特集 透析患者のQOL向上のために

特集にあたって

 わが国における透析患者数は急激に増加しており,2004年末には24万人を突破し,それにともなう透析年間医療費は1兆円以上に達している.近年の血液透析技術の進歩は慢性腎不全患者に著しい延命効果をもたらしたが,一方で透析患者のQOLの向上が求められている.透析患者では腎性貧血,尿毒症性低栄養,骨格筋減少と機能異常,筋力低下,運動耐容能の低下,易疲労感,活動量減少などをきたし,QOLが低下している.また,長期間にわたって透析を行っていると,心不全や低血圧などの合併症が発生し,運動耐容能はさらに低下して廃用症候群に陥り,QOLを一層低下させてしまう.すなわち透析患者のQOLを向上させたり,廃用症候群を防止・改善させたりするための方策が求められている.
 現在,心臓機能障害や呼吸器機能障害に対しては,運動療法,教育,食事療法,薬物療法,精神的ケアなどをセットにした「包括的リハビリテーション」を行うことで,運動耐容能やADL・QOLの向上,代謝の改善など著明な効果が認められることが明らかになっている.一方,透析患者は潜在的心不全状態であり,貧血もあり,また透析直前は心不全や高血圧を,透析直後は起立性低血圧などを合併しており,積極的に運動を行う状況ではないようにみえる.しかし,最近になって,運動をしない透析患者は生命予後が悪いこと,透析患者が運動を行わないことは低栄養・左室肥大と同程度に生命予後に影響することが報告され,腎不全患者においても積極的に運動することが推奨されるようになってきた.また,透析患者には栄養指導,教育,食事療法,薬物療法,精神的ケアも必要であるし,復職に対する支援も必要である.すなわち,透析患者にもQOL向上のための包括的な「腎臓リハビリテーション」を行うことが要求されるわけである.
 そこで本特集では,この分野の経験が豊富な執筆者により,透析患者のQOL向上のために必要な情報と方策を提示していただいた.伊藤先生からは,透析患者の就労と社会保障制度・介護保険サービスの現状と課題を解説していただいた.一方,金澤先生からは,最近注目を集めている透析患者への運動療法の意義と実際について,兼岡先生からは,生活・教育・栄養指導と心理指導のポイントについて解説していただいた.松本先生と栢森先生からは脳卒中や末梢神経障害を伴った透析患者へのリハビリテーション介入の実際を解説していただいた.本特集号を読んでいただければ,透析患者のQOL向上のために「腎臓リハビリテーション」という新たな領域が必要なことが明らかになると確信する.本特集を契機に,腎機能障害者の生命予後の改善とQOLの向上の両面を兼ね備えた新しい医療としての「腎臓リハビリテーション」が今後さらに発展していくことを期待したい.

 (編集委員会)

 

就労,雇用の現状と課題

 伊藤 修
 key words 透析患者 社会復帰 就労 在宅透析療法 介護保険

内容のポイントQ&A
Q1.

透析患者の就労,雇用の現状は?
 就労率(収入のある仕事)は全年齢でみると男性で50.2%,女性で18.6%である.女性の場合は「家事・家事手伝い」が労働形態として多い.透析患者の就労率は身体障害者としては高いものの,その就労による年間の収入は非常に低い.

Q2.

就労に影響する要因は?
 社会的要因としては,会社での解雇,再就職の困難さ,給与の減額,地位の凍結,経済的不安,通院や送迎などの問題がある.身体的要因としては,ブラッドアクセス,運動機能低下,高齢化,貧血,糖尿病合併症,透析療法合併症などの問題がある.精神的要因としては,長期延命の不安,死の恐怖,合併症やシャントトラブルの心配,医療スタッフとの人間関係,通院に対する不安,加齢にともなう要介護への不安などの多くの問題がある.

Q3.

在宅透析の意義と問題点は?
 在宅透析の意義としては,身体活動度の高い透析患者に対しては施設血液透析(CHD)よりもさらに完全な社会復帰を可能にすることであり,一方,身体活動度が低い透析患者に対してはQOLや生命予後にもよい結果をもたらすことである.問題点は,透析療法の導入教育訓練と自己管理が必要であり,透析施行時に医療者がそばにいない点である.

Q4.

透析患者への社会保障制度は?
 医療保険・老人保健の長期高額疾病の高額療養費支給制度により,特定疾病療養受療証の提示で高額療養費の自己負担額は1カ月1万円となる.この1万円と食事医療費の一部負担を軽減する方法としては,更生医療(育成医療)や心身障害者医療費助成制度がある.所得の保障制度としては,障害年金や生活保護がある.

Q5.

高齢透析患者への介護保険サービスの現状は?
 40歳以上65歳未満の透析患者では,介護保険を取得している患者は6.5%にすぎない.一方,65歳以上の透析患者では,介護保険を取得している患者は31.3%にのぼっている.就労・家事を両方とも行っていない患者では,要介護3以上の高い介護度で介護保険を取得している患者が多い.

運動療法

 金澤雅之
 key words 運動療法 透析患者 QOL 運動耐容能

内容のポイントQ&A
Q1.

運動療法の適応は?
 長期間の透析治療や合併症により重症の廃用症候群に陥った症例が,多彩な自覚症状を呈し,ADLは著しく制限され,QOLも大きく損なわれていた.その症例に対して運動療法を中核とする包括的リハビリテーションを実施したところ,自覚症状の消失やQOLの向上に有効であった.すなわち,体力が極めて減弱している透析患者においても運動療法の積極的な適応があることが示唆された.

