特集 褥瘡へのアプローチUPDATE−褥瘡対策チームのいま

特集にあたって

 昭和の終わりごろ,大学での1年間の研修を終えた私は地方の総合病院整形外科に派遣された.そこで交代で退職した医師から引き継いだ十数名の患者さんのなかに,モトクロスの事故で受傷した完全頸髄損傷の30代男性がおり,仙骨部には骨に達する大きな褥瘡があった.正確な記憶ではないが,2〜3時間ごとの体位交換が行われ,感染が落ち着き肉芽が形成されるようにと赤外線照射とイソジンシュガーが用いられていた.数カ月経過してから局所回転皮弁による閉鎖術を行い,幸いにも成功した(その病院に形成外科は当時なく,整形外科で行った).院内には褥瘡対策チームはおろか,褥瘡治療に関して相談する相手はまったくなく,整形外科部長のいわれるままに治療方針が立てられていた.自分としては研修医時代に指導医に勧められて買ってあった「ベッドブルック・脊髄損傷のすべて」で脊損の勉強をしていた.今あらためてこのテキストをひも解いて褥瘡に関する記載をみると,体位変換チームが2〜4時間ごとに体位変換指示票に沿って体位交換をする必要性とその手技,褥瘡予防のためのベッド・マットレス・車いす・車いす用クッションの必要性,褥瘡外来の構成と業務,褥瘡の保存的治療と手術治療などが詳細に述べられている.「褥瘡外来」は資格を有する看護師,理学療法士,上級専門医,形成外科医から構成され,外来だけでなく入院へも対応していることから,Bedbrook博士がいたオーストラリアPerthの脊損センターには,このテキストが書かれた1981年の時点で,現在の「褥瘡対策チーム」に相当するシステムが稼動していたことになる.
 それから20年以上が経過し,わが国では褥瘡対策チームが多くの医療機関で活動するようになっている.これには診療報酬に褥瘡対策が組み入れられたことが関係していると思われるが,理由はどうあれ多くの医療スタッフが褥瘡に関する認識を高めるよいきっかけになっており,これは患者さんに対してよい方向にフィードバックされている.現状では必ずしもリハビリテーション部門が褥瘡対策チームの一員になっているとは限らないが,リハビリテーション医や理学療法士・作業療法士・義肢装具士はなんらかの形でかかわりを持つことになる.近年,褥瘡の発生機序,評価法,保存的治療の考えかた,手術治療などに関する進歩はめざましいものがあり,これらの知識を頭のなかで整理しておくことはリハビリテーションにかかわるすべての医療従事者にとって重要であろう.
 本特集では各領域の先生方に,最先端の情報をまとめていただいた.オーバービューとして最新の知識を得た後に,保存的治療・手術的治療を包括的に学び,さらに褥瘡対策チームとリハ部門,NSTとのかかわりを理解すれば,今後の診療に必ず役立つ知識が得られると信じている.

 (芳賀信彦/東京大学医学部附属病院リハビリテーション科・編集委員会)

 

オーバービュー 褥瘡の理解
   
長瀬 敬 真田弘美
Key Words 褥瘡有病率 DESIGN-R deep tissue injury NPUAP分類 褥瘡ハイリスク患者ケア加算
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院内における褥瘡の動向は?
  現在わが国での院内褥瘡有病率はほぼ103%の水準であり,明らかな減少傾向にある.ただし持ち込み褥瘡は必ずしも減少しておらず,その病態も仙骨・大転子部などのクラシカルなものが多い.一方,一般病院や大学病院では糖尿病や血流障害などが介在すると思われるケースが相対的に重要度を増している.
Q2 褥瘡の病態に関する最近の考えかたは?
  (1)阻血性障害,(2)再灌流障害,(3)リンパ系機能障害,(4)細胞・組織の機械的変形の影響が複合的に関与すると考えられ,特に近年(4)についての研究が着目されはじめた.
Q3 褥瘡の分類に関する最近の考えかたは?
  DESIGN分類の各項目に統計的に重み付けを施し,重症度を定量的に反映させた改訂版(DESIGN-R)が日本褥瘡学会より発表された.また最近深部より表層に進行するdeep tissue injuryの病態の存在が非常に注目されており,代表的深達度分類であるNPUAP分類にもこの項目が追加されるなど,褥瘡の理解全般に大きな影響を与えている.
Q4 褥瘡対策チームに関する最近の考えかたは?
  より多職種のチームアプローチが今後ますます必要と思われる.これに関連する全国的な動向として,職種間共通言語としてのDESIGNの意義,フットケアチームとの連携,診療報酬上の「褥瘡ハイリスク患者ケア加算」制度や日本褥瘡学会認定師制度の発足などが注目される.

