特集 機能障害と脳画像診断

特集にあたって

 CTの登場に端を発した脳の画像診断の進歩はめざましく,脳血管障害,頭部外傷をはじめ,多くの中枢神経の病巣診断にCT,MRI画像は欠かせなくなった.一昔前,画像の精度が今ほどよくなかった時代には,病巣診断は画像ではなく結局のところ詳細な神経学的診察のうえに成り立つといわれ,誰も異論を唱えなかった.しかし,脳幹の病巣までも描出されるようになり,状況は徐々に変わった.病巣を画像で確認しないことにはすべてが始まらなくなった.特にMR画像の診断への寄与は大きく,拡散強調MR画像やMRAなくしては脳血管障害の治療が始められないといっても過言ではない.また最近ではテンソルイメージなど新たな手法も加わり,従来とらえることができなかった頭部外傷後の皮質下の病巣を示すことも可能になってきて,とらえにくかった高次脳機能障害との関連も明らかになってきた.
 リハビリテーション(以下リハ)医学は形態より機能を重視する分野である.形態が破壊されても機能障害を低減できればよしとし,さらにいえば機能障害があっても能力低下が改善されれば問題ないとするリハ哲学にも関係するような気がする.しかし,脳においては形態と機能は密接に関係し,画像から機能障害,そして機能障害の程度まで言及できるようになった現在,リハの分野でも画像診断の重要性は増している.とくに脳血管障害や頭部外傷の急性期で意識障害がある時期からリハが関与するようになり,まずは画像から機能障害を予測するというニードも高くなっている.その意味で,神経内科,脳外科医のみならず,リハ医,そしてリハ・コメディカルスタッフまでもが画像診断に関心を示すようになってきている.
 従来,脳機能を反映する検査というと脳波や種々の大脳誘発電位/MEGであり,それを脳表のトポグラフィーとして画像化することもなされていた.しかしCTやMRIの解像度とは比べものにならず,その解釈も難しいため,いまだ臨床的には普及していない.一方,はじめから脳機能に焦点をあてた画像診断技術も登場している.その代表がPET,fMRI,SPECTあるいはNIRSである.こちらのほうは一部がすでに臨床検査として普及している.脳の病態をより深く理解するうえで重要であり,通常のCT,MRIと組み合わせることで,その価値は倍増する.
 本特集はMRIレベルの解像度を想定した画像診断によって,麻痺,感覚障害,失語,半側無視,前頭葉症状といったリハで問題となる代表的な機能障害を脳画像からどうとらえるかを解説していただいた.一部,最近の知見も含まれるが,基本的な内容は網羅されているので,脳画像診断のリハ教科書として位置づけていただければ幸いである.

 (編集委員会)

 

オーバービュー−脳画像と機能局在

 青木茂樹
 key words 脳機能局在 MRI 拡散テンソルtractography 皮質脊髄路

麻痺と感覚障害の画像診断

 栗田浩樹
 key words 錐体路 MRI 運動感覚野 MR tractgraphy 脳卒中

内容のポイントQ&A

Q1.

MRIで運動・感覚野を同定する方法は?
 解剖学的にはAxial sliceで前後に走る上前頭溝が後方で垂直に交わる脳溝(中心前溝)の後ろが運動野であり,sagittal silceでは脳表に出た帯状溝の前が感覚野と覚えるとわかりやすい.生理学的には手指を動かしたときに実際に賦活される部分を描出する機能的(functional)MRIが有用である.

Q2.

脳卒中における麻痺,感覚障害の画像診断のポイントは?
 出血性か虚血性かの鑑別のほか,病変による錐体路の破壊の程度を把握することにより,急性期よりある程度機能予後の予測が可能である.皮質や皮質下の病変では,上下肢の麻痺に程度の差があったり,単麻痺の形態をとることもあり注意が必要である.

Q3.

錐体路を可視化するMR tractographyとは?
 MRI拡散強調画像(diffusion weighted image:DWI)を応用し,生体構造が一定の方向をもつ際に制限を受ける水分子の拡散方向を追跡して表示したものが拡散テンソル画像である.これをもとに白質線維の走行を3次元的に表示したものをMR tractographyとよぶ.錐体路が直接可視化されるようになったことにより,最近では脳神経外科手術における術中ナビゲーションなど,広く臨床応用が広がっている.

Q4.

脳梗塞における病型診断の重要性は?
 特に脳梗塞症例では,虚血巣の正確な評価のみではなく,その機序の解明が臨床上極めて重要である.梗塞巣が小さく片麻痺などの症状が軽度でも,穿通枝の閉塞(小血管病)か,頭蓋内や頸部の主幹動脈の狭窄や閉塞(大血管病)か,他臓器からの塞栓症なのかを正確に鑑別することによりはじめて適確な2次予防を行うことができる.

失語症の画像診断

 海野聡子 武田克彦
 key words Broca領野 Wernicke領野 角回 純粋語唖 伝導失語

内容のポイントQ&A

Q1.

