特集 二分脊椎への多面的アプローチ

特集にあたって

 65年の歴史をもつ障害児のリハビリテーション施設である肢体不自由児施設では,脳性麻痺を含む脳原性疾患の患児が最も多く,その次が二分脊椎である.頻度は進行性筋ジストロフィーよりも高い.
 二分脊椎は原因不明の難病で,先天性の脊髄損傷により両下肢運動感覚麻痺・直腸膀胱障害を呈する.わが国では5,000人に1人ほどの発症といわれている.生後すぐに脳神経外科での脊髄破裂部の修復とそれに続く水頭症のシャント術,その後のリハビリテーション・整形外科治療,泌尿器科あるいは小児外科での尿路管理と,集中的かつ濃厚な医療が行われる.各重症度における最大の機能を獲得し,退行した場合にはそれを取り戻す治療が必要である.各科の連携によるチーム治療,成長に伴う家庭療育・二次障害への援助,福祉用具の活用等が不可欠である.
 各科の治療の進歩とともに,二分脊椎クリニックの設置等,連携も進んでいる.本年で24回を迎える日本二分脊椎研究会には各科の医師・看護師・コメディカル,さらには限定的に患者会が参加している.
 1975年に発足した患者団体である日本二分脊椎症協会は,約30年を超える歴史をもち,会員約2,000名を擁し活発な活動を行っている.会報「道」を定期発刊し,1991年にはIFHSB(international federation of hydrocephalus and spina bifida)に26カ国目として加盟している.この時の会議での葉酸によるビタミンスタディの予防効果について,すでにわが国に持ち帰っている.厚生労働省,文部科学省と定期的に会合をもち,さまざまな要望を続けてきている.「小児慢性特定疾患」に加えてもらうための活動を続け,平成11年より「二分脊椎の発生病態と予防に関する総合医療に関する研究」が厚生科学研究に取り上げられ,継続している.普通学級での導尿について,保護者が学校で待機しなくてすむように,看護師の資格をもった養護教員の増員を要望している.また,冊子「二分脊椎(症)の手引き」等を刊行し,海外と連携し翻訳出版を行っている.相談窓口「情報ネットワーク室」をもち,ホームページ(http://www006.upp.so-net.ne.jp/sbaj/)での情報提供を行っている.
 今後の課題のひとつは長期治療成績の劣る重度例へのよりきめ細かな対応である.1割ほどの重度例は多くの合併症を持ち,かつては無治療で死を待つ基準(adverse criteria)が提唱されたこともあるほどである.対応が困難で家族の種々の医療対応・日々のケアへの負担は言い尽くせない.
 各科の第一線の大家による今回の特集が,本症への理解を深め,治療の進歩につながることを願っている.

 (編集委員会・君塚 葵)

 

オーバービュー 今必要なトータルケア

 君塚 葵
 key words 二分脊椎 トータルケア ライフステージ

ライフステージからみた治療・ケア(1) 脳神経外科

 新井 一
 key words 二分脊椎 脊髄髄膜瘤 水頭症 脊髄空洞症 脊髄係留症候群

内容のポイントQ&A
Q1.

閉鎖術のタイミング,癒着防止の工夫は?
 脊髄髄膜瘤の閉鎖術は,両親の十分な理解と納得が得られれば可及的速やかに行われるべきである.出生後72時間,できれば48時間以内であることが望ましい.手術では,板状に開放した脊髄(placode)周囲のくも膜に全周にわたり切開を加え,脊髄を再建するようにplacodeを縫合閉鎖する.この処置によって癒着防止が図られるものと考えられている.

Q2.

シャント術と術後の注意点は?
 手術のタイミングに関しては,脊髄髄膜瘤の閉鎖術と同時に髄液シャント術を行うという意見,閉鎖術の後に髄液感染のないことを確認したうえで髄液シャント術を行うべきとする意見がある.術後はシャント機能不全やシャント感染の有無に十分注意を払う必要がある.脳室腹腔シャント術を行った場合,患児の成長にともない腹側のシャントチューブは相対的に短くなるので,シャント再建術を行わなければならない.乳児期のシャント機能不全は比較的容易に診断できるが,年長児,成人になると,症状が多様かつ軽微なことが少なくなく,これを見逃し放置すると患者の突然死につながることがあるので注意を要する.

