特集 高次脳機能障害のリハビリテーションはどう変わるか−モデル事業の経験を通して

特集にあたって

 平成13年度から5年間にわたり厚生労働省の指導の下,高次脳機能障害支援モデル事業が行われた.このモデル事業では診断基準,標準的訓練プログラム,標準的社会復帰・生活・介護支援プログラムが策定され,さらに相談支援コーディネーターという職種が確立された.本モデル事業の注目すべき点は,机上の空論ではなく,参加自治体が実践しその有効性を証明したことである.高次脳機能障害に対する医療・支援体制はまだ十分ではないが,モデル事業を契機として当初に比べると整備が進んだ.高次脳機能障害の知名度は上がり,それとともに求められる医療水準も高くなってきている.日本リハビリテーション(以下リハ)医学会では毎年のように高次脳機能障害のセッションが企画されている.そして,本年度は障害者自立支援法の下,高次脳機能障害支援普及事業が全国で始まった.このような状況下,高次脳機能障害のリハについていま一度検証し,次のステップへの踏み台とすべく,この特集を企画した.
 まず,今橋久美子先生にはオーバービューを執筆していただいた.共著者の中島八十一先生はモデル事業開始のときから中心となって活躍され,現在も高次脳機能障害支援普及事業の中枢におられる.高次脳機能障害の現状とその問題点について述べていただいたうえで,モデル事業についてその成果も含めて概括していただいた.モデル事業にかかわったことのない読者にもその概略をつかんでいただけるものと思う.
 伊藤武哉先生には高次脳機能障害の診断基準をその注意点とともに述べていただいた.モデル事業で提唱された診断基準は,支援する範囲を定めた行政的な基準といえるが,その他,それぞれの立場での基準が存在することも知っておくべきであろう.さらに画像診断,スクリーニングテスト,ディープテストについて解説していただき,また,急性期病院での評価で重要な点をあげていただいた.
 長岡正範先生は国立身体障害者リハセンターでモデル事業の推進に尽力されてきた.高次脳機能障害の基本的な訓練方針に加え,代表的な障害像である記憶障害,注意障害,遂行機能障害に対するリハアプローチについて解説していただいた.高次脳機能障害の訓練に際して有益な情報やヒントが詰まっている.
 田谷勝夫先生には高次脳機能障害者の就労という面から専門家の立場で筆をとっていただいた.高次脳機能障害者の就労は困難なことが多く,その困難さを実際に経験された読者も多いのではないかと思う.円滑に就労を推し進めるには,医療側と職能訓練側の連携が重要である.本稿がその架け橋として活用されることを希望する.
 最後にモデル事業をふり返って,医療サイドから本田哲三先生,当事者サイドから東川悦子先生のご意見をいただいた.両先生のご意見をそのまま熟読していただければよいと思うが,当事者,医療・福祉・行政など関係する人々相互のコミュニケーションが重要であろう.これは高次脳機能障害に限ったことではなく,すべての障害に通じるリハの基本である.
 モデル事業が終わり,高次脳機能障害のリハはこれからが正念場である.本特集を契機に高次脳機能障害に積極的に取り組むリハ科医が増えれば本望である.

 (編集委員会)

 

オーバービュー−モデル事業で高次脳機能障害へのアプローチはこう変わる

 今橋久美子 中島八十一
 key words 高次脳機能障害 医療 福祉 厚生労働省 モデル事業

内容のポイントQ&A
Q1.

高次脳機能障害者の現状と問題点は?
 ・高次脳機能障害は外から見えにくい.
 ・診断やリハビリテーションにくわしい専門家が少ない.
 ・地域によっては適切な医療や福祉サービスを十分に受けていない.

Q2.

モデル事業の目的と現在までの進捗状況は?
 ・高次脳機能障害者が,医療・福祉サービスを適切かつ円滑に受けられるようにする.
 ・平成13年度から5カ年でデータを集積し,診断基準,評価方法,訓練プログラム,支援プログラム,支援サービスの提供のあり方をまとめ,平成17年度末に終了した.
 ・モデル事業参画自治体では支援ネットワークの構築ができ,医療・福祉サービスが適切に提供できるようになった.

Q3.

モデル事業の成果は?
 ・行政的に高次脳機能障害者の定義が明確になり,社会復帰のために必要なサービスの提供方法が具体的に示された.

高次脳機能の評価方法

 伊藤武哉 生駒一憲
 key words 高次脳機能障害 診断基準 画像診断 神経心理検査 び漫性軸索損傷 高次脳機能障害支援モデル事業

内容のポイントQ&A
Q1.

高次脳機能障害の診断基準は?
 現在臨床的に用いられている診断基準には,高次脳機能障害支援モデル事業,自賠責の基準,労災認定の基準がある.それぞれ基準の解釈に微妙な違いがあるため注意が必要である.診断基準に該当する疾患,除外する疾患を整理しておく必要がある.診断の際,経時的な症状変化を追うことも重要で,疾患・事故の発症時よりも症状が極度に悪化していたり,症状に日内変動があったり,天気により左右されるような場合は受傷後の精神疾患や認知症の発症等を考える必要がある.

