特集 小児の摂食・嚥下障害−実践的アプローチのポイント

特集にあたって

 小児の摂食・嚥下機能の発達は,生後,吸啜反射から哺乳がはじまり,定頸後,約5カ月で哺乳反射が消失し,離乳食が開始されると,舌と口蓋のすりつぶし運動,歯肉および歯での咀嚼運動へと進む.近年,新生児医療の進歩によって,超早産児(28週未満),超低出生体重児(1,000 g未満)や先天性疾患を合併した新生児の救命率が向上しているが,一方で,このような新生児における呼吸障害,摂食・嚥下障害の合併およびそれにともなう栄養障害が問題となっている.  小児の摂食・嚥下障害は,医療機関(多くの診療科),療育施設,教育機関で,多くの職種の人がかかわり,さらに子どもの成長に伴って,アプローチ法が変化するので,情報が錯綜し,保護者が混乱しているケースが多い.  本特集では,この問題に日々取り組んでいらっしゃる筆者の方々に,実践的アプローチのポイントをわかりやすくまとめていただいた.  はじめに,洲鎌先生は,嚥下障害を起こしやすい疾患とその病態について述べられ,児の発達段階に応じた摂食・嚥下の評価とその対応の重要性について解説され,また,反復性肺炎,気管支攣縮などの呼吸器機能に影響する胃食道逆流症をスクリーニングするため,食道pHモニタリング,上部消化管造影などの検査の重要性を指摘されている.次に,村山先生は,成人と比較してスクリーニングが困難な小児の摂食・嚥下障害に対して誤嚥可能性検出票が有効であること,VF検査においては,頸部,下顎,体幹の角度や姿勢のわずかな違いが嚥下機能に影響すること,silent aspirationの頻度が高いことなどを指摘され,その結果の解釈について詳細に述べられている.また,佐藤先生は,新生児室からのアプローチとして,過敏のある症例の評価方法,minimal handlingの原則をもとにした介入の方法について述べられ,また,摂食訓練(間接訓練,直接訓練)については,その具体的な方法,食物形態,スプーンの選択,姿勢,家族指導の留意点についてもわかりやすく解説されている.  一方,症例による特徴とそのアプローチのポイントについて,今井先生は,脳性麻痺児の場合での,ライフサイクルに応じた対応の重要性を指摘され,哺乳期では嚥下機能評価と呼吸機能評価が重要であること,摂食期では摂食・嚥下機能の発達を促し,経管から経口への移行を適切に行うこと,学童期では,機能維持と介助者変更によるリスク,学童期以降では機能低下の緩和と支援について,具体的症例を呈示されている.次に,笛木先生は知的障害児について,舌や口唇などの口腔機能障害から摂食障害が発生しやすいこと,食品,食形態へのこだわりから拒食,偏食が生じやすいことを指摘されたうえで,口腔ケア,ブラッシング,口腔過敏や偏食に対する脱感作の方法について解説され,さらに,肥満に対するアプローチについては余暇活動の重要性などを指摘されている.最後に,長谷川先生は,ダウン症児の摂食・嚥下障害の特徴として,丸のみが多いにもかかわらず,嚥下はできるため当初は問題視されず,また,これに付随して構音障害などが生じていることを指摘され,離乳食の開始は,自己主張のでない生後6カ月以前に開始すべきであることや,一口の感覚を身につける工夫などの,重要なポイントについて豊富な経験をもとに解説されている.  本特集が,小児の摂食・嚥下障害のアプローチとして,保護者に正確な情報を伝えるうえでの一助となると確信する次第である.

 (高橋秀寿/国立成育医療センターリハビリテーション科・編集委員会)

 

小児の摂食・嚥下障害
病態生理

 洲鎌盛一
 key words 摂食・嚥下障害 発達 脳性麻痺 胃食道逆流症 呼吸障害

内容のポイントQ&A
Q1.

摂食・嚥下の正常発達とライフサイクルを通した対応の重要性は?
 摂食・嚥下障害の治療にあたっては,児の発達が機能的,形態的にどの段階にあるかを評価し,そのステージに合わせて指導することが重要である.

Q2.

小児の摂食・嚥下障害をきたす疾患とその病態生理は?
 捕食,咀嚼,嚥下機能に関連する大脳皮質,脳幹嚥下関連運動神経核,呼吸中枢,感覚神経系の脳神経・筋異常や,口唇から上部消化管にいたる構造的・機能的異常で摂食・嚥下障害が生ずる.小児の場合はさまざまな原因が重なって生じていることが多い.

Q3.

胃食道逆流の病態生理と嚥下障害への影響は?
 胃食道逆流症(GERD)は嚥下と無関係に自発的に弛緩するtransient LES relaxationが主たる原因であるといわれている.GERDの症状には嘔吐,吐血,下血,喘鳴,貧血,発育不良,突然の不快発声,過緊張があり,合併症には逆流性食道炎,反復性肺炎,迷神経反射による気管支攣縮などがある

Q4.

