特集 後期高齢者−リハビリテーションの視点から

特集にあたって

 今年6月に成立した健康保険法等の一部を改正する法律(高齢者の医療の確保に関する法律)により,平成20年4月から後期高齢者を対象に独立した医療制度(後期高齢者医療制度)が創設されることとなった.こうした医療制度改革の基本は高齢社会における医療や介護費用の抑制,特に公的支出の縮小にある.良質な医療を提供する体制の確立には財源の確保が優先されると考えられている.エコノミックアニマルとしては定められた配分枠のなかで,いかに良質な医療サービスを提供するかを工夫することに向いていることは確かかもしれないが,望ましい医療のモデルがあって,その実現に近づけるために配分を工夫する練習もしたいものである.
 20世紀の目覚しい寿命の延長は経済社会の発展を背景としたものであり,その成分としては医学や医療技術の進歩以上に衣食住環境の整備が寄与したと考えることもできる.その結果,20世紀初頭から指摘されていたことだが,延長されたライフの質の充実が保健医療従事者の大きな使命となっていることが改めて実感される.そのためにはリハビリテーション(以下リハ)の技術を基本とした後期高齢者のための医療と介護,さらには社会参加支援が,21世紀から22世紀へ向けての社会福祉と医療の最重要課題となりつつある.
 欧米では,1970年代になると「性の解放」の次の課題として「尊厳死」が取り上げられるようになった.ホスピス運動もその流れにあった.わが国では脳死臓器移植の動向をみても,死を正面から論じることは難しいが,財政的圧力から高齢者の医療制度のあり方について出口から見直すことへの関心が高まりつつある.そこで改めて気づかれたことは,わが国の高齢者は欧米に比し自宅でよりも病院や施設で看取られることを望んでいることである.自宅で死ぬことには覚悟が必要であるが,「八紘一宇」の標語により公衆の啓蒙を怠ってきた文化的背景は大きい.カントのいう未成年状態から抜けだせない理由は,今でもあてはまるように感じられる.しかし,交通通信技術の展開により,世界の情報を共有しやすくなったことから,公には急速に啓蒙が進むと確信されているようである.そこで地域包括支援センターを基盤として,在宅で地域での医療,介護,福祉サービスの供給の充実が図られることとなった.
 リハに従事する読者にとって,すでに決定されたことではあるが,後期高齢者の線引きが75歳で適当かについて考え,後期高齢者の全般的な健康状態と特性について理解を深めることが,リハを計画し個々の処方を出すために大切である.なかでも養生の基本である栄養と運動の知識は必須であり,また排泄ケアと心のケアの問題は尊厳の維持とかかわりが大きい.医療と福祉のサービスは分けて論じられることが多いが,利用者からみれば連続している.リハ科医は両者で医学的管理を担い,さまざまな専門職とかかわりをもつことから,後期高齢者の心身の特性や生活実態になじみ,実践を通して望ましいサービス体系のモデルの構築と検証にも重要な役割が期待されている.

 (編集委員会)

 

オーバービュー

 江藤文夫
 key words 後期高齢者 リハビリテーション 保険制度 ADL 活動的余命

後期高齢者の健康と機能

 鈴木隆雄
 key words 生活機能 縦断研究 コホート差

内容のポイントQ&A
Q1.

後期高齢者は増加するか?
 わが国の高齢化と平均寿命の著しい伸びに伴い,後期高齢者の人口に占める割合は着実に増加し,今後もこの増加傾向は当分続くものと推定される.

Q2.

後期高齢者の身体機能はどうなっているか?
 高齢者の身体機能や健康度の変化をみる場合には,縦断的研究および定点観測的時間差研究が必要である.わが国の後期高齢者の身体機能の変化についての10年以上に及ぶ縦断研究は少ないが,東京都老人総合研究所の実施したTMIG-LISA研究がその代表となっている.本研究のデータから,握力,開眼片脚起立時間,通常および最大歩行速度,BMI(体格指数),血清アルブミンおよび総コレステロールについて,縦断的データを用いてその変化を提示した.

Q3.

10年前と現在の後期高齢者はどのように違っているか?
 1992年の高齢者コホートと2002年の高齢者コホートとの間でQ2に示すような身体機能に関する測定項目を比較した.その結果,ほとんどの項目で男女ともに2002年の(新しい)後期高齢者のコホートで運動機能は向上し,栄養学的な側面も改善されていた.

Q4.

後期高齢者の生活機能はどう変化したか?
 わが国の後期高齢者の生活機能の変化については「老研式活動能力指標」を用いて1988年コホートおよび1998年コホートの比較を行った.その結果1998年の(新しい)後期高齢者コホート,特に女性で顕著な生活機能の向上が認められた.

