特集 パーキンソン病の非運動性症候−在宅指導にいかす取り組み

特集にあたって

 パーキンソン病の症状を思い浮かべるとき,ほとんどの医療者は運動性症候の安静時振戦,固縮,無動,姿勢反射障害といった医学の教科書に必ず掲載されている症状を思い浮かべるのではと思う.1817年にJames Parkinsonによりはじめて記載されたパーキンソン病は,中枢神経変性疾患という難病ではあるが,わが国における有病率は10万人にあたり100人といわれ,65歳以上では10万人あたり200人まで達し,決してまれな疾患ではない.1888年にGowersが教科書に記載したパーキンソン病患者のスケッチを目にされた人も多いと思うが,仮面様顔貌で,手はpill rollingの振戦があると思われるような形を呈し,姿勢は前傾姿勢で歩幅は小さくなって歩いている様がイメージできるようなスケッチである.このようなパーキンソン病患者に対して,リハビリテーション医療者の立場としては,運動機能に関する評価および訓練やADLに関する訓練を行うことが多いと推測する.しかし,今回は多少趣を変え,別の角度よりパーキンソン病をとらえることにした.
 今回の特集は,運動性症候ではなく非運動性症候に関して焦点をあて,最近の動向について掲載している.パーキンソン病は数十年の経過をたどることは決してまれではなく,経過とともに運動性症候だけでなく,原疾患による症状として,あるいは薬剤の副作用などの影響により自律神経症状,精神症状,睡眠症状などを伴うようになる.経過が長くなるにつれて在宅における問題点は複雑となり,在宅での訓練・指導が難航する症例は決して少なくはない.
 パーキンソン病といえば,黒質線条体の障害として説明がされているが,最近のトピックスとして神経病理学者のBraakの仮説がよく用いられている.病期の進行に関しての仮説であり,これにより運動性症候よりも早くに便秘症などの自律神経症状が出現する可能性がある,あるいは比較的早期より便秘症は合併していると考えられるようになっている.また,パーキンソン病患者の抱える問題として精神症状や睡眠障害がある.以前よりうつ症状や認知症の合併についてよく報告されていたが,最近では多彩な精神症状についての報告や,睡眠障害についての詳細な検討がなされるようになっている.これら非運動性症候はいずれも規則正しい生活を送るためには適切なコントロールが必要となる病態であり,運動性症候,非運動性症候をともに把握したうえで,おのおのの症状の対応策を検討することにより,パーキンソン病患者に対する包括的な在宅指導を適切に行うことができると考える.
 自律神経症状,精神症状,睡眠障害を3本柱として,各臨床の現場で活躍されておられる先生方にご執筆を依頼した.臨床の現場においてすぐにでも役に立つ内容であると確信している.この特集にて,パーキンソン病についてさらに深く理解できるきっかけとなることを願う.

 (中馬孝容/北海道大学病院リハビリテーション科・編集委員会)

 

オーバービュー

 中馬孝容
 key words パーキンソン病 非運動性症候 自律神経症状 精神症状 睡眠障害

内容のポイントQ&A

Q1.

非運動性症候の重要性は?
 最近,パーキンソン病における非運動性症候の報告が相次いでいる.便秘や起立性低血圧や食事性低血圧などの自律神経症状,うつ症状や病的賭博などの精神症状,レム睡眠行動障害や睡眠発作などの睡眠障害に関して注目されるようになっている.これらの症状を適切にコントロールすることで日常生活を規則正しくおくることができる.対策としては各種薬物療法があるが,非薬物療法である運動や生活指導なども重要である.

Q2.

最近の研究動向からわかってきたことは?
 パーキンソン病における病理学的な立場からの病状進行の仮説が唱えられるようになった.Braakの仮説といわれ,中脳の障害以前に延髄下部からの病変の発症が考えられ,運動性症候発症前に自律神経症状の発症が始まっていると報告された.睡眠障害に関しても運動性症候が出現する前より認めることが多いといわれている.また,パーキンソン病の運動性症候の発症以前より,嗅覚異常の報告がみられるようになった.これによりパーキンソン病発症前に確定診断の可能性がでてきた.

Q3.

リハビリテーション・在宅指導で心がけたいこととは?
 今回の特集では自律神経症状,精神症状,睡眠障害を取り上げている.これらの症状はいかに適切にコントロールを行うことができるかにより,QOLに大きく影響をきたす.薬物療法の手段を知ることは重要であるが,普段の生活指導をあわせて行うことが重要である.特に,精神症状に関しては,医療者側より質問をしないと患者家族は答えないことが多く,患者家族間で悩み,医療者側で問題点が把握できていないことがある.軽度な症状の段階で適切な対応を行うことが重要で,運動性症候のみに重点をあてるのではなく,非運動性症候に関しても早期より対応を行い,パーキンソン病症状の変動幅を少なくすることで,安定した在宅の継続が行いやすくなる.

