特集 ハウツー 心臓リハビリテーションを立ち上げる

特集にあたって

 平成18年度より保険診療では疾患別リハビリテーションの概念が導入され,心大血管リハビリテーションとして,他疾患のリハビリテーションと同列におかれることとなった.本年度の改定においても同様の概念が踏襲され,疾患別リハビリテーションは浸透したと思われる.心大血管リハビリテーションの施設基準における人的要件や施設要件も緩和され,経験のあるリハ科医も専任として認められることとなった.これまで,運動障害のリハビリテーションを行っていた施設も心大血管リハビリテーションの導入を考える時期にきていると思われる.そこで,新たに心大血管リハビリテーションを行うにあたり,施設基準はもとより,どのように実施すべきかについてハード面とソフト面を整備する必要がある.
 心臓リハビリテーションの目指すものは,心疾患の再発予防,予後の延長そしてQOLの向上にあるが,特に予防という概念が重要であることを強調したい.このことはすなわち,心血管病の再発予防のみならず,一次予防としての発症予防にもつながってくる.心臓リハビリテーションの手法や考え方は高血圧,糖尿病,脂質異常症といった生活習慣病やメタボリック症候群の治療に十分通用するのである.むしろ心臓疾患を十分理解してから,これらの疾患に対処することが望まれる.また,心臓疾患のみならず動脈硬化予防という視点から脳血管疾患の一次や二次予防にも大きく貢献することを明記したい.心臓リハビリテーションは広がりのある攻めの医療である.
 本特集では,まず牧田が心臓リハビリテーションの概念と効果について述べ,次に国立循環器病センターの後藤葉一先生に現在のわが国の心臓リハビリテーションの普及状況と阻害因子,そして普及のための方策を述べていただいた.そして,実際に心臓リハビリテーションを実践するうえでのハードやソフトの詳細を榊原記念病院の長山雅俊先生に解説していただいた.最後に,心臓リハビリテーションを立ち上げて軌道に乗っている3施設を選び紹介していただいた.
 これまでの心臓リハビリテーションを特集とした雑誌にはない実践的でユニークな編集になったものと考えている.

 (牧田 茂/埼玉医科大学国際医療センター心臓リハビリテーション科・編集委員会)

 

心臓リハビリテーションの目指すもの,その本質に迫る
   
牧田 茂
key words 包括的心臓リハビリテーション 再発予防 動脈硬化

わが国の心臓リハビリテーションの現状
   
後藤葉一
key words 急性心筋梗塞 心臓リハビリテーション 運動処方 患者教育プログラム冠動脈カテーテルインターベンション
   
内容のポイントQ&A
急性心筋梗塞症(AMI)の在院日数が短縮した結果,入院中の回復期心臓リハ実施が困難になりつつある.全国実態調査の結果,ほとんどの循環器専門医研修施設において緊急PCIなどの侵襲的診療が実施されている一方,患者教育,運動負荷試験に基づく運動処方,および退院後の外来通院型心臓リハの実施率は極めて低率であった.今後わが国において,質の高い外来通院型心臓リハプログラムの普及促進が急務である.
Q1 わが国の心臓リハはどの程度普及しているのか?
  退院後の外来通院型心臓リハを実施している施設は,循環器専門医研修施設でさえ9%に過ぎず,研修関連施設で2%,その他の無作為抽出施設では0%であった.この結果,わが国全体でのAMI患者の退院後の外来心臓リハ参加率は3.8〜7.6%と推計され,極めて低い数値である.
Q2 欧米と比較してわが国の心臓リハビリテーションはどこが違うのか?
  米国ではほとんどの心臓リハが退院後の外来通院型プログラムである.ドイツでは心臓リハ専門病院での滞在型心臓リハが一般的であったが,最近は外来型が増加している.いずれも心臓リハスタッフは,看護師およびスポーツ指導士が中心であり,社会全体における心臓リハの認知度が日本より高く,参加率も高い.
Q3 普及を妨げている要因は何か?
  アンケート回答における主な非実施理由は「スタッフ不足」「設備がない」「施設基準を取得していない」であった.しかし施設基準を満たす条件を備え,スタッフ・設備・スペースに余裕のある大規模病院であっても心臓リハを実施していない施設が多数存在することから,普及を妨げる要因として医療従事者の「心臓リハへの理解不足」「わが国におけるエビデンスの不十分さ」「心臓リハへの経済的インセンティブ不足」がある.
Q4 普及を進めるための方策は?
  必要な方策として,1)心臓リハ実施施設を増やすこと(施設基準緩和,病院幹部・医師への啓発),2)退院後心臓リハ継続率を高めること(患者・家族への啓発,プログラムの利便性向上),3)心臓リハプログラムの質の改善(標準化,個別化),4)心臓リハの社会的認知と普及(社会への啓発,人材育成),があげられる.

