特集 褥瘡と在宅ケア−入院患者から在宅障害者へ

特集にあたって

 研修医時代から褥瘡処置を業務のひとつとしてとらえてきた.当時勤めていたリハビリテーション(以下リハ)病棟の看護師の褥瘡に対する知識と認識は高く,1例の例外を除き,褥瘡を形成したことはなかった.そのたった1つの例外も,紅白歌合戦がどうしてもみたいという若年頸損者に同情し,若い看護師が体位交換を延ばしてつくってしまったものであった.PT,OT,STも活動性を維持させるために,褥瘡のある者こそ積極的に動かした.われわれも褥瘡は治って当然と考え,持ち込みの褥瘡に対しては,保存的治療から観血的治療まで行った.
 褥瘡は従来「皮膚の疾患」であるという認識であった.その成因には「全身状態」が深くかかわり,特に「栄養状態」は重要な因子である.褥瘡は「医療チーム」の理解と認識により「看護」あるいは「介護」によって防ぎうる.以上のような考えが一般論としては正しく,異論を挟むつもりもない.
 しかし,障害者のかかりつけ医であるわれわれリハ医が認識している「褥瘡」はそれだけではない.まず,褥瘡は単なる「皮膚の疾患」ではない.多くの場合褥瘡は皮下から形成され,皮膚に異常を認めたときは手遅れといえる.皮下の評価のためには触診が欠かせず,それを含まない視診だけによる褥瘡チェックリストは不十分である.全身状態が重要な因子であることは確かであるが,全身状態が極めて良好な状態であっても皮膚の状態がどんなに清潔に保たれていても,局所圧迫がひどければ褥瘡は発症する.さらに,脊髄損傷者に代表される意識・知能・能力に問題のない障害者においては,医療チームではなく本人の認識(自覚)の問題が大きい.
 臨床における褥瘡の難しさは,同じ「褥瘡」であっても,その予防・対策と治療は症例ごとに異なるということである.今回の特集における各分野の先生の記載が全く異なるようでいて,類似性を感じるのはこの理由である.また,本特集では症例を通して褥瘡の成因と対策を示されている記述が多い.それは,いうまでもなく,褥瘡が決して1つの成因でなく「症候群」といってもよいほどの内容をもつからにほかならない.本特集では,読者の方々も,共感できること勉強となることがそれぞれの立場で異なると予想される.そのことを考慮して本特集はさまざまな著者にそれぞれの立場で執筆していただいた.
 いうまでもなく,リハ医学は活動(能力障害)を主な対象としているが,褥瘡はほとんどの障害者の活動性を制限してしまうやっかいな問題である.また,急性期リハを行うには避けて通れない課題である.褥瘡は看護の問題であるといわれることもあるが,本誌であえて特集として取り上げたのは,総合的に障害に取り組むリハ医にとって重要な問題であるからである.

 (編集委員会)

 

オーバービュー
褥瘡への対応はどう変化すべきか

 大熊雄祐 赤居正美
 key words 褥瘡 在宅障害者 治療 評価・原因追究 予防

褥瘡外来からみた褥瘡治療の実態

 紺家千津子 真田弘美 須釜淳子
 key words 褥瘡ケア 外来 脊髄損傷患者

内容のポイントQ&A
Q1.

褥瘡外来でみる疾病と褥瘡は?
 歩行ができず,車椅子にて83.3%の患者が外来受診を行っており,受診患者の主な疾患は脊髄損傷が半数を占めていた.褥瘡が発生してから当外来に受診するまでの期間は,平均11.2カ月であり,創傷が慢性化し治癒しがたい状態に移行してから受診していた.

Q2.

外来患者の褥瘡の程度と感染の程度は?
 褥瘡の深達度は,部分層損傷が30.8%,全層損傷の69.2%であった.創の状態は,明らかな感染所見はなかったが,菌の定着と感染との中間段階であるCritical Colonizationが危惧され,またバイオフィルムの存在も疑われた.

Q3.

在宅での褥瘡ケアの実態は?
 体圧分散用具を使用していても望ましい体圧値とされる座位時の70 mmHg以下,臥床時40 mmHgを超えており,医療者がアセスメントをする必要がある.  脊髄損傷患者では,15分ごとのプッシュアップの末実施,衣服の縫いしろが褥瘡部を圧迫していることがある.

Q4.

外来での治療方針の立て方は?
 全層損傷の場合,患者の身体状態のみならず,ライフスタイルと家族のケアに対するサポート力をアセスメントし,保存的療法が望ましいのか,あるいは手術療法が望ましいのかを検討する.

Q5.

再発予防のための患者指導は?
 患者自身が,なぜ褥瘡が発生したのかという原因とそれを回避する行動を理解し,実施できるように指導する.

入院患者の褥瘡再燃防止対策

 三富陽子
 key words 褥瘡対策 褥瘡対策チーム チーム医療

内容のポイントQ&A
Q1.

褥瘡対策チームはどれだけ褥瘡予防に貢献しているのか?
 褥瘡対策チームによって,部門の壁を越えた横断的なネットワークが構築され,実態調査等をもとに迅速かつ的確な対応が可能となった.当院における褥瘡発生率は,年々著しく減少してきている.

