特集 見直そう廃用症候群−症例にみるdisuseへのアプローチ

特集にあたって

 廃用症候群は,リハビリテーション(以下リハ)医学が米国より導入された初期のころから紹介され,定着した用語である.初めて耳にすると暗いイメージで記憶から消し去りたい気分になるかもしれないが,「使わないでいると衰えてしまう現象」を表現している.一次性の能力障害は原疾患の病理過程の直接的結果であるが,二次的障害は疾病が存在することに伴う制約や病態だけでなく,生活様式や習慣の結果としても生じる.リハ医学が米国で脚光を浴びた1950年代は,それまでにさまざまな治療法が見直された結果,多くの疾患において安静臥床期間が二次的障害の発生に関与することに気づかれ,早期離床が実践されるようになっていた.急性期からの安静度の指示は医師の重要な仕事となり,手足を含めて使える機能は積極的に使用して日常生活活動での自立が奨励された.回復期の安静による身体の不使用だけでなく,慢性期の日常生活でも習慣的に不活発となり身体を使用しないことによる弊害が医療の対応すべき課題として認識されたからである.
 廃用症候群はHirschberg, Lewis, Thomasによる1964年のテキストで記述されたdisuse syndromesに由来すると考えられるが,複数形で書かれている.多くの現象があるのでまとめの表でもdisuse phenomenaと表現されている.いくつかの明確な徴候の組み合わせにより確立された疾患概念というよりは,不使用に伴うさまざまな現象をさす幅広い臨床的な概念である.リハ医療では重要な概念ではあるが,不使用あるいは不動の弊害は常識となっているので,国際的にはこの症候群の用語はわが国のようには汎用されない.さらに機序に関してKrausらのhypokinetic diseaseにも言及されているが,こうした記述への関心はわが国のリハの専門家にも乏しい.また,そのテキストでは予防可能な二次的障害の第2のカテゴリーとしてmisuse syndromes(誤用症候群)をあげている.医療におけるリハの普及が遅れているわが国では,廃用症候群は今でも強調される必要があるが,直訳や逐語訳が軽視される文化なので,われわれは訳者に任せきりにせず,時には原典を参照する習慣も身につけるべきである.誤用はともかく,廃用はインパクトの強い表現であり,一般医家にdisuseがイメージされるか不安であるが,しばらくは強力な表現が必要と思われる.
 一方,近年の診療報酬改定を機に廃用症候群が濫用されかねない懸念も生まれている.本書の読者も,あらためて廃用の意味を見直し,身体の不使用と活動低下,その結果としてだけでなく悪循環の起点でもある体力低下について知識をリフレッシュして,一般医家や他科の専門医とのチームアプローチにいかしていただきたい.臨床の原点は個々の症例の詳細な考察にあり,そのなかに普遍的な知識や技術へ結びつくヒントが潜んでいることが多い.そこで,本特集では廃用症候群をテーマとして,限られた誌面で症例をまとめて紹介していただいた.

 (編集委員会)

 

オーバービュー−濫用される廃用症候群

 浅山 滉
 key words 廃用症候群 運動器の10年 脳卒中モデル 廃用症候群モデル 医療保険と介護保険

体力低下と低活動

 小泉龍一 古澤一成 梅津祐一 中村 健 田島文博
 key words 廃用症候群 低活動 臥床 運動プログラム 骨格筋

内容のポイントQ&A

Q1.

低活動と臥床の関係は?
 低活動と臥床は別物である.臥床のままでも運動量を維持することは理論的に可能である.その場合,筋力や最大酸素摂取量が維持できたとしても起立耐性の維持は困難である.実際,宇宙空間では運動だけではなく,下半身陰圧も負荷している.

Q2.

低活動の原因を特定するためには?
 低活動の原因は症例ごとに異なるので,病歴の聴取,理学所見,画像を含んだ各種検査などにより特定しなくてはならない.しかも多くの場合,原因は複合化していることに留意する必要がある.