Q2.

運動不足は生命予後に影響するか?
 運動習慣を有する透析患者に比較して,ほとんど運動をしない透析患者の死亡のリスクが有意に高いことが報告された.すなわち,運動不足は透析患者の生命予後に大きく影響することが示唆され,予後を改善させるためには,適切な運動や身体活動を積極的に行い,栄養状態を改善し,QOLを改善させる対策が必要であると考える.

Q3.

運動療法の効果は?
 適切な運動療法には,最高酸素摂取量の増加や嫌気性代謝閾値の上昇などによる運動耐容能改善効果,心ポンプ機能改善効果,骨格筋の機能増強効果,末梢血管拡張能改善効果,インスリン感受性改善効果や高血圧および高脂血症改善効果による動脈硬化危険因子抑制効果,自律神経機能改善効果,QOL改善効果,精神心理状態改善効果などがあり,透析患者における有効性が注目されている.

Q4.

効果的な運動法は?
 現時点において,有酸素運動,筋力増強訓練のいずれが好ましいかの定説はない.報告によると,継続可能であれば,週3回以上,非透析日に監視下で両者を組み合わせて行うとより効果的なようである.しかしながら,種々の制約があってそのような運動療法の継続が困難な場合には,透析の最中に運動を行うことが効果的なようである.自宅での非監視下の運動療法は,いかなる運動も行わない場合に比較するとある程度の効果があるかもしれないが,その効果は透析中運動に比較して弱いものに留まる可能性が高いようである.

生活・教育・栄養指導と心理

 兼岡秀俊 斉藤喬雄
 key words 生活指導 栄養管理 サイコネフロロジー

内容のポイントQ&A
Q1.

生活・教育・栄養指導の意義と目的は?
 生活・教育・栄養指導は,透析患者の予後とQOLを向上させるための最も重要な医療活動のひとつである.

Q2.

生活指導や教育の方法は?
 生活指導は透析導入前から開始する.有効な方法は,コメディカルスタッフによる,日々のベッドサイドでの繰り返しの指導である.

Q3.

栄養管理のポイントは?
 日々変化する透析患者のための栄養管理は,マニュアルに依存せず,体重,血圧などの身体所見や定期的な検査成績をもとに,熱量,蛋白量,脂質,糖質,塩分,カリウム,カルシウム,リンを総合的に管理指導する.

Q4.

心理指導のポイントは?
 透析患者の心理的ストレスによる無意識レベルの心理反応と身体症状を見落とさず,薬物を試みるかカウンセリングに頼るか,慎重に判断することが重要である.

Q5.

成果と将来の展望は?
 心理指導はコメディカルにとって新たな未知の領域ではあるが,サイエンスとしての評価に耐えうる取り組みを心がけ,小手先でなく,入れ込みすぎず,誰のための透析であるかを最も大切に指導すべきである.

症例にみるリハビリテーション介入−脳卒中

 松本茂男
 key words 慢性腎不全 血液透析 脳卒中リハビリテーション 分水嶺梗塞 embolic shower

内容のポイントQ&A
Q1.

透析患者の脳卒中の有病率は(原疾患による違いはあるか)?
 「わが国の慢性透析療法の現況」によれば,脳梗塞の既往が明らかに認められるものの割合は3.61%,脳出血では1.44%と計算される.糖尿病性腎症,腎硬化症例で脳梗塞既往者が15%を超え,多発性N包腎では脳出血が多いといわれている.

Q2.

脳卒中と透析療法,原疾患との関連は?
 脳梗塞および脳出血の発症は,短い透析歴,糖尿病が危険因子であり,脳梗塞では透析歴が長くなるに従い,緩やかにリスクが低下する1).腎不全患者に起こった脳出血ではHDよりもCAPDが望ましいといわれるが,エビデンスはIII,グレードC-1である.

Q3.

診断とリハビリテーション治療のポイントは?
 適切な臨床所見の評価と画像診断(CT・MRIなど)が重要であり,早期から積極的で適切な運動負荷を与えられる条件をいかに整えられるかが大切である.

Q4.

リハビリテーションを行ううえでの問題点,注意すべきリスク・合併症は?
 透析による訓練時間の制約,運動耐用能を考慮したリハビリテーション処方が必要であるほか,不均衡症候群による体調不良に留意する.

症例にみるリハビリテーション介入−末梢神経障害

 栢森良二 三上真弘
 key words 透析患者 末梢神経障害 神経伝導検査 透析関節症

内容のポイントQ&A
Q1.

透析患者の末梢神経障害の頻度は?
多発末梢神経障害は最も頻度の高い合併症である.

Q2.

末梢神経障害と透析療法,原疾患との関連は?
 糖尿病性腎不全透析患者の神経障害は重症になる.透析が長期に及ぶと神経障害の症状・徴候は安定化するが,改善することはない.

Q3.

診断とリハビリテーション治療のポイントは?
 神経伝導検査で診断する.とくにアミロイド沈着にともなう手根管症候群は外科的除圧術が必要で,再発の可能性もある.

Q4.

リハビリテーションを行ううえでの問題点,注意するリスク・合併症は?
 脳卒中,虚血性心疾患,閉塞性動脈硬化症による下肢循環障害・壊死,破壊性脊椎症などの透析関節症,視覚障害などのリスク・合併症を総合的に考慮してリハビリテーションを行う.