特集 片麻痺の手−利き手交換でいいのか?

特集にあたって

 片麻痺には健側がある.歩くためには患側の下肢も使わなければならないが,日常生活動作の多くは健側上肢だけでできてしまう.麻痺のために使いにくくなった手を一生懸命,訓練して使わなくても健側をうまく使うことでなんとかなるということである.ちょうど,片側上肢切断者が使いにくい義手装着を避けて,非切断側だけでなんでもやってしまうのと同じである.医療におけるリハビリテーション(以下リハ)の焦点は早期離床,早期退院,そして日常生活の自立に向けられている.したがって,リハの効果は能力低下の改善,さらには改善効率で測られているのが現状である.しかし,能力低下の改善だけで満足してよいのであろうか.能力低下の改善に関係ないからといって,機能障害を軽視してはいないだろうか.本来,訓練介入によって改善が期待できる機能障害を見逃してはいないだろうかと自問する.
  今でもあるかもしれないが,「麻痺を治す中国鍼治療,云々」といった誇大広告が目についた時期がある.眉をひそめる詐欺まがいのものもあった.リハが同類にみられては大変と,あえて「リハは麻痺を治すことではない」といわれてきた経緯があるように思える.実際,臨床におけるBobath,NDT,PNFといったテクニックは否定されて久しい.しかし,「麻痺を治す」とまではいわなくても,「麻痺を軽減する」あるいは「痙縮を抑制する」方法とメカニズムはリハ医学研究の対象として続いてきた.それが近年,中枢神経の可塑性の話題と結びついたように感じる.実際,大脳皮質の可塑性はfMRIや経頭蓋磁気刺激などによって実証されている.片麻痺に対するCI療法の可能性が皮質の機能的再構築という目に見える形で示されたのも事実で,慢性期において「片麻痺を治す」という考えが滑稽ではなくなりつつある.
  日本リハビリテーション医学会の専門委員が編纂した『脳卒中治療ガイドライン2007 リハビリテーション(案)』では,CI療法,随意収縮促通方式の上肢TES,ロボット利用の上肢運動訓練,経頭蓋磁気刺激治療などにおいて,おのおの,エビデンスIbレベルで上肢機能が改善するとされている(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jarm/iinkai/sinryo-guide/pubcome4-shogai-2007-1.pdf).しかし,臨床の場で片麻痺の手と向き合うリハが実践できている施設は存在するのであろうか.わが国ではまだ,多くが研究の域を脱してないように思える.そこで,今回,研究者も含めて,片麻痺の手を基礎から臨床まで深く掘り下げる特集を組んだ次第である.

 (編集委員会)

 

オーバービュー−神経科学からみた片麻痺の手の治療

 神作憲司
 key words 中枢神経 可塑性 利き手交換 拘束誘導運動療法 大脳皮質刺激

運動学習研究の知見に基づいたリハビリテーションストラテジー

 野崎大地
 key words 神経リハビリテーション 片麻痺 両腕運動 両側性トレーニング 運動学習モデル

内容のポイントQ&A
Q1.

リハビリテーションと運動学習との関連は?
 リハビリテーションによる運動機能回復は,脳内で生じる可塑的変化,パフォーマンスの時間的変化などの点で,トレーニングによる健常者の運動学習に類似している.全く同一とはいえないまでも,運動機能回復には運動学習的な要素が含まれていると考えるべきである.

Q2.

運動学習研究はリハビリテーションに貢献できるのか?
 運動機能回復を一種の運動学習とみなせば,健常者についてこれまで蓄積されてきた運動学習の知見は,効果的なリハビリテーションプログラムを構成するのに貢献すると考えられる.また,運動学習研究の結果が派生的に新しいリハビリテーションプログラムの開発につながる可能性もある.

Q3.

リハビリテーションプログラムを構成するうえで参考となる運動学習の知見は?
 運動学習効果の定着率は,運動課題を行うとき試行間時間を多くとる,動作速度などにバリエーションをつける,1つだけの課題に集中するのではなく複数の課題を行う,複数の課題を行う場合は順序をランダムにする,などの手続きにより高まることが知られている.