心臓リハビリテーションを始めるにあたって
   
長山雅俊
key words 保険制度 施設基準 スタッフ スタッフ教育
   
内容のポイントQ&A
Q1 保険算定を行うにあたっての必要条件(施設Iにおける施設・人的要件)は?
  専用の機能訓練室は,病院では30m<sup>2</sup>以上,診療所では20m<sup>2</sup>以上で,患者1名当たり3m<sup>2</sup>が基本であり,他領域のリハとタイムシェアをすることが認められている.経験を有する専従の常勤理学療法士および専従の常勤看護師が合わせて2名以上が必要だが,いずれか一方は専任の従事者でも差し支えない.平成20年度の診療報酬改定で,医師の要件は,循環器科または心臓血管外科を標榜し,循環器科または心臓血管外科の医師が常時勤務していれば,心臓リハを担当する医師は必ずしも循環器科または心臓血管外科である必要はなくなった.
Q2 心臓リハビリテーションは採算がとれるのか?
  施設Iでは1単位200点で病棟での個別対応で1日18単位が妥当な仕事量となるが,上限は設定されていない.また,安定した患者では集団療法が可能となることより,患者数が確保できれば健全経営は難しくない.
Q3 心血管事故を防ぐためにはどうしたらよいか?
  病態や重症度を中心とした患者の情報共有が最も重要である.また,日々の業務のなかではリハ開始前の問診やバイタルチェック,他のスタッフからの情報など,十分に活用できるように配慮する必要がある.
Q4 スタッフ教育をどのようにしたらよいか?
  多職種が参加するカンファレンスを,患者情報の共有やスタッフのレベルアップのための知識の整理に活用したい.心臓リハビリテーション指導士認定試験に合格することも当座の目標としては妥当といえる.

心臓リハビリテーション施設紹介(1) 包括的な心臓リハビリテーションを目指して:東海大学医学部付属八王子病院
   
二階堂 暁
key words 包括的 MedEx Club 病診連携 地域医療
   
内容のポイントQ&A
Q1 なぜ心臓リハビリテーションを始めたのか?
  急性期病院での心疾患に対する治療は,侵襲的・一時的なものが多く,そのほかの疾患でも入院加療によっていったんは改善するものの,退院後,患者のコンプライアンスによっては病状のコントロールに困難をきたすケースが少なくない.栄養指導・服薬指導・運動療法・臨床心理援助などを包括的に行う心臓リハビリテーションを行うことによって,患者に心臓リハビリテーションの重要性を理解してもらい,自己管理の仕方を提供できることを目標としている.
Q2 開始するにあたっての障害とその克服は?
  心臓リハビリテーションは医師単独で行うことはできない.いかにコメディカルスタッフの協力が得られるかが,より良質の包括的心臓リハビリテーションを患者へ提供できるかどうかの鍵である.
Q3 当施設の心臓リハビリテーションの特徴は何か?
  各曜日ごとに心臓リハビリテーション教室を設け,入院中から退院後まで,各部門のスタッフが介入することで患者指導を行っている.またとうきょう社会保険センター八王子の施設内にて「MedEx Club八王子支部」を開設し,維持期に移行した患者に対し,継続リハビリテーションを行っている.これには医師・看護師なども可能な限り参加するようにしている.
Q4 心臓リハビリテーションを行って何が変わったか?
  生活習慣病などの管理の強化,PCI後の内服薬・副作用のチェックなどがより厳重に行えるようになった.結果,LDLコレステロールやBNP,高感度CRPの低下につながった.
 心臓リハビリテーションを通して病院内の各部門との協力体制が確立した.また積極的にカンファレンス・勉強会を行うことで,それぞれの知識・スキルアップにつながるとともに,各部門の交流・連携が深まった.
Q5 今後の課題は何か?
  環境整備・マンパワーの充実が急務であり,将来的には心疾患の二次予防のみならず一次予防目的としても積極的に心臓リハビリテーションを行い,地域医療向上の一翼を担っていきたい.

