特集 後期高齢者はリハのメインターゲット

特集にあたって

 高齢者,特に後期高齢者の増加が大きな社会的な問題として取り上げられてきている.
 日常,リハビリテーション(以下リハ)診療の現場では,すでに後期高齢者の比率は急速に増加を続けてきて,ここ数年でリハ診療の過半数も超えるものになろう.後期高齢者のリハ対象疾患は,脳卒中だけでなく,大腿骨頸部骨折や脊髄損傷,さらには消化器系の手術後の廃用症候群など多様化してきている.また,心循環系,呼吸器系(誤嚥性肺炎など),腎尿路系疾患,嚥下障害や認知症などのきわめて多彩な合併症も抱えている.重篤なリスク下で,どのようなリハを行えばよいのか,どこにゴールをおけばよいのかなどに毎日悩んでいる先生方が多かろう.さらには重度障害を抱えた高齢者は在宅や施設など受け入れ先もままならない状況にある.医療や福祉の狭間で周りから圧迫される閉塞感のもとに,過酷な労働が強いられているのがリハ医の実態ではなかろうか.
 今回のタイトルの設定は,後期高齢者の問題を受動的に被害者意識で受けるより,リハ医療こそが後期高齢者を救えるのだといった意味で「メインターゲット」と能動的な体制を組むアドバルーンをあげてみた.
 リハ医療の最前線の先生方にお願いして,急性期医療の立場から,また回復期リハの立場から,先生方の診療の実態と高齢者リハの課題や展望を論じてもらった.各地域でどのような状況をかかえているのかをみていただくために,ご多忙な先生方に原稿をお願いした.先生方のご活動と自分たちの診療を対比されて,勇気づけられたり,また同じ仲間意識をもたれる先生も多かろう.
 暗い話の多いなかで年末が近づいている.来年2009年がリハ医療に大きな躍進の年になるよう心から祈念したい.

 (編集委員会)

 

オーバービュー リハ医療に必要な挑戦
   
山田 深
key words 後期高齢者医療制度 介護保険 健康寿命 認知症

急性期病院でのリハストラテジー(1) 大学病院では
   
沖井 明 菅 俊光
key words 介護予防 起居動作 栄養療法 スクリーニング
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院概要,後期高齢者の入院比率は?
  570床の総合病院で2割が後期高齢者である.処方内容は運動器リハ5割強,脳血管障害リハ4割強,呼吸器リハ1割である.高齢者の廃用症候群は自宅退院が4割で,自宅退院群にはADL能力が高い傾向を認めた.
Q2 リハ依頼目的・リハ適応基準(非適応)とリハ介入のポイントは?
  依頼目的は離床支援が主である.非適応例はつくらないようにしているが,疾患の性質上やむをえない場合もある.介入では全身調整を兼ねて主に床上・起居・歩行練習を進める.
Q3 急性期における後期高齢者リハの課題と展望は?
  急性期入院中のADL能力低下を防ぐことが重要であり,早期からの介入が望まれる.ニーズの拡大にあわせて効率よく介入できる仕組みづくりが必要である.

急性期病院でのリハストラテジー(2) 市中病院では
   
寺岡史人
key words 後期高齢者 地域医療 早期リハビリテーション 嚥下障害 介護力低下
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院概要,後期高齢者の入院比率は?
  東信地域の中山間部に位置する,地域医療の最前線を担う.病床数821床で一日平均外来患者数1,800名,平均在院日数16日である.保健予防活動,救命救急,プライマリ・ヘルス・ケアから第三次医療まで行うオールインワンの地域の基幹病院である.
高齢化・過疎化が急速に進んでおり,リハ対象患者の平均年齢は69歳,65〜74歳の患者が19%,後期高齢者は51%を占めている.リハは脳卒中に代表される急性期リハ,40床の回復期リハ病棟での回復期リハ,350名の在宅ケア患者を登録している地域ケア科と連携した維持期のリハを実施している.
Q2 リハ依頼目的・リハ適応基準(非適応)とリハ介入のポイントは?
  対象疾患では脳卒中,廃用症候群,嚥下障害と肺炎,悪性腫瘍が多い.廃用を最小限に防ぐため,早期からのリハ介入が重要である.
脳卒中の場合,リハ医が毎日始業前から活動し,院内で早期介入のルールづくりをすることで入院翌日からのリハが可能となった.アウトカムを落とすことなく,大幅な入院期間の短縮を達成している.嚥下障害は,高齢者になるほど高頻度で深刻な問題となり,リハ科での評価と治療は極めて重要である.倫理的側面への配慮も重要であり,慎重にゴール設定を行う.
Q3 急性期における後期高齢者リハの課題と展望は?
  最大の課題は,地域の高齢化と過疎化による介護力の低下と障害高齢者の受け入れ先の減少である.その悪化速度は圧倒的であり,地域の医療崩壊がこれに拍車をかけている.農村においては,もはや箱物をつくって乗り切れる水準ではなく,医療や介護の分野だけで解決はできない.中央・地域行政による物流・交通・町づくりまで含めた総合的施策が望まれる.
いますぐに取り組むべき課題は,地域を支える医療・介護分野の人材育成である.

