特集 在宅嚥下障害者に対する栄養ケア・マネジメント

特集にあたって

 救急救命技術の進歩と普及とともに高齢社会を迎えて,栄養管理の問題がクローズアップされてきた.経口摂食が不能であっても,適切な栄養を維持するための対応法(治療法)の選択肢は拡大している.一方で,病院に入院してくる高齢者では栄養状態の不良なケースが極めて多いことに,古くから気づかれていた.病気なのだから当然のようでもあるが,その背景は多因子性である.高齢で虚弱であっても独居を継続する意思が強く,それを尊重する個人主義の社会では,食事の配送サービスが早くから開始された.入院して朝,昼,夜の普通食を摂る間に貧血が改善し,ぼけ症状が消失し,ADLが自立する例が方々で経験されたからである.高齢者や障害者の在宅ケアを推進して地域での社会参加を支援する欧米での活動では,治療チームのメンバーに栄養士を含めるべきことが20世紀前半から認識されていた.
  薬もさじ加減といわれる側面は依然としてあるが,およその目安が広く受け入れられるようになっている.栄養に関しても個別対応が必要であるが,疾患ごとに,また,急性期,回復期,在宅でといった場面での,栄養スクリーニング,標準的アセスメント,栄養支援法のガイドラインが作成されるようになりつつある.急性期医療から社会参加支援まで生活の視点から介入するリハビリテーション(以下リハ)・スタッフにとっては,回復の促進,体力低下の予防,QOLの向上等の側面から栄養管理は必須の知識と技術であるとして意識され,摂食嚥下障害の取り組みへの関心は高い.病院では栄養支援チームが設置され,リハ・スタッフもチームに参加するようになったが,在宅医療と介護においても治療チームの一員として最新の栄養ケア・マネジメントについて体系的知識が必要とされている.
  今回の特集では,栄養ケア・マネジメントとは何か(オーバービュー),栄養スクリーニングとアセスメント,栄養支援のための具体的ケアプランについて,それぞれ最新の医療現場でご活躍中の第一人者の先生方にご執筆いただくとともに,リハ医療の現場から苦労した事例についてご紹介いただいた.現代の栄養ケアは包括的チーム医療の一部として位置づけられ,リハ・スタッフのかかわりかたもさまざまな形態がありうる.栄養は生命にとって最も基本的なもののひとつであるから,その治療管理に華やかさは乏しい.しかし,本特集号により,近年急速に進歩し,知識の拡大した領域であることに,あらためて気づかされる.現在,読者諸氏が担当していて治療やケアに難渋しているケースを改めて見直すことで,問題の解決に役立てていただきたい.
  将来,リハ・スタッフが在宅ケアにかかわる機会は確実に増大すると予想され,治療介護チームの一員として栄養管理にも積極的に介入できるようになりたいものである.

 (編集委員会・江藤文夫)

 

オーバービュー栄養ケア・マネジメントとは何か

 川西秀徳
 key words 栄養ケアマネジメント体制 栄養療法の一般的アプローチ 栄養管理手順 保険診療報酬と栄養ケアマネジメント 口腔ケアの重要性

在宅嚥下障害者に対する栄養アセスメント

 山東勤弥
 key words 嚥下障害 栄養アセスメント 在宅栄養管理 高齢者

内容のポイントQ&A
Q1.

外来でみる高齢者の栄養評価のポイントは?
 高齢者に特有の栄養評価の必要項目としては,薬剤,ADL,認知症,うつ状態等がある.薬剤については,多数の薬剤を服用している(polypharmacy)人が多く,食欲低下をきたす薬剤については注意を要する.ADLの低下は高齢者の栄養障害の危険因子であるので,高齢者の栄養評価にはADLの評価は不可欠の項目となる.認知症は75歳以上の後期高齢者で高頻度に発症し,病気の進行に従い栄養障害が出現する.うつ状態も高齢者に多くほとんどが未治療である.原因不明の食欲低下,体重減少はうつ状態が原因であることが多い.高齢者の栄養評価方法については,主観的包括的栄養評価法(SGA)と簡易栄養状態評価表(MNA)が有用である.

Q2.

家族から聞く栄養摂取状態の評価は?
 家庭での経口摂取量を把握することは容易ではないが,経管栄養による投与量(摂取量)は容易に把握できる.重要で忘れがちな点は,「IN」としての摂取熱量の把握だけではなく「OUT」も評価しなければならない点である.「OUT」としては,通常は排便(特に下痢に注意),排尿,発汗等であり,病的状態では,経鼻経管吸引排泄量,胃瘻・腸瘻排泄量,ガーゼ汚染量も計量されなければならない.発熱,痙攣発作,筋硬直状態の有無等も熱量消費の情報となるのでチェックすべきである.

Q3.

在宅での検査による栄養摂取状態の評価は?
 在宅患者に対してできる検査は限られているので,栄養評価としては体重測定や血液・尿検査等を用いることになる.血液検査では,アルブミン,トランスフェリン・プレアルブミン・レチノール結合蛋白等のRapid turnover protein(RTP),血清高コレステロール値等があり,尿検査では,クレアチニン身長係数,尿中3−メチルヒスチジン排泄量,尿中3−ヒドロオキシプロリン排泄量,ヒドロオキシプロリン・クレアチニン比,ヒドロオキシプロリンインデックス,尿素窒素排泄量,窒素バランス等がある.

在宅嚥下障害者の栄養ケアプランとpitfall

 丸山道生
 key words 在宅医療 嚥下障害 経腸栄養療法 摂食嚥下障害

内容のポイントQ&A
Q1.

栄養経路の種類と決定方法は?
 嚥下障害患者では,消化管の機能が保たれており,第1選択は経腸栄養である.短期間の場合(4〜6週間以内)は,経鼻の栄養カテーテルを用いるが,長期の場合(4〜6週間以上)は,胃瘻,腸瘻からの経腸栄養を選択する.

