特集 重症度別 心不全の運動療法

特集にあたって

 心不全は心疾患の示す最終的な病態であり,労作時呼吸困難,息切れ,尿量減少,四肢の浮腫,肝腫大などの症状の出現により日常生活を著しく障害し,生活の質を低下させる.基礎疾患としての虚血性心疾患患者数の増加と急性期死亡率の低下により低心機能患者が増加したことに加えて高齢社会が到来したことで,心不全の発症率・有病率が増加している.さらに心不全治療に伴う医療費の国民医療費に占める割合も大きくなり,心不全の病態解明とその発症予防,そして的確な治療法の開発が医学・医療の視点からだけでなく,社会的にも注目される課題になっている.
  過激な運動が心不全増悪の誘因となることもあり,心不全ではこれまで運動負荷試験や運動療法が禁忌とされてきた.しかし,最近の研究により,運動が心不全の治療に関して有効であることが示され,2005年改訂の米国心不全治療ガイドラインには運動療法が心不全の有効な治療法のひとつとして推奨されている.すなわち,安定した心不全患者の運動を制限することは不利益であり,今や適切な管理のもとでの運動を積極的に推進すべきでなのである.わが国でも心不全患者に対する運動療法が2006年から保険適応として認められている.しかし,心不全の運動療法の際には注意すべき点も少なくなく,心不全の重症度に応じて異なる対応が要求される.
  本特集号では,心不全の疫学・病態生理から新しい治療法の開発まで心不全に関する最新情報を網羅的に解説するとともに,重症度・病態別の正しい運動療法の行いかたをとりあげた.各項目については,その領域でトップランナーとしてご活躍されている先生方にご執筆いただき,極めて充実した内容となっている.上月先生には,心不全の疫学,心不全と運動療法・リハビリテーション(以下リハ)との関係について,中根先生・野原先生からは,心不全の病態生理と最新の治療法について解説していただいた.一方,大宮先生からは,軽症・中等症心不全,長山先生からは重症心不全,牧田先生からは人工心臓装着心不全,安達先生からは心臓弁膜症術後に対する運動療法の実際について,適応,方法,中止基準・注意点,効果を具体的に解説していただいた.つまり,リハ医およびコメディカルが日常臨床の現場で心不全患者をみたり,リハを行う際の手引書としての役割も果たせるように本特集は構成されている.本特集を契機に,運動療法を含めた心不全のリハが大きく普及することを期待する.

 (編集委員会)

 

オーバービュー−心不全と運動療法のパラダイムシフト

 上月正博
 key words 心臓リハビリテーション ガイドライン 生命予後 生活の質

内容のポイントQ&A
Q1.

心不全の発症率・有病率の動向は?
 心不全は,基礎疾患としての虚血性心疾患患者数の増加と急性期死亡率の低下により低心機能患者が増加したことに加えて高齢社会が到来したことで,その発症率・有病率が増加している.心筋梗塞に対する再灌流療法など治療の著しい進歩があった半面,心不全新規発症者の高齢化もあって,心不全患者の生命予後に目立った改善は認められていない..

Q2.

心不全と運動療法の関係は?
 安定期にある心不全に対して運動療法を実施することにより,運動耐容能が増加するのみならず,多くの有益な効果が得られることが報告されている.現在では安定した心不全患者の運動を制限することは不利益であり,適切な管理のもとでの運動を積極的に推進すべきであると考えられている.わが国では心不全患者に対する運動療法が2006年から保険適応として認められている.しかし,心不全の運動療法の際には注意すべき点も少なくなく,心不全の重症度に応じて異なる対応が要求される..

Q3.

心不全の運動療法と包括的リハビリテーションの関係は?
 心不全のリハビリテーションにおいて,運動療法単独と包括的リハビリテーションを直接比較したものは見い出せないが,これは心不全の包括的リハビリテーションの重要性を軽視するものではない.心不全患者の治療においては食事療法や薬物療法は必須であることは明白であり,これを守らないことはすなわち,心不全の増悪とそれによる再入院,死亡につながる.すなわち,心不全の治療に食事・薬物療法が不要ということは考えられないわけであり,心不全のリハビリテーションは当然包括的に行われるべきである..