後期高齢者の栄養管理

 大荷満生
 key words 後期高齢者 栄養評価 Sarcopenia 基礎代謝 炎症性サイトカイン

内容のポイントQ&A
Q1.

後期高齢者の栄養摂取状況の実態は?
 後期高齢者は,加齢に伴う身体的要因,嚥下障害等の病的要因,介護状況等の社会・環境的要因,投与された薬物の副作用等の医原的要因が複数重なり,栄養摂取量が減少する.比較的健康で自立障害をもたない場合でも,後期高齢者は前期高齢者に比較して,男性で約12%,女性で約10%栄養摂取量が少ない.

Q2.

後期高齢者のエネルギー消費,食欲,体重の関係は?
 エネルギー消費量は,基礎代謝に生活活動に必要な活動代謝や食事によって亢進するエネルギー量(DIT:diet-induced thermogenesis)を加えたものである.基礎代謝の約40%は,筋肉で消費されるため,加齢に伴い筋肉量が減少する後期高齢者では基礎代謝が低下する.また,食欲も加齢に伴う生体内のホルモンバランスの変化や炎症性サイトカインの上昇により低下する.したがって,後期高齢者では日常生活における活動性の低下に加え,加齢に伴う基礎代謝や食欲,筋肉量の減少によって,エネルギー消費量が低下する.

Q3.

入院している後期高齢者は栄養失調か?
 高齢者の入院患者では,栄養障害を合併する頻度が極めて高い.高齢者の重症疾患の経過中には,栄養状態の悪化により生起するカヘキシー(geriatric cachexia)がみられ,筋肉量の減少,さらには皮下脂肪の喪失,貧血,眼瞼や下肢の浮腫が出現する.こうした病態の背後には,入院前の栄養状態に加えて,入院の契機となった急性あるいは慢性疾患によって生体内に増加するTNF−αやインターロイキン−1,インターロイキン−6等の炎症性サイトカインが関与し,生体深部での広義の全身炎症反応(systemic inflammatory response syndrome)が進展し,筋肉や脂肪組織を喪失させるとみられている.

Q4.

緊急医療(手術)時に必要となる栄養管理は?
 体重や身長,上腕囲等の身体計測指標と血清アルブミン等の血液検査指標を組み合わせて栄養評価を行う必要がある.血液検査指標だけでは栄養障害例を見落とす危険性がある.栄養補給に関しては,病態がゆるす限り経口からの投与(経口摂取または経腸栄養)を基本とする.安易な中心静脈栄養は,bacterial translocationや敗血症等の感染を引き起こす.経腸栄養が困難な場合や消化管の安静が必要なときには,高カロリー輸液を行うが,血糖値や電解質バランス,過剰輸液に注意する必要がある.

後期高齢者の運動トレーニングの基本

 鰺坂隆一
 key words 身体活動量 動脈伸展性 筋力トレーニング 低強度運動

内容のポイントQ&A
Q1.

後期高齢者のスポーツ・運動量の実態は?
 平成15年国民健康・栄養調査報告によれば,70歳以上の運動習慣のある者は男37.2%,女27.1%である.男女とも若年者に比べ運動習慣を有する者の割合が高く,この傾向は平成7年以降ほぼ同じである.しかし,健康日本21の暫定直近実績値報告では,70歳以上の男女の歩数は平成9年では男5,436歩,女4,604歩に対し,平成15年では男4,915歩,女4,142歩と減少している.

Q2.

運動量の程度とその判断の指標は?
 高齢者における推奨される運動量およびその判断指標は,運動の目的によって異なると考えられる.高齢者の健康維持・増進の観点から考えると,動脈硬化の進展予防や高血圧に対する運動療法では血圧や動脈伸展性が,転倒・虚弱化の予防の点では筋量・筋力が重要な指標といえるであろう.

Q3.

運動トレーニングはどのように有効か?
 高齢者においても若年者と同様に,持久性運動トレーニングにより最大酸素摂取量に代表される持久性体力が改善することが報告されている.しかし,後期高齢者に限定して運動トレーニング効果を検討した報告は少ない.筆者らが,後期高齢アスリートの持久性体力を自立した日常生活を送っている健常後期高齢者のそれと比較したところ,アスリートは有意に全身持久性体力が優れており,後期高齢者においても運動トレーニングにより持久性体力を高めうる可能性があることが示された.

Q4.

どのような運動を勧めるか?
 後期高齢者が健康の維持・増進のために行うのに適した運動は,まず安全であることが条件となるので,可及的低強度であることが望まれる.運動に伴う関節や筋肉のトラブルを予防するためには,ストレッチングを主体としたウォームアップ,クールダウンが重要である.当然,運動の効果がなければいけないが,低強度であることから,改善効果ではなく加齢による低下を防止する効果をまずは目標とするのがよいと考えられる.

