特集 症例から学ぶ 新しい痙縮の治療

特集にあたって

 痙縮は脳卒中,脊髄損傷,脳性麻痺患者などのリハビリテーションにおいて,重大な阻害因子のひとつである.痙縮は筋トーヌスの異常(筋緊張の亢進)のひとつで,一般に相動性伸張反射の病的亢進状態と定義され,動的γ運動ニューロンの活動が高まることにより生じると理解されている.痙縮は患者の状態や姿勢に左右され,歩行やADLの妨げとなり,本人だけでなくケアをする家族やスタッフにとっても負担となる.
 痙縮治療には,薬物療法(筋弛緩剤の投与),フェノールやアルコールによるブロック療法,MAB(Muscle Afferent Block)療法が施行されてきた.また,物理療法,痙性抑制手技の運動療法や,痙縮の抑制や拘縮・変形予防のための装具療法も用いられてきた.痙縮・拘縮が認められるときには,症例を選び筋解離術,切腱術,腱延長術などの整形外科的治療も行われてきた.
 最近では,保険適応の問題はあるが,フェノールに替わりボツリヌス毒素によるブロック療法が行われるようになった.また,筋弛緩剤であるバクロフェンを髄腔内に投与すると,著明な痙縮抑制効果が認められることより,注入ポンプの植え込みがようやくわが国でも許可された.一方,末梢神経縮小術や欧米では多数の報告例がある選択的脊髄後根遮断術などの脳外科的手術も,一部の病院で施行されている.また,痙性コントロールを目的に改良された整形外科手術も行われている.これらの手技・手術は,適応患者の選択,施行後のリハビリテーションが極めて重要であり,結果に大きく影響する.
 本特集では,はじめに総論として吉田清和先生にアメリカでの痙縮治療の現状と課題について述べていただいた後,4人の先生方に最新の痙縮治療の適応,方法,評価,リハビリテーション医のかかわりなどについて症例とともに提示していただいた.本特集によってリハビリテーションに携わる者に対して,新しい(これからの)痙縮治療の知識を提供できると考えている.

 (猪飼哲夫/東京女子医科大学リハビリテーション部・編集委員会)

 

オーバービュー:アメリカでの痙縮治療の現状と課題
   
吉田清和
key words ボツリヌス毒素 バクロフェン・ポンプ 多職種チーム 適応

ボツリヌス毒素
   
向井洋平 梶 龍兒
key words ボツリヌス毒素 痙縮 脳卒中 ADL
   
内容のポイントQ&A
Q1 適応疾患は?
  いまのところわが国において保険適応で使用できるボツリヌス毒素製剤はボトックスヌ$のみであり,その適応疾患は痙性斜頸,眼瞼痙攣,半側顔面痙攣に限られる.なお現在脳卒中による痙縮に対してボトックスヌ$の治験が行われており,また2008年2月の厚生労働省小児薬物検討会議で2歳以上の下腿痙縮に伴う尖足への適応がほぼ認められたことから,今後適応が広がると思われる.
Q2 施行のポイントは?
  異常収縮をきたしている筋すべてにボツリヌス毒素を施注する必要はない.また局所的に筋緊張が改善しても,全体のバランスが崩れるとADLが悪化することもある.具体的な治療目標を設定して,必要な場所に必要なだけ注射することが大切である.
Q3 ブロック療法前後の評価のポイントは?
  日常診療で用いるうえでは簡便な評価スケールがよいと思われる.自動的・他動的関節可動域,筋力,特定課題達成に必要とする時間,ADL,本人の満足度などが考えられる.また介護者の負担の程度をみる方法もある.治療前後で動画や写真も記録しておくとよい.
Q4 リハ医のかかわりは?
  ボツリヌス毒素単独での治療効果は限定的であるため,リハビリテーションとの組み合わせが重要である.

