特集 中高年頸髄損傷者の機能改善への試み

特集にあたって

 1990年に山陰労災病院の新宮彦助先生を大会長として米子で開催された第25回日本パラプレジア医学会(現:日本脊髄障害医学会)において,「脊髄損傷予防に向けて」というワークショップが開かれ,これを契機に脊髄損傷予防のためにはその発生状況を把握する必要があるということで,1990〜1992年に同学会で全国規模の脊髄損傷発生に関する疫学調査が行われた.この調査は,脊髄損傷者を治療する可能性がある全国の病院・診療所を対象に,年齢・性別,受傷原因,麻痺の高位・程度など10数項目からなる統一調査票を郵送にて配布し,各地域の担当者がデータ回収を行ってその地域のデータをまとめ,さらに全国集計を行うというものだった.新宮先生の粘り強いリーダーシップと全国担当者の熱意により3年間の平均回収率は51.4%と,この種の調査としては高い回収率を収め,100%近い回収率の地域もあった.その時点まで米国やオーストラリアの詳細な疫学調査では,脊髄損傷の発生は10代後半〜30代前半に多いと報告されており,それに比べてわが国では高齢者の脊髄損傷発生が多いのではないかと,脊髄損傷を担当する医療従事者には認識されていたが,この調査によって初めてわが国の実態が明らかにされたわけである.同学会でもその後に再調査が行われているが全都道府県を網羅した高い回収率の調査は90〜92年の調査が最後であり,そのときの発生頻度(Frankel A〜D)39.4人/百万人(1990年)という数字は現在でも多くの論文等で引用されている.また,この調査で明らかになった中高年者の脊髄損傷の特徴は,その原因としては全年齢層で多い交通事故に加えて高齢者では特に転倒や転落などが多く,また骨症の明らかでない頸髄損傷が多発しているということであった.
 あれから15年以上経過し,わが国の人口高齢化にはますます拍車がかかっている.介護予防の一環としての転倒予防教室が全国各所で開催されているものの,中高年者の頸髄損傷者の数は増えている.これらの患者では合併症のコントロールも若年者に比べて難しくリハビリテーションに乗りにくい状況があり,完全麻痺患者だけではなく不全麻痺の患者でも,残存能力が十分活用されずに往々にして介助量の非常に多い生活にとどまっているようである.しかし患者のQOLや将来的な健康管理を考えると中高年者といえども,できるだけ残存能力を活かして機能改善・ADLの向上を目指すといった医学的リハビリテーションの基本スタンスを,われわれは忘れてはならない.
 今回の特集では中高年頸髄損傷者の機能改善に対するさまざまな取り組みを紹介していただくとともに,在宅者の社会資源活用と社会参加の実態やその問題点を紹介していただいた.

 (編集委員会)

 

オーバービュー

 吉永勝訓
 key words オーバービュー 頸髄損傷 リハビリテーション

内容のポイントQ&A

Q1.

わが国で発生する脊髄損傷の疫学的特徴は?
 発生の状況は欧米とは異なり,青年期に加えて中高年者にも多く発生する二峰性を呈する.特に軽微な外傷による骨傷のない頸髄損傷が中高年者に多く発生している.

Q2.

中高年者で生じやすい頸髄不全麻痺は?
 中心性頸髄損傷が生じやすい.上肢の障害が下肢よりも強い.

Q3.

中高年者頸髄損傷のリハゴールは?
 青年期に比べて体力の低下があり,また急性期臥床時の廃用症候群によりリハゴールは低下してADL全介助の場合も多い.しかし,中高年者においても機能障害を改善する種々の取り組みが工夫されるべきである.

歩行能力向上

 赤居正美 中澤公孝 上林清孝
 key words 中高年 頸髄不全損傷 介助型歩行補助機器 免荷式トレッドミル

内容のポイントQ&A

Q1.

下肢不全麻痺の程度と歩行能力は?
 中高年の頸髄不全損傷の多数を占める中心型頸髄損傷では,一般的に上肢,なかでも手指巧緻性の回復はきびしいが,下肢歩行能力の回復はかなり期待できる.

Q2.

