特集 胃瘻からの脱却を目指して−嚥下リハの挑戦

特集にあたって

 リハビリテーション(以下リハ)病院(回復期)では,急性期病院で胃瘻をつくられてから送られてくるケースが増加してきているのが最近の実態である.胃瘻患者の増加は,高齢かつ重度の障害者の増加,摂食・嚥下障害や誤嚥性肺炎などの増加に起因していると思われるが,他に回復期病院への期間が発症から2カ月に変更になったことや回復期では胃瘻などの処置・手術が(コストの問題から)できにくい状況などが考えられる.一方では,急性期病院において,胃瘻造設が摂食・嚥下障害に対して画一的に行われているケースが増えているのも大きな原因のひとつであろう.
 回復期病院では胃瘻患者に対して看護ケアが多くなることやリハ治療期間が長引くことなどから,胃瘻患者の入院数を制限している病院も少なくない.一時的な栄養補給のためにつくられた胃瘻から離脱をして食物の経口摂取を行おうという試みも,こういった患者の多くが,反復する誤嚥性肺炎,低栄養状態の再発,摂食嚥下障害や他の合併症からクリアできないなどの原因から,残念ながらなかなか成功しないのが実情ではなかろうか.
 一方では,患者自身やご家族にも胃瘻がとれてからや,経口で食物がとれるようになるまで入院させておいてもらいたいといい退院を渋るケースも少なくない.在宅にあっても胃瘻の管理が十分に可能だと説明しても納得を得られないケースもある.
 今回の特集では,「胃瘻からの脱却を目指して−嚥下リハの挑戦」と題して,関連する諸分野で実績の豊富な諸先生方にご執筆の労をいただいた.呼吸器科,外科,リハ科の権威の先生から問題と課題の提起を行っていただき,学ぶべきことや多くの知見を指摘された.後半に,現場での経験豊かな先生方から,症例を通じて「私はこうしている」という論文をご執筆いただいた.こうすればよいのかといった意味で目をあらわれるポイントを学ぶことができよう.
 いろいろの現場で「胃瘻」で悪戦苦闘される読者諸氏や先生方に,多少のエールを送れたら幸いである.

 (編集委員会)

 

胃瘻のみでは誤嚥性肺炎を防げない
   
寺本信嗣
key words 誤嚥性肺炎 不顕性誤嚥 経鼻胃管 経皮内視鏡的胃瘻造設術 胃食道逆流症(GERD)

外科サイドからみた胃瘻の現状と課題
   
丸山道生
key words 内視鏡的胃瘻造設術 胃瘻栄養 半固形化 地域一体型NST 誤嚥性肺炎
   
内容のポイントQ&A
Q1 胃瘻への考えかたは?
  必要な栄養を自発的に経口摂取できず,4週間以上の生命予後が見込まれる成人および小児が一般的な対象となる.特に認知症や脳梗塞後遺症による嚥下障害患者,神経筋疾患などが対象となる.一時的な経腸栄養のアクセスルートや消化管の減圧ドレナージを目的としたPEGも適応となる.造設の方法には,Pull法,Push法,Introducer法の3種類があり,最近Introducer法の一種のセルジンガー法,ダイレクト法が開発された.
Q2 合併症への対策は?
  重症な合併症の誤嚥性肺炎の予防法には,1)栄養剤の胃から十二指腸への排出を促進,2)注入ポンプの使用,3)経腸栄養剤の工夫(半固形化栄養剤),4)経腸栄養チューブの先端の位置を幽門後におく(PEJ, Jett-PEGなど)などがある.特に寒天をはじめとした半固形化や半固形化栄養剤は在宅を中心に広く使用されている.
Q3 現在の胃瘻の問題点は?
  重要な問題点が2つあり,ひとつは延命処置としてのPRGの倫理的問題である.もうひとつは胃瘻カテーテルの定期的交換に際する誤挿入とそれに続く栄養剤誤注入である.
Q4 胃瘻へのフォローアップはどのように行うか?
  胃瘻のフォローは病院と地域が一体となって観察,対処していくのが望ましい.それには病院のNSTが地域の栄養ケアにかかわる医療関係者と有機的に連携し,協力しあって,地域医療機関が一体となって地域患者の栄養改善,維持に貢献する「地域一体型NST」の構築が理想的である.