Q4.

運動学習研究から派生したリハビリテーションプログラムの例は?
 まだ派生したという段階に至っていないが,同じ腕の運動学習にかかわる脳内過程が片腕運動時と両腕運動時で一部乖離しているという筆者らの研究結果は,今後,新しいリハビリテーション手法の開発につながるものだと期待している.

片麻痺の回復パターンと同側性運動路の関与

 山田 深
 key words 同側性脊髄下行路 前皮質脊髄路 両側性支配 可塑性

内容のポイントQ&A
Q1.

同側性脊髄下行路とは?
 前皮質脊髄路を下行する線維の一部は,交叉することなく同側性に体幹および上肢の近位筋を支配している.また,皮質下や脊髄の介在ニューロンを介した同側性下行路として網様体脊髄路,前庭脊髄路が存在する.片麻痺においてはより同側性支配の割合の高い近位筋で障害が少ないと考えられている.

Q2.

片麻痺回復に同側性脊髄下行路が関与している証拠は?
 片麻痺から回復した脳卒中症例において,麻痺側上肢の運動中にfMRIにおいて同側運動野に賦活化がみられること,また麻痺側上肢に同側性のiMEPが誘発されることから,片麻痺の回復にも同側性脊髄下行路の関与が示唆されている.

Q3.

片麻痺の回復過程と同側性支配のかかわりは?
 同側性支配が働くのは急性期を脱してからと考えられ,初期の回復が不十分である場合には一次運動野以外の関与も含めて介在ニューロンを介した同側性支配のH回路が働くようになり,機能の再構築が起こる.

Q4.

片麻痺の回復に関する最新の知見は?
 同側性運動路にかかわる神経機構の働きには未解明の部分が多いが,同側性支配による回復過程に治療的介入が変化をもたらす可能性の立証へ向けた研究も進んでいる.近年では拡散テンソル画像を応用したトラクトグラフィーなども予後予測に応用されつつある.

ロボット工学の麻痺治療への応用−大脳皮質機能の変化

 佐伯 覚 松嶋康之 越智光宏 和田 太 蜂須賀研二
 key words 上肢ロボット 片麻痺 両手動作 脳賦活効果

内容のポイントQ&A
Q1.

どのような機器で,どのような訓練が行われているか?
 MIT-MANUS,MIME,アームトレーナー(AT),NeReBot,上肢機能訓練支援装置などがある.これらを片麻痺上肢に用いて,高強度,反復性,課題特異性ならびに相互作用性に優れた訓練が可能となる.上記の機器はいずれも麻痺側上肢近位部(肩と肘)の運動回復の効果があり,ATでは遠位部(手)にも効果がある.

Q2.

訓練効果の機序は?
 単に運動量と強度を増やしたためなのか,それとも,ロボット自身による特異的治療効果なのかは現時点では明らかになっていない.両手動作によるミラー・イメージの反復動作により,非障害側大脳半球から麻痺肢に投射している同側の皮質脊髄路(非障害側半球からの非交叉性経路)を刺激することが訓練効果の機序のひとつとして考えられている.

Q3.

中枢神経系変化としてどのようなことが示されているか?
 脳卒中急性期片麻痺患者の両手の反復動作訓練では,障害側半球の一次運動野の賦活効果が得られている.実際に上肢ロボット機器を用いた評価では,脳卒中慢性期片麻痺患者の訓練中に障害側半球運動前野の脳賦活効果が確認されている.

Q4.

臨床応用への問題点は?
 上肢ロボット訓練の効果は脳卒中急性期,回復期ならびに慢性期で確認されている.しかし,適応基準や至適運動プログラムなどが確立されていない,痙性や拘縮が強い場合は,訓練遂行が困難であるなどの問題点がある.今後,ポータブルな廉価版ロボット機器の開発を含めた臨床研究が求められる.