心臓リハビリテーション施設紹介(2) やわたメディカルセンターにおける心臓リハビリテーションの立ち上げ
   
勝木達夫 大谷啓輔 酒井有紀
key words 心臓リハビリテーション 運動療法 生活支援 包括的アプローチ 多職種介入
   
内容のポイントQ&A
Q1 なぜ心臓リハビリテーションを始めたのか?
  当院前身がリハビリテーション病院で理解があり,当時県内に本格的な心臓リハ施設が皆無で循環器科の特長を出すうえで自然だった.
Q2 開始するのにあたっての障害とその克服は?
  当初は集中治療室を持たず施設基準が取れなかったが,平成16年の診療報酬改定で取得できた.
Q3 当院の心臓リハビリテーションの特徴は何か?
  (1)1日1時間の集団運動療法による運営の効率化,マンパワーの集約化,(2)病院での急性期,回復期に続き,隣接する健康増進施設で維持期の心臓リハを提供,(3)カテーテルインターベンション施行翌日からの運動療法開始, (4)和温療法の積極的な併用, (5)下肢閉塞性動脈硬化症(PAD)に対するLipoPGE 1併用ヘパリン運動療法の積極的導入,(6)睡眠時無呼吸症候群(SAS)への関与も重視し,啓発を心臓病教室に組み込んだ治療,(7)運動処方はやわた簡易式で処方を開始し,心肺運動負荷試験(CPX)で確認,修正があげられる.
Q4 心臓リハビリテーションを行って何が変わったか?
  徒にカテーテル手術を勧めることなく,まず運動療法を中心に据えた治療を提唱,実施してきた.手術例における再狭窄率,新規病変による再増悪率は低い.
Q5 今後の課題は何か?
  (1)近隣の医療機関との病病連携,病診連携(地域医療連携パス作成),(2)詳細なアウトカム評価,特に高齢者慢性心不全患者のQOLや認知機能,(3)行動変容を目指すよりよい包括的アプローチである.

心臓リハビリテーション施設紹介(3) リハ科専門医を中心とする心臓リハチームの設立:国立病院機構鹿児島医療センター
   
鶴川俊洋 穴本千奈美 末原秀昭 中村一彦
key words リハ科専門医 心大血管リハ 急性期病院 外来心臓リハ 運動機能障害
   
内容のポイントQ&A
Q1 なぜ心臓リハビリテーションを始めたのか?
  当センターは第一・第二循環器科・心臓血管外科と3つの診療科があるがゆえに心臓リハを直接監視する医師確保のシステムづくりに難渋し,心臓リハを実施することができていなかった.この問題を解決するために平成19年4月にリハ科専門医である筆者が赴任し,「リハ科」を新規に独立診療科として設立し,「リハ科」が一括して心臓リハを担うシステムをつくることになった.
Q2 開始するにあたっての障害とその克服は?
  開始当初は包括的心臓リハの依頼は少なかったが,まずは昨年までリハの対象であった心疾患を基礎とする運動機能障害・廃用症候群・ADL介助群のリハ症例に対し確実にリハ効果を上げる努力をした.また7月から導入されたオーダリングシステムによって主治医からのリハ依頼書を簡素化したところ多忙な循環器系医師からのリハ依頼が増加し,包括的心臓リハが軌道に乗り始めた.
Q3 当施設の心臓リハビリテーションの特徴は何か?
  最大の特徴はリハ科専門医がリハ処方を作成し,すべての心臓リハ算定患者のリハ実施には立ち会い,自らも多くのリハを実践する点にある.また開設当初から心臓リハ専従看護師1名をリハ科配属として,情報収集・運動療法・教育指導に積極的に参画している点も特色といえる.
Q4 心臓リハビリテーションを行って何が変わったか?
  急性期の安静度拡大のプログラムにおいて進行基準が明確になったこと,離床後の運動療法が確立したことで患者の体力向上などが目にみえて病棟スタッフに伝わるようになったことが変化としてあげられる.また外来リハも早期に開始し,同一病院で急性期から回復期まで心臓リハが受けられるシステムを確立したことが患者の不安軽減につながった.
Q5 今後の課題は何か?
  リハスタッフの人員配置と職種に応じた対応疾患やリハ内容を適宜見直していくリハ科専門医の戦略づくりが重要である.さらに現在心臓リハ看護師のみで実施している患者教育指導の担当職種の拡大,心肺運動負荷試験装置の新規設置などを課題としてあげておきたい.