特集 ポストポリオ症候群のリハビリテーション

特集にあたって

 わが国では1940年代の終り頃から1960年初頭にかけて脊髄性小児麻痺(以下ポリオ)の流行があり,特に1951年には4,233人,1960年には5,606人もの多数の罹患者(特に乳幼児)があった.
 当時は巷にポリオウイルスが蔓延しており,多数の人が経口感染し,その一部の人(1〜2%)が発症した.ウイルスは腸管から体内に侵入し,中枢神経系の特に脊髄前角細胞を冒し,四肢・体幹に非対称性の運動麻痺を生ずる.下肢の発症が多く,その麻痺は発症直後に最も重篤で,しばらくするとある程度まで回復し,その後安定した状態が数十年続く.そのために医療界ではポリオの麻痺症状は固定して変らないと考えられていたが,1980年代に入り,患者がポリオ罹患後中年になってから易疲労性,筋力低下,痛み等の新たな障害が現れてくることが問題となり,それをポストポリオ症候群(以下PPS)と名付けた.近年になってわが国ではかつて流行期にポリオを発症した方々が,40代,50代になって,そのような障害(PPS)を生じていることが分かり,平成10年には厚生科学研究の1テーマとしてとり上げられている.
 PPSは,ポリオ患者特有のガンバリ気質に由来する過度の活動(オーバーワーク)で生ずることが多いが,廃用や老化もそれに関与してくる.PPSの誘因がオーバーワークであれば活動度を下げるように指導するが,廃用や老化が関与している場合は適度でマイルドな運動指導を行い翌日に疲労感を残さない程度に止める.ここで大切なことは,類似の症状を示す他の多くの疾患を鑑別診断し除外することである.四肢の麻痺の部分や程度は個人個人で異なるためPPSに対する治療はテーラーメードでなくてはいけない.
 ところで,わが国におけるポリオ発生頻度のデータから分かるように,1961年7月21日(昭和36年)に生ワクチンの全国一斉投与が始まったお陰で,新しい発生が激減し,以降ポリオの流行は終息した.その影響で昨今のわが国の医学教育カリキュラムからポリオがほぼ姿を消し,現在ポリオ患者の診断経験のない医師が大勢を占めるに至っている.そのような時代背景と子供の頃ポリオに罹患して中年になった多数の方々のなかに機能低下という問題が生じていることから,特にリハビリテーション医はこのPPSの本態とその対応を知る必要があり,この度の特集テーマに選ばれた.
 今回はPPSにかかわりを持ち造詣が深く,指導的立場におられる5人の方々(清水先生,Halstead先生,水間先生,蜂須賀先生,石川先生)にそれぞれの領域でPPSやポリオにつき論述していただいた.特にNRHのHalstead先生はご自身がポリオ患者でPPS経験者でもあり,この分野には経験豊かで国際的にも著名な先生なので,ワシントンDCまで原稿を依頼した.
 本特集はリハビリテーション医療に携わるわれわれこそ,さらにポリオの実態を知り,後遺症に悩む多くの患者の診断と治療,ならびに生活指導のノウハウを学び,その正しい知識と技術が患者のQOL向上に役立つことを願っている.
 Topicsとして芳賀先生に弱毒化ポリオウイルスによるワクチン由来の麻痺発生例の問題を提示していただき,ポリオの会代表・小山さんにはOSCEを通じた医学教育への貢献の実情とご意見をいただいた.
 また今回の特別寄稿はこの領域のエキスパートである高坂先生に,ポリオのような麻痺性疾患に起こりがちな性器脱の病態と治療法につき述べていただいた.

 (編集委員会・米本恭三)

 

ポリオの疫学

 清水博之
 key words ポリオウイルス ポリオワクチン ポリオ根絶計画

内容のポイントQ&A
Q1.

わが国と各国ポリオの発生状況は?
 1988年時点で125カ国,350,000症例とされたポリオ流行国およびポリオ症例数は,世界ポリオ根絶計画の進展により,2005年現在,ナイジェリア,インド,パキスタン,アフガニスタンの4カ国,2,000症例弱に減少した.日本国内では,1981年代以降,野生株によるポリオ患者は報告されていないが,経口生ポリオワクチンの副反応によるワクチン由来麻痺症例が,少数例ながら発生している.

Q2.

ポリオウイルスの特徴は?
 ポリオの原因となるポリオウイルスは,比較的小型のエンベロープを持たない一本鎖RNAウイルスで,3種類の血清型を有する.経口感染後,腸管や咽頭で増殖し,感染後数週間程度糞便中にウイルスが排出され,糞口あるいは経口飛沫感染により伝播する.

Q3.

感染から発症とその後の臨床経過は?
 急性灰白髄炎(ポリオ)は,ポリオウイルスの中枢神経組織への感染により引き起こされる急性ウイルス感染症で,一般的には小児麻痺として知られている.典型的な麻痺型ポリオ症例の場合,ポリオウイルスによる運動神経細胞の不可逆的傷害により,四肢の弛緩性麻痺を特徴とするポリオを発症する.重篤な場合,呼吸筋麻痺等により死亡する場合もある.

