特集 疾患別にみた嚥下機能評価−リハビリテーション治療にむけた病態の理解

特集にあたって

 「嚥下障害を評価するのはなかなか複雑で,どうもとっつきにくい」という声を時々耳にする.その指摘は的を射ており,嚥下には随意的な口腔期と反射的な咽頭期を中心にその前後に準備期あるいは食道期など複数の相がある.また,それぞれの期の活動をコントロールする中枢神経,末梢神経とそれに支配される多くの筋肉が複雑に絡み,嚥下の生理とさまざまな疾患あるいは病態を生み出している.嚥下障害を発症する患者の多くは高齢者で,疾患によって惹起される病理・病態と加齢によって加わる変化が複雑な臨床症状を形成する.
 嚥下機能評価は嚥下障害が現在のように注目される以前は「水のみテスト」などごく少数の検査に限られていた.また,一部の研究者を除いて筋電図や画像を用いての解析はあまり行われていなかった.高齢社会の到来や摂食嚥下リハビリテーションの普及と共に嚥下機能評価は研究者の興味から,より実践的な病態の把握,治療内容決定の手段として注目を浴びるようになってきた.しかし,前述のように嚥下機能は中枢から末梢に至る(あるいはその逆)回路の全てが解明されたわけでなく,まだまだ魅力的な「ブラックボックス」を抱えた領域として存在する.そして,その複雑さ,不確実さが臨床家のみならず研究者を刺激して,次々に開発される新しい武器(画像法等)を用いた検査法,評価法の開発への動機づけとなっている.
 もうひとつ嚥下障害を扱う臨床家に嚥下機能評価・検査の開発や洗練化へと走らせている誘因に,患者自身の「口から食べたい」という要望の広がりがある.誤嚥による肺炎,そして死に至る可能性から従来は安易にNGtubeや胃瘻の造設が行われてきた経緯がある.しかし近年の患者のQOLを高める立場から「off tube」の原則が広がり,自然経過を待つことなく,積極的に経口摂取の可能性を探る「嚥下障害を治療する」方針に変わってきた.
 嚥下障害の治療に先立ちさまざまな嚥下機能評価あるいは検査が行われる.臨床的な評価に加え,比較的多用されているものとしてベッドサイドで簡便に行える水のみテストや反復唾液嚥下テストがあり,評価技術を上げるには繰り返しの経験を要するものとしてVF,VE等があげられる.また,嚥下圧や筋電図等嚥下機能の特定の側面を捉えられるが,臨床的にはルーチンの検査に至っていないものも存在する.さらにMEG,PET,fMRI,fNIRS,dynamic MRI等は嚥下と関連する中枢機能を画像によって解析できるが研究段階にとどまっている.このように嚥下機能評価法といっても多彩な方法が存在する.
 今回の企画は嚥下障害をもたらすさまざまな疾患・病態に対し,どのような臨床的評価を含めた嚥下機能評価を行い,嚥下障害治療に結びつけるかという視点で経験豊富な先生方に執筆を依頼した.

 (編集委員会)

 

オーバービュー

 山脇正永
 key words 嚥下障害 脳神経疾患 神経難病 嚥下機能検査 脳機能画像

内容のポイントQ&A
Q1.

嚥下造影,嚥下内視鏡の長所,短所,使い分けは?
 両者とも強力な検査ツールであり,嚥下機能評価について8割以上の一致率が認められている.口腔期から食道期まですべてを評価するには嚥下造影,携帯性・反復性においては嚥下内視鏡が優れている.

Q2.

筋電図検査,嚥下圧検査のroutine化の課題は?
 嚥下関連筋の効果を評価する検査であるが,sequentialな嚥下運動のどの部分をみているかという点に注意が必要で,治療・インターベンションにピンポイントで作用する部位(輪状咽頭筋,食道入口部等)が評価できる.

Q3.

脳機能画像の可能性と問題点は?
 嚥下機能評価について今後更なる知見が集積されると予想される.fMRI, PET, MEG, fNIRSについては時間解像度,空間解像度,アーチファクト混入の視点で使い分けが必要であり,結果について慎重に解釈する必要がある.

ワレンベルグ症候群−脳梗塞による嚥下障害

 巨島文子
 key words 嚥下障害 ワレンベルグ症候群 リハビリテーション 脳梗塞 栄養管理

内容のポイントQ&A
Q1.

臨床的評価は?
 ワレンベルグ症候群による嚥下障害は延髄嚥下中枢(嚥下関連ニューロン)の障害により生じるため,咽頭期障害をきたす.嚥下動態には特徴があり,これに即した機能訓練を行い,改善しない場合は手術治療を考慮する.

Q1.

各種の検査は?
 (1)スクリーニングとして反復唾液飲みテスト,改訂水飲みテストを行う,(2)内視鏡下嚥下機能検査を行う,(3)嚥下造影で咽頭期嚥下運動惹起不全,パターン異常,出力低下(咽頭収縮不全(左右差),食道入口部の開大不全,喉頭挙上不全)の有無を調べる,(4)呼吸機能の評価で排痰が可能か確認する.

Q2.

最近の知見は?
 嚥下障害を合併する頻度は50〜94%である.Kimらの報告では吻側病変に重症の嚥下障害を合併しやすい.病巣側に中枢性顔面神経麻痺を37%に合併する.Prosiegelらによるとパターン形成器の障害が本疾患の特徴である.

Q3.

手術適応の評価は?  機能訓練で改善しない場合,病態に応じて機能改善術を考慮する.