Q2.

栄養素の組成で注意する点は?
 嚥下障害患者は多くの場合,寝たきりで,他の疾患に比較し,栄養剤自体の投与量は少ないので,微量元素やビタミン等の不足に注意する必要がある.栄養剤にはナトリウム含有量が少ないため,血清ナトリウム値の低下が起こりやすい.長期の栄養療法では,栄養組成の問題点を克服する点においても,Eco-Nutritionの考えかたを導入していくことが賢明である.

Q3.

合併症(糖尿病,腎不全等)を抱える場合には?
 糖尿病用,呼吸不全用,腎不全用,肝不全用等の病態別栄養剤も市販されているので,それらの使用も考慮する.逆流や誤嚥性肺炎を繰り返す例では,経腸栄養ポンプによる持続投与,PEJ,Jett-PEG,形状調製栄養剤(固形化,ゲル化栄養剤)等を考慮する.

Q4.

通院で管理する嚥下食を用いた段階的摂食訓練の実際は?
 まずは少量のゼリーから始めて,段階的に訓練を行う.ギャッジアップの角度,食物のバリエーション,量,食事回数等の条件を1度に2つ以上は変えない.ステップアップしたら3日以上みながら,じっくりと段階を進めていく.

苦労した栄養ケア症例(1)中心静脈栄養例

 若林秀隆
 key words 在宅中心静脈栄養 栄養ケアマネジメント 嚥下障害 胃食道逆流 誤嚥性肺炎

内容のポイントQ&A
Q1.

栄養アセスメントの結果は?
 身体計測:BMI 18.1,%TSF 77%,%AMC 85%,検査値:Alb 2.7,TLC 525,Hb 9.4より混合型中等度の栄養障害と判断した.1日摂取エネルギー量は末梢静脈栄養の1,130 kcalで,Harris-Benedictの式による計算値の1,408 kcalに対して278 kcalの不足と判断した.1日必要エネルギー量は,基礎エネルギー量(978)×活動係数(1.2)×ストレス係数(1.2)より1,408 kcalと計算した.

Q2.

栄養ケアプランの内容は?
 1日1,400 kcalを目標とした.当初は経口摂取のみであったが,誤嚥性肺炎を再発し,十分な水分・栄養摂取が見込めず,胃瘻造設の許可は得られなかったため,経鼻経管栄養を併用した.経管栄養時の胃食道逆流が問題となり,チューブ先端の空腸留置や固形化・半固形化栄養を行ったが,改善がみられないため,中心静脈栄養を選択した.

Q3.

モニタリングの結果とプランの変更は?
 計算上の1日必要エネルギー量(約1,400 kcal)は摂取していたが,栄養状態に改善を認めなかった.1日摂取エネルギー量を1,640 kcalに増加した結果,栄養状態に改善を認めた.栄養状態だけでなく合併症の十分なモニタリングも必要である.

苦労した栄養ケア症例(2)経管栄養例

 山中崇 石井雅之
 key words 嚥下障害 栄養管理 経管栄養法 在宅生活

内容のポイントQ&A
Q1.

栄養アセスメントの結果は?
 BMI 17.6,%理想体重80%,%健常体重92%,TP 5.6,Alb 2.8と軽中度の栄養障害であった.Harris-Benedictの式でHBE(1,044)×活動係数(1.2)×ストレス係数(1.1)=1,378 kcalの1日必要エネルギー量と計算した.

Q2.

栄養ケアプランの内容は?
 嚥下評価では経口摂取は困難であったため,胃瘻から1日1,400kcalの注入を開始するも,注入内容が逆流,誤嚥につながったため中断.注入速度の調整,ゲル化剤の使用等で対応するも,効果は乏しく開腹腸瘻術の選択となる.

Q3.

モニタリングの結果とプランの変更は?
目標とした1日1,400 kcalの注入は安全かつ確実に行えており,肺炎,嘔吐,下痢の合併による消耗もない.栄養状態は確実に改善しているが,活動性低下に伴うエネルギー消費不足,体重増加には留意する必要がある.

苦労した栄養ケア症例(3)経口摂取・経管栄養併用例

 金丸晶子
 key words 嚥下障害 経口摂取 間欠的経口経食道栄養 Wallenberg症候群 廃用症候群

内容のポイントQ&A
Q1.

栄養アセスメントの結果は?
 重症のWallenberg症候群で前医で人工呼吸器管理・気管切開となり,発症から5カ月を経てようやくリハビリテーションが可能な状態となり転院した.転院時BMI 22.7(身長165 cm,体重62kg),血清Alb 4.1 g/dlと栄養状態は良好であった.

Q2.

栄養ケアプランの内容は?
 口腔ケア・気道感染のリスクを軽減するため間欠的経口経食道栄養法(IOE)による経管栄養とした.ADLは高くなかったが,流涎があること・気切があること・感染を繰り返すことから消耗性の状態と判断し,当初の投与エネルギー量は理想体重(60 kg)に30 kcal/kgを乗じた1,800 kcalを目標にコントロールした.

Q3.

モニタリングの結果とプランの変更は?
 体重とAlbを中心に栄養のモニタリングを行った.体重は,当初は理想体重の60 kgを指標としたが,年齢を重ね合併症を繰り返す経過のなかで55kg(BMI=20)となった.Albは3.5から4.0 g/dlを目標とし,合併症がコントロールされれば,一度低下したAlbの回復は速やかであった.経口摂取が3食可能となった後は,TC・LDLCの上昇がみられた.これが心筋梗塞と関係した可能性も否定できず,嚥下障害例でも脂質に気をつける必要があることを,本例は示唆している.