Q3.

予防・改善のためのリハプログラムは?
 起立負荷と骨格筋緊張(運動)による心肺系への負荷が基本である.できるかぎり大きな負荷が望まれる.

Q4.

体力低下と低活動に関する最新の知見は?
 運動生理学は大きな転換点を迎えつつある.骨格筋を単なる運動器と捉えてはならない.骨格筋はWhole bodyの観点で,体力向上と活動性改善に不可欠な内分泌器官として捉える必要がある.

廃用症候群と低栄養

 大荷満生
 key words 蛋白質・エネルギー低栄養 除脂肪体重 cachexia 炎症性サイトカイン

内容のポイントQ&A

Q1.

廃用症候群と低栄養の関係は?
 生体内において筋肉は,単に運動を担う器官としてだけでなく,脂肪組織に次ぐ大きなエネルギー貯蔵庫としての役割をもち,活発なエネルギー代謝を営んでいる.食事として十分なエネルギーと蛋白質が供給されている場合には,筋蛋白がエネルギー源として取り崩されることはない.しかし,慢性的な低栄養が持続すると筋蛋白は分解され,これにより生じたアミノ酸が全身諸臓器のエネルギー源として利用される.このため,低栄養は廃用性筋萎縮を加速させる.

Q2.

栄養の評価は?
 蛋白質・エネルギー低栄養(PEM)には,高度の浮腫によって見かけ上の体重が増加するクワシオコール(Kwashiorkor)型と高度の痩せが特徴ではあるが,血清アルブミン値はあまり大きく低下しないマラスムス(Marasmus)型があり,高齢者の栄養障害ではこれらのPEMが混在する.また,血清アルブミン値は,基礎疾患が重症であればあるほど栄養状態とは関係なく低下し,これとは対照的に高度の脱水をともなう場合にはあまり大きく低下せず,基準範囲内にとどまるか,むしろ上昇することさえある.したがって,栄養の状態は,体重などの身体計測指標と血清アルブミン値などの血液検査指標を組み合せて評価する必要がある.

Q3.

予防・改善のためのアプローチは?
 栄養治療は,一定の時間的連続性をもって身体構成成分や各臓器の機能に影響を与える.すなわち,栄養治療を開始すると,まず循環血液量が増加し,続いて体脂肪が増加する.そして最後に筋肉などの除脂肪体重が増加する.栄養治療の目的は,この除脂肪体重を増加させ,各臓器の機能を回復させることである.したがって,廃用症候群を予防するためには,可能な限り早期から栄養治療を開始し,これを継続する必要がある.

Q4.

廃用症候群と低栄養に関する最新の知見は?
 安静臥床や活動性の低下による廃用性筋萎縮の予防には,必須アミノ酸や分枝アミノ酸の投与が有効である.一方,重症患者にみられるcachexiaも廃用症候群の大きな原因となるが,このcachexiaでは,生体内深部での広義の全身性炎症反応(SIRS)が筋肉組織や脂肪組織の喪失に関与していると考えられる.cachexiaでは,原疾患の治療とともによりきめ細かな栄養治療が必要である.

症例にみるアプローチ ケース(1)歩行障害

 木本真史 村尾 浩 山口 淳
 key words 廃用症候群 歩行障害 リハビリテーション 低活動

症例にみるアプローチ ケース(2)脳卒中・嚥下障害

 高田 研 新舎規由 元橋靖友 高木 宏 石神重信
 key words 胃瘻造設術 誤嚥性肺炎 失語症 右片麻痺

症例にみるアプローチ ケース(3)呼吸・循環障害

 宮村紘平 小林一成
 key words 廃用症候群 モニタリング 予防リハビリテーション

症例にみるアプローチ ケース(4)精神障害

 先崎 章
 key words うつ病 統合失調症 脳外傷 廃用 リハビリテーション