Q5.

従来の作業療法に示唆できることは?
 上肢ロボット訓練は従来のリハビリテーション訓練に対して補完的であり,作業療法士が一対一で実施する訓練の効果を超えるものではない.従来のリハビリテーション訓練に,補助的にロボット訓練を加えて実施することにより,リハビリテーションが強化され片麻痺上肢の回復が促進される.また,マンパワーの補助としても実地臨床で大きな利点がある.

新しい治療的電気刺激療法−Biofeedback技術の応用も含めて

 原 行弘
 key words 治療的電気刺激 脳卒中 片麻痺 リハビリテーション バイオフィードバック

内容のポイントQ&A
Q1.

新しいパワーアシストタイプTESと従来型TES装置との違いは?
・従来にない自律型closed-loop control systemであり,緻密な制御が可能で運動学習ができる.
・電気刺激のon-offスイッチ操作が不要であり,標的筋の収縮自体がスイッチとなるので,日常生活動作のなかで長時間の使用が可能.
・筋活動電位測定と電気刺激を同一の電極で行うので誤作動がない.

Q2.

治療プログラムの内容は?
・筋電測定範囲と電気刺激強度範囲を設定すれば,あとは電極を装着したままでよい.
・標的筋を使用した日常生活動作訓練や上肢巧緻訓練によって,電気刺激を用いた麻痺筋の促通が行われる.

Q3.

想定される作用機序は?
・近赤外分光法を用いた検討では,パワーアシストタイプの治療的電気刺激時には対側感覚運動領野の著しい血流増加が認められた.
・体性感覚入力増加と麻痺手の随意的運動促通の両方が,相乗効果をもって脳神経ネットワークの再構築に寄与すると推察される.

Q4.

実際の治療成績は?
・片麻痺上肢の脳卒中機能障害評価法(Stroke Impairment Assessment Set;SIAS),手関節・手指関節伸展および肩関節屈曲の自動関節可動域,主動作筋の最大Root mean square (RMS),上肢巧緻動作テストで改善が認められている.

Q5.

外来での実施方法と問題点は?
・最初に基本的なセッティングは外来で医師が行い,個々の筋電感度,電気刺激強度設定を機器に記憶させることができる.
・機器の取り扱い,自宅での訓練方法および電極固定位置を患者に指導し,あとは2週間に1度の来院で機器操作と電極固定位置の再確認を行う.
・問題点は,電極固定位置が不安定になるとTES装置の動作不安定が起きることと,痙縮からphasicな筋収縮を増幅してしまうことである.

反復経頭蓋磁気刺激による麻痺改善効果

 竹内直行 生駒一憲
 key words 脳卒中 リハビリテーション 経頭蓋磁気刺激 可塑性

内容のポイントQ&A
Q1.

刺激部位,強度,回数などの設定は?
 障害側運動野に10〜20Hzの高頻度rTMS(安静時閾値下),健側運動野に1Hzの低頻度rTMS(90〜100%安静時閾値)投与にて麻痺側機能の改善が得られると考えられる.

Q2.

麻痺改善の機序は?
 障害側運動野を高頻度rTMSにて直接刺激することにより障害側運動野の興奮性を増加し,錐体路機能の活性化および大脳皮質の可塑性が高まり運動訓練効果が増大する.健側運動野への低頻度rTMSにて健側運動野の興奮性が低下し,健側運動野から障害側運動野への脳梁抑制の減少を引き起こすことにより麻痺側機能が改善すると考えられる.

Q3.

rTMS実施方法および注意点は?
 てんかん誘発に注意する.rTMSの一般的な禁忌として頭蓋内の金属,高い頭蓋内圧,妊娠,乳幼児,心臓ペースメーカー,三環系抗うつ薬,中枢刺激薬,てんかんの家系があげられる.

Q4.

臨床応用への問題点は?
 効果持続を増強させる手段,rTMSが有効な患者背景(急性期と慢性期を含む)の検討が必要.