特集 NPPVと呼吸リハビリテーション−急性期を中心に

特集にあたって

 新しい人工呼吸管理の方法論のひとつとしてあげられる非侵襲的陽圧呼吸法(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)は,川前金幸によれば,欧米においては1940年代にマウスピースを使用した間欠的陽圧呼吸法(intermittent positive pressure breathing:IPPB)により人工呼吸を行ったころに端を発し,神経筋疾患,新生児,慢性期呼吸不全へと対象を拡大してきたといわれている.1990年代,わが国においても肺結核後遺症や筋ジストロフィー症等の慢性期呼吸不全患者を中心としてその有用性が確認され,国内外のエビデンスの確立とともに急速に多くの呼吸不全患者に用いられ,なかでもCOPDの急性増悪等では劇的な効果をあげてきている.とりわけ鼻マスク人工呼吸法の開発やbilevel PAPの呼吸機器の出現によってNPPVは大きく前進し,従来からの侵襲的陽圧呼吸法(invasive positive pressure ventilation:IPPV)を凌駕するアウトカムが報告されてきている.
 呼吸リハビリテーション(以下リハ)の現場においても,従来の肺理学療法に加えて,排痰治療へのカフマシーンの導入等状況が大きく変化してきている.しかしながら,このNPPVという新しい治療法も,その常として新しい分野への適応拡大,試行錯誤,治療法のシステム化,集学的な治療スタッフの教育・連携のありよう・研修制度など数多くの問題を内包しながら急速に普及しつつあるのが現状である.いま一度呼吸リハの視点から,呼吸リハが得意とする,また必要とされる分野におけるNPPVの実際と問題点について,急性期呼吸不全を中心とするリハ医とリハスタッフのチームアプローチの課題をそれぞれの分野から提示していただこうというのが今回の特集の意図とするところである.
 強調されるべきはエビデンスの質ばかりではなく,オーバービューにもあるとおり,関係する医療スタッフ全員(医師・看護師・理学療法士・臨床工学技士・在宅のかかりつけ医・訪問看護師)や介護する家族や本人を含めての習熟と連携が是非とも必要である.呼吸リハの役割はNPPVでさらに増大し,的確な基準に基づく導入や正確に同期された呼吸介助は治療効果を高めるだけでなく,患者自身のQOLを向上させる意味でも重要である.呼吸という生命に直結するリスクをはらんでいるだけに,NPPVの普及や適応がより慎重に推進されていくことで大きな成果をわれわれにもたらしてくれることを期待する.

 (編集委員会・住田幹男)

 

オーバービュー−IPPVからNPPVへ

 石原英樹
 key words 非侵襲的陽圧換気療法 気管挿管下人工呼吸 気管切開下人工呼吸 慢性呼吸不全良性増悪 ARDS

周術期呼吸リハビリテーションとNPPV

 粳間 剛 安保雅博
 key words 非侵襲的陽圧換気 周術期 呼吸リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1.

適応基準は?
 「International Consensus Conferences in Intensive Care Medicineによる急性呼吸不全に対するNPPVの指針」では,「術後呼吸不全」でのNPPV適応はレベルB(やや強い根拠)で推奨されている.しかしながら,さまざまな病態や疾患・術式による,NPPVの適応については十分な検討がなされていないのが現状である.よって,現在のところ術後NPPV導入の明確な基準はない.

Q2.

人工呼吸器の選択は?
 NPPVの主なインターフェイスには,nasal mask typeとfull-face typeがある.急性期NPPVでは,full-face typeの有用性が高い.いずれのタイプにせよ,患者にベストフィットするマスクを選択することが,NPPV導入に最も重要な点のひとつである.  人工呼吸器には,通常はBi-level typeの呼吸器が用いられ,アラーム・モニタリング機能・FIO2調節機能搭載機が望ましい.急性期管理のためのNPPV専用器の代表に,Respironics社製のBiPAP Visionムがある.

Q3.

肺理学療法との併用は?
 NPPVとうまく同期させた呼吸介助は,換気量増大と仕事量軽減,呼吸器と自発呼吸のミスマッチの減少,トリガーエラーの改善をもたらす.体位ドレナージや,呼吸筋群のリラクセーションの併用も有効である.排痰介助・排痰法指導も重要であり,特に就寝前には,しっかり排痰をさせておく必要がある.

Q4.

合併症と対策は?
 最も多い合併症はマスクおよびairflowによる顔面の圧損傷であり,予防のためマスクフィットに注意する必要がある.重篤な合併症はまれであるが,低血圧,消化管損傷,誤嚥,気胸等があげられ,慎重な患者選択を要する.

COPDの急性増悪とNPPV

 加賀谷 斉 高橋仁美 本間光信
 key words 慢性閉塞性肺疾患 急性増悪 非侵襲的陽圧人工呼吸 呼吸リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1.

適応基準と除外基準は?
 NPPVはCOPDの急性増悪に対する第1選択であり,適応基準は通常を上回る中等度から高度な呼吸困難で呼吸回数>24/分,呼吸補助筋の使用,奇異性呼吸,ガス交換障害としてPaCO2>45 mmHg,pH<7.35またはPaO2/FIO2<200である.除外基準は意識障害,本人の非協力,誤嚥,多量の気道分泌物,心筋梗塞,肺塞栓等であるが,CO2ナルコーシスによる意識障害の場合はNPPVにより回復可能な場合があるので試みてもよい.