障害半球別の失語症と利き手の関係は?
・利き手が右手であるとき,言語機能は左半球が重要な役割を担う.右利きである失語症の病変のほとんどが左側にある.
・利き手が左手または両手の場合(非右利き)は,右利きほど左半球の優位性は明らかではない.非右利きの失語症で,左側に病変があるのは60%程度である.
・利き手が右手である失語症で,病変が右側にある場合は交叉性失語と呼ばれる.

Q2.

Broca/Wenicke領野のMRI上の指標とその局在性は?
・Broca領野は,下前頭回の三角部,弁蓋部に相当する領域である.MRI水平断では,外側溝がコの字に見える部位の断面で,コの字1画目にあたる上行枝の前方が三角部,その後方が弁蓋部である.
・Broca領野に限局した病変ではBroca失語を生じない.
・典型的なBroca失語は,Broca領野を含む下前頭回,中前頭回後部と中心前回下部を含む広い病巣で生じる.
・Wernicke領野は,矢状断でみて上側頭回後方1/3領域の部位である.MRI水平断では,Broca領野が見える同じ断面で,横側頭回があれば,その直後がWernicke領野に相当する上側頭回である.
・Wernicke失語は,Wernicke領野を含む側頭葉後方,頭頂葉に広がる病巣によって生じる.

Q3.

角回のMRI上の目印と優位半球における欠落症状は?
・角回は,MRI水平断では,側脳室の体部がややくびれる断面で,側脳室の後角の延長線上にある.
・優位半球における角回付近の欠落症状は,手指失認,失書,左右失認,失算の4徴を呈するGerstmann症候群である.

Q4.

その他の失語型で病巣が確立されているものは?
・純粋語唖は,言語優位半球の中心前回下部の病巣で生じる.
・伝導失語は,言語優位半球の縁上回を含む病巣で生じる.

Q5.

失語症の重症度・予後と関係する画像は?
・失語症の重症度,その予後は,発症年齢,病前の言語能力,病変部位,広さ,発症初期の言語症状,非言語優位半球の機能など,複合的な要因がかかわる.
・解剖学的に病変の部位,範囲を評価するのには,CT,MRI,機能的な脳の評価には,脳血流シンチグラフィが用いられ,総合的に評価する.

遂行機能障害の画像診断

 深津玲子 藤井俊勝
 key words 遂行機能 遂行機能障害症候群 前頭葉 び漫性軸索損傷 MRI画像

内容のポイントQ&A

Q1.

遂行機能障害とは?
 遂行機能障害の概念としては,狭義には目的をもった一連の活動を有効に行う能力の障害をさし,広義には前頭葉損傷患者が呈するさまざまな行動障害(かつての前頭葉症候群)を行動的・心理学的視点から言い直した言葉といえる.

Q2.

前頭葉の機能区分と関連する遂行機能障害は?
 前頭葉は一次運動野,運動前野,前頭前野に大別される.そして遂行機能と関連が深い前頭前野は背外側部と眼窩部・背内側部とに分けられる.これらの部位と関連が深い遂行機能障害について表3にまとめた.

Q3.

MRIにおけるび漫性軸索損傷の診方は?
 慢性期のMRI画像によるび漫性軸索損傷の所見の特徴は,脳室拡大や広範な脳萎縮,脳梁の萎縮,脳幹損傷や脳幹部萎縮所見などである.

Q4.

遂行機能障害におけるテンソル画像の意義は?
 拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging:DTI)は拡散強調画像から,神経線維の走行状態をテンソルとして算出し,大脳白質の神経線維の走行状態を可視化した画像である.大脳白質の異常を感度よく検出することが可能であることから,び漫性軸索損傷の診断に有用である.

Q5.

遂行機能障害の重症度・予後と関係する画像は?
 MRスペクトロスコピー(MR spectroscopy:MRS)は人体の代謝情報を用いる手法であるが,予後判定に有用である可能性がある.また遂行機能障害を含む認知障害は白質病変の程度とある程度相関する可能性が示唆されていることから,拡散テンソル画像による白質病変が予後と関係する可能性がある.

半側無視の画像診断

 渡邉 修
 key words 半側空間無視 半側身体失認 画像診断

内容のポイントQ&A

Q1.

半側空間失認とは?
 大脳半球病巣の対側の刺激を発見し,応答・反応することの障害をいう..

Q2.

半側空間失認の分類と病巣は?
 大脳半球病巣の対側の環境に注意が向けられない感覚性無視(sensory neglect)の要素(視覚性・聴覚性・触覚性無視)とその環境のなかで運動を行うことができない運動性無視(motor neglect)の要素がある.責任病巣として大脳皮質では,下頭頂小葉,前頭前野,前頭眼野,上側頭回,前部帯状回,島が,皮質下組織では,視床枕,線状体,上丘およびこれらを結ぶ白質が重要である..

Q3.

半側身体失認とは?
 一側の身体図式や身体部位の認知障害.通常は,片麻痺に対する認知障害を指す..

Q4.

半側身体失認の分類と病巣は?
 半側身体失認には,明らかに運動麻痺を否定する場合と,否定はしないが,麻痺に対する誤った感覚(無視,病態無関心,非所属感,擬人化など)がある場合に分類される.責任病巣として,右側の前頭頭頂葉回路(fronto-parietal circuit)が有力視されている..