症例にみる 回復期病院でのリハアプローチ(1) 東京湾岸リハビリテーション病院
   
大高洋平
key words 回復期リハビリテーション 後期高齢者 合併症
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院概要と後期高齢者の入院比率は?
  平成19年3月1日に開院した160床のリハ専門病院である.急性期病院と通所リハ施設が近隣にあり密な連携がとれること,リハ専門医4名,療法士72名など充実したスタッフ,365日リハ体制,リハ研究環境が整っていることなどが主な特徴である.1年間に当院を退院した全患者481名を分析した結果,患者の年齢は,平均67.5歳,全患者のうち75歳以上の後期高齢者は170名で35.3%であった.疾患としては7割が脳血管障害であり,次いで骨折48名(大腿骨頸部骨折39名),廃用症候群が31名と続いていた.後期高齢者では,脳血管障害の割合が6割に減じ,脳梗塞の占める割合が増大した.また,骨折や廃用症候群が占める割合が増大した.全患者で73%,後期高齢者では65%が在宅復帰していた.
Q2 合併症の割合とその対策は?
  急性期の病院への転院で多い理由は,胃瘻造設のためであり,10件であった.その他としては,肺炎や胆嚢炎など感染が続いた.胃瘻造設目的の転院に関しては,全患者で13件であったが,そのうち後期高齢者が10件(77%)を占めており,後期高齢者に特徴的であった.合併症対策として,当院では入院時に全身のエコー検査を行うなどのスクリーニング対策を強化し,あらかじめ入院中に発生しうる合併症のリスクを判断し対応できるようにしている.また,週1回の定期的なNST(Nutritional Support Team)による回診により,横断的に嚥下障害や栄養管理についての介入を行うことで肺炎や低栄養の問題に対応している.
Q3 回復期リハにおける後期高齢者の課題と展望は?
  後期高齢者では,背景に存在する虚弱性や機能低下もあり在宅復帰が困難なことが多い.また,経口不能例や経管栄養の逆流にともなう頻回の肺炎など従来のリハアプローチだけでは,在宅復帰が困難な症例もあり,後期高齢者のリハニーズを拡大していくうえでは,さらなるスキルの向上がリハ医に必要である.

症例にみる 回復期病院でのリハアプローチ (2)秋田県立リハビリテーション・精神医療センター
   
横山絵里子
key words 後期高齢者 回復期リハビリテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院概要,後期高齢者の入院比率は?
  当院はリハビリテーション科,神経・精神科を有する稼動病床数300床の県立病院であり,リハ科は回復期リハ病棟50床,慢性期回復的リハ病棟50床で構成される.入院リハ患者は回復期以降の脳血管障害が多く,平成19年度のリハ科の平均在院日数は83.5日であった.後期高齢者の比率は回復期病棟では33%,慢性期病棟では42%で年々増加傾向にある. 在宅復帰率は回復期病棟では67%,慢性期病棟では58%で在宅復帰は減少し,施設入所が増加している.
Q2 合併症の割合とその対策は?
  後期高齢者の合併疾患は循環器,消化器疾患が多く,75歳未満より骨関節疾患の比率が高い.高齢者では生理的な老化に疾患が重畳し,臨床経過は個人差が大きく医学的管理も多様である.訓練開始時には予想される合併症のリスクや栄養状態のスクリーニングを行い,経時的な再評価が必要である.
Q3 回復期リハにおける後期高齢者の課題と展望は?
  高齢者を取り巻く社会環境の変化により,現実的には在宅復帰が常に最良の選択だとはいいがたい.重症障害者の場合,受け入れ先の調整には福祉との密な連携が必要である.「療養の場」よりも「療養の質」が問題であり,回復期病院におけるリハの役割は,患者の社会環境を考慮して,より効率的にADL自立に向けた機能訓練と社会的支援をすすめることである.