リハサイドからみた胃瘻の現状と課題
   
木佐俊郎 景山省次
key words 胃瘻 経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG) 間欠的口腔カテーテル栄養法(IOC) 間欠的経管栄養法(ITF,IC) リハビリテーション
   
内容のポイントQ&A
Q1 胃瘻への考えかたは?
  早々と胃瘻造設して,よくなれば抜けばよいといった安易な考えで行うべきではない.嚥下機能や胃蠕動の促進が期待できるIOCを選択肢において説明すべきである.
Q2 合併症への対策は?
  胃瘻は,摂食・嚥下の不使用による嚥下機能廃絶が進む.口腔ケアと廃用対策が必要である.喀痰・唾液の喀出・嚥下困難や胃液の逆流によるトラブルが進む場合は,気道防御術も念頭におく.
Q3 胃瘻へのフォローアップはどのように行うか?
  胃瘻装置の維持・交換や合併症への対処のみならず,摂食・嚥下機能の向上と退行の双方に応じたリハ的対応の視点を組み込む.

私たちはこうしている (1)臨床栄養管理との併用
   
若林秀隆
key words 摂食・嚥下障害 胃瘻 臨床栄養管理 栄養サポートチーム 地域連携
   
内容のポイントQ&A
Q1 胃瘻造設患者が送られてきたときどうするか?
  なぜ胃瘻が造設されたのか,今も本当に胃瘻が必要なのかなど病歴をよく確認する.次に摂食・嚥下機能評価と栄養アセスメントを行う.外来での評価では不十分な場合,4泊5日の嚥下評価入院パスで対応することがある.
Q2 脱胃瘻はどんな患者に行うのか?
  楽しみ程度でも経口摂取と経管栄養を併用していて,栄養状態が良好な患者に行う.中等度以上の栄養障害を認める場合には,栄養改善を優先する.
Q3 胃瘻脱却の成功のコツは?
  栄養障害を認める場合には,最初に栄養状態を改善する.経口摂取のみで十分な栄養と水分を確保できるまでは,無理に胃瘻脱却を試みない.無理な胃瘻脱却はQOL向上につながらない.
Q4 胃瘻脱却が困難だった患者へのリハの工夫は?
  楽しみ程度でも経口摂取と併用できるのか,経口摂取は全く難しいのかを十分に評価して,併用可能であれば実際に経口摂取を行う.摂食・嚥下機能改善の可能性がある場合には,低頻度でも外来リハフォローを継続する.
Q5 胃瘻脱却に向けた展望と課題は?
  胃瘻造設患者には,栄養障害を認めることが多い.胃瘻脱却の可能性があるにもかかわらず,適切な摂食・嚥下機能評価を受けたことがない在宅や施設の患者は少なくない.個々の患者へのマネジメントと同時に,院内外での嚥下チーム,栄養サポートチーム,地域連携のマネジメントが大切である.

私たちはこうしている (2)急性期病院における現状と取り組み
   
竹中 晋
key words 胃瘻 摂食・嚥下リハビリテーション 急性期病院 地域連携
   
内容のポイントQ&A
Q1 嚥下障害患者が送られてきたときは?
  脳外科・脳卒中科の専門病棟に入院した患者に対しては,主治医が直接リハ処方を行うことで,入院早期より摂食・嚥下リハが開始となる.また,脳外科・脳卒中科以外の入院患者では,各診療科主治医からのリハ科紹介のもとに,摂食・嚥下リハが開始となる.
Q2 摂食・嚥下リハの実施状況は?
  平成19年4月から平成20年3月までの1年間に摂食・嚥下リハを受けた入院患者は876名(脳外科・脳卒中科からの直接処方427名,リハ科医からの処方449名)であった.重症例と軽症例に二極化され,訓練開始時に嚥下障害が重症でも終了時に三食経口摂取可能となる者も多かったが,約4割は経口摂取不可のままであった.
Q3 摂食・嚥下リハを行った胃瘻造設患者の状況は?
  上記876名のうち,胃瘻の確認できた入院患者は20名であった.8名は入院前に胃瘻造設されており,残り12名は入院中に胃瘻を造設された.訓練終了時に三食経口摂取できていたのは1名のみで,重症例にとどまるものが多かった.
Q4 胃瘻脱却困難な患者とその対応は?
  全身状態が不安定な患者,誤嚥性肺炎を繰り返す患者,基礎疾患に進行性疾患を有する患者では,摂食・嚥下リハの介入にもかかわらず,胃瘻や経鼻胃管からの脱却が困難となる場合が多い.基礎疾患の専門的治療のもと全身状態・栄養状態を安定化させ,医学的に安全な範囲内で摂食・嚥下リハを進めることが大切である.
Q5 胃瘻造設患者に対する急性期病院での問題点と取り組みは?
  当院は急性期医療を担っているため,重度嚥下障害を有する胃瘻造設患者は,入院中のみで経口摂取を獲得するのは困難である.院内での多職種による連携,および回復期リハ・在宅医療へと地域連携を図っていくことが重要である.

