特集 ベテランに学ぶ高齢者脊椎圧迫骨折のリハビリテーション

特集にあたって

 今年,わが国は65歳以上の人口が20%という高齢社会に達し,今後さらなる高齢化率の上昇が見込まれるなか,高齢者医療は政治的,社会的にも大きな問題となっている.加齢現象としての骨関節疾患は避けることができない宿命であり,医療経済的問題になるのは当然である.紀元2000年の当初の10年間は「The Bone and Joint Decade」として,国際的規模での骨関節疾患へのキャンペーンが行われているが,深刻さに違いがあるものの,各国でも骨関節疾患への医療費は非常に高い値を示している.なかでも骨粗鬆症起因の脊椎圧迫骨折は,腰背部痛の持続から始まり,廃用症候群へと一気に進みがちであり,寝たきりに陥る可能性も高い疾患である.来年度の介護保険制度の見直しでは,要支援前後の身体能力群の予防的訓練体系が模索されており,当面の要介護度増悪への歯止めになるであろう.しかし,脊椎圧迫骨折は,それに対するアプローチが今はやりの「診療ガイドライン」にも描かれていないほど,疾患を統一して捉えることが困難な面があり,また医療側の認識にも差がある.筆者の体験でも,30年ほど前には急性期の脊椎圧迫骨折患者へは石膏ギプスベッドを作成し,2カ月ほど寝かせておくのに疑問すら投げかけられなかった.しかしその当時でも,すでに欧米ではベッドに臥床させずに車椅子座位から歩行へとリハビリテーション(以下リハ)を進めていた.当時は高齢化という事態もなく,脊椎圧迫骨折の頻度も小さく,現在ほどの重症の骨粗鬆症も少なかったといえよう.今では「寝た切り阻止」の考え方がわが国でも当然のごとく受け入れられてきたかと思える.しかし,寝た切り阻止を図り,どのようにリハの要素を組み込んでいくかについての具体的方針までには至っていないのが現実ではないだろうか.圧迫骨折は転倒の既往歴がない事例も多く,臨床症状もないという事例から,転倒を契機に明らかな圧迫骨折の新鮮発症がみつかる事例までさまざまである.また,自然経過でいつの間にか疼痛が消える事例が多いなか,長時間,執拗に疼痛の訴えが続き,経時的に下半身の神経症状を発症し,不全脊髄損傷へと発展するケースも多くなってきた.このような事例に対し,安易に早期からの補装具利用下の起立・歩行訓練を施行しようとしても疼痛のために施行困難で,神経症状を悪化させかねず,リハの現場は当惑する事態になっている.さらに認知障害が加味された場合にどこまでリハを投入するか,一層とまどいが増す.補装具自体のデザイン,病期によるデザインの変更,その効率・効果性,患者側の許容度,鎮痛消炎剤の有効活用法などもハッキリとした方針が欲しいところであろう.
 本特集では,高齢者の脊椎圧迫骨折(ことに急性期の)へのリハアプローチを考えるため,本質に立ち返って,寝た切り阻止の考えにそって症例ごとの治療戦略を立てるときの糧になるような知識のまとまりを…という思いから現在わが国の第一線でご活躍の方々に筆を振るっていただいた.「私のリハビリテーションアプローチ」の確固とした信念に従った取り組みも大いに参考になろう.そして読者も自分の考えに従ったアプローチを編み出す余地があるのではないか.
 高齢者には多面的アプローチが必須であるが,骨関節疾患の一断面にすぎない脊椎圧迫骨折のリハアプローチが高齢者医療の一助になることを期待するものである.
 ご執筆頂いた著者に心からお礼申し上げる.

 (編集委員会)

 

オーバービュー
骨粗鬆症と脊椎圧迫骨折

 藤原佐枝子
 key words 骨粗鬆症 脊椎圧迫骨折 疫学 骨折リスク 発生率

内容のポイントQ&A
Q1.

骨粗鬆症の成因は?
 骨粗鬆症は,骨吸収と骨形成のバランスの破綻によってもたらされる.遺伝的因子,女性ホルモンなど内的ホルモン,ライフスタイル(カルシウム摂取,運動,喫煙など)などが,骨代謝バランスの調整系に異常をもたらし,骨粗鬆症の原因となる.

Q2.

骨粗鬆症の疫学は?
 骨粗鬆症は,年齢とともに増加し,閉経後女性あるいは高齢者に頻度が高い疾患である.わが国の骨粗鬆症人口は男女合わせると1,000万人以上と推計されている.

Q3.

骨粗鬆症は脊椎など骨関節にどのような影響を及ぼすか?
 骨粗鬆症は,骨量が減少し,骨脆弱性が増し,骨折を起こしやすくなった状態である.特に,脊椎,大ル骨頸部,橈骨遠位端,上腕骨近位は骨折しやすい部位である.

Q4.