Q3.

脊髄空洞症の診断・治療は?
 年長児あるいは成人になって,上肢に強い筋力低下や痛み,感覚障害を呈する場合には,脊髄空洞の存在を疑う必要がある.キアリII型奇形にともなう脊髄空洞は,下部頸髄に好発するため,診断には同部に焦点をおいたMRIが必要になる.合併する水頭症が適切に治療されていることが確認された場合,脊髄空洞に対するシャント術あるいは大後頭孔減圧術が治療法として選択される.

Q4.

Untethering術の効果,適応の見極めは?
 脊髄髄膜瘤の閉鎖術を受けた患者の3〜15%,多いものでは約30%に脊髄係留症候群が合併するとされている.下肢の筋力低下,痙縮の悪化,痛みやその他の感覚障害,膀胱・直腸機能障害の悪化,足の変形等の症状・症候を呈する.Untethering術によって下肢の筋力低下や痛みは比較的よく改善するが,膀胱・直腸機能障害については多くを望むことはできない.MRIのみで診断することは困難なため,経過のなかで上記症状・症候が新たに出現すれば,脊髄係留症候群を疑い手術適応を考慮すべきである.

ライフステージからみた治療・ケア(2) 尿路管理

 井川靖彦 西沢 理
 key words 下部尿路機能障害 尿路管理 排便管理 尿失禁 清潔間欠導尿法(CIC),上部尿路(腎)障害

内容のポイントQ&A
Q1.

新生児期から幼児期(5歳未満)の尿路管理は?
 この時期の尿路管理の目的は,上部尿路機能の保持と尿路感染症の防止にある.尿路感染,水腎水尿管,膀胱尿管逆流(VUR),膀胱の変形・壁肥厚,残尿のいずれかを認める場合は,速やかに尿流動態検査(UDS)を行う.上部尿路障害の危険因子である,高圧蓄尿,高圧排尿,多量の残尿,症候性尿路感染の反復のいずれかがあれば清潔間欠導尿法(Clean Intermittent Catheterization:CIC)を導入する.高圧蓄尿に対しては抗コリン薬を投与する.上部尿路障害の出現・悪化または症候性尿路感染の反復があれば,尿路の高圧環境が是正されているかどうかを再評価し,尿路管理内容を調整する.

Q2.

幼児期から学童期前半(5〜10歳)の尿路管理は?
 上部尿路機能の保持と尿路感染症の防止に加えて,尿失禁の改善が必要となる.UDSによって尿失禁の病態を把握し,CICを主体とした保存的治療を導入する.経過観察中,上部尿路障害の出現・悪化,症候性尿路感染の反復または尿失禁の悪化があれば,尿路の高圧環境が是正されているかどうかを再評価し,尿路管理内容を調整する.それでも改善がなければ,手術療法(膀胱拡大術,逆流防止術)を考慮する.

Q3.

学童期後半・思春期以降(10歳以上)の尿路管理は?
 上部尿路機能障害および尿路感染症の予防に加えて,尿失禁の改善をさらに積極的に図り,社会生活上許容されうる状態を目指す.同時に排尿・排便の自己管理を確立する.保存的治療によって尿失禁が改善しない場合は,積極的に手術療法を導入して解決を図る.

Q4.

腹圧排尿は是か非か?
 一般に腹圧排尿は高圧排尿となり,上部尿路障害を誘発する危険が高く,その適応はほとんどない.残尿が多い場合は腹圧排尿ではなくCICを推奨すべきである.

Q5.

排便管理は?
 慢性的な便秘と大便失禁を合併することが多い.緩下剤内服によって便通を整え,適宜,用手摘便にて排便を促す.難治性の大便失禁・排便障害に対しては,順行性洗腸法が有効である.