ポストポリオ症候群の診断,評価と管理

 Elizabeth M.Kilgore MD
 (National Rehabilitation Hospital)
 Lauro S.Halstead MD
 (National Rehabilitation Hospital, Department of Rehabilitation Medicine Georgetown University Medical Center)
 key words ポリオ ポストポリオ症侯群 リハビリテーション医療 筋力低下 疲労

内容のポイントQ&A
Q1.

ポストポリオ症候群の発症原因は?
 原因は特定されていないが,ポリオの急性発症から回復する過程でできあがった巨大な運動単位が変性することによるものと考えられる.

Q2.

ポストポリオ症候群でみられる症状は?
 疲労,筋力低下,筋痛が主要3徴候であるが,他にも睡眠障害,呼吸機能障害,嚥下障害,ADL能力低下等がみられる.

Q3.

ポストポリオ症候群の診断基準と鑑別診断は?
 麻痺性ポリオから回復し,安定した期間の後に新たに筋力低下等が生じることが診断基準となる.また疲労,筋力低下,筋痛を引き起こす他の疾患との鑑別が必要で,電気診断,各種の検査が有用となる.

リハビリテーションアプローチ(1)
運動療法

 水間正澄
 key words ポストポリオ症候群 筋力低下 疼痛 運動療法

内容のポイントQ&A
Q1.

運動障害の評価は?
 障害の評価項目としては関節可動域検査,徒手筋力検査,四肢周径・四肢長の計測,立位姿勢の観察,歩行分析,体重増加の有無,疲労,疼痛とその部位等がある.電気生理学的診断では針筋電図により神経原性変化や脱神経電位の有無をみる.骨関節単純X線撮影やCT検査による脂肪変性の程度は有用な情報となる.加えてCK,ミオグロビンなども測定し,経時的な評価を行うことが重要である.

Q2.

適切な運動の負荷・頻度は?
 筋力低下には個々のニーズ,残存筋力,症状に応じて実施計画がなされるが,障害が軽度の筋を適度に運動させ,より障害が高度な筋には過度な運動を控えながら過用や二次障害を生じないようにすることが原則である.筋力低下,身体所見,筋電図所見等から負荷・頻度が検討される.  疼痛にはその原因により物理療法と運動療法を組合せて行うが,ストレッチや姿勢の改善は有効である.

Q3.

望ましい運動の種類は?
 徒手筋力が3+以上ある患者に対しては,十分に計画された筋力強化プログラムにより安全に筋力増加の効果を得ることが可能である.運動に際しては,過用の徴候である痛み,疲労,脱力を避けることが重要であり,疲労感や筋肉痛がその指標となる.障害の程度に応じたウォーキング,自転車,水泳,温水中での運動等は有効である.

リハビリテーションアプローチ(2)
下肢装具

 牧野健一郎 蜂須賀研二
 key words ポストポリオ症候群 下肢装具 仮装具 炭素繊維強化樹脂(カーボン) 弛緩性麻痺

内容のポイントQ&A
Q1.

歩行の評価は?
 Ambulation Disability Index, Functional Ambulation Categoryを用いて分類する.補装具の使用状況を確認する.

Q2.

装具の選択は?
 基本的に軽量で適合がよく外観が優れている装具が望ましい.脚長差には足底装具(補高),足関節の不安定性には短下肢装具,膝・足関節両方の不安定性には短下肢装具(底屈位)または長下肢装具を用いる.

Q3.

使ってもらう工夫は?
 患者の訴えを十分に聞き希望を最優先し,残存する動きを損なわない装具を処方する.軽量で支持性・耐久性のある素材を用い,装具に慣れるまで十分に時間をかける.

リハビリテーションアプローチ(3)
呼吸リハビリテーション

 石川悠加
 key words ポストポリオ症候群 呼吸リハビリテーション 非侵襲的陽圧換気療法 睡眠時無呼吸症候群 呼吸機能評価

内容のポイントQ&A
Q1.

頻度の多い障害とその原因は?
 ポストポリオ症候群では,呼吸筋力の低下に加え,脊柱側弯,肥満,睡眠呼吸障害,喉咽頭機能低下を高率に認める.咳と深呼吸の能力が低下すると,無気肺や微小無気肺,誤嚥性肺炎,急性呼吸不全や術後の気管挿管の抜管困難や人工呼吸器の離脱困難になりやすい.

Q2.

呼吸機能の評価は?
 慢性肺胞低換気症状に注意する.定期的に,肺活量(VC),1秒量(FEV1),自力と介助咳の最大流速(PCF),最大強制吸気量(MIC),覚醒時と睡眠時の酸素飽和度と炭酸ガスの非侵襲的モニターを行う.

Q3.

人工呼吸器の選択は?
 換気補助の第1選択は,非侵襲的陽圧換気療法(Noninvasive Positive Pressure Ventilation:NPPV)である.

Q4.

睡眠時無呼吸症候群への対応は?
 肺活量が低下すると高率に合併する.睡眠時の低酸素血症や高炭酸ガス血症に対して,CPAPの効果が不十分なこともあり,NPPVの適応を考慮する.

ワクチンによるポリオ感染

 芳賀信彦
 key words ポリオ 生ワクチン 弛緩性麻痺 ワクチン関連麻痺性ポリオ