Q2.

入院時に褥瘡を有する患者の治療は?
 当院の褥瘡患者のうち,約2〜3割が入院時に褥瘡を有する患者であり,重症度も高い.栄養状態を改善させ,褥瘡の原因を取り除き,治癒環境を整えて退院させ,外来や訪問看護で継続的に治療するように長期フォローアップを視野に治療計画を立てる.

Q3.

退院に向けての指導は?
 家族の支援が可能な場合には,家族が来院可能な時間帯に褥瘡処置を行い,病棟看護師がケア指導を行っている.また褥瘡患者家族指導用のパンフレットを作成し,どの診療科に入院した場合も統一した指導ができるようにしている.

リハビリテーション医療の視点からの褥瘡のとらえ方

 中村 健 神埜奈美 白川武志 亀田浩司
 key words リハビリテーション 褥瘡 脊髄損傷 エコー 早期診断

内容のポイントQ&A
Q1.

リハビリテーション対象疾患での褥瘡発生の頻度と予防は?
 褥瘡の原因となる基礎疾患は,ほとんどの場合リハビリテーションの対象となる.しかし,脊髄損傷者の褥瘡は,発生頻度が高く,予防のためには障害の特殊性を理解することが重要であり,他の疾患とは分けて考えなければならない.

Q2.

褥瘡はリハビリテーションの阻害因子か?
 褥瘡はリハビリテーションの阻害因子であり,リハビリテーション進行の妨げとなる.しかし,可能な範囲でリハビリテーションを継続することにより,褥瘡の改善を促進する.

Q3.

外科治療の適応は?
 褥瘡の外科治療には,壊死組織のデブリードマン,ポケット切開,皮弁等の手術療法がある.デブリードマンやポケット切開は,比較的侵襲が少ないためリハビリテーションへの影響は少ない.一方,手術療法は,侵襲が大きく管理が難しくリハビリテーションへの影響も大きい.このため,保存療法に比べ早期の離床が望める場合に考慮すべきである.

Q4.

褥瘡の再燃をどうとらえるか?
 褥瘡は,皮膚表面からではなく皮下から再燃する.このため,褥瘡の再燃を早期にとらえるためには,触診やBモードエコーを用いた皮下のチェックが有効である.

在宅医療における難治性褥瘡への対応

 小西英樹
 key words 在宅医療 褥瘡 体圧分散 マットレス 微量元素

内容のポイントQ&A
Q1.

在宅でみる難治性褥瘡のチェックポイントは?
 在宅ケアの場合には,ADLの低下・関節拘縮の進行・痩せている人には特に注意が必要である.診察の際には仙骨部の発赤等もみなければならないが,大転子も両側を目でみる,触診することが肝要である.皮膚の色調変化があれば,赤信号である.

Q1.

在宅での治療とケアとは?
 在宅では褥瘡の治療より予防が肝要である.ベッド上での臥床時間が長い患者には訪問看護で,褥瘡好発部位での圧測定を行うように指導すること,介護のスタッフには適切なギャッジアップの指導を行うこと,特に経管栄養患者は必須である.

Q1.

在宅で手に余る褥瘡とは?
 褥瘡は局所の問題ではなく,医療・看護・介護等のチーム医療が必要であり,在宅で管理不可能と判断した場合には速やかに入院治療を選択し,disconditioningの是正が必要である.適切に在宅ケアができないというのは,週1回程度の訪問診療でコントロール不可能と判断されるケースであり,リハビリテーション医が責任を持ってその判断をする必要がある.

Q1.

生活指導の必要性は?
 在宅で褥瘡ができる原因を把握する必要がある.ADLの問題かエアマットの問題か,はたして栄養の問題か,複数の因子によるものか,その原因分析をリハビリテーション医が行い,本人・家族等にdisconditioningの是正のためのアドバイスを適切に行う必要がある.

褥瘡の予防・再燃を考えた生活環境−リハビリテーション工学の視点を中心に

 松尾清美
 key words 褥瘡予防 日常生活活動 車いすクッション 住環境整備 体圧分散

内容のポイントQ&A
Q1.

日常生活動作の注意点は?
 褥瘡の発生場所は決まっている.その部分を圧迫する同じ姿勢で20分以上過ごさないようにし,少しずつ姿勢を変える.随意でも不随意でも筋が動く場合は,定期的に動かす.1日の生活動作のなかに立つことを1時間程度入れる.移乗動作で殿部を擦ったり,硬いところへ落ちて殿部に傷を入れないように注意する.

Q2.

車いすやクッションをどう選ぶか?
 車いすは,モジュラー型か調整型車いすを選択し,身体に合わせて調節する.クッションは,個々の体重や殿部の形状や状況に合わせて選択する.

Q3.

ベッドやマットレスをどう選ぶか?
 ベッドは,機能と使い方を調べ,体位や姿勢変換,移乗で活用できるものを選択する.マットレスは,寝心地や体圧分散性,寝返りや移乗のしやすさを考慮して選択する.

Q4.

住環境整備はどのように行うか?
 移乗動作を伴う行為には,ずれや擦過傷による褥瘡防止のため細心の注意が必要である.裸で移乗する場所にはクッションを敷き,支えとする場所は滑らないようにする.