ライフステージからみた治療・ケア(3) 整形外科

 藤井敏男
 key words 大腿四頭筋 足部変形 不安定股 歩行機能 褥瘡

内容のポイントQ&A
Q1.

麻痺レベルの評価と歩行機能獲得への予測は?
 麻痺レベルで歩行機能獲得への予測が可能である.最も重要なポイントは,大ル四頭筋の筋力で,椅子に腰掛けて膝を伸ばせるほど強ければ(徒手筋力評価3以上),装具(レベルに応じて短下肢か長下肢装具を選択)や杖を用いた歩行ができる可能性がある.乳児では足底刺激を加えて膝を自分で伸展するかどうかをみる.

Q2.

歩行獲得を障害する下肢変形への対応は?
 足部変形には,装具治療を行い,変形が進行し硬くなった場合は手術を行い無理なく装具に適合できるようにする.手術は幼少時(6歳まで)には腱を延長して変形を矯正し,成長とともに麻痺筋と健常筋との筋力の差が増大し変形が再発したときは再手術する.10歳以降で成長して骨が十分大きくなれば,骨の矯正骨切りや関節固定手術を行い,足底全体で荷重でき,安定性のある足部にする.
 股関節の屈曲拘縮は立位時不良姿勢になるため,腸腰筋のストレッチを行う.30度以上の屈曲拘縮には拘縮解離術を行う.

Q3.

歩行獲得に向けた装具の処方は?
 2歳までにスタビライザーや骨盤帯付き長下肢装具で立位訓練を行い,立位バランスを獲得させる.その後,交差性歩行装具RGOや,骨盤帯付き長下肢装具で歩行訓練を行う.大ル四頭筋力が強い患児は短下肢装具でよい.

Q4.

成長期の運動機能低下(下肢変形,肥満,麻痺等)への対応は?
 成長期には急激な身長増加により脊髄の緊張が増加し,脊髄係留症候群を生じることがある.下肢に痙性麻痺筋が出現し歩行機能が低下するため,診断が確定すれば脊髄解離術を行うことがある.下肢の屈曲拘縮は成長期に増悪しやすく,特に車椅子常用児では危険性が高い.屈曲拘縮で立位バランスが妨げられるときは,拘縮の解離術を行う.肥満は移動能力を低下させるため,家族を含め減量指導を行う.

Q5.

坐骨部褥瘡の予防と治療は?
 坐骨部褥瘡は車椅子で長時間過ごし脊柱側弯変形による骨盤傾斜を合併する場合に多くみられる.殿部を毎日注意深く観察し,皮膚の発赤等を早く発見する重要性を家族や本人に啓蒙する.褥瘡予防クッションを使用するとよい.治療は免荷と創処置で,発生を繰り返すときは骨盤傾斜を矯正する側弯手術が必要である.

ライフステージからみた治療・ケア(4) リハビリテーション科

 沖 高司
 key words 二分脊椎 歩行能力 下肢機能評価 知的発達 褥瘡

内容のポイントQ&A
Q1.

就学にむけた問題と必要な評価は?
・下肢機能評価により歩行能力の目標を設定し,下肢装具を選定する.
・歩行能力の確立と身辺自立を目指してリハビリテーションを施行する.
・集団生活を通して社会性アップとバランスのとれた知的発達の促進を図る.

Q2.

失禁等学校生活上で問題となりやすい点は?
・学校生活においては失禁のみならず移動,学業と難問が多い.
・問題解決には家族,教師のみならず学友の理解と協力が必要である.
・年長化とともに関節不安定症,疲労骨折,褥瘡と二次的障害が起こりやすい.

Q3.

就職,結婚等社会的自立に伴う問題は?
・就職には良好な知的発達と移動の自立が重要である.
・結婚にはスポーツ等社会的活動に積極的に参加することが必要である.
・健康生活には排尿,排便管理と二次障害の予防が大切である.