特集 変形性股関節症のADLとQOL

特集にあたって

 変形性関節症はありふれた疾患(common disease)である.しかし厚生労働省の調査では,高齢者の要支援・要介護の原因として主要な位置を占める病態のひとつである.なかでも変形性股関節症は変形性膝関節症に比べ有病率は低いが,周術期の理学療法にかかわる機会が多いことから,リハビリテーション(以下リハ)との関係は深い.変形性股関節症のひとつの特徴は,二次性すなわち原因となる疾患に引き続いて発症することが多いことである.原因となる疾患は多様であるが,小児期に発症する疾患も多い.
 筆者は小児の股関節疾患を専門のひとつとして長年診療してきた.二次性変形性股関節症の原因のひとつである先天性股関節脱臼では,良好な整復位を,骨頭傷害を引き起こすことなく得ることができれば,変形性股関節症の発症は予防できたと考えてよい.昭和30年代後半にリーメンビューゲルという装具(Pavlik harness)が旧チェコスロバキアからわが国に導入され,先天性股関節脱臼の治療成績は劇的に向上した.また出生後の環境因子を改善することにより,発生率自体も大きく減少し,乳児健診により早期発見もされるようになってきた.しかし現在でも1,000出生あたり2から3人の発症があり,まれに経験する歩行開始後に発見された先天性股関節脱臼の治療は難しい.また,やはり二次性変形性股関節症の原因のひとつとされるペルテス病でも,球形の骨頭で良好な適合性を保って治癒すれば変形性股関節症に至る可能性は少ない.良好な股関節形態を得るための治療法は装具治療,手術治療とも進歩しているが,高年齢発症のペルテス病の予後は,治療法にかかわらず不良とされている.
 股関節疾患をもつ子どもたちや親に治療方針を話す際に,治療をしなかったら,あるいは治療経過が思わしくなかったら将来どうなるのかを説明する必要がある.この場合どうしても,痛み,跛行といった側面からの話が中心となるが,少なくとも親にとってみれば,わが子が将来生活していくうえで,何をする際にどのように困るのかを知りたいはずである.子どもの病気に関して多くの親はある程度の責任感を感じており,またその子どもが大人になるころには自分たちはより高齢になり,子どもの手助けをしてあげることができないのである.
 このようなことから,今回の特集では「変形性股関節症のADLとQOL」をテーマに取り上げた.従来変形性股関節症とリハとの関係では,歩容の分析や術後の運動療法の観点からの報告が多かった.しかし実際に変形性股関節症に罹患している患者さんのADLやQOLについて知識を得ておくことは,患者さんの評価やリハの計画作成において必ず役に立つはずである.環境因子,ライフステージ,生活の質といったキーワードで長年研究をされてきた各先生方による執筆が,読者の方々の日常診療に役立つことを信じている.

 (芳賀信彦/東京大学医学部附属病院リハビリテーション科・編集委員会)

 

変形性股関節症の病態と経過
   
芳賀信彦
key words 変形性股関節症 病態 自然経過 二次性変形性股関節症
   
内容のポイントQ&A
Q1 変形性股関節症の種類(一次性と二次性の違い,二次性の原因疾患)は?
  一次性変形性股関節症は,原因疾患がなくX線計測値が正常であるものをさし,二次性変形性股関節症は原因疾患があるものをさす.二次性の原因疾患としては,先天性股関節脱臼・臼蓋形成不全,大腿骨頭壊死症,ペルテス病,骨系統疾患,血友病などがある.
Q2 二次性変形性股関節症の病態は?
  二次性変形性股関節症は,股関節の形態異常により荷重面積が減少したり,股関節が不安定になることに,加齢による関節軟骨の変性が加わって生じる.近年は,変形性股関節症の発症に遺伝子変異が関与しているとの報告もある.
Q3 二次性変形性股関節症の自然経過は?
  一般には前股関節症が加齢とともに初期,進行期,末期と進行するが,股関節形態異常の程度や日常生活の活動度により進行の合いは影響を受ける.
Q4 変形性股関節症をもつ人のQOLとADLは(どう制限されるか)?
  変形性股関節症をもつ人のQOL・ADLは,本症の主症状である疼痛,関節可動域制限,跛行により多様に制限される.移動の障害が主であるが,座位,睡眠,性生活なども影響を受け,状態により精神面にも影響を及ぼす.

変形性股関節症と環境因子
   
吉村典子
key words 疫学指標 危険因子 有病率 職業因子
   
内容のポイントQ&A
Q1 海外とわが国における変形性股関節症の有病率は?
  わが国で一般住民を対象として変形性股関節症の頻度を明らかにした報告は少ないが,日英での比較研究によると英国に比べてわが国の高齢者の重症変形性股関節症の頻度は少ない.
Q2 変形性股関節症の発症にかかわる環境因子にはどのようなものがあるか?
  過去の関節痛,荷重のかかる職業歴などが関与するとする報告がある.
Q3 肥満との関係は?
  わが国の症例対照調査の結果では,変形性股関節症発症に肥満は有意に影響していなかった.
Q4 スポーツ活動との関係は?
  スポーツは変形性股関節症のリスクをあげる可能性があるが,今後さらなる検討が必要である.

