特集 リハからみた糖尿病のトータルケア

特集にあたって

 リハビリテーション(以下リハ)の臨床場面において,糖尿病患者を診察しない日はないといってよい.また,診察・指導を積み重ねても,血糖コントロールがうまくいかない患者やどうしても間食のやめられない患者に思い悩むこともたびたびである.肥満,耐糖能異常,高脂血症,高血圧を合併したメタボリックシンドロームが広く認知されるようになったが,自覚症状に乏しいこともあり,血圧を気にするほど血糖のことは気にしていないという患者は多い.自己血糖測定を行っている患者も増えてはいるが,煩雑さもあり普及しているとはいいがたい.
  わが国における糖尿病の患者数は,糖尿病の可能性を否定できない人(糖尿病予備群)を含めると1,620万人といわれる.さらに,糖尿病患者は減るどころか世界的に増加傾向が続いている.リハ処方という点では,糖尿病そのもののコントロールを目的とした運動療法を処方することはそれほど多くないかもしれないが,脳卒中や切断の患者で糖尿病を合併している割合は高い.また,糖尿病の合併症としての網膜症や腎機能障害がある場合にはリハの進め方に配慮すべきことが多い.
  日本糖尿病学会による糖尿病の診断基準が1999年に改定されているので,以下に簡単にまとめる.
  1.早朝空腹時血糖値126 mg/dl以上,随時血糖値200 mg/dl以上,75 g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値200 mg/dl以上のいずれかであれば糖尿病型と判定する.
  2.別の日に検査して上記の「糖尿病型」が2回以上確認されれば糖尿病と診断できる.
  3.糖尿病型であり,かつ(1)糖尿病の典型的症状がある,(2)HbA1c 6.5%以上,(3)確実な糖尿病網膜症のいずれかがあれば,1回の検査だけでも糖尿病と診断できる.
  このように診断基準そのものが変更されたこと,より厳格な血糖コントロールが治療の原則となったこと,糖尿病の薬物治療が多彩になったことなど,リハ医療にかかわるわれわれも適宜知識を更新していかなければならない.もちろん厳密な薬物コントロールに関しては糖尿病の専門医に任せるべきであろう.しかし,日常的な管理,特に脳卒中患者などでは数カ月にわたる入院治療の主治医としてかかわることも多いことから,脳卒中に対するリハ処方だけではなく,糖尿病や高血圧等に対する食事や運動を含めた治療をリハ医が担当せざるをえない.しかし,トータルなケアを行うためにはむしろリハ医がふさわしいというべきなのかもしれない.
  本特集号では,このトータルな視点を持つことの重要性,薬物治療の進歩,合併症のある患者の評価・管理,運動療法の実際,フットケアに関するポイントと装具についてそれぞれ専門的な立場から解説していただいた.
  本誌では以前(1994年)にも,「糖尿病とリハビリテーション」という特集を組んでいる.あらためて読み比べてみると,この10数年間の進歩が実感できる点と,基本として求められる部分は普遍的であると感じる点がある.お手元に昔の雑誌がある読者の方は一度読み返してみられてはいかがであろう.

 (編集委員会・高岡 徹)

 

今必要なトータルケアの視点

 上月正博
 key words 糖尿病合併症 運動療法 ガイドライン 包括的リハビリテーション トータルケア

内容のポイントQ&A
Q1.

最近の糖尿病治療のトピックスは?
 インスリンアナログ,速効型インスリン分泌促進薬,αグルコシダーゼ阻害薬,インスリン抵抗性改善薬等が新たに用いられるようになり,より厳格な血糖コントロールが可能になってきた.また,科学的根拠に基づく糖尿病治療ガイドラインが制定された.

Q2.

患者の抱えている多様な障害は?
 障害が,糖尿病性大血管病(脳卒中,冠動脈疾患,末梢血管疾患),糖尿病細小血管病(網膜症,神経障害,腎症),足病変等,多様かつ全身におよぶ.

Q3.

治療の基本戦略(食事,運動,薬物)における運動の重要性は?
 糖尿病の治療においては,血糖のみならず血圧,血清脂質,体重等の適正化を図り,糖尿病細小血管症および大血管障害の発症・進展を予防することが重要である.運動療法は大血管障害の発症予防,日常生活動作の維持・向上に有用である.糖尿病患者は,インスリン抵抗性,肥満,高血圧や脂質代謝異常を伴っている場合が多く,運動療法によってこれらの異常が改善されるとともに血糖コントロールが改善する.

Q4.