高齢化と脊椎圧迫骨折の関係は(脊椎圧迫骨折は増えているのか)?
 長期的に脊椎圧迫骨折発生率を観察すると,発生率は近年減少している.しかし,年齢とともに脊椎圧迫骨折発生率は高くなるため,高齢化社会においては,脊椎骨折予防は,医療および社会経済面から重要である.

脊椎圧迫骨折の合併症

 中野哲雄
 key words 脊椎圧迫骨折 脊柱変形:円背・亀背 歩行障害 逆流性食道炎 遅発性脊髄障害

内容のポイントQ&A
Q1.

脊柱のアライメントへの影響は?
 脊椎圧迫骨折(以下,圧迫骨折)が発生すると,脊柱のアライメントは変化することが多い.圧迫骨折にともなう脊柱変形は,円背,凹円背,全後弯,亀背などと分類される.骨折した椎体の変形の型により圧迫骨折があっても脊柱変形をきたさない症例もあるし,円背があっても圧迫骨折のない症例も存在するが,多くの症例では圧迫骨折が存在すると円背が発生する.胸腰椎移行部の椎体が著明な楔状変形を起こし,その上下の脊柱が代償性に前弯を増強させると,亀背となる.上位胸椎では圧迫骨折がなくとも円背を呈することは稀ではないが,一般的には中位胸椎に圧迫骨折が多発すると円背となる.胸椎後弯が増強すると代償的に腰椎前弯が強くなり凹円背となることが多い.後弯が胸椎だけでなく腰椎でも発生すると全後弯となる.

Q2.

歩行への影響は?
 円背では脊柱の重心は前方へ移動するが,凹円背ではある程度もとに戻る.全後弯となると重心は前方へ大きく移動する.円背では股関節を過伸展し膝は軽度屈曲位の歩行となるが,凹円背では代償される.全後弯となると股関節は強度過伸展し膝は強度屈曲位となるか,あるいは杖や老人車での前屈歩行となる.腰椎前弯という代償作用がない円背では仙骨が後傾し,起居・歩行能力が低下する.また,円背があると,腰椎背筋群のコンパートメント内圧が上昇し筋阻血状態となり,筋・筋膜性腰痛と間欠跛行が生じる.

Q3.

脊柱変形による合併症は?
 脊柱変形による内科的合併症の代表的疾患として逆流性食道炎がある.逆流性食道炎は60歳以上の女性で有病率が急上昇し重症例も増加する.高齢女性で罹患頻度が上昇する理由として,食道裂孔ヘルニアの合併が考えられ,女性の食道裂孔ヘルニアの合併率は年齢とともに急増する.円背・亀背による腹圧上昇が食道裂孔ヘルニアの誘因となっている.逆流性食道炎があると,逆流した胃酸が咽頭・喉頭に炎症を起こし,咽頭・喉頭違和感,嗄声,咽頭痛,嚥下痛,胸痛,上腹部痛が発生する.さらに胸痛を惹起し,しばしば狭心痛と誤診される.脊柱後弯にともなう胸郭可動域制限は全肺気量,肺活量,最大呼気流量,一秒率を低下させ,機能的残気量を上昇させ,呼吸機能低下をもたらす.

Q4.

安静臥床の弊害は?
 新鮮な圧迫骨折で安静臥床となる理由の第一は疼痛である.多くの圧迫骨折では外固定をすると,ただちに疼痛の程度が低下し,起居動作が可能になる.適切な外固定をただちに行うことが最も重要である.疼痛を和らげる薬剤はNSAIDとカルシトニンが有効である.後壁損傷のない圧迫骨折では外固定さえすれば,疼痛の許す範囲で歩行させるべきである.

Q5.

脊髄障害への進行の見極めは?
 遅発性脊髄障害が発生する危険性があるのは第1に後壁損傷型の骨折であり,後壁損傷のある症例が適切な外固定を受けないでいると後壁は脊柱管内へしだいに大きく突出する.明らかな後壁損傷がなくとも偽関節となった骨折部で強い亀背となり,不安定性があると遅発性脊髄障害が発生しうる.

脊椎圧迫骨折
−私のリハビリテーションアプローチ
保存療法の要点と運動療法

 吉田 徹 赤羽根良和
 key words 骨粗鬆症 脊椎圧迫骨折 保存療法 運動療法 早期診断

脊椎圧迫骨折
−私のリハビリテーションアプローチ

 白土 修 桑澤安行 佐藤貴一 中下 健
 key words 圧迫骨折 compression fracture 運動療法 therapeutic exercise 装具 brace

脊椎圧迫骨折
−私のリハビリテーションアプローチ

 上好昭孝
 key words 骨粗鬆症 脊椎圧迫骨折 リハビリテーション 反張位整復 リュックサック療法

脊椎圧迫骨折
−私のリハビリテーションアプローチ

 田中清和
 key words 脊椎圧迫骨折 リハビリテーション 装具療法 脊柱後弯変形