特集 正常圧水頭症とリハビリテーション

特集にあたって

 正常圧水頭症は,くも膜下出血などの続発症としてリハビリテーション(以下リハ)領域でしばしば経験される.症状も歩行障害,認知障害,排尿障害と,リハ科医にとって把握しやすいものである.けれども確定診断と手術適応の判断は二次性正常圧水頭症においても必ずしも容易ではない.診断に重要な「髄液排除試験」の効果を定量化するために,有田らは注意・記銘力とバランス機能に着目した尺度を開発し報告している(有田元英・他:正常圧水頭症診断・治療のためのNPHスケール―持続的髄液ドレナージにより手術適応が決定された1例―.リハ医学 32:426―430,1995).
 さて本特集では,特発性正常圧水頭症にスポットを当てた.日本正常圧水頭症研究会の精力的な作業により2004年に出版された『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン』の概要が紹介されている(石川論文).特発性正常圧水頭症診療の歴史的変遷と高齢者医療における位置づけを考えると,本ガイドラインの意義が極めて大きいことがわかる.現在このガイドラインに基づいた多施設研究が進行中であり,リハ医療関係者にとってもその動向が注目される.
 EBM研究とともに病態生理の理解も進んできている.髄液シャント術の効果が「二次性」に比べて「特発性」で顕著ではないことや,停止性水頭症が加齢に伴って水頭症症状を呈することなどが,髄液循環障害と脳循環障害,さらには神経変性との複合として病態を捉えることで説明されている(三宅論文).
 翻ってリハ医療の視点から正常圧水頭症をみるとき,いくつかの課題があがってくる.第1は,他の疾患でリハ中の患者における鑑別診断である.歩行障害,認知障害,排尿障害などについて,水頭症の評価に使えるさまざまな検査がある(西嶋論文).けれども回復期リハ病棟で最初から正常圧水頭症を疑って診療することは,くも膜下出血後などを除いてほとんどないであろう.たとえば胸髄不全損傷の高齢者で,もともと歩行障害と排尿障害があって認知機能障害が軽度の場合,診断が遅れる可能性がある.脳卒中回復期のリハにおいても,発症前からの詳細な病歴聴取や入院後の定期的な脳卒中機能評価が特発性正常圧水頭症を見落とさないために重要である(平田論文).第2は歩行障害をどのようにとらえるか,である.歩容の質的記述だけでなく,歩行の時間・距離因子の計測,さらに運動学的な解析が必要であろう.第3はシャント術後のリハ・プログラムである.具体的にはバルブ圧調整(大井論文)とADL能力の向上に重点を置いた(隅谷論文)プログラムとなる.これまで診断の問題もあり,正常圧水頭症のリハに関する大規模な研究はない.本特集がそのきっかけとなれば幸いである.

 (編集委員会)

 

こう変わってきた水頭症の診断・治療
水頭症のガイドラインとその背景

 石川正恒
 key words 水頭症 認知障害 歩行障害 高齢者

正常圧水頭症の病態とメカニズム

 三宅裕治
 key words 特発性正常圧水頭症 二次性正常圧水頭症 ビンスワンガー病 髄液循環障害 圧可変バルブ

内容のポイントQ&A
Q1.

どのような病態の進行により症状をきたすか?
 正常圧水頭症には髄液循環障害と,脳血管障害の両方の要素が関与する.二次性正常圧水頭症は前者の関与が強く,脳室拡大の進行とともに症状が進行するが,特発性正常圧水頭症は,加齢による脳循環障害がベースにあり,軽微な髄液循環障害が加わることで発症すると考えられ,症状の進行は必ずしも脳室拡大の進行と関連しない.髄液循環障害による脳室拡大,髄液圧の上昇による神経線維の伸展,二次的な脳循環障害により症状が出現する.一般に脳室拡大は側脳室前角部分に強く現れるため,前頭葉由来の症状が中心となる.

Q2.

