特集 高齢者膝疾患のADLとQOL

特集にあたって

 今回は,「高齢者の膝疾患」をリハビリテーション的な切り口,ADLとQOLからとらえてみた.  高齢者膝疾患の多くは,長い経過を経て徐々に機能が低下することに特徴があろう.運動時痛,可動域制限や関節腫脹などの初発症状があり,しだいに両側に障害が及び,正座ができない,歩行の制限,階段昇降の困難などからADL,QOLの大きな障害となる.また腰痛など他の障害も合併してくる.  長い経過を経てADL,QOLの制限や低下が起こるため,臨床では意外に訴えが少ないと思うのは偏見であろうか.患者はいくら訴えても聞いてくれない,治してもくれないといった医療への不信感やあきらめがあり,医師サイドも手術治療以外に大きな関心がなく,関節内注射や温熱治療などで惰性に治療している場合も少なくなかろう.  今回は,この面ではご造詣の深い長谷川先生に編集の労を執っていただいた.ご推挙された先生方は,いずれも地域医療に精通された臨床のエキスパートであられる.  大森先生は,膝疾患を概括され,加齢との関連,多彩な症状と他覚所見とのギャップ,頻度とリスク因子などに学ぶことが多い.坪井先生と長谷川先生はADL,QOLの制限を具体的,段階的に述べられており,臨床にすぐ役立つであろう.また,SF―36を用いたQOL評価では長年の地域検診の結果を示されているが,QOLについては,社会的生活機能や全体的健康感,活力などに大きな障害が生じることが注目される.池田先生と黒澤先生には陥りやすいpitfallと運動療法などのアプローチを具体的にご解説いただいた.井原先生は,とかく平板化するリハアプローチをADL,QOLから見直し,多面的リハアプローチの必要性を説かれて参考になる.高井先生は関節症と肥満を機械的メカニズムと代謝からとらえられた.とても興味深く,また新しい方向性ととられたい.  今回の特集が,とかく主体性を失い惰性の治療に流れるリハビリテーション関係者への警告となり,臨床の場に反映されることを強く願うものである.

 (編集委員会)

 

高齢者の膝疾患

 大森 豪
 key words 高齢者膝疾患 加齢 身体機能低下 変形性膝関節症 鑑別疾患

内容のポイントQ&A
Q1.

加齢と膝疾患発症の関連は?
 加齢に伴い身体機能は低下する.膝関節においても骨密度や大ル四頭筋力の低下,関節軟骨の変性が生じ,これらが高齢者の膝疾患発症に影響する.

Q2.

患者はどのような症状を訴えるか?
 高齢者では疾患自体の特徴に加えて,各種身体機能の低下とADLの低下が症状に影響するため,「多彩な訴え」や「自覚的症状と他覚的所見の間のギャップ」に注意する必要がある.

Q3.

頻度の多い膝疾患は?
 最も頻度の多い疾患は変形性膝関節症である.しかし,本症は軟骨欠損,滑膜炎,骨棘,骨N腫,変性断裂した半月板や遊離体などさまざまな病態を含むため診断には注意が必要である.

Q4.

膝痛を生ずる他の疾患は?
 変形性膝関節症と鑑別すべき疾患としては,関節リウマチ,偽痛風,化膿性膝関節炎,結核性膝関節炎,特発性大ル骨顆部骨壊死,脛骨顆部不顕性骨折,変性半月板障害,特発性膝関節血腫などに注意する必要がある.

ADL・QOLはこんなに制限されている

 坪井真幸 長谷川幸治
 key words 変形性膝関節症(Osteoarthrirtis of the knee) ADL(activities of daily living) QOL(quality of life) SF―36(SF―36)

内容のポイントQ&A
Q1.

セルフケアにはどのような制限が生じるか?
 和式生活では洋式生活と比較し可動域制限により障害されやすい.和式トイレ,ズボン・靴下・靴の着脱が可動域制限により困難となる.風呂の出入りは筋力低下,可動域制限により困難となる.一連の動作として可能かどうかチェックする必要がある.

Q2.

移乗・移動動作にはどのような制限が生じるか?
 膝関節痛,不安定性,膝伸展筋力低下により歩行距離,速度が低下する.逃避性跛行や膝関節拘縮・筋力低下の代償によりエネルギー効率が悪く,疲れやすい.下肢アライメント障害,lateral thrustにより膝OAの進行を助長する.階段昇降では初期より階段を降りるときに疼痛出現し障害あり.

