特集 リハビリテーションを受けた後−その長期予後は?

特集にあたって

 診療ガイドライン,クリティカルパスの普及等による急性期・回復期リハビリテーション(以下リハ)医療の標準化の動き,2006年4月に実施された診療報酬改定における早期リハの重視と医療における長期間のリハの制限,介護保険制度の大幅改定,障害者自立支援法の成立など,高齢者,障害者のリハ医療を取り巻く環境は激変しつつある.
 このようななかで,普段,われわれが提供しているリハ医療の効果について問い直してみることは,今後のあるべきリハ医療の姿を考えていくうえで重要である.従来,リハ医療の効果については,入院時と退院時の機能状態の比較や介入前後の数カ月程度のスパンでの比較など,比較的短期間でみた報告が多い.しかしながら,5年,10年あるいはそれ以上の長期にわたってリハを受けた後の長期予後を追跡した研究は極めて限られている.リハ医療の本当の効果を知るためには,退院時や退院後1年程度の状態をみるだけでは不十分である.われわれが提供しているリハ医療が本当によい結果をもたらしているのか,得られた効果を長期にわたって維持・向上させるためには何を考え,地域におけるどのような連携システムを整えたらよいのか,さらに長期予後からみてよりよい治療を提供するためには初期の段階で何を考え,何を行ったらいいのか.これらの疑問に対するヒントは長期予後を知ることによってこそ得ることができるものであろう.
 そこで本特集では,脳卒中,脊髄損傷,脳外傷,下肢切断,大ル骨頸部骨折というリハの代表的対象疾患を取り上げ,その長期予後を生命・合併症の予後,機能障害の予後,ADLの予後,社会的不利の予後の観点から解説していただいた.あわせて,これからの予後研究の課題とリハ臨床への示唆についても言及していただいた.
 長期にわたって継続的に経過を追っていくことを可能にするためには,一定のフォーマットでデータを定期的に収集するためのデータ登録システムの構築・整備が不可欠である.本特集を機に,的確な予測のもとに,十分に先を見越しながら,自信を持って長期予後の改善に貢献できるようなリハ医療を展開していくために,リハ関係者の共同作業として,長期予後研究の推進を可能にするシステムを構築することを提言したい.

 (編集委員会)

 

脳卒中

 佐伯 覚 蜂須賀研二
 key words 脳卒中 生命予後 機能予後 社会的予後 QOL

内容のポイントQ&A
Q1.

生命・合併症の予後は?
 発症5年後の生存率は40〜50%,10年後のそれは約20%である.再発率は発症5年間で約30%.慢性期の合併症で頻度の高いものは転倒,うつ,不安,疼痛である.

Q2.

機能障害の予後は?
 発症5〜10年における機能障害(片麻痺)は,発症1年後までにほぼ決定される.

Q3.

ADLの予後は?
 発症5年で約10%が入院入所,数%が在宅寝たきりで,全体の20%近くが全介助状態にある.その一方,60〜70%は歩行が自立している.軽度の障害を有する脳卒中患者ではADLにおいて性差がみられる.

Q4.

社会的不利の予後は?
 脳卒中後の復職率は約30%で,年齢とともに復職は困難となる.QOLを低下させる要因としてうつや社会支援の不足がある.

Q5.

予後研究の課題とリハビリテーション臨床への示唆は?
 脳卒中患者の高齢化・重度化により,QOL面を中心とした社会的予後の評価が重要になってくる.

脊髄損傷

 徳弘昭博
 key words 脊髄損傷 死因 平均余命 ADL 社会的不利

内容のポイントQ&A
Q1.

生命・合併症の予後は?
 脊髄損傷(以下脊損)者の平均余命は特有の死因によって健常者より短い.重要な予後予測因子は受傷時の年齢,麻痺の神経学的レベル,麻痺の重症度(ASIA Impairment Scale:I.S.),人工呼吸器依存等である.わが国の脊損者の死因は呼吸器感染症の割合が最多で,悪性腫瘍,つづいて敗血症と尿路障害である.合併症では褥瘡と尿路疾患が最重要で,併存症では高血圧症・糖尿病が注目される.これらの率は受傷後年数とともに増加する.

Q2.

機能障害・ADLの予後は?
 FIM Scoreの改善は受傷1年目までがほとんどで2年目以降は大きな改善は期待できない.受傷後5年目以降でも生存脊損者のscoreに大きな変化はみられていない.しかし多くの脊損者は介助を必要として生活しており,受傷後の経過・老化による機能低下,ADLの変化,生活環境の変化は確実に起こり介助・援助の必要性は増加する.

Q3.

社会的不利の予後は?
 社会的不利は機能障害よりもADLと受傷時年齢に関連があるとされる.受傷後期間は受傷年齢とともに社会的不利の領域である「社会統合」と関連すると報告されている.  社会的不利は機能障害・ADLよりもQOLと相関が高い.また継続的な長期のリハ医学的介入はQOLを高めるとされる.

Q4.