Q2.

薬物療法との併用は?
 薬物療法には気管支拡張薬,副腎皮質ステロイド薬,抗菌薬がある.第1選択は短時間作用型気管支拡張薬である吸入β2刺激薬であり,早急な改善が得られない場合は抗コリン薬が追加される.気管支拡張薬に併用した副腎皮質ステロイド薬投与も推奨されている.呼吸困難,痰の量,膿性痰のうち2つ以上が増加すれば抗菌薬が有効である.

Q3.

在宅への移行は?  安定期のCOPDに対するNPPVの有効性は明白ではないが,しばしば用いられている.睡眠時無呼吸を合併する症例では効果が高いと考えられる.しかし,安定期COPDでは他の疾患に比してNPPVの継続率は低い.

Q4.

呼吸リハビリテーションは?
 排痰,呼吸介助,離床,歩行訓練,筋力訓練等が行われることが多い.NPPV装着下でもトレッドミルやエルゴメーターは可能であり,バッテリー駆動式NPPVを使用した歩行訓練や自宅で可能な体操も考案されている.

高位頸髄損傷とNPPV

 土岐明子 住田幹男
 key words 非侵襲的陽圧換気療法 高位頸髄損傷 人工呼吸器 呼吸器合併症 呼吸麻痺

内容のポイントQ&A
Q1.

適応基準は?
 咽頭・喉頭機能が正常で嚥下障害がないこと,患者の理解と協力が十分あることが必要である.

Q2.

気管切開による人工呼吸管理からNPPVへの移行は?
 まずカフなしカニュレによる高容量の1回換気量での人工呼吸管理とし,その後NPPVへの移行を行う.

Q3.

気管切開を回避するためには?
 NPPVでの深呼吸,咳の方法を習得させ,日ごろから肺の弾性を保ち,気道分泌物を除去することを指導する.

Q4.

在宅への移行は?
 呼吸状態は安定し家族の負担となる吸引操作も不要となるので,気管切開での人工呼吸管理症例の在宅復帰より容易である.往診医・訪問看護ステーションとの連携は密に行う.

ALSへのNPPVの導入

 中島 孝 川上英孝 伊藤博明
 key words ALS NPPV 機械的排痰(MAC) 多専門職ケア

内容のポイントQ&A
Q1.

ALSにおけるNPPVの臨床効果は?
 ALSの進行を止める有効な治療薬はないが,NPPV(Noninvasive positive pressure ventilation)による陽圧換気療法は呼吸不全症状である低酸素血症や脳や筋肉を含む諸臓器の機能を改善する.ALSの呼吸筋力低下は運動ニューロンの変性によるものだけでなく,呼吸筋疲労が加わっているため一定時間,陽圧換気を行うことで,呼吸筋が休息し筋力の回復も認められる.具体的にはALSの進行による%FVCの低下率が軽減する.上手にNPPVと機械的排痰(MAC)を組み合わせれば明らかにTPPVのタイミングを1年以上遅らせられ,QOLも向上する.

Q2.

NPPVの開始のタイミングとインフォームドコンセントは?
 NAMDRCのconsensus conference reportはALSにも利用され,診療ガイドラインがつくられているが,その基準より早く開始するほうがよい.早朝の頭痛,夜間のSpO2トレンド,労作時の呼吸困難感,%FVCを参考にするが,呼吸困難感を感じる前に導入・装着し慣れてもらうと成功率が高まる.ALSは嚥下障害をおこすため,PEGを先行させる必要がある.呼吸不全が高度(%FVC50%未満)になってからのPEGは難易度が高く,NPPV使用中の経鼻胃管はリークの原因となる.栄養障害はNPPVの阻害要因となる.上記のインフォームドコンセントのためには多専門職種ケアアプローチをもとにした信頼関係が最も重要である.

Q3.

装置,マスクの選択は?
 マスクは種類とサイズを数種類準備し慣らしながら患者に合わせこむ.球麻痺の程度が少なく,閉口できる場合は鼻マスク,それ以外は鼻口のフルフェイスマスクを第一に選び,リーク量をみながら試行錯誤する.トータルフェイスマスクはALSにも大変有用である.ナラティブに基づく医療(NBM)を利用した心理的サポートが成功率を高める.通常,Bilevel PAPの機能をもつNPPV装置を選び,S/Tモードで開始する.患者とのコミュニケーションと装置にメモリーされた実測の呼吸パラメータをパソコンに転送し同時にSpO2トレンドを参照して調整する.

Q4.

NPPVの導入・継続困難例の分析と対処は?
 呼吸理学療法,PCF(ピークカフフロー)の測定とカフアシスト(MAC,機械的排痰)の併用が必須である.NPPV導入維持困難例には導入時期の遅れ,マスクと装置選択や設定の不適合,呼吸理学療法とMACの未導入,PEGの未導入や栄養障害,心理的アプローチの不足,患者・家族の不安や相互の信頼関係の不良,呼吸ケアチームの不在や患者・家族との信頼関係の欠如等の理由があり,解決を図る必要がある.MACで十分に排痰できない場合はNPPVの継続は困難となるため,TPPVも考慮する.