自律神経症状

 長谷川一子
 key words 消化管蠕動障害 腸重積 起立性低血圧症 排尿障害 体温調節障害

内容のポイントQ&A

Q1.

どうして自律神経症状が起こるのか?
 パーキンソン病(PD)では多彩な自律神経症状をさまざまな程度に示す.それぞれの症候はPD発症前であったり,発症後に顕在化してくる.それぞれの症状発現にはPDの自律神経系病変のみならず,生活習慣,心理的要因,薬物の副作用などが関与している.

Q2.

症状の背景にあるものとは?
 症状発現の基盤には自律神経系神経細胞(中枢性,末梢性自律神経系の双方)の変性,減少,Lewy小体および,Lewy neuriteの存在が病理学的に示されている.最近,末梢性自律神経系に対する生検の試みもある.

Q3.

困った症状への対策は?
 それぞれの症状に対する生活指導とリハビリテーション,薬物療法を行う.

Q4.

薬物治療を行う際の注意点は(薬物性合併症の問題を含めて)?
 PDの自律神経症状に対する薬物は,EBMの観点から検討されているものは少ない.それぞれの薬物を使用する場合には,作用機序を十分理解して使用する.

Q5.

在宅指導におけるリハアプローチのありかたは?
 自律神経症状はさまざまな要因で生じるため,その病態を理解するとともに,個々の症状にとらわれず,総合的にアプローチする必要がある.

精神症状

 藤本健一
 key words 幻覚 妄想 衝動制御障害 ドパミン調整異常症候群 レビー小体型認知症

内容のポイントQ&A

Q1.

どうして精神症状が起こるのか?
 パーキンソン病の原因は脳内のドパミン不足である.ドパミンは運動系のみならず精神系でも働いている.精神系のドパミン減少と治療によるドパミン受容体刺激が精神症状の主因であるが,他の神経伝達物質の関与も無視できない.

Q2.

症状の背景にあるものとは?
 精神症状を呈するパーキンソン病患者は比較的高齢者が多く,もともとの性格や長年にわたる生活歴,現在の生活環境に加えて,パーキンソン病に伴う脳内変化や併存する他の疾患の影響など,背景にはさまざまな要素が存在する.

Q3.

困った症状への対策は?
 症状も背景も個人差があり,同じ精神症状でも困るかどうかは症例によって異なる.対策の基本は患者および介護者の希望を十分に把握し,その症例に合った最良の対応策を考えることである.

Q4.

薬物療法を行う際の注意点は?
 薬の作用機序を考え,精神機能への影響を考慮する.薬の感受性には個人差があり,薬効のとらえかたにも個人差がある.常に患者および介護者にとって好ましい薬効が得られているか検討する.

Q5.

在宅指導におけるリハアプローチのありかたは?
 精神症状は運動症状のように誰がみてもわかる症状ではないので,在宅指導では問題を把握することが第一歩である.重症度を適切に判断し,必要なら短期決戦で集中的にアプローチする.自分たちの力だけに頼らず,行政も含めて利用できる資源を有効に活用する.

睡眠障害

 立花直子
key words パーキンソン病 睡眠障害 睡眠関連疾患 sleep-wake log

内容のポイントQ&A

Q1.

睡眠障害をどうとらえていくか(症状)?
 (1)不眠,(2)昼間の過度の眠気,(3)夜間の異常運動・行動,(4)睡眠覚醒リズムの乱れの4つの種類に分類してとらえ,睡眠と覚醒とを24時間時計に表わすつもりで問診をとると整理しやすい.

Q2.

どうして睡眠障害が起こるのか(病態生理)?
 パーキンソン病の睡眠障害の原因としては,(1)パーキンソン病自体の症状(運動症状や自律神経症状)により引き起こされるもの,(2)一次性の睡眠関連疾患の合併,(3)抗パーキンソン病薬の影響,(4)精神症状に起因するものが考えられるが,これらが複数個重なっている場合や,悪循環を形成する場合も多い.

Q3.

睡眠障害への対応策は?
 実際に何が起こっているのかを把握し,個々人の治療目標の設定をしていくことが重要である.そのためには睡眠・覚醒リズム表(sleep-wake log:SWL)を利用し,睡眠衛生についての教育を予防的に行っていく.パーキンソン病そのものの治療と両立させるために,現実的に妥協をしていく姿勢が必要となる.

Q4.

在宅における注意点とは?
 活動度が低下することに伴って時間手がかり(Zeitgeber)が乏しくなることに注意し,具体的によい睡眠衛生を保つための生活調整が重要であるが,その際,介護者の睡眠についても気を配る.