症状の発現頻度は?
 特発性正常圧水頭症では歩行障害が94〜100%,認知機能障害は69〜98%,排尿障害54〜83%で発現するとされている.その他,易疲労性,焦燥,情動的不安定さ,傾眠傾向,自発性低下などの精神症状が88%に認められ,また妄想,幻視,うつ状態,そう状態などを呈したとの報告もある.

Q3.

症状の発現順序(病型との関係)は?
 自験例での印象では,歩行障害,認知障害,尿失禁の順に発症する例が多い.二次性正常圧水頭症を主な対象としたアンケート調査では,初発症状として最も多いのは認知障害で,次いで歩行障害,尿失禁の順であった.二次性正常圧水頭症では原疾患の重症度により,ADLがかなり制限されている状態で発症してくることが多々あるため,歩行障害よりも認知障害が前景に出たものと思われる.

リハビリテーションでどうみるか

 西嶋一智 近藤健男 森 悦朗 出江紳一
 key words 正常圧水頭症 3m Up & Go test 画像診断 髄液排除試験

内容のポイントQ&A
Q1.

他の病態と合併して起こる正常圧水頭症の見分け方は?
 病歴がポイントである.くも膜下出血,脳室穿破した脳出血,髄膜炎など,髄液の吸収障害をきたす疾患の既往があれば,まず二次性の正常圧水頭症を疑う.これらの既往がない場合は特発性の正常圧水頭症ということになるが,治療手技という点では同じである.

Q2.

鑑別するには(特徴的な歩行障害,認知障害,排尿障害)?
 定義上,正常圧水頭症の最も確実な診断はシャント手術を行って症状改善が得られたか否かである.術前に症状改善を予測する方法としては髄液排除試験が最も有用とされている.特発性正常圧水頭症において臨床症状と画像上の脳室拡大だけで診断するのは困難である.二次性正常圧水頭症は病歴と臨床症状,画像上の脳室拡大で診断が容易である.

Q3.

鑑別診断は(画像所見の重要性は)?
 アルツハイマー型痴呆や脳血管性痴呆といった他の痴呆を呈する疾患はシャント術による症状改善が期待できないため鑑別が必要となる.この際,水頭症による脳室拡大と脳萎縮による二次的な脳室拡大を鑑別することが画像診断において重要である.MRI冠状断で特徴的な所見が指摘されている.

Q4.

いつ頃症状が発現するのか?
 二次性正常圧水頭症は原疾患の発症から数週間から数カ月で症状が現れてくる.特発性正常圧水頭症については,現在,自然経過や経時変化が不明なため,症状の発現時期は不明である.しかし,3徴候のうち,歩行障害が先行し,その後に認知障害や排尿障害が出現するというのが一般的である.また,治療により改善する順番も同様とされている.

Q5.

これは水頭症ではないかと脳外科に問い合わせるべき徴候は?
 特発性正常圧水頭症においては,ガイドラインで示すpossible iNPHに該当する場合に手術適応の検討がなされる.髄液排除試験で症状改善が得られprobable iNPHに至れば,シャント手術により改善が期待できるとして脳外科に手術を依頼すべきである.髄液排除試験を脳外科で行う施設においてはpossible iNPHの段階で紹介するのがよい.

実践例
くも膜下出血後に正常圧水頭症を併発した2症例のリハビリテーション

 隅谷 政
 key words 二次性正常圧水頭症 くも膜下出血 高次脳機能障害 リハビリテーション 脳動脈瘤破裂

実践例
脳梗塞の回復期リハビリテーションで発見した特発性正常圧水頭症

 平田好文 村上雅二 小原健志 石川聖子 堀尾愼彌
 key words 特発性正常圧水頭症 脳梗塞 リハビリテーション タッピングテスト 水頭症手術

正常圧水頭症の外科治療と選択

 大井静雄
 key words 真性正常圧水頭症 成人水頭症の経時的変化 HCA StageT―X 短絡(シャント)システム