呼吸障害と摂食・嚥下障害の関連は?
 摂食・嚥下機能と呼吸機能は互いに密接な関係がある.GERDは反復性肺炎,気管支攣縮など呼吸機能に影響し,呼吸機能の悪化はGERDをさらに悪化させる.このことは重度脳障害者で特に重要である.

小児の摂食・嚥下障害
評価のポイント

 村山恵子
 key words 摂食・嚥下障害 小児 評価 胃食道逆流症

内容のポイントQ&A
Q1.

診察のポイントは?
 小児では,本人からの問診が不可能であり,正確な状況が把握できない場合が少なくない.病歴聴取→現症→唾液嚥下の状態→食物を用いた評価の順で段階を追って確認する.CP児にはsilent aspirationが多いため,咳やむせがなくても注意が必要である.

Q2.

スクリーニングの方法は?
 成人領域では,改訂水飲みテストなどが標準化されているが,小児で摂食・嚥下評価を要するケースは,大多数が指示に従うことができず,使用できない.筆者らは独自の評価票を作成しているが,丁寧な問診と理学所見・摂食場面の観察が必要である.

Q3.

VF評価の留意点と評価のポイントは?
 実際の摂食指導に生かせる方法の呈示を目的として計画する.被曝量を軽減し,児および介護者にかかる検査負担を軽減することも重要である.小児は成人に比し,環境の変化に敏感であり,平常より悪い結果や平常より良好な結果をみている可能性は避けられない.

Q4.

胃食道逆流(GER)検査のポイントは?
 CP児をはじめとする重症心身障害児では多様な原因が複雑に絡み合ってGERを発症する.それらの要因相互の関連を考慮しながら,治療方針に結びつく検査を行うことが求められる.

Q5.

24時間phモニター検査のポイントは?
 持続的に逆流の状況を把握できるが,酸性逆流物の逆流しか確認できない.高度の胃食道逆流症例では,検査方法によっては消化管出血を誘発する場合もある.誤嚥性肺疾患へのGER関与の評価には,逆流時間の長さよりも,頸部食道までの逆流頻度が重要である.

小児の摂食・嚥下障害
訓練のポイント

 佐藤裕子 高橋秀寿
 key words 小児の摂食・嚥下障害 摂食・嚥下訓練 摂食姿勢 食物形態 家族指導

内容のポイントQ&A
Q1.

ライフサイクルを通したアプローチのポイントは?
 発達段階によってあらわれてくる問題に違いがあるので,小児の身体および精神発達を把握したうえでのアプローチが必要である.

Q2.

間接訓練・直接訓練の方法は?
 さまざまな方法があり,単一の方法だけでなく,それらを組み合わせ,児の発達に合った方法を選択する.

Q3.

摂食・嚥下の各期の障害に対するアプローチは?
 ここでは,先行期,準備期,口腔期,咽頭期,食道期の5期に分けて考える.期によってあらわれてくる問題点は異なるが,別々にとらえずに一連の食物の流れとして評価し,訓練する視点が必要である.

Q4.

食物形態とスプーンの選択は?
 食物形態およびスプーンの選択は,小児の摂食・嚥下指導においては大変重要である.そこで指導の方向性が決まることになる.

Q5.

摂食訓練における姿勢のポイントは?
 摂食姿勢は床面に対しての体幹角度,体幹に対しての頭頸部の角度,重力との関係を考慮して,嚥下しやすい姿勢を検討する.

Q6.

家族指導における注意点は?
 指導は具体的,実際的であるべき.また,障害受容過程にある親への心理的なサポートも必要である.

症例にみるリハビリテーションの実際−脳性麻痺児

 今井祐之
 key words 脳性麻痺 摂食・嚥下障害 経管栄養 食事指導 誤嚥

内容のポイントQ&A
Q1.

脳性麻痺児の摂食・嚥下障害の特徴とライフスタイルを通した対応のポイントは?
 脳性麻痺児の摂食は,口腔器官の筋緊張や感覚や運動に未熟性や異常性がみられるため,児は年齢を重ねるに従い,異常発達が進行し,中途から経管栄養になる場合もある.このため,以下の各時期ごとに対応ポイントは異なってくる.

Q2.

哺乳期のアプローチのポイントは?
 摂食の導入期であり,経口摂取の導入と先の見通しをつけることが目的になる.嚥下機能の評価と呼吸状態の評価がまず重要である.そのうえで,摂食指導の方針を決めていく.

Q3.