保存的治療の基本的な考え方と実際
   
立花隆夫
Key Words 褥瘡 保存的治療 治療ガイドライン wound bed preparation moist wound healing
   
内容のポイントQ&A
Q1 保存的治療の適応は?
  高齢者に生じる褥瘡の多くは保存的治療の適応となる.また,その治療においては,創を保護しつつ病期と創の深さを考慮したwound bed preparationとmoist wound healingを心掛けることが大切である.
Q2 スキンケアは?
  創のみならず創周囲や全身のスキンケアは大切であり,特に創周囲の石鹸洗浄は,創部の菌量を減少させ感染予防のみならず創傷治癒の促進に結びつく.そのため,局所に感染徴候を認めても全身症状を伴わない限りは積極的に入浴,シャワー浴を行うよう心掛ける.
Q3 ポケットへの対応は?
  外用薬やドレッシング材による局所治療を行いつつ,その原因の除去に努める.また,原因が除去された後は,そのまま保存的治療を継続するか,ポケット切開や陰圧閉鎖療法を考慮してもよい.
Q4 吸引療法の適応は?
  感染が抑制されている場合には,そのまま保存的治療を継続するか,陰圧閉鎖療法を選択する.なお,若年者などで適応があれば治療期間の短縮を期待して観血的創閉鎖を行ってもよい.
Q5 局所に用いる外用薬の選択は?
  軟膏基剤は種類によってそれぞれ特性が異なり,創に対する保護作用だけでなく,水分の供給を行ったり,逆に水分の吸収を行ったりする.そのため,創の状態を把握したうえで,薬効からだけでなく,どのような特性をもった基剤が適当かを考慮して外用薬を選択することも大切である.
Q6 局所に用いるドレッシング材の選択は?
  ハイドロコロイド,ポリウレタンフィルムは創面を閉鎖することにより湿潤環境を保持する.ハイドロジェルは乾燥した壊死組織を軟化させて自己融解を促進する.また,アルギン酸塩,キチン,ハイドロファイバーR,ハイドロポリマー,ポリウレタンフォームは創面の余分な滲出液を吸収するなどの特徴を考慮して,ドレッシング材を選択する.

手術的治療の適応と実際
   
長谷川宏美 市岡 滋
Key Words 褥瘡 手術 外科的治療 植皮 皮弁
   
内容のポイントQ&A
Q1 手術的治療の適応はどう考えるのか?
  自然に上皮化が望めない皮下組織よりも深い褥瘡やポケットのある褥瘡が手術の対象となる.手術的治療による利点は,治療期間の短縮が得られることであるが,同時に少なからず体に侵襲が加わるという欠点がある.個々の患者で,褥瘡の部位や病態,周囲組織の状態などの局所的状態以外に患者の年齢,合併症,全身状態などの身体的要因,さらに療養環境,家族の理解などの社会的状況も含めたさまざまな条件を検討し,その結果,手術的治療による利点が,欠点を上回るようであれば手術的治療の適応と考える.
Q2 手術的治療にはどのようなものがあり,どう選択するか?
  褥瘡の手術的治療には,創を一期的に縫合閉鎖する縫縮法,皮膚のみを移植する植皮術,皮膚と皮下組織を移植する皮弁形成術がある.再建術式の選択は,局所の状態や手術の目的などによって決定される.また,再発の可能性を考慮して将来の再建を念頭においた術式を選択することが必要である.いずれの再建法を選択するにあたっても,再建手術に先立って,褥瘡表面の壊死組織や不良肉芽組織をすべて切除する外科的デブリードマンを行う.
Q3 術後の注意点は?
  術後は創部に加わる外力(圧力,ズレ力)を徹底して排除する必要がある.縫合部への外力による創離開や血腫,漿液腫に注意するだけでなく,皮弁血流を妨げないように皮弁茎部への除圧も行う.創部の安静を保てれば,可能な限り早期からリハビリテーションを開始することが再発予防に重要である.また,日常生活に即した退院後の生活指導を行う.