変形性股関節症患者のライフステージ
   
城川美佳 井原一成
key words ライフステージ 質的研究 VAST ADL QOL
   
内容のポイントQ&A
Q1 変形性股関節症患者のライフステージとは?
  一般に,変形性股関節症は加齢に従って徐々に進行し,活動の制限もそれに伴って増悪することが知られている.筆者らの調査結果によれば,変形性股関節症患者のライフステージは,変形性股関節症に関連した身体上の問題の発生・進展およびその対応にしたがって,I期:乳幼児期・幼児期,II期:就学(小学校0高校)期,III期:18歳040歳代,IV期:50歳以降の4期に分類された.
Q2 非手術例の生活の実態とは?
  III・IV期では,悪化予防を目的とした歩数制限や加重制限,筋力トレーニングなどの在宅リハビリテーションを実施している.歩数制限や加重制限を実施するために,屋内外の移動に自動車や車輪つきの椅子を用いたり,家事の設備を改良する,買い物には家族が協力するなど,生活圏内での工夫や改良が試みられている.これらの制限の実践には,家族や周囲の者の理解と協力が必須である.在宅においてリハビリテーションを継続するための情報は,患者会での情報交換に依存している様子がうかがわれた.
Q3 ライフステージに沿った生活の質,ADLの変化は?
  変形性股関節症の症状(痛み,動きにくさなど)は,II期から悪化し,多くの患者が医療サービスを受けるIV期で一定の改善をみる.ADLや社会参加は症状と同様に経過するが,II期にいったん軽快をみる点で症状と異なる.またIV期における改善の度合いは症状の改善から期待されるほど大きくない.生活の質(生活全般への満足度)も症状の変化と同様に経過するが,III期における低下やIV期における改善の度合が症状,ADLに比べて小さい傾向が認められた.

寛骨臼回転骨切り術(RAO)を受けた患者の生活
   
小山友里江 宮下光令 数間恵子 高取吉雄
key words 寛骨臼回転骨切術 Quality of Life Activity of Daily Living SF-36 CES-D
   
内容のポイントQ&A
Q1 寛骨臼回転骨切り術(RAO)とはどんなコンセプトの手術か?
  臼蓋形成不全は股関節痛を起こす疾患であり,変形性股関節症へと進行する.RAOはこの疾患に対する再建術のひとつであり,寛骨臼の周囲で骨切りを行い,可動性を得た寛骨臼を移動して大腿骨頭の被覆を改善する術式である.股関節痛を緩和するとともに,変形性股関節症への進行を遅延する効果が期待される.
Q2 寛骨臼回転骨切り術を受けた患者のQOL評価,満足度は?
  SF-36で評価すると,臼蓋形成不全が片側罹患か両側罹患かで若干異なる経過を示すが,ともに術後約20年にわたり国民標準値(一般人)と大きくは変わらない.また満足度の評価では,ほとんどの患者がRAOを受けたことに満足していた.
Q3 寛骨臼回転骨切り術を受けた患者のmental statusは?
  CES-D の調査からは,抑うつが多く発生しているとはいえない結果であった.しかしインタビュー調査からは,術後1年未満のADLが低下している時期に,精神的に落ち込む患者が複数存在していた.
Q4 ADLを高めるためのアプローチは?
  インタビュー調査からは,過去にRAOを受けた患者同士で情報を交換する,あるいは同時期に手術を受けた患者とつながりをもつことが,患者のADLを高めることに有効である可能性が示唆された.
Q5 QOLの向上にどうつなげるか?
  医師だけでなく,看護師,理学療法士,心理士などのコメディカルスタッフも患者の不安やうつ傾向を評価し,その結果に応じてカウンセリングを行う,あるいは他の患者の体験談を聞ける機会を設けるなどの適切な介入をしていくことが,QOLの向上につながるものと考える.

人工股関節置換術(THA)を受けた患者の生活
   
藤森かおる 泉キヨ子
key words THA ADL QOL セルフケア 継続的アプローチ
   
内容のポイントQ&A
Q1 人工股関節置換術とはどんなコンセプトの手術か?
  壮年期〜老年期の女性が多く,痛みや跛行によって身体面のみならず精神・社会面においても著しく制約された生活から開放され,期待が大きい手術である.
除痛の効果が大きく,術後はADLやQOLの向上が期待できる.
Q2 人工股関節置換術を受けた患者の生活は?
  術後は短期間のうちに激しい痛みから解放され可動域も広がるため,困難だったADLは日ごとに拡大し,ほとんどのADLは半年〜1年で自立する.
ADLは拡大されつつも人工関節の磨耗や脱臼を考えた生活への変更が必要となる.
Q3 人工股関節置換術を受けた患者のmental statusは?
  苦痛から解放された喜びが大きくpositiveになる一方で,人工関節に対する不安やボディイメージの障害などTHA後ならではのあらたな不安や悩みが生じてくる.
Q4 ADLを高めるためのアプローチは?
  人工関節の保護を考えた生活のためには,年齢・サポート状況をふまえ,ライフスタイル・文化的背景・理解度などを尊重し考慮する.
早期から段階的にかかわることで自信やセルフケア能力の向上につながる.
Q5 QOLの向上にどうつなげるか?
  人工関節をもった人として家庭生活や社会生活を継続していくためには,磨耗を防ぎ,合併症や肥満を予防していくセルフケア能力が求められる.医師ばかりでなく,看護職も生活を支援する専門職として情報を共有し,精神的支援を含めて継続的にかかわっていくことが重要である.