パーキンソン病

 野崎園子
 key words パーキンソン病 嚥下障害 不顕性誤嚥 悪性症候群 wearing-off

内容のポイントQ&A
Q1.

摂食・嚥下障害の臨床的評価は?
 嚥下障害はパーキンソン病患者の約半数に存在し,病初期から存在することもある.Hoehn-Yahr重症度分類とは必ずしも関連せず,摂食・嚥下障害の自覚に乏しく,むせのない誤嚥(不顕性誤嚥)が多いことが知られている.  また,嚥下運動のプロセスである随意運動,反射運動,自律運動のすべてが障害される.

Q2.

各種の検査は?
 嚥下機能検査としては反復水のみテスト(ROSS),嚥下造影(VF),manometoryがデータとして報告されている.

Q3.

最近の知見は?
 パーキンソン症状に対し,薬物治療が十分に行われてもADLに支障をきたす内科的治療抵抗例に対し,外科療法が行われることがある.これらの外科治療の嚥下障害に対する効果は未確定で,悪化するとの報告もみられる.流涎に対しては,最近ボツリヌス毒素を唾液腺に注入することによる改善が報告されている.

運動ニューロン疾患

 市原典子
 key words 筋萎縮性側索硬化症 代償嚥下 嚥下造影 誤嚥防止術 嚥下訓練

内容のポイントQ&A
Q1.

臨床的評価は?
 脳卒中等と違い,咽頭の知覚低下を認めないため,障害のわりに自覚症状が強く患者自身の訴えの信頼性が高いこと,代償嚥下の頻度が高いことが特徴である.嚥下に対する患者の訴えをよく聞き,食事場面を観察することが大切である.

Q2.

各種の検査は?
 最も有用な検査は嚥下造影(VF)である.所見の特徴は,鼻咽腔閉鎖不全,食道入口部開大不全,喉頭挙上不全で,球麻痺の特徴を表していると思われる.嚥下障害の結果として起こってくる誤嚥性肺炎と,疾患の進行による呼吸筋麻痺が予後に大きく影響するため,胸部CT,炎症所見,呼吸機能検査等を同時にフォローすることが重要である.

Q3.

最近の知見は?
 1)厚生労働省精神・神経疾患研究委託費「政策医療ネットワークを基盤にした神経疾患の総合的研究」班の平成17年度の研究において,「ALS嚥下・栄養管理マニュアル」が作成された.2)誤嚥防止術を行うことは,喀痰量や誤嚥性肺炎のリスクを減らすだけでなく,経口摂取の面からも有利である.3)嚥下訓練については口腔期の他動的訓練や,嚥下反射誘発部位のアイスマッサージが有効である可能性がある.

Q4.

嚥下障害は病態進行のバイオマーカーになりうるか?
 嚥下障害の評価は最も重要なバイオマーカーのひとつではあるが,それ単独では病態進行の理解や対策には結びつかない.複数のマーカーを客観的にとらえた総合的判断が要求される.

頭部外傷

 渡邉 修 武原 格
 key words 頭部外傷 嚥下障害 高次脳機能障害 Shaker訓練

内容のポイントQ&A
Q1.

嚥下障害を理解する病態のポイントは?
 脳挫傷は前頭葉,側頭葉に好発し,高次脳機能障害の原因となる.  び漫性軸索損傷では,上記のほかに,脳幹(特に中脳),脳梁,大脳白質に損傷がみられやすい.  脳幹挫傷は脳幹に特異的に損傷が生じる病態である.  嗅神経,下位脳神経への直接損傷(末梢神経障害)の可能性も考慮する.

Q2.

臨床的評価は?
 脳外傷の重症度を推し量るために受傷時の意識障害を評価する.  大脳半球および小脳,脳幹,下位脳神経損傷の存在を考慮し,@身体機能障害(特に意識障害,四肢体幹の運動障害,舌咽・迷走神経障害,気管切開術の有無)に対する評価,A高次脳機能障害(特に注意障害,病識低下,自発性の低下,半側空間無視)に対する評価が重要である.

Q3.

最近の知見は?
 高次脳機能障害に対するアプローチとして,摂食環境の調整,多職種からなるチームアプローチが効果を発揮する.  近年,舌骨上筋群の強化を目的とするShaker訓練の効果が報告されている.

頭頸部癌術後

 梅崎俊郎
 key words 口腔中咽頭癌 ビデオ嚥下透視 嚥下内視鏡検査 頸部郭清術 咽頭亜全摘

内容のポイントQ&A
Q1.

臨床的評価は?
 口腔,中咽頭癌の術後は,嚥下器官の切除や摘出とそれに対する再建手術のため嚥下器官の環境は解剖学的に大きく変化している.それに対しビデオ嚥下透視検査による評価が必須である.舌の可動性・運動能力の評価には語音明瞭度検査が有用であるが,構音機能といわゆる嚥下機能とは必ずしもパラレルではないので注意が必要である.また,気管切開をおいている間は,嚥下機能の低下は必然である.早期に気切孔閉鎖にもっていくことが肝要である.

Q2.

各種の検査は?
 可能な限り,ビデオ嚥下透視検査を術後早期より行うべきである.嚥下内視鏡検査はベッドサイドで繰り返し被曝なく行えるが,咽頭壁や喉頭運動の観察には限界がある.

Q3.

最近の知見は?
 進行喉頭癌に対するCHEP,CHPなどの喉頭亜全摘による機能温存手術が普及しつつある.音声,呼吸機能とともに嚥下機能を確保し誤嚥防止を図るうえで術後機能の経時的な評価が必要となる.