痙縮に対する新しい治療−髄腔内バクロフェン投与療法
   
根本明宜 水落和也
key words 痙縮 バクロフェン 髄腔内バクロフェン投与療法 ITB療法
   
内容のポイントQ&A
Q1 適応疾患は?
  「脳脊髄疾患に由来する重度の痙性麻痺(既存治療で効果不十分な場合に限る)」が適応である.リスクを考えて経口薬,局所でのブロック等の他の治療を優先する.小児の適応はポンプ植え込みのための体の大きさ以外は成人と同様であり,脳性麻痺はよい適応である.ただし,痙性両麻痺の一部ではITB療法よりも選択的後根切断術が望ましい.
Q2 バクロフェン髄腔内投与ポンプの植え込み方法は?
  全身麻酔下で背部からカテーテルの刺入と固定を行い,腹部にポンプを植えて,パッサーを用いてカテーテルを導いて接続する.髄液漏,感染症のリスクがある.カテーテルトラブルが頻発するので,慎重な手技が必要である.バクロフェンの投与量は単回投与量を初回の1日量とし,症状をみて24時間以上あけて疾患ごとに定められた限度内で漸増,漸減する.
Q3 施行前後の評価のポイントは?
  ADL,QOLに対する痙縮の影響と利用状況を評価することが重要である.すべての痙縮を治療する必要はない.植え込み前のトライアルの際に痙縮が落ちた状況の評価を行う.投与量の調整はAshworth評点やSpasm評点など痙縮の程度で行うが,Ashworth評点が変わらない範囲での調整もあるので,患者ごとに適切な指標を設定する.
Q4 リハ医のかかわりは?
  リハ医は患者の生活を診ており,適応の判定,容量調整(リフィル)で役割が期待される.リハ医は痙縮がない状態での機能障害を再評価し,リハプログラムを見直す.今後,承認条件の緩和があればトライアルを行って適応判定をすることもリハ医の役割になると思われる.

末梢神経縮小術(SPD)と選択的脊髄後根遮断術(SDR)
   
猪飼哲夫 安達みちる 平 孝臣 佐々木寿之
key words 痙縮 脳性麻痺 末梢神経縮小術 選択的脊髄後根遮断術
   
内容のポイントQ&A
Q1 適応疾患は?
  SPDは一部に限局して認められる痙縮が適応となる.最も多い適応は,脳卒中や脳性麻痺に付随する痙縮による内反尖足に対する脛骨神経の縮小術である.SDRは痙性両麻痺の脳性麻痺患者,2〜8歳が対象で,歩行が可能な症例または四つ這い移動が可能な症例が適応となる.痙性四肢麻痺はITBの対象となることが多く,ジストニア,アテトーゼは非適応である.
Q2 手術のポイントは?
  SDRは骨形成的椎弓切除術で侵入し,顕微鏡下に筋電図所見,筋緊張などにより,切除する神経根,根細糸を決定する.合併症として排尿障害,感覚障害が認められることがあるが,永続的なものはまれである.術後整形外科的治療(手術)が必要となる症例も存在するが,その頻度は整形外科単独群より低くなる.
Q3 施行前後の評価のポイントは?
  痙縮,ROM,筋力を術前後に評価する.機能評価にはGMFMを用いることが多く,ADL評価にはWee FIMまたはPEDIを使用する.術前の評価は手術適応,切除範囲の判断が重要であり,術後の評価で予後予測やリハ計画・家族指導を行う.
Q4 リハ医の役割は?効果は?
  リハ医は,脳外科医,PTとともに患者を診察・評価して,リハ計画を立て進める.術後のリハが極めて重要であり,地元の病院や施設と連繋して継続する.術後のリハにより,痙縮は軽減し,ROM,筋力,移動能力(歩行)は改善することが多く,ADLは向上する.

整形外科的選択的痙性コントロール手術(OSSCS)
   
松尾 隆
key words 脳性麻痺 選択的解離 痙性コントロール 整形外科