私たちはこうしている (3)嚥下障害者のQOLに対する胃瘻の問題
   
今村義典 小池正樹 稲福 茜 鈴木知詩
key words 嚥下障害 胃瘻 嚥下訓練 栄養サポートチーム 食の楽しみ
   
内容のポイントQ&A
Q1 胃瘻造設患者が送られてきたときどうするか?
  胃瘻が設置されている原因の初期評価を行うことで,摂食嚥下リハのプランを立て,嚥下リハや胃瘻の脱却を目標に具体的なリハプログラムを設定する.
Q2 脱胃瘻患者はどんな患者に行うのか?
  経口摂食状況により,三食・水分の嚥下が可能な患者は,原則として早期の完全脱却が可能である.一方,水分摂取に問題がある場合は,その量により,完全脱却困難として経口と胃瘻の併用を継続し経過観察が必要である.
Q3 胃瘻脱却の成功のコツは?
  リハ入院が急性・亜急性期化しているので意識・認知・機能は回復過程にあり,積極的に嚥下リハを実施することが,摂食嚥下においても廃用や無駄な経管依存の遷延を防ぐことになる.
Q4 胃瘻脱却が困難だった患者へのリハの工夫は?
  機能・栄養状態を含めて全身調整を重視し,意識・認知の改善,座位保持や姿勢保持などの耐久性機能など改善した変化を見逃さないことである.期間的には長期化することも考えられる.
Q5 胃瘻脱却に向けた展望と課題は?
  経鼻経管栄養やIVHに比べて,胃瘻による栄養管理は安全性からも医療機関以外での管理が容易になった.また,在宅復帰も可能性が増えたとして患者・家族および医療者も納得した感がある.しかし,胃瘻造設は摂食嚥下の一治療過程の面もあり,QOLを考え積極的な嚥下リハの取り組みは障害者に対する重要な課題である.

私たちはこうしている (4)生きるための胃瘻から食べるための胃瘻へ
   
福本 礼 佐藤央一
key words 経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG) 摂食・嚥下障害臨床的重症度分類(DSS)改訂水飲みテスト(MWST)
   
内容のポイントQ&A
Q1 胃瘻造設患者が送られてきたときどうするか?
  全身状態の把握を行い,胃瘻を安全に行える状態であるかどうかの確認を行う.医師・言語聴覚士による摂食・嚥下機能のスクリーニング評価(反復唾液飲みテスト・改訂水飲みテスト・フードテスト),必要があれば,VE/VFを行い,胃瘻造設の可否を判断する.胃瘻造設目的で入院した患者でも,胃瘻が不要で,積極的な摂食・嚥下リハで食事摂取が可能となった場合も多い.
Q2 脱胃瘻はどんな患者に行うのか?
  一度,胃瘻を造設すると腹部の瘢痕,胃壁と腹壁との癒着は残る.抜去後,再造設にならないよう,造設時と同じ慎重な判断を必要とする.脱胃瘻を勧めるのは,3食完全に食事摂取が可能となった,比較的年齢の若い患者であるが,当院の場合,造設時の平均年齢がすでに80歳を超えており,食事がとれるようになっても体調不良時の水分補給目的や,薬の注入目的のみに胃瘻を残す場合が多い.
Q3 胃瘻脱却の成功のコツは?
  毎日少量ずつ摂取量を上げていくこと.誤嚥性肺炎などを併発すると,さらに食事摂取が遠のくため,介助時に決して無理をしない.コツは,焦らず,好きな料理を段階に応じた嚥下食にして,少量から食べてもらうことである.
Q4 胃瘻脱却が困難だった患者へのリハの工夫は?
  胃瘻脱却が困難な時は,病状の悪化・進行が基礎にあることが多い.このような場合のリハとしては,・覚醒に対するアプローチ,・肺炎などの感染を予防するアプローチ,・間接的嚥下アプローチが必要となる.いずれのケースでも,1セラピスト対応よりもジョイント・アプローチが有効である.また,リハスタッフのみのアプローチでは十分対応できないため,病棟スタッフとの密な連携が必要である.
Q5 胃瘻脱却に向けた展望と課題は?
  胃瘻を脱却することが目的ではなく,胃瘻を利用しながら一口でも多く口から食べることが目標である.胃瘻造設前に嚥下訓練の効果がある程度期待できる症例と期待できない症例を予想し,家族に十分説明しておくことが必要である.逆に,短期間で胃瘻が抜去できるような症例は,胃瘻のメリットよりもリスクのほうが大きいと判断し,間欠的経管栄養法を選択している.本人だけでなく,家族からも胃瘻をしてよかったといわれるような胃瘻造設後のリハ・胃瘻管理を行っていくことが大切である.