Q2.

画像診断の有用性は?
 高次脳機能障害を評価するための画像診断の有用性としては,(1)鑑別診断可能,(2)急性期で画像所見が乏しいときは,経時変化を追跡し軸索損傷がないか確認可能,(3)損傷部位から症状が説明できるか検討可能,(4)予後予測に利用可能等の点があげられる.

Q3.

これだけはしてほしい急性期病院での評価は?
 急性期の情報として重要なものに,頭部外傷患者では意識障害の有無とその経時的推移,外傷後健忘の期間がある.Trauma Score〔1分間の呼吸回数/収縮期血圧(mmHg)〕,神経学的所見(麻痺・失語の有無,瞳孔反応・瞳孔径,眼球運動・眼位,末梢神経・脊髄損傷の有無等),随伴外傷,不穏状態の有無とその期間等をなるべく,経時的に詳細に記録しておくことが望ましい.そのほか,簡単な記憶・認知のスクリーニングテストとしてMini-Mental State Examination(MMSE),改訂長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)や,三宅式記銘力検査があり,比較的短時間に可能なため認知リハビリテーションの早期導入の目安として推奨される.

Q4.

ディープテストとして用いられる検査とアセスメントは?
 高次脳機能障害の診断のためには,1種類の検査ですべての異常がとらえられるわけではない.さまざまなテストバッテリーを行って初めて異常が判明する場合がある.代表的なものは表5のとおりである.患者の日常生活での様子も参考にして,これらをいくつか組み合わせて能力欠損を明らかにすることが重要である.

多様な障害像とリハビリテーション・アプローチの選択基準

 長岡正範
 key words 認知リハビリテーション 高次脳機能障害モデル事業 記憶障害 注意障害 遂行機能障害

内容のポイントQ&A
Q1.

高次脳機能障害訓練の基本方針は?
 個々の認知機能の改善のみならず,代償手段の獲得,障害の認識,患者を取り巻く家族に対する心理的対応など包括的な対応が必要.

Q2.

記憶障害とリハビリテーションアプローチは?
 記憶障害の特徴を明らかにすることが重要.反復訓練による記憶の改善は困難であることが多い.外的補助手段の上手な活用が鍵になる.

Q3.

注意障害とリハビリテーションアプローチは?
 注意機能は全ての認知機能の基礎になる.急性期からの経過によって,注意障害の程度が異なる.訓練を行う状況,課題を構造的に簡単なものから複雑なものに移行させる.

Q4.

遂行機能障害とリハビリテーションアプローチは?
 仕事を完成させるのに何が問題になるか,具体的な課題のなかから問題を明らかにする必要がある.

Q5.

入院と外来のリハビリテーション治療はどうあるべきか?
 病院内の各関連職種,病院外の作業所職員と連携をとることが大切である.

医療から社会へ−復職へ向けた支援体制の整備

 田谷勝夫
 key words 高次脳機能障害 職業リハビリテーション 職場復帰支援プログラム

内容のポイントQ&A
Q1.

高次脳機能障害の職能検査(職業適性検査)は?
 高次脳機能障害者に対しては,(1)医療リハビリテーションで用いられている神経心理学的検査バッテリーおよび(2)現実の職業場面での作業を想定したワークサンプルを含むトータルパッケージを用いる.生活場面や職業場面のどこでどのような問題が現れ,どう対応すればよいかがわかるような検査が求められている.

Q2.

職業トレーニング(職能訓練)はこうして?
 職業準備訓練では,(1)より詳細な障害特性や職業上の課題の把握とその改善を図るための作業支援,(2)職業に関する知識の習得を図るための支援等を行う.高次脳機能障害者の場合,障害への気づき・理解・受容が職業選択や就労後の作業遂行・職場適応の鍵となるため,平成17年度以降は本人の障害認識を高めるアプローチに重点を置いた支援を行っている.

Q3.

復職へのステップと支援体制のありかたは?
 職場復帰支援プログラムは就業中に受傷した,現在休職中の高次脳機能障害者で,職場復帰が可能と判断されている者に対して(1)基礎評価/課題分析,(2)作業評価/職務再設計,(3)模擬講習/環境整備,(4)職場適応/ジョブコーチ支援を行う段階的プログラムである.就職後の継続的な支援を行う事業も,平成14年から全国の地域障害者職業センターで導入されている.

Q4.

実際の職業復帰と問題点は?
 復帰プログラム利用後6カ月の時点で,就業可能であった者が83.7%と多数を占めるが,受傷前と同様の業務で働ける者は1割以下というのが実状である.また,約1年後には27.3%が離職を余儀なくされていたことから,事業者側の配慮と長期フォローアップが不可欠である.

高次脳機能障害のリハビリテーションの課題と展望−医療サイドから

 本田哲三
 key words 高次脳機能障害支援モデル事業 高次脳機能障害者実態調査 高次脳機能診断基準(行政的) 高次脳機能障害標準的訓練プログラム 高次脳機能障害者標準的社会復帰生活介護支援プログラム

解決に確かな道筋が期待できるのか−患者・家族から

 東川悦子