特集 大骨頸部骨折の地域連携パスはここまできている

特集にあたって

 高齢社会の到来に伴って急激に症例数が増加している大腿骨頸部骨折は,リハビリテーション(以下リハ)医学にとって重要なテーマであり,過去に本誌の特集企画でも切り口を変え何度も取り上げてきた.大腿骨頸部骨折の治療においては,受傷後速やかに手術を行い,早期離床,早期リハにつなげていくことが,在宅復帰の鍵であることは,以前より繰り返し強調してきたところである.
  一方で,この間の医療を取り巻く社会情勢などの変化により,在院日数の短縮化・医療の機能分化の流れが進むなかで,手術からリハ,在宅復帰までのプロセスを同一の医療機関で完結することは難しくなってきている.このような状況下では,手術と早期リハを担う急性期病院と回復期リハを担う回復期病院がシームレスに連携して,はじめて患者のスムーズな在宅復帰が可能となる.こうした流れを医療政策上後押しする意味で,平成18年4月の診療報酬改定により「大腿骨頸部骨折」に「地域連携クリニカルパス」を適用した場合に点数が認められるようになった.これを受けて全国各地で「地域連携パス」をつくろうという動きがみられはじめている.パス作成を契機に,各施設で異なっていた治療内容の標準化や情報共有,多職種連携が進み,結果として在院日数の短縮化に貢献するなどの効果もではじめている.パス点数化から1年以上経過した現状はどうなっているのか,今回の特集号はその動向に焦点をあてたものである.
  岩瀬敏樹先生には,オーバービュー的に,設立母体,関連大学もまったく異なる8病院が結集した「浜松連携パス」作成の経緯を述べていただいた.社会的要請に応えるために「小異を捨てて大同につく」精神の重要性,医療職だけでなく,事務系職員の協力も欠かせないというご指摘など,今後,「地域連携パス」の策定に取り組みたいと考えておられる先生方にとって示唆に富む内容ではないだろうか.
  「地域連携パス」はリハ医療者の大きな関心をよんでいるものの,実際に策定するとなると,診療内容の標準化や各種手続きの統一などにさまざまな困難があり,実現していない病院が多くを占めるのが現実のようである.そのようななか,いち早く「地域連携パス」に取り組んでおられる日本全国各地の先生方にご執筆をお願いした.急性期病院からは野村一俊先生,佐藤公治先生,今田光一先生,田中俊尚先生,回復期病院からは大嶋義之先生,竹前貴志先生,高田耕太郎先生,橋本郁子先生に,それぞれのお立場から,大腿骨頸部骨折の地域連携クリニカルパスの実際の取り組みについてご紹介いただいた.お読みいただければおわかりのように,連携システムに参加している病院数や具体的な事務手続き,ITの活用度合いなど,各病院・地域によりさまざまな違いがあるが,パス作成にあたってはそれぞれの地域の実情にあわせて創意工夫されている様子がうかがえる.本特集をお読みになった読者諸氏が「うちの病院もこれならできそうだ」というヒントを見つけていただければ幸いである.

 (編集委員会)

 

大腿骨近位部骨折治療と地域連携 −診療体制の変革とその効果

 岩瀬敏樹
 key words 大腿骨近位部骨折 クリニカルパス 地域連携パス

急性期病院におけるパス実例集 (1)国立病院機構熊本医療センター

 野村一俊
 key words 大腿骨近位部骨折 地域連携クリティカルパス バリアンス分析 大腿骨頸部骨折シームレスケア研究会

内容のポイントQ&A
Q1.

当院の地域連携クリティカルパスの運用システムは?
 複数の急性期医療機関を含むネットワーク(大腿骨頸部骨折シームレスケア研究会)で地域連携クリティカルパスを作成,Web上で共有している.

Q2.

地域連携クリティカルパスの特徴は?
 退院時バリアンス分析を行えるように急性期医療機関と回復期医療機関の達成目標(在院日数,退院基準)が明確に設定されている.

Q3.

患者・家族への地域連携クリティカルパスの説明は?
 患者用地域連携クリティカルパスの説明は,急性期病院において手術前に行い,同意を得たうえで手術を行うことにしている.

Q4.

転院先への連絡と転院はうまくいっているか?
 患者および家族から転院の同意を得た後は,できるだけ速やかに患者・家族の希望を考慮して転院先を決定し,原則として担当医が転院先担当医に連絡している.転院先の空きベッド状況を考慮して,手術から転院までの期間を1〜2週と幅をもたせることにより円滑な転院を可能にしている.

急性期病院におけるパス実例集 (2)名古屋第二赤十字病院(八事整形医療連携会)

 佐藤公治
 key words 地域医療連携 地域連携パス 大腿骨頸部骨折

内容のポイントQ&A
Q1.

当院の地域連携システムは?
・整形外科医中心の「八事整形会」とコメディカル中心の「八事整形医療連携会」の二本立てである.
・急性期から回復期,維持期までの施設が集まりパスを作成する.
・パスのための会でなく地域の整形外科治療向上のための会である.