後期高齢者の排泄のケア

 西沢 理 上野 学 鈴木都史郎 道面尚久
 key words 排尿障害 下部尿路症状 過活動膀胱 尿失禁 行動療法

内容のポイントQ&A
Q1.

後期高齢者にみられる排尿障害の特徴は?
 夜間頻尿,尿勢低下,残尿感,膀胱痛,尿意切迫感は年齢とともに増加する.尿失禁,オムツの使用は70歳以降で増加が著しい.尿意切迫感と頻尿の存在により診断される過活動膀胱は,70歳台で23%,80歳台以上で36%にみられる.原因は脳血管障害等の神経因性と前立腺肥大症等の非神経因性に二分される.骨盤腔内手術後,糖尿病等が原因となる場合も多い.

Q2.

尿失禁をみたら何を考えるのか?
 尿失禁は腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁とに大別され,その原因は膀胱と尿道に分けられる.骨盤底筋群が緩むと圧が膀胱のみに伝達し,尿道には伝達しないため腹圧性尿失禁が生じる.膀胱炎,膀胱結石等による知覚神経から排尿中枢への入力の増加,あるいは脳血管障害等による神経機構自体の障害により膀胱の興奮性が増すと切迫性失禁となる.

Q3.

尿失禁に役立つ薬物療法は?
 腹圧性尿失禁についてはβ受容体刺激薬のクレンブテロールに保険適用が認められている.切迫性尿失禁に対しては抗コリン薬が適応となる.わが国において使用できる抗コリン薬にはオキシブチニン,プロピベリン,トルテロジン,ソリフェナシンがある.三環系抗うつ薬も尿失禁の治療に使用されている.

Q4.

生活の工夫と行動療法は?
 肥満,便秘,喫煙,飲水過多等の改善を指導する.骨盤底筋訓練法にバイオフィードバックを加えると高い効果が期待される.切迫性尿失禁は過剰な水分摂取やカフェイン摂取の抑制によって改善が期待できる可能性があり,トイレ習慣の変更や膀胱訓練も有用である.

Q5.

社会参加を促し,QOLを高める戦略は?
 専門的な知識・技術をもつ専門コメディカルの養成が有用と思われる.名古屋大学情報センターと愛知排泄ケア研究会では講習会や排泄機能指導士認定制度等,高齢者の排泄管理を向上させるための種々の事業を行っている.

後期高齢者の心のケア

 服部英幸
 key words 喪失体験 認知症 うつ病 せん妄 睡眠障害

内容のポイントQ&A
Q1.

後期高齢者の心の問題として多いものは?
 昔から高齢者の精神疾患として頻度が高く重要視すべきものとして,認知症,うつ病,せん妄の3つが注目されてきた.認知症は後期高齢者になるほど有病率が高くなり,介護の問題も含めて日本全体の重大問題となっている.うつ病は非定型的な症状を示すものが多いが,自殺率も高いので注意が必要である.せん妄は身体疾患に合併して出現しやすく,術後のリハビリテーション施行等に支障をきたすことが多い.その他に不眠を含む睡眠障害に悩む高齢者も多い.

Q2.

「孤独」と「うつ」の関係は?
 高齢者の心理の特徴として,近親者の死による喪失体験,自らの身体能力の低下自覚,社会的役割の喪失があり,それらは孤独感を強く自覚させ,うつ病の発症契機となりうる.特に身体不調の自覚は高頻度にうつ病の発症契機となる.

Q3.

どんな例でカウンセリングや心理療法が必要となるか?
 カウンセリングは自らの心理的状態を言語化する能力が保持されていないと施行できないため認知症には適応がない.うつ病でも認知能力が保たれた症例に限定される.心理療法は極めて多種類があり広義には音楽療法や運動療法等も含まれる.こうした非言語的アプローチは認知症例にも有効である.

Q4.

家族や周囲の関係者への対応と指導はどのように行うか?
 認知症にしてもうつ病にしても家族が単独で介護していくのは極めて困難なことが多い.介護保険の申請をすすめ,ケアマネジャーによる介護計画作成,デイケア等の利用を通して負担を軽くしていくことが望ましい.

Q5.

薬物療法の意義と処方の実際は?
 認知症,特にアルツハイマー病は進行性の疾患であり根治療法はまだないが,現在用いられている塩酸ドネペジルは脳内神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害することで病状の進行を遅らせることが期待できる.最近,2,3の新しい抗アルツハイマー病薬が治験段階にある.これらの薬物療法は単独でなく作業療法等の非薬物療法との併用で行うことが重要である.