褥瘡対策チームとリハ部門との連携
   
芳賀信彦 高橋雅人 山口正貴
Key Words 褥瘡対策チーム 理学療法 姿勢指導 シーティング
   
内容のポイントQ&A
Q1 褥瘡対策チームにリハ部門はどうかかわれるか?
  褥瘡の発生要因となる関節・脊柱の変形・拘縮,悪い臥位・座位姿勢,廃用症候群などの因子に対するアプローチは,リハ部門として通常行われている.褥瘡対策チームにかかわることにより,個々の患者の褥瘡の状態や褥瘡に対して行われている治療法に応じて,アプローチの内容を制限・修正することが可能となる.この他に,褥瘡処置の際の姿勢に関しリハの立場から意見を述べる,リハが褥瘡の治癒経過にどのように影響を与えているかを評価し,その結果をリハ内容にフィードバックする,ということが可能になる.
Q2 姿勢指導のテクニックと根拠は?
  褥瘡対策としての姿勢指導に際しては,体位による褥瘡の好発部位とその根拠を理解しておく必要がある.好発部位は,皮膚と骨の間に筋組織の介在がないか,少なく,高い圧がかかる部位であり,これらの部位に持続的な圧が加わらないような姿勢指導を行う.ベッドアップや側臥位に際しては,ずれ応力が加わらないような姿勢指導も重要である.
Q3 褥瘡予防・対策とシーティングの関係は?
  正しい座位では,両坐骨部に最も高い圧がかかる.褥瘡形成のリスクがある患者では適切なクッションの選択が必要になる.関節変形や脊柱変形がある場合,通常の座面では適切な座位保持や圧の分散が得られないので,モールド型シートを用いることがある.車いすなどのリクライニングでは殿部が前方へ移動し仙骨座りになりやすいため,座位姿勢が不安定な患者ではティルト機構が必要である.

褥瘡対策チームとNSTとの連携
   
児玉佳之 東口高志 伊藤彰博 定本哲郎 村井美代 二村昭彦 柴田賢三1
Key Words 褥瘡対策チーム NST 栄養管理 栄養指導
   
内容のポイントQ&A
Q1 褥瘡対策チームにNSTはどうかかわるか?
  創傷の発生予防や創傷治癒の促進に栄養管理は欠かせない.その意味において基本的に褥瘡管理にNSTは必須である.褥瘡患者に対し,NSTは早期から褥瘡対策チームと連携し,患者に最適な栄養管理法をレコメンドすること,主治医の実施している栄養管理が適正か否かを定期的に評価することが求められる.当然のことながら,褥瘡対策チームとNSTがコラボレーションすることでより効果的な褥瘡予防や褥瘡治療が可能となる.
Q2 褥瘡を有する患者の栄養管理のポイントは?
  できる限り経口・経腸栄養を行い,腸管免疫能の促進を図り,必要とする十分なエネルギーや蛋白質のほか,創傷治癒にかかわるアミノ酸や種々の微量栄養素を投与することである.
Q3 栄養指導のコツは?
  在宅での治療に際しては実際に食事を準備する家人を含めて栄養指導を行うことが大切であり,長期療養型施設でも比較的容易で効果的な栄養管理法を指導・提言することがコツである.