特集 症例から学ぶ 脊髄小脳変性症のリハビリテーション

特集にあたって

 脊髄小脳変性症は中枢神経変性疾患であり,進行性の疾患である.人口10万人あたりおよそ10人の有病率であり,パーキンソン病と比較して普段診察する機会が限られている可能性は高い.しかし,リハビリテーション(以下リハ)医療の現場においては,脊髄小脳変性症の患者をある一定の期間,あるいは長期にわたり診察を行う機会は決して少なくないのではなかろうか.今回,あらためて脊髄小脳変性症に焦点をあて,最新の情報から在宅での診療におけるポイントおよび各症状の対処方法についてまとめる特集を企画した.
 脊髄小脳変性症では遺伝子解析が発展し,現在の病型分類は遺伝子による分類が主体となり,多くの病型が報告されている.かつて,脊髄小脳変性症の病型の分類として用いていたHolmes型小脳萎縮症やMenzel型小脳萎縮症などの名称はあまり用いられなくなっている.症状としては四肢体幹失調や構音障害などの小脳失調症状が主体であるが,自律神経症状を伴うもの,錐体外路症状を伴うものなどさまざまであり,予後に関しても各病型によって異なる.脊髄小脳変性症に対する治療としては,薬物の開発はなされているが,現時点において根治的な治療法ではない.根治療法の開発は研究段階で進んでいるが,現実的にはおのおのの症状に対して対症的に投薬が行われている状況である.また,治療の試みとして反復経頭蓋磁気刺激を用いた方法が報告されている.これは,現段階では試みの域をでないが,積極的に行ったほうが望ましいという意見がある.患者自身が反復経頭蓋磁気刺激に関する情報を周知しており,磁気刺激を希望され診察に訪れることも多いのではなかろうか.脊髄小脳変性症の治療としては,薬物投与を行いながら,病状の進行とともに比較的長期にわたりリハを行うことが一般的になっている.脊髄小脳変性症などの中枢神経変性疾患では,現在,在宅療養が主体となっていることが多い.脊髄小脳変性症の発症年齢は40〜60歳代に多いといわれる.働き盛りの年代であり,患者個人だけでなく患者家族にとっても在宅の問題は重要である.
 今回の特集では,特に在宅における注意点について実践的な解説を行うこととした.在宅療養を長く続けるためのポイントや自律神経症状を伴った場合の在宅療養での注意点を理解することは重要であり,医療者は疾患特有の危険性を周知していることが望ましい.
 今回,脊髄小脳変性症に関する遺伝子解析の最新の話題から在宅でのリハや臨床現場における実践的な方法を中心に,第一線で活躍されている先生方に解説をお願いした.いずれも,具体的に症例を提示するなど,わかりやすく解説をしてくださっており,臨床現場においてすぐにでも応用ができるものばかりである.読者の方々には日々の臨床においてぜひ活用をしていただきたいと思っている.

 (中馬孝容/滋賀県立リハビリテーションセンター・編集委員会)

 

脊髄小脳変性症の症状の理解
   
曽我一將 石川欽也 水澤英洋
key words 脊髄小脳変性症 遺伝子 症状 予後
   
内容のポイントQ&A
Q1 遺伝子解析の進歩は?
  SCA1遺伝子の発見以降,数々の原因遺伝子が同定されている.遺伝性のものはもちろん孤発性のものについても,分子遺伝学的研究が行われている.今後,発症機序の解明に結びつくものと期待される.
Q2 病型分類は?
  遺伝性,孤発性に分類でき,そのなかでも小脳症状・小脳萎縮のみの純粋小脳失調型,パーキンソン症状や自律神経症状を伴う多系統障害型に分けられる.遺伝性のものは主に常染色体劣性遺伝性と常染色体優性遺伝性に分類でき,地域や発症年齢などにより頻度は異なる.
Q3 脊髄小脳変性症に特有の症状は?
  小脳の障害による運動失調症状(ふらつき歩行,眼振,構音障害,四肢協調運動障害など)が主体であるが,病型によっては障害部位が広範に及ぶことでパーキンソン症状や自律神経障害など種々の症状が加わることがある.
Q4 予後予測は可能か?
  いまだ病態の不明な点が多いが,遺伝子解析の進歩とともに病気の性質や経過の理解が深まることで,患者の多い病型によってはある程度の予後の予測が可能となってきている.