Q2.

術後リハビリテーションの特徴は?
・アウトカム指向のパスである.
・あまり細かくつくらない.
・バリアンスは一時的に除外しまた戻す.

Q3.

患者・家族への連携パス説明は?
・救急外来から連携パスのインフォームドコンセントを行う.
・とにかく何回も時と場を変えて話す.
・どの職種からも話せる体制をつくる.

Q4.

転院先への連絡と転院はうまくいっているか?
・常にメールやFAXで連絡をとる.
・研修会の前後に役員会を開催する.
・合同委員会でフィードバックし検討を行う.

急性期病院におけるパス実例集 (3)黒部市民病院

 今田光一
 key words 医療連携 地域連携パス 大ル骨頸部骨折 介護

内容のポイントQ&A
Q1.

当院の地域連携システムは?
 医療圏内の3つの急性期病院,リハビリテーション・回復期病院,維持期の介護施設,在宅支援者,かかりつけ医がすべて同じパスフォーマットを使用するシステムを構築した.

Q2.

術後リハビリテーションの特徴は?
 手術の有無・術式を問わない.患者の活動性の獲得のための訓練内容,具体的日常生活動作目標に視点をおき,維持期移行後も獲得レベルが維持できているかを分析できるパスとした.

Q3.

患者・家族への連携パスの説明は?
 地域内同一の患者パスを用い,当医療圏の医療介護支援体制を理解しながら選択できるよう,医療連携室や介護サービス事業所が協力体制をとっている.

Q4.

転院先への連絡と転院はうまくいっているか?
 転院時のタイミングは患者状態よりも,空床状況など環境によるところが大きい.連携病院,施設などの受け入れ条件や家族本人の要望をマッチングさせ,病病連携にこだわらず,どのような支援体制があるかをスムーズに提示できることが重要である.

急性期病院におけるパス実例集 (4)鶴岡市立荘内病院

 田中俊尚
 key words 大腿骨頸部骨折 地域連携パス IT化

内容のポイントQ&A
Q1.

当院の地域連携システムは?
 急性期(手術)1病院−回復期(リハビリテーション)2病院であり,まずは連携を形式知化し,地域連携パスをツールとして採用した.連携パス完成をゴールとするのではなく,作成のプロセスから運用,解析,改訂の切れ目ない流れこそが本来の地域連携と位置づけ,中心に地区医師会を据えた.

Q2.

術後リハビリテーションの特徴は?
 治療方針は日本整形外科学会ガイドラインを参考に,入院当日もしくは翌日に手術を行い,術式に関係なく後療法に制限を設けず施行,2週で転院を目標にしている.現時点でパスは1種類で原則全症例適応としている.

Q3.

患者・家族への連携パスの説明は?
 大腿骨頸部骨折地域連携の形を図示しパンフレットで視覚的に説明を行う.“地域完結型医療”という方針をスタッフが共有し,患者・家族に理解を求めている.

Q4.

転院先への連絡と転院はうまくいっているか?
 当地区の特徴はMicrosoft Office infopath 2007を利用したIT化連携パスである.患者発生後,地域連携室が入力を開始,希望転院先が決定すると自動的にメールが配信される.FAXと比べ,双方向で安全かつ迅速な対応が可能となっている.

回復期病院におけるパス実例集 (1)浜松市リハビリテーション病院

 大嶋義之 岩瀬俊樹 甘井 努 高田 研 石神重信
 key words 大腿骨頸部骨折 地域連携パス 短期的集中的リハビリテーション  家族参加 早期社会復帰

内容のポイントQ&A
Q1.

回復期のリハビリテーションプログラムの実際は?
 再転倒の予防,認知症の予防を目的としたリハビリテーションを実施し,早期自宅復帰を目指す.
 (1)入院申し込みから転院までの日数短縮:入院申し込みはFAXのみ.転院の時期を術後10日〜14日(入院申し込みFAXは術後5日)にすることで,できるだけ早期に専門的なリハビリテーションを開始する.
 (2)1日の患者活動性の向上(短期的・集中的リハビリテーションの施行):立ち上がり訓練を中心とした筋力増強訓練,歩行器を利用した早期からの歩行訓練,さらにはADL訓練を主体とし早期ADL自立を目指す.そして,これらに加えて,家族に指導し病棟での立ち上がり訓練も行っている.

Q2.

急性期病院からの情報は十分か?
 共通のシート(連携パス連絡表)を利用.情報は十分とはいえないが,記載が煩雑になりすぎないよう考慮した.情報が不足している場合は,直接主治医が紹介医に電話などで確認する.

Q3.

合併症とリハビリテーションプログラムの変更は?
 当初からある合併症に関しては,それも含めてリハビリテーションプログラムを立てる.ただし,経過途中で発症した合併症に関しては,クリティカルなものであれば,リハビリテーションプログラムのみでなく,ゴール,入院期間の変更もありうる.

Q4.