摂食期のアプローチのポイントは?
 幼児期は摂食の発達期である.摂食・嚥下機能の発達を促進すること,経口摂取量の増加を図ること,食材の種類を広げることがこの時期の目的となる.また経管栄養の児は,経口摂取量が増やせれば,抜管を考える時期であり,抜管後に食事の形態を再考するときでもある.

Q4.

学童期のアプローチのポイントは?
 この時期の目的は,摂食・嚥下機能を維持することである.就学により,複数の介助者による介助方法の違いや食事時間や場面の制約に適応しなければならないという新たな課題が発生する.教育機関と医療機関との連係が大切である.

Q5.

学童期以後のアプローチのポイントは?
 この時期は機能低下期である.指導目的は,機能低下の速度を緩和することであり,本人や家族が機能低下を受容できるよう支援することにより,安全に経口摂取ができるよう検討し,必要に応じて,経管栄養への移行を行っていかなければならない.まず身体の状態や生活環境を再評価する必要がある.機能低下に対応した介助方法の助言,指導が必要になる.

症例にみるリハビリテーションの実際−知的障害児

 笛木 昇
 key words 知的障害児 摂食拒否 摂食指導 口腔ケア ライフサイクル

内容のポイントQ&A
Q1.

知的障害児の摂食・嚥下障害の特徴とライフサイクルを通した対応のポイントは?
 知的障害児は,哺乳嚥下機能には問題がないことが多い.しかしその後固形物を摂取していく過程で口腔機能の問題から摂食障害が発生する.また協調運動障害を合併するため自食機能を育てていく必要がある.特定の食品,食事形態,テクスチャーへのこだわりを示すことから摂食拒否や偏食となることがある.生活習慣の自立の障害のため,食生活の乱れ,肥満,歯科的問題をきたし,また加齢とともにムセ,誤嚥など咽頭期の障害がみられ食事形態の工夫が必要となる.

Q2.

口腔ケアのポイントは?
 口腔ケアを自分で行えるように指導していく.習慣化がいちばん大切である.児の発達段階に応じて介助者が行うことが必要となる.専門家の定期的検診が大切である.

Q3.

歯ブラシの選択,ブラッシングのポイントは?
 自分で歯磨きを行うように練習する場合,グリップの長さを本人の手の大きさに合わせる.磨き残しの多い場所に対しては介助者が仕上げ磨きを行うことを習慣づける.

Q4.

口腔過敏,偏食に対するアプローチは?
 口腔感覚の過敏,鈍麻が口腔ケアの不十分さからきている場合,定期的な口腔ケアを徹底する.また偏食に対しては全体的な栄養評価を行い,合併する口腔以外の感覚過敏に対しても脱感作していく.摂食拒否が強く,児にとって必要な栄養がとれないときには経管栄養も必要になる.

Q5.

経口摂取以外の栄養管理は?
 肥満に対しては,栄養摂取量に見合った運動量を確保していく.間食を減らしていくために食事以外の楽しみ,余暇活動の形成が大切である.

症例にみるリハビリテーションの実際−ダウン症児

 長谷川知子
 key words ダウン症 低緊張 丸のみ 舌突出

内容のポイントQ&A
Q1.

ダウン症児の摂食・嚥下障害の病態生理は?
 ダウン症の特徴として(1)筋緊張低下(低緊張),(2)特徴的な発達(身体的・精神的)とその遅滞,(3)合併症(併発症)の可能性があり,それによって口唇を閉じずに]まずに飲み込む(いわゆる丸のみ)などの摂食の問題が生じる.

Q2.

ライフサイクル(新生児期から乳幼児期)を通したアプローチのポイントは?
 授乳困難を訴えることが多いが,親の不安は子どもに伝わるので,心配せずに少量でも与えればよい.生後6カ月をすぎると自己主張が強くなるので,それ以前には離乳食を始めた方がよい.咀嚼は高度な摂食機能であり,段階を踏んで到達することが必要である.

Q3.

いわゆる“丸のみ”を防ぐ方法は?
 一旦ついた癖を直すのは難しいため,小児科でのかかわりのなかでも早期から正しい摂食を身につけさせてほしい.咀嚼が確立するまでは,麺類などの丸のみを促進する食物を与えすぎない.ひとりで食べ始める前に「一口」の感覚を身につけさせることも大切である.

Q4.

家族指導において心がけねばならない注意点は?
 会話をしながら楽しく食事することが重要で,食事を訓練第一の場にしてはならない.子どもの受容が十分でない親もおり,指導だけでなく精神心理的な支援が不可欠である.

Q5.

巨舌についての手術法に対する見解は?
 ダウン症では巨舌にみえても,顎が小さく口腔が狭いことから比較として大きくみえ,低緊張や動きが少ないため口から出たままになっていることが多い.そのため手術はむしろ逆効果と考えられる.顔面・口腔の諸筋を働かせることでバランスも改善するので,正しい摂食や話しかけ,口の体操のほうが有効である.