在宅でのリハアプローチ
   
菅田忠夫 菅田葉月 柴田佳澄
key words 運動療法 物理的刺激 自主トレーニング 家屋調査 福祉関連機器 社会福祉制度
   
内容のポイントQ&A
Q1 在宅での運動療法,ADL訓練は?
  運動失調症のような協調運動の障害に対する運動療法としては,フレンケル体操や固有受容覚性神経筋促通法,電気刺激法,重錘負荷,弾性緊縛帯装着法などの物理的な刺激がある.在宅においては,ひとつひとつの動作を患者自身の目で確認すること,運動をゆっくりと正確に行うよう心がけることなどを指導し,安全に行えるような自主トレーニングをプログラム立案する.
Q2 生活指導は? (自分でできることは何か)
  運動機能障害が進行してきても筋力は比較的保たれるため,動作の工夫により自立から軽介助で維持できることがある.自分ではできる,可能であろうという見込み動作により危険な移動・動作をすることがあり,危険な行為の理解や家具の配置などを繰り返し指導することが必要である.
Q3 環境整備は?
  家屋調査を行うことにより,自宅での動線を考慮し,住宅改修や福祉関連機器を選定する.「転ばない指導」と「転んでもよい環境整備」という両面から患者指導および環境整備を考えることが必要である.
Q4 社会福祉制度の活用は?
  脊髄小脳変性症で利用できる制度は,高額医療費の助成,厚生労働省の特定疾患の受給,身体障害者認定,各種年金制度,介護保険などがある.これらを身体状況に合わせて利用することが在宅療養の維持には必須である.また,日本難病・疾病団体協議会や地域の難病連による患者会などへの参加も勧められる.

エキスパートの症例にみるリハアプローチの実際 (1)長期間,在宅療養を維持するための工夫
   
松本昭久
key words 測定異常 協調運動障害 運動学習 廃用障害 クリニカルパス
   
内容のポイントQ&A
Q1 小脳障害の概要は?
  小脳障害では,運動開始の遅延,測定異常,協調運動障害が前景症状となる.
Q2 小脳障害へのアプローチは?
  小脳障害へのリハビリテーションを進める際,小脳系での運動学習・運動療法に必要な知識を理解したうえで,リハビリテーション医療のアプローチを展開するのがよい.リハビリテーション医療では,感覚入力の増強を利用したリハビリテーション,運動出力の制御,小脳の運動学習を利用した反復訓練が主体となる.
Q3 リハビリテーションでの治療経過は?
  個々の症例の重症度に適した在宅療養のためのリハビリテーションプログラムを,病状の変化に合わせて作成していくことが必要になる.
Q4 リハビリテーションでできること,課題は?
  脊髄小脳変性症は,根治的治療手段のない進行性疾患ではあるが,在宅療養を困難にする運動機能低下には,在宅療養での廃用障害も関与する.長期間の在宅療養を維持するには,リハビリテーションによる廃用障害の防止と運動機能の維持が重要である.

エキスパートの症例にみるリハアプローチの実際 (2)自律神経障害のある患者のリハ−症状とリスク管理
   
野崎園子
key words 多系統萎縮症 起立性低血圧 食事性低血圧 排尿障害 睡眠障害
   
内容のポイントQ&A
Q1 障害の概要は?
  ・起立性低血圧:失神・転倒の原因ともなり,生命予後との関連が指摘されている.
・食事性低血圧:食事中または食後1時間くらいまで低血圧症状が出現する.
・排尿障害:蓄尿機能障害と排出機能障害がある.尿動態機能検査で評価する.
・睡眠障害:オリーブ橋小脳萎縮症でみられる睡眠時無呼吸は,声帯開大不全であり突然死のリスクが高い.
Q2 障害へのアプローチは?
  ・起立性低血圧:立ち上がり,座位,臥床時などにおける姿勢など予防対策指導を行う.
・食事性低血圧:過食を避け,一人で食事をしない.食後の運動・入浴を控える.
・排尿障害:排尿記録を用いるとともに,自己・間欠的導尿を行う.
・睡眠障害:単調な高音の閉塞音が聞こえるようになれば,定期的にSpO2を測定し,早期発見に努め,気管切開を勧める.
Q3 リハビリテーションでできること,課題は?
  ・生活指導を中心に行う.患者本人だけではなく,家族やケアスタッフが病態を十分に理解し,危険回避の体制をとることが必要である.

エキスパートの症例にみるリハアプローチの実際 (3)反復経頭蓋磁気刺激治療を取り入れた対応
   
中村雄作 阪本 光 山田郁子
key words 脊髄小脳変性症 経頭蓋的磁気刺激 小脳刺激
   
内容のポイントQ&A
Q1 経頭蓋的磁気刺激とは?
  高頻度経頭蓋的磁気刺激が可能になり,視覚中枢(後頭葉)や言語中枢(側頭葉)などに経頭蓋的連続磁気刺激を加えて中枢神経機能の検討などが行われている.連続磁気刺激によるパーキンソン病や脊髄小脳変性症への治療が可能になった.
Q2 脊髄小脳変性症へのアプローチは?
  磁気刺激治療は研究段階である.純粋小脳失調型とパーキンソン症状や痙性などが加わる多系統障害型があり,その症状や病型から刺激頻度(低頻度あるいは高頻度),刺激部位(運動野あるいは小脳)を検討する.
Q3 経頭蓋的磁気刺激の中枢神経への効果の機序は?
  小脳磁気刺激は運動野刺激によるM波は抑制するが,脊髄小脳変性症では,この小脳抑制は消失している.小脳磁気刺激や運動野刺激により,運動野促通系および抑制系への効果を有すると考えられ,小脳−運動野回路の機能障害を是正する可能性がある.