リハビリテーション医に必要なトータルケアは?
 リハビリテーション医に必要なトータルケアとは,個々の糖尿病患者の身体的,精神・心理的,社会的背景および本人の希望の個人差を十分考えて,個々に治療目標を立て,単に薬物療法の選択のみでなく,包括的に診療にあたることである.

Q5.

リハビリテーション医に有利な点とは?
 リハビリテーション医とその関連職種の有する「技」と「環境」が,糖尿病に対する治療・予防に対しても大いに期待できる.「一緒に同じ目標に向かっていく」という連帯感や安心感を患者にもたせるような説明態度を心がけることが重要である.

薬物療法の進歩−ガイドラインもふまえて

 坂口一彦 春日雅人
 key words 薬物療法 運動療法 低血糖 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1.

内服薬の選択は?
 多種類の経口血糖降下薬が使用可能であるが,それらを「インスリン分泌を促進するもの」と「インスリン分泌を促進しないもの」,「食前血糖を下げるもの」「食後血糖を下げるもの」と分けると理解がしやすい(図1).
 薬剤の選択は,それぞれの薬剤の特性を理解(表2)し,患者ごとに病態や合併症,血糖コントロール状態等を考慮して決める.

Q2.

インスリン療法の注意点は?
 1型糖尿病,糖尿病合併妊娠,糖尿病昏睡(ケトアシドーシス,非ケトン性高浸透圧性昏睡)はインスリン使用の絶対適応である.
 インスリン投与によって低血糖,あるいは症例により糖尿病網膜症,神経障害の増悪を認めることがある.また長期的リスクとして体重増加にも注意が必要である.
 インスリンの吸収速度は,部位(上腕・大ル等)により影響を受けやすく,さらに運動で血流量が多くなると吸収が速くなることがあるため,リハビリテーションを開始するときやメニューの変更・量を増やすときは特に低血糖に注意が必要である.

Q3.

インスリンと内服薬の併用療法のポイントは?
 インスリンと経口血糖降下薬の併用でコントロールが改善したり,インスリン使用量を減量できる可能性がある.ただし,併用による長期予後に関して十分に明らかでないものもある.

Q4.

見逃してはならない検査値の変動は?
 経口血糖降下薬やインスリン治療を行っている患者においては,低血糖の出現に注意が必要である.
 糖尿病の血糖コントロールが極端に悪い場合(空腹時血糖250 mg/dl以上で尿ケトン体が陽性,陰性でも空腹時血糖300 mg/dl以上)等は,運動の制限が必要なことがあるため,注意が必要である.

リハ処方を考えるうえで必要な評価

 大石裕子 石神重信
 key words 糖尿病性神経障害 糖尿病性網膜症 糖尿病性腎症 糖尿病性大血管障害

内容のポイントQ&A
Q1.

自律神経障害の評価と管理は?
・症状・徴候:発汗異常,起立性低血圧,便通異常等消化器症状,心血管自律神経障害,瞳孔反射の鈍麻,神経因性膀胱,勃起障害,無自覚低血糖等.
・評価:心拍検査,血圧検査.
・管理:降圧剤等を用いた適切な血圧管理,弾性ストッキングの着用,便通改善薬の使用,低血糖を予防する血糖コントロール.

Q2.

感覚障害の評価と管理は?
・症状・徴候:主として四肢末梢優位の疼痛,しびれ,こむら返り.
・評価:pinによる痛覚検査,筆による触覚検査,C128音叉を用いた振動覚検査,深部腱反射,末梢神経伝導速度,足の皮膚病変の有無(色調・皮膚潰瘍・うおのめ・たこ等・爪白癬等の感染症).
・管理:血糖コントロール,薬物療法(非ステロイド性消炎鎮痛剤・三環系抗うつ薬・向神経系ビタミン薬・アルドース還元酵素阻害剤).

Q3.

視力障害の評価と管理は?
・症状:網膜症は網膜全体に病変がおよぶが,黄斑部に病変がかかるまでは視力障害として自覚されにくい.“見えている”ことで病変がない,としてはいけない.
・評価:眼科的眼底検査が基本となる.
・管理:血糖・血圧管理,定期的な眼科受診,光凝固術,硝子体手術.

Q4.

循環障害の評価と管理は?
・症状・徴候:胸痛・胸部不快感・動悸・息切れ・めまい・失神・間歇性跛行. 無症候性の場合もあり,スクリーニング検査が有用. ・評価:心疾患の既往の有無,安静時心電図,運動負荷心電図,負荷心筋シンチグラム,自律神経障害の合併の程度,冠動脈造影.
・管理:血圧・血糖・高脂血症の管理,肥満の解消,食事療法(カロリー制限,塩分制限),薬物療法(抗血小板薬・β遮断薬・冠血管拡張薬等),血行再建療法.