心不全の治療

 中根英策 野原隆司
 key words 心不全 薬物療法 非薬物療法

内容のポイントQ&A
Q1.

心不全の病態生理と分類は?
 心不全はポンプとしての心機能が障害され,運動耐容能が減少し,悪性不整脈の出現などがある,予後不良の病態である.急性心不全/慢性心不全,左心不全/右心不全,収縮不全/拡張不全,低拍出性心不全/高拍出性心不全などに分類されるほか,重症度分類として,NYHA分類,Killip分類,Forrester分類などがある.

Q2.

薬物療法の種類と作用機序,副作用,注意点は?
 利尿薬は腎尿細管でNa再吸収を抑制することによって心不全のNa貯留に拮抗する.糖代謝異常,高尿酸血症,低K血症,高脂血症などの副作用がある.強心薬による短期的な運動能の改善は軽症から中等症の慢性心不全では予後を悪化させることが判明している.β遮断薬の作用機序は単一ではなく,また,good responderと反応の悪い群がある.現時点では長期持続型で,β1選択性があり,ISA(内因性交感神経刺激作用)がない薬剤の評価がよい.ACEI,ARB,抗アルドステロン薬は心拍出量低下の代償機序としておこる,RAAS系の賦活化を抑制する.多くのエビデンスにより長期効果の優秀なことが示されている.効果発現の場所により,微妙に作用,副作用が異なる.

Q3.

心不全の治療成績は?
 ACEIにより,この10年間に慢性心不全の薬物治療は大きな変革を遂げてきている.最近では,ACEIのほかにアンジオテンシンII受容体に直接拮抗するARBがさらに注目をあび良好な試験結果が出された.β遮断薬も多施設研究により死亡率の減少が証明されている.

Q4.

運動療法,温熱療法,電気刺激療法,手術療法,再生医療の動向は?
 適切な運動処方は拡張期容量,収縮期容量の改善とともに駆出率の改善が期待でき,予後の改善も確認されている.温泉浴あるいはサウナは,前負荷,後負荷減少効果が得られ,危険も少ないとされる.電気刺激は運動耐容能の改善効果,筋力増強とQOLの改善効果が得られ,安全かつ重症心不全患者でも有効である.手術療法では左室形成術が予後を改善する可能性を示唆している.幹細胞を用いた再生医療は注目の領域であり,臨床レベルでの発展が待たれる.

軽症・中等症心不全(NYHAI・II)の運動療法

 大宮一人
 key words 慢性心不全(CHF) NYHA心機能分類 AT 最高酸素摂取量 レジスタンストレーニング

内容のポイントQ&A
Q1.

運動療法の適応と禁忌は?
 一般的な心疾患に対する運動療法の適応と禁忌に準拠して考える.NYHA classIおよびIIは禁忌項目に該当しなければ比較的安全に導入可能であるが,急性期を脱して安定化し,内服薬も固定され,安定した状態を確認して導入すべきである.

Q2.

運動療法の具体的な方法は?
 心拍出量を増加させるような有酸素運動を中心に,低強度のレジスタンストレーニングを加える.特に運動療法の運動強度設定には注意が必要であり,過負荷にならないように呼気ガス分析で求めた嫌気性代謝閾値などを指標とする.

Q3.

運動療法の中止基準・注意点は?
 運動療法中に自覚症状の悪化,体重の著明増加,心胸比の増大,BNPの明らかな増加などが認められた場合は運動療法の中止,薬物療法の変更,負荷量を下げるなどの工夫が必要となる.

Q4.

運動療法の効果は?
 運動耐容能やQOLの改善をはじめとして多くの有効性が報告されている.最終的には再入院率や生命予後の改善が目標となるが,いくつかの論文において運動療法の予後改善効果が報告されている.