予後研究の課題とリハビリテーション臨床への示唆は?
 生存期間の長い脊損の予後研究には全体状況を把握し問題点を社会にフィードバックする研究体制が欠かせないが,わが国ではこうした情報が乏しい.  明らかになった情報に基づき,急性期から社会での維持まで生涯を見通した脊損治療の体系,つまり社会復帰後の合併症・ADL・社会的不利に至るまで継続的に介入するシステムづくりが課題であろう.ここにはリハビリテーション医療の専門性を発揮する場がある.

脳外傷−若年〜中年者を中心に

 岡本隆嗣 橋本圭司
 key words 脳外傷 長期予後 高次脳機能障害 身体機能障害 社会参加 QOL

内容のポイントQ&A
Q1.

生命・合併症の予後は?
 重症例ほど死亡率は高い.合併症として視覚・嗅覚・味覚障害,てんかん等が多い.

Q2.

機能障害の予後は?
 身体機能はおおむね改善傾向である.1年経過時に屋内歩行が介助で可能であれば,その後屋内歩行が自立する可能性が高い.認知機能障害は改善・悪化の両方の報告があり,長期的予後は不明なことが多い.

Q3.

ADLの予後は?
 FIM/FAMによる評価では,社会的交流,問題解決,記憶,市街地移動,情緒,障害の自覚,就労能力,見当識,注意,安全判断といった項目で低い得点が目立った.運動能力の項目に比べ,コミュニケーション能力や社会認知能力を要求される項目で依然問題を抱えている割合が高かった.

Q4.

社会的不利の予後は?
 調査により母集団が異なるが,重症例中心の調査だと,復職率は20%前後である.脳外傷者の社会復帰システムは依然未完成であるといえる.

Q5.

予後研究の課題とリハビリテーション臨床への示唆は?
 急性期の予後予測が中心,帰結変数の尺度が粗い,臨床的に応用しにくい,障害レベルの混乱,多彩な障害像を十分に捉えられない,follow up期間の問題等がある.脳外傷リハビリテーションの長期予後に関する研究は少ないが,近い将来効果的な治療法が確立されるかもしれない.今後,データベースの構築および解析,多施設共同研究等により長期予後を明らかにし,長期的な支援を行うことのできるシステム作りが必要である.

下肢切断

 横串算敏 成田寛志
 key words 下肢切断 リハビリテーション 予後

内容のポイントQ&A
Q1.

生命・合併症の予後は?
 近年下肢切断の原因は糖尿病,閉塞性動脈硬化症に合併する末梢血管障害が多数を占める.末梢血管障害による下肢切断術後に死亡率は経年的に増加し,5年後死亡率がおおむね60〜70%である.高齢,高位切断,腎障害や虚血性心疾患がある者は生存率が低下する.切断術後10〜20%に再手術が必要になり,その頻度は大ル切断より下ル切断に多い.

Q2.

機能障害の予後は?
 切断は下肢の支持性の永続的な喪失を意味する.義足を装着する以外に下肢の支持性を代償することはできない.年齢,切断前のADL,切断高位,合併症(認知症,脳血管障害,心疾患,閉塞性肺疾患等),残存肢疼痛が機能障害の原因となる.

Q3.

ADLの予後は?
 高齢者で合併症のある例は歩行不能となる可能性が高く,特に末梢血管障害による切断では加齢とともに能力障害が進行し,転倒の危険性も増加する.健康関連QOLは低下し,特に身体機能項目が低いのが一般的な特徴である.65歳以上の高齢者では,SF-36の8項目すべてが有意に低い.

Q4.

社会的不利の予後は?
 わが国での職場復帰と社会参加についての調査は少ない.平成16年度の下肢切断者の有効求職者数は約2万人であるが,身体障害者全体の実雇用率は1.46%で雇用の窓口は狭いままである.

Q5.

予後研究とリハビリテーション臨床の課題は?
 末梢血管障害にともなう切断が増加し,その原因となる生活習慣病に対するリハビリテーション医療へのかかわりが切断リハビリテーションの一環として位置づけられるべきであろう.切断リハビリテーションのエビデンスを構築するためには,切断発生数とその原因,運動機能予後,職業復帰を含む社会参加状況の把握による全国的なデータベース作成が必須であろう.

大腿骨頸部骨折

 田中清和 山本敬之
 key words 大腿骨頸部骨折 高齢者 生命予後 合併症 機能障害 ADL

内容のポイントQ&A
Q1.

生命・合併症の予後は?
 5年以上の長期生命予後の報告は少ないが,大腿骨頸部骨折は生命予後を悪化させるという報告がある.合併症として肺炎や尿路感染,褥瘡が生命予後に影響を及ぼす.反対側の大腿骨頸部骨折の発症リスクが高いことから,その予防が死亡率の低下にもつながると考えられる.

Q2.

機能障害・ADLの予後は?
 大腿骨頸部骨折患者のほとんどが高齢者のため,加齢の影響を大きく受ける.リハ開始の遅延が歩行喪失率を高める,退院後のリハの継続が有効との報告がある.

Q3.

予後研究の課題とリハビリテーション臨床への示唆は?
 高齢者の大腿骨頸部骨折の治療で最も大切なことは,早期に全荷重を行える手術を実施し,リハビリテーションを開始することであり,長期の歩行能力や生命予後にも影響を与える.また,骨粗鬆症予防と転倒予防にも力を入れていく必要がある.