Q5.

腎機能障害の評価と管理は?
・症状・徴候:進展すれば高血圧,むくみ.
・評価:蛋白尿の検出検査,クレアチニンクリアランス,血清クレアチニン値,カリウム値.
・管理:食事療法(低タンパク食・塩分制限),血糖・血圧の管理,薬物療法(ACE阻害剤).

運動療法の視点−実効性を上げるために

 原田卓
 key words チームアプローチ 動機付け 定期的確認 合併症チェック

内容のポイントQ&A
Q1.

運動療法は本当に行われているか?
 わが国での糖尿病例における運動療法の実施率を検討した大規模な報告はない.米国での実施率は,決して高いとはいえず,日本でも同様の可能性がある.医師だけでなくコメディカルも積極的に患者にかかわり,連携をとりながら,チームとして継続的にアプローチし,運動療法への理解・動機付けを深めてもらうことが重要だろう.

Q2.

自主訓練の具体的なプログラムと訓練実施のチェック方法は?
 従来の散歩やジョギング等の有酸素運動だけでなく,レジスタンストレーニングとの組み合わせが徐々に広がりつつある.訓練実施の確認方法としては,自己申告等に加え,機器から直接パソコンに取り込んで確認する方法も出てきている.

Q3.

合併症を有する場合の運動療法は?
 最小血管症や大血管症のステージにより,運動の種類・方法等が限られてくることがある.主治医・眼科医・循環器科医等とよく相談して,安全な範囲で続けられる処方を作成し,血糖コントロールの改善・体力回復等を目指すのがよい.

フットケアと靴装具

 新城孝道  key words Diabetes Mellitus Footwear Foot Care Orthoses

内容のポイントQ&A
Q1.

足病変の発生機序は?
 糖尿病足病変の発生機序は内的因子と外的因子に大別される.前者は糖尿病神経障害,循環障害および感染症が3大要素となり,後者は生活での小外傷,熱傷その他が関与し発症する1).

Q2.

足病変の診断のポイントは?
 患者さんの訴えでは疼痛と異常な感覚に関してよく聞く.いつから?,どのようにして?,臨床経過はどうなっているのか?を聞く.長時間の歩行,作業,運動等に関して問診する.またそのとき使用していた履物に関して質問する.疼痛に関しては局所炎症所見の有無(発赤,腫脹,圧痛その他)を注意してみる.関節炎,筋膜炎が臨床的に多く遭遇する.異常知覚に関しては糖尿病神経障害との鑑別が重要である.非対称性局所的異常感覚は靴擦れ,絞扼性神経障害(チネルサインの存在),姿勢や日常生活での荷重負荷の関与が多くみられる.姿勢や歩行での足の観察および履物の観察が重要である.

Q3.

スキンケア,ネイルケアの方法は?
 スキンケアは乾燥・亀裂の防止のため入浴,足浴以外に各種の保湿剤を毎日塗布する.高度の例はサリチル酸ワセリンを使用する.サランラップとの併用が有用である.足趾間の湿潤環境があると白癬症を併発することが多い.長時間の靴下や足袋の使用を制限し,足趾間の乾燥をはかる.真菌の検出例は抗白癬菌剤の局所投与を行う.5本指の靴下は有用である.ネイルケアは爪に直角にトリミングし,陥入爪の予防を行う.爪の肥厚,白濁および変形例はトリミングを行う.陥入爪や爪周囲炎は爪のトリミング以外に抗菌剤の投与を行い,悪化進展を予防する.

Q4.

症状に応じた靴装具の選択は?
 ハンマートウや外反母趾があり市販の靴の使用が困難な例は,靴の加工ないし修理が可能であるかを検討する.高度の凹足,シャルコー関節等の変形があり,市販の靴の使用が困難である例は,靴型装具(整形外科靴)を作製する.繰り返し生じる足底潰瘍例は局所消毒や包帯で容積が増加するため治療用サンダルを使用する.また,サンダルでは創部の免荷保護が不十分な場合には,各種の足底装具を作製する.足底の荷重圧を評価し調整することが重要である.長期の足底潰瘍の治療に対してはTotal Contact CastやWalking braceを使用する.前足部や足趾の足底部に荷重負荷が生じる例では靴底をロッカーソールにすると有用である.