を進める必要がある.
Q4 職場復帰のタイミングや労働負担の制限をどうするか?
  生物学的製剤の長期成績はいまだ不明である.医療者・リハ関連専門職は,就労RA患者に最新情報を提供する必要がある.肥満・生活習慣などのリスクを回避するため,疼痛を伴わないレベルでの有酸素運動指導を行う.副作用の感染・肥満・糖尿病・高脂血症・高血圧など生活習慣病や骨粗鬆症など加齢障害に予防的に対応しADLの維持,QOLの向上を目指す必要がある.

生物学的製剤の効果と費用負担のバランス
   
五十嵐 中 津谷喜一郎
Key Words 薬剤経済学 臨床経済学 費用効果分析 QALY(質調整生存年) ICER(増分費用効果比)
   
内容のポイントQ&A
Q1 RAの疾患コストは?
  RAの疾患コストは,実際にお金が動く医療費などの直接コストと,お金が動かない労働損失などの間接コストに大別される.2005年の推計では,直接コストは医療費が1,510億円,交通費や介護費が830億円,合計で2,440億円(1人当たり76万円)となった.間接コストは海外データから4,880億円(1人当たり152万円)と推計した.トータルのRA疾患コストは,年間で7,320億円(1人当たり229万円)となった.
Q2 生物学的製剤の使用は,RAの疾患コストをどのように変えるか?
  生物学的製剤の導入により,薬剤費は必然的に上昇する.しかし人工関節手術の回避による薬剤以外の医療費削減や,早期の仕事復帰による労働損失の削減を通して,コストの上昇はある程度緩和される.ただし,コスト面だけ考えて生物学的製剤の使用の是非を評価するのは誤りで,仮にコストが上昇してもそれに見合った臨床アウトカムの増大があれば,薬剤経済学的にも生物学的製剤の使用は妥当といえる.
Q3 リハビリテーションの経済評価は?
  数は少ないものの,RAに対するリハの経済評価研究がある.カナダの研究では,訓練を受けたPT/OTがリハを行う手法 (PTM)と,通常のリハ手法 (TTM)とを比較し,PTMが費用対効果に優れることを示唆している.この研究をそのまま日本に外挿することは困難だが,データが出そろえば日本でもRAに対するリハの臨床経済評価が可能になる.
Q4 生物学的製剤を効率よく使うためにはどのような患者にどう使うべきか?
  現状では,国内の質の高い長期のデータが限定されており,生物学的製剤の適切な薬剤経済学的評価はやや困難である.したがって「どのような患者にどう使うべきか?」の回答をすぐに出すことは難しい.国内の大規模コホート研究IORRAと連携し,経済的にも生物学的製剤の妥当性を明らかにし,個別化した適正投与のあり方を探索することを目指している.

事例検討(1) 生物学的製剤の効果不十分例に対するアプローチ
   
阿部麻美 石川 肇
Key Words 関節リウマチ 生物学的製剤 リハビリテーションアプローチ ケア 手術療法

事例検討(2) 生物学的製剤使用後長期間経過を観察した3症例
   
花田拓也 水落和也
Key Words 生物学的製剤 関節リウマチ