症例にみる 回復期病院でのリハアプローチ(3) 旭川リハビリテーション病院
   
小山 聡 三好奈津枝 進藤順哉 丸山純一
key words 脳卒中 合併症 後期高齢者 地域リハビリテーション 在宅医療
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院概要,後期高齢者の入院比率は?
  ・当院は稼動病床数266床で,一般病棟86床,回復期病棟60床,療養病棟120床の構成となっている.一般病棟では急性期における内科および整形外科の入院を担っている.
・当院への紹介患者のうち半数以上は脳卒中や整形外科的疾患のリハ目的である.一般病棟の平均在院日数は約14日であり,回復期病棟では約65日である.回復期病棟での自宅復帰率は81%と非常に高い数値となっている.
・回復期病棟における後期高齢者の入院比率は40%前後で年々増加の傾向にある.
・後期高齢者に特有のpost strokeの問題点としては注意力障害や認知症状,うつなどによりQOLを低下させてしまいがちなだけでなく,自宅退院への大きな妨げとなる点にある.
Q2 合併症の割合とその対策は?
  ・回復期病棟に入院患者のうち90%は高血圧症,30%は高脂血症,20%は糖尿病,30%は心房細動を合併している.また,35%の患者は嚥下障害のために常食を摂取できず,27%の患者はカロリー制限が必要である.約8%は不穏のために転倒による危険が予測され,認知症を呈する患者は半数近くに及ぶ.
・認知,注意力障害があってもリハ・看護を含めたチームアプローチが効果的であり,後期高齢者を含めた多くの患者層に対しても有効な方法であると考えている.
Q3 回復期リハにおける後期高齢者の課題と展望は?
  ・高齢化に伴って内科的に多くの合併症をもつ後期高齢者の入院が増えてきている.さらに認知障害の合併が自宅退院を妨げる大きな要因となっている.
・介護者も高齢であることから,在宅の実現には病院スタッフのみならず,家族を含めた患者にかかわるすべての人間との地域・住民全体でチームをつくって遂行しなければならない.

症例にみる 回復期病院でのリハアプローチ(4) 恵寿総合病院
   
川北慎一カ
key words 後期高齢者 ゴール設定 認知症 耐久性 介護サービス
   
内容のポイントQ&A
Q1 病院概要,後期高齢者の入院比率は?
  当院は451床の急性期・総合病院であるが,47床の回復期リハ病棟ももつ.回復期リハ病棟入室患者は年間約240名(脳卒中110名,骨折110名,廃用症候群20名)である.最近5年間で後期高齢者入院比率は病院全体では24.7%が32.1%に,回復期リハ病棟では46.3%が59.1%に増加した.昨年の回復期リハ病棟在院日数は75歳未満の71.5日に対して,75歳以上では59.2日と短かった.また回復期リハ病棟からの自宅退院率は75歳未満では82.6%,75歳以上では78.2%であった.
Q2 合併症の割合とその対策は?
  当院の回復期リハ病棟患者の90%は院内の急性期病棟からの転室患者であり,リハ医が中心の入室判定会議により決定しているので,リハ非適応患者は原則いない.回復期リハ病棟の75歳未満患者の認知症合併率や入院前介護サービス利用率は10%程度であったが,75歳以上では約40%の認知症合併や介護サービス利用が認められた.また心・肺疾患既往が75歳未満の13%に対して75歳以上では28%と高率にみられた.このためリハ開始初期からゴール設定やリハ・介護計画に配慮が必要であった.
Q3 回復期リハにおける後期高齢者の課題と展望は?
  地域特性もあり,後期高齢リハ患者の割合は増加の一方である.後期高齢者であっても,評価にもとづくしっかりしたゴール設定と,そのための個別リハ計画が必要である.脳卒中や下肢骨折等でリハ中の後期高齢者には認知症による尿意コントロール不良や,心・肺疾患などさまざまな合併症による耐久性低下をすでにもっていた人も多かった.またそのために介護保険サービスをすでに利用している比率も高かった.したがって若年者よりも生活範囲を限定したゴール設定や家族の関与,新しい介護サービス利用計画設定がリハ計画のなかで,より重要になると思われた.