重症心不全(NYHAIII)の運動療法

 長山雅俊 齊藤正和
 key words 慢性心不全 低心機能 運動療法 理学療法介入

内容のポイントQ&A
Q1.

運動療法の適応と禁忌は?
 低心機能症例に運動療法を行う場合には,その導入時に改めて医学的評価を行い,運動療法の適応や禁忌について検討する必要がある.ESC Working groupからの勧告が参考になる.

Q2.

運動療法の具体的な方法は?
 可能な限り,心肺運動負荷試験による科学的根拠に基づいた運動処方を行うべきである.運動療法における基本的な運動強度は,残存心機能に負担をかけないレベルで全身機能を改善させることのできる運動強度であり,ATレベル相当またはそれ以下の運動強度である.

Q3.

運動療法の中止基準・注意点は?
 運動療法当日には毎回問診およびバイタルチェックを行い,運動療法を中止または変更する基準がないかどうかを確認することが重要である.ESC Working groupからの勧告が参考になる.

Q4.

運動療法の効果は?
 運動療法が慢性心不全における労作時息切れや易疲労感をよく改善させることはよく知られているが,その機序には運動時の換気動態,自律神経バランス,血管内皮機能,神経体液性因子,末梢循環,運動筋などの改善,さらに心理的な効果などが複雑に関連している.低心機能症例では限られた心機能に対する身体適応現象ということができる.

人工心臓装着心不全の運動療法

 牧田 茂
 key words 重症心不全 左室補助人工心臓 嫌気性代謝閾値 レジスタンストレーニング

内容のポイントQ&A
Q1.

運動療法の適応と禁忌は?
 LVAS装着時は循環動態が不安定であるため運動療法は控える.循環動態が安定すれば離床から開始する.

Q2.

運動療法の具体的な方法は?
 離床訓練がすすみ廊下歩行が可能となった段階で有酸素トレーニングを開始する.運動負荷試験を実施し,嫌気性代謝閾値等を参考に強度設定を行い,トレッドミル歩行もしくは自転車こぎを行う.レジスタンストレーニングを加えてもよい.

Q3.

運動療法の中止基準・注意点は?
 疲労の訴えなど自覚症状(Borg指数)を参考にする.  血液ポンプの駆出状態ならびに収縮期血圧(80 mmHg未満であれば中止),感染徴候の有無(特に送・脱血管挿入部),ポンプ内の可動性血栓,頭痛・嘔吐・意識状態(脳血管障害),体重の増加(心不全悪化)に注意する.

Q4.

運動療法の効果は?
 運動耐容能は約30%ほど向上が期待できるが,開始後1カ月の伸びが大きい.ただし耐容能がほとんど向上しない症例もあり,右心不全の関与などが考えられる.

心臓弁膜症術後の運動療法

 安達 仁
 key words 心臓弁膜症 術後 運動療法 心不全

内容のポイントQ&A
Q1.

運動療法の適応と禁忌は?
 運動療法は最終的にはすべての弁膜症術後患者に適応となる.不安定狭心症・急性心筋梗塞(不安定さ,急性期の治療結果などにより異なる),コントロール不良の不整脈・心不全,肥大型閉塞性心筋症,急性動脈解離などの場合では禁忌となる.

Q2.

運動療法の具体的な方法は?
 体液量の変化を確認し,抜管直後からベッド上の自動運動と座位訓練を開始する.ステップアップを進めると,約1週間で200 m歩行が可能となり,運動処方作成のため,心肺運動負荷試験を実施する.ATレベルの心拍数と自覚症状を重視する.運動種目は問わない.約4週間後にレジスタンストレーニングを開始する.

Q3.

運動療法の中止基準・注意点は?
 弁膜症術後の患者は心不全患者とみなすことができるため,慢性心不全患者と同様の注意が必要である.弁膜症の術後は不整脈を合併しやすく,僧帽弁疾患の場合は術前から心房細動も合併していることが多い.

Q4.

運動療法の効果は?
 弁膜症術後の運動療法は,周術期の安静に伴って低下した運動耐容能を改善する効果,および術前の心不全状態から改善する効果を有する.