在宅復帰率は?
 在宅復帰率は,2006年10月1日〜2007年4月30日の間で,パス通り進んだ場合は100%.合併症などでバリアンスとなりパスからはずれても,最終的に在宅復帰された方がほとんどであった.入院中の自主訓練習得(家族指導も含めて)を徹底することで,退院後は当院で定期通院リハを行う患者はほとんどなく,紹介元病院へ逆紹介し,当院外来で継続フォローは通常は行っていない.

回復期病院におけるパス実例集 (2)総合リハビリテーションセンター・みどり病院

 竹前貴志 佐藤 豊 曽川裕一郎 野本規絵
 key words 大腿骨頸部骨折 地域連携パス 回復期リハビリテーション 回復期病棟 合同カンファレンス

内容のポイントQ&A
Q1.

回復期のリハビリテーションプログラムの実際は?
 急性期病院にて手術治療後2週(14日)前後を回復期病院転院日に設定している.回復期病院である当院入院後は理学・作業療法の両方を処方する.退院時期は主治医,看護師,介護士,理学・作業療法士,ケースワーカーが参加する多職種による合同カンファレンスにて情報交換を行い決定する.

Q2.

急性期病院からの情報は十分か?
 地域連携パス導入当初は認知症の程度,褥瘡の程度の情報がなく問題となったが,3回/年行われる,地域連携パスに参加する施設による合同会議にて検討し,両項目とも地域連携パスに記載することにより解決した.以降,合併症による大きなトラブルはなく現時点では情報伝達は十分であると考える.

Q3.

合併症とリハビリテーションプログラムの変更は?
 地域連携パス導入後合併症にてリハビリテーションが中止となったのは2例であった.いずれも当院一般病棟転棟,および紹介元の急性期病院に転院することにて対処できた.そのためリハビリテーションプログラムの変更は特に行っていない.また合併症の疾患別にリハビリテーションプログラムは設定していない.

Q4.

在宅復帰率は?
 在宅復帰率は25/29例= 86.2%であった(2006年4月〜2007年3月).当院退院後は本人,家族が希望する医療機関(当院外来,紹介元の急性期病院,自宅近くの開業医など)に紹介を行っている.また当院でも退院後の状況確認のため退院患者全員に退院4週,療法士による電話調査を行っており,現在データ収集中である.今後地域連携パスを在宅ケアまで延長する予定である.

回復期病院におけるパス実例集 (3)新天本病院

 高田耕太郎
 key words 地域連携クリニカルパス 回復期病院 大腿骨頸部骨折 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1.

回復期のリハビリテーションプログラムの実際は?
 荷重痛がなければ,入院初日から全荷重歩行訓練を開始する.歩行介助具は,訓練室での歩行(できるADL)と病棟での歩行(しているADL)それぞれについて選択している.訓練初期には歩行時の安定性,荷重移動のしやすさ,耐久性など,それぞれ訓練時に重視すべきポイントが選択の基準となるが,最終的には退院後の環境設定や介助者の有無などにより選択する.

Q2.

急性期病院からの情報は十分か?
 観血的治療における術中所見,骨折部の固定性などの特に重要な情報については,パスによる情報提供のみならず,必要に応じて診療情報提供書や電話による情報提供を受けている.合併症・併存疾患などの情報は,急性期病院で可能な限り早く手術を行うことが望ましいことから,回復期リハビリテーションをはじめとしたその後の長期的管理を想定した場合,十分な情報を得ることが難しい場合も少なくない.

Q3.

合併症とリハビリテーションプログラムの変更は?
 リハビリテーションプログラムを変更しなければならない合併症としては,「運動」を制限しなければならないものと「生活自立度あるいは活動」を制限しなければならないものが考えられる.回復期病院におけるパス脱落患者の要因としては,「生活自立度あるいは活動」を制限しなければならないもの,特に認知症,精神症状の悪化などが多い.

Q4.

在宅復帰率は?
 連携パス完了患者の在宅復帰率は,94.4%であった.

回復期病院におけるパス実例集 (4)小松島病院

  橋本郁子
 key words 回復期病院 急性期病院 地域連携パス 病棟カンファレンス

内容のポイントQ&A
Q1.

回復期のリハビリテーションプログラムの実際は?
 回復期病院である当院は,いくつかの急性期病院とそれぞれに地域連携パスを作成・使用している.それぞれ内容に差違があるため,患者・スタッフともに混乱を生じないように,今後当院としての統一した地域連携パスを作成していく必要があると思われる.

Q2.

急性期病院からの情報は十分か?
 地域連携パスの導入により,以前よりもスムーズに合併症の治療の継続や,病棟でのADLの把握ができるようになってきている.

Q3.

合併症とリハビリテーションプログラムの変更は?
 当院転院後に感染症や骨折などの合併症をきたすこともあり,発生した場合は病棟カンファレンスにて関係スタッフが話し合い,リハビリテーションプログラムの変更を行っている.

Q4.

在宅復帰率は?
 パス導入前後で比較すると,導入後に在宅復帰率の低下がみられている.  在院日数の短縮に伴い,退院の準備に速やかに取りかかり,患者の不安を取り除いていくことが重要である.