Q3.

職業,家事にはどのような制限が生じるか?
 あぐら,正座を必要とする仕事は膝屈曲障害により制限される.重量物のもち運びは膝にかかる負荷が増加するため困難となる.しゃがみ込み,立ち上がりを繰り返す家事や重労働(農業)は膝の負荷が大きく困難となる.

Q4.

スポーツ,旅行など余暇活動にはどのような制限が生じるか?
 ジャンプ,キック,ランニングなどを要するスポーツは膝にかかる負担が大きく制限される.過度のスポーツ活動は膝OAの進行を助長したり,スポーツ障害を起こしやすくなる.旅行は疼痛・歩行障害により同行の旅行者について行けないため参加に消極的となる.余暇活動の制限は社会参加を制限することとなりQOLを低下させる.

Q5.

患者の心理にはどのような影響を及ぼすか?
 身体的健康のみならず精神的健康も障害される.

効果が上がらない治療法の落とし穴

 池田 浩 黒澤 尚
 key words 変形性膝関節症 薬物療法 物理療法 運動療法 荷重時X線

内容のポイントQ&A
Q1.

その場しのぎの,鎮痛薬での治療を行っていないか?
 NSAID(非ステロイド性消炎鎮痛薬)の内服は変形性膝関節症(膝OA)に対して有効ではあるが,膝OAは高齢者の疾患のため,NSAIDによる副作用(胃潰瘍を含む胃腸障害など)が懸念され,また,NSAIDによる軟骨細胞のプロテオグリカン産生抑制作用や関節破壊の報告もあるため,長期投与は避け,疼痛の強い場合の頓服薬として用いるべきである.

Q2.

漫然と,温熱療法のために病院に通っていないか?
 温熱・冷却療法は膝OAの疼痛緩和に効果的であり,炎症所見が強い場合には冷却療法のコンプライアンスが高いが,温熱療法は入浴で,冷却療法は氷Nやアイスパックを用いて自宅でも可能であり,治療方法(治療時間やコツなど)が確認できれば通院で実施する必要はなく,自宅で行うべきである.

Q3.

手術の適応と時期は?
 膝OAに対する初期治療の原則は,重症度に関係なく保存的治療である.治療の効果をX線の重症度別でみると,軽症〜中等症では保存的治療での症状改善が大いに期待できるが,重症例では外科的治療が必要となるケースが多くなる(重症例の場合は約60%で手術が必要).したがって,重症例で3〜6カ月以上の保存療法を行っても,症状の改善度が低く,疼痛によるADL障害が大きい場合には手術を考慮するべきである.ここで問題となるのがX線による重症度の評価法である.荷重関節のX線重症度を,臥位X線で正確に評価することは不可能であり,適切な治療法を導くためにも,立位荷重時のX線で評価すべきである.

ADL・QOLステップアップへのリハビリテーション・アプローチ

 井原秀俊
 key words 変形性膝関節症 足底板 運動療法 神経運動器協調訓練

内容のポイントQ&A
Q1.

効果ある歩行補助具・装具を処方するには?
 内側型変形性膝関節症の場合,足底板は早期から装着させる.患者に合った足底板を作ることが,装着継続には重要である.室内用の足底板の採型はギプスを巻いて陽性モデルを作り,それをもとに製作する.

Q2.

大ル四頭筋訓練だけで十分か? 本当に鍛えるべき筋肉は?
 膝は多関節運動連鎖の一部であり,大ル四頭筋は膝伸筋,ハムストリングは膝屈筋というより,姿勢制御筋として活動しているという認識をもつことが大切である.

Q3.

効果のあがる保存療法の組み合わせは?
 効果的な保存療法は,運動療法,足底板装着,ヒアルロン酸の関節内注入の3本柱を合わせ実施することである.運動療法は,筋力訓練,足指把握訓練を主とする神経運動器協調訓練,自転車ペダリング,水中歩行,足底板を装着しての平坦な道での歩行を組み合わせる.

Q4.

運動習慣定着を図る決め手は?
 診察室にてリアルタイムで指導するとともに,再来時に各種の訓練に関する説明書を小出しにしながら説明し,訓練への意識と動機づけを行うことが肝心である.

エキスパートの「私はこうする」−変形性膝関節症と肥満

 高井信朗
 key words 変形性膝関節症 減量 肥満