歩行能力向上に向けた各種の取り組みは?
 新たなニューロリハビリテーションのひとつとして,1990年代からトレッドミル上で受動歩行を行わせるトレーニング方法が出現した.任意の免荷量と組み合わせて受動歩行トレーニングを行える専用機器も開発され,臨床応用が開始されている.

Q3.

効果と限界は?
 脊髄不全損傷者での免荷式歩行トレーニングに有効性があるという報告が蓄積しつつある.皮質脊髄路における上位との結合性の強弱,中枢における随意努力の有無といった要素も関連しており,今後の研究が待たれる.

手指機能改善

 近藤美菜子 田中宏太佳
 key words 不全四肢麻痺 頸髄損傷 中高年者 上肢機能改善

内容のポイントQ&A

Q1.

上肢不全麻痺の程度とADL能力は?
 入院時の中高年頸髄損傷者の麻痺の程度とADLは若年者群と比較して差はないが,退院時にはこれらの改善度には差を認める傾向にある.特に中高年群では麻痺による機能障害の程度の割に能力ADLが低い.

Q2.

上肢機能向上に向けた各種の取り組みは?
 ポータブル・スプリング・バランサーや自助具といった補装具の導入のほか,FESを中心とした刺激装置が利用されている.

Q3.

効果と限界は?
 早期に導入することで筋力およびADL改善を認めた症例は多数報告されている.しかし,導入のタイミングの適切な判断力や治療プログラムの修正には医療従事者の熟練が必要である.また,刺激装置においては行える施設が限られており,中高年者においては在宅での機能維持が難しいことが多い.

呼吸管理

 土岐明子 住田幹男
 key words 頸髄損傷 中高年 Mechanical Insufflator─Exsufflator 気道分泌物 非侵襲的呼吸管理 嚥下障害

内容のポイントQ&A

Q1.

中高年頸髄損傷者の呼吸機能は?
 高位頸髄損傷であっても不全麻痺が多く,また損傷レベルがC3/4高位の場合,神経学的高位はC5レベルが多い.しかし予備能が低下している場合が多く,気道分泌の亢進,咳嗽能力の低下により無気肺・肺炎を起こし呼吸不全に陥りやすい.

Q2.

急性期の呼吸管理は?
 呼吸不全に陥る前に早期に対応する.患者の疲労の少ない気道分泌物の除去方法の導入が特に重要である.嚥下障害に注意し経口摂取を進める.必要ならば非侵襲的な人工呼吸管理も同時に行う.

Q3.

慢性期の呼吸管理は?
 長期に換気障害が残存する場合は,非侵襲的な人工呼吸管理をできるだけ導入する.簡易流量計,ピークフローメーターを使用し肺活量,咳嗽能力を評価し有効な気道分泌除去方法を確立する.

社会資源活用と社会参加

 横山 修
 key words 在宅生活 社会資源 頸髄損傷者

内容のポイントQ&A

Q1.

社会資源の利用状況と特徴は?
 訪問看護の利用率は若年者,中高年者ともに約60%が利用せず,ヘルパーはともに1/3〜2/3が利用していない.訪問看護の内容は排泄が多く,中高年者で介護者がいる場合はさらにリハビリテーションが多くなる.ヘルパーの特徴は,利用している者は十分に活用しており利用時間にばらつきが大きい.

Q2.

寝たきりや閉じこもりになっていないか?
 車椅子に乗車せず,1日中ベッド上の生活は介助者がいない場合はなかったが,介助者がいる場合,若年者で20%,中高年者で31.9%を占めた.さらに外出が週1回未満の者は若年者で8%,中高年者では14.9%と1日中ベッド上の者の約半数を占めた.

Q3.

サービスに対する要望・課題は?
 若年者,中高年者を問わず,家族で十分といった意見が多く,排泄,痙縮,排痰,リハビリテーションなど身体的なことへのニードが多かった.しかし,こうしたニードへの対応は脊髄損傷の専門知識や個人に対応した介護技術を要し,結局,家族に依存している.そのため,障害の特性に合わせたサービスや利用者の視点に立ったサービス,および社会資源制度自体の見直しが必要である.