特集 脳外傷児へのリハビリテーションアプローチ

特集にあたって

 おそらく日本のリハビリテーション(以下リハ)関連誌で最初の小児脳外傷特集である.今回「小児脳外傷の疫学」では,日本初の頭部外傷データバンク検討委員会によるデータから6〜15歳の54例について分析結果が紹介されている.また「リハ外来での脳外傷児のみかた」では乳児期〜学童期に受傷した児が思春期に至るまでに抱える問題が縦断的な観察に基づいて述べられている.そして「実践例」では3編の症例報告に,患児,家族,教育職,医療職の手探りの共同作業が丁寧に記載されている.意識障害,高次脳機能障害の評価,あるいは画像検査結果を介入方法に生かす技術やシステムからは学ぶことが多い.さらに特別寄稿「児童虐待」が子どもを取り巻く環境の深刻さを浮き彫りにしている.
 小児脳外傷のリハにおける心理社会的介入,学校を巻き込むシステムとしての介入の重要性がそれぞれの論文から読み取れる.具体的な課題として次のような事項があげられる.1)科学的な行動観察法,2)小児の神経心理学的検査と画像検査,3)小児の認知訓練,4)小児の環境調整,5)予防(虐待,事故)
 これらのなかで4)についてSohlbergら(Brain Inj 12:333-346,1998)の興味深い症例報告がある.それによれば,当時の米国の認知リハの状況として,認知リハとして支給されるサービスの減少傾向,日常生活への治療効果の汎化が困難であることがわかった,日常の場面での実施と評価が研究者以外の患者関係者にも可能で効果のある治療法の開発が必要と述べられ,援助者の訓練により脳損傷後の認知障害のサポートを通常の生活環境で行うことの効果が検討された.従来の監督的治療形式と違い,患者と介護者の関係に協調的に介入したことが特徴であり,また患者や援助者もどのようなデータを集めるかなど研究デザインの決定に参加した.その結果,治療的介入を開始する前のベースライン期に改善がみられた.本論文の著者らは,患者の行為を計測することが援助者の行動を変え,ベースライン期の成績を上げたのではないか,また援助者に問題となる行為を計測することを訓練することで,解決策を発見することを促進させられるのではないかと考察している.報告された3例のうち小児期に受傷した1例を要約して紹介する.
 ・トーマス,16歳,高校生.13歳時に交通事故,GCS11,7日間昏睡,21日間入院リハ,以後外来リハ.記憶,注意の障害あり,7年生に復帰,8年生に進級,9年生(高校)で留年,問題のひとつは宿題を忘れることであった.
 ・治療チームの設定:患者自身が,両親,特殊学級の教師,研究者を選んだ.
 ・ベースライン期の評価法の決定:1)両親と教師が,対処方法を同定することを,研究者が助けた.2)教科として,宿題のでるデザイン,数学,英語をデータ収集の対象とした.3)宿題達成を次の6段階に分けて評価し,達成率を計測した.(宿題を正しく記録すること,家で宿題の記録を確認すること,宿題を始めること,宿題を完成させること,必要なら宿題を学校へ持っていくこと,宿題を提出すること)
 ・評価:両親からe-mail,各科担当教師へのインタビューに加え,トーマスを(宿題をどこに記録しているかなど)授業中に観察した.
 ・結果:検者間信頼性は授業観察で82%,教師へのインタビューで60%,両親への質問紙で100%であり,宿題に関して問題ないことがわかった.その理由として,教師が宿題の出し方を変えた(注意深く説明し,理解を確認した)ことがあげられた.
 多様で長期にわたり,しかも変容し得る障害をもちながら,地域で生活する患児(そして成人になる)とその家族を支援するシステムは,脳外傷に限らず,小児リハ全般に有用と思われる.成人脳外傷者のためのジョブコーチにあたる,スクールコーチが養成されてもよいかもしれない.
 本特集論文で指摘されているように,小児脳外傷のリハには多くの困難な課題が残されている.執筆して下さった先生方をはじめ,この困難な領域に取組まれている方々に敬意を表したい.

 (編集委員会)

 

小児脳外傷の疫学
−頭部外傷データバンク検討委員会小児症例における検討

 高橋浩一・小川武希
 Key Words:小児脳外傷 疫学 頭部外傷データバンク検討委員会 道路交通法 乳幼児被虐待児症候群

内容のポイントQ&A
Q1.

わが国での発生数,原因は?
 正確な発生頻度は不明であるが,1999年の年間交通事故と転落・転倒による死亡数は人口10万人あたり15歳未満全体で7.9人である.受傷機転としては重症脳外傷では交通事故が多く,軽症例では転落が多い.

Q2. 諸外国の疫学データとの比較は?
 米国の発生数はわが国より高率と推測される.男児に多く発生し受傷原因としては交通事故が多いことが共通しているが,被虐待児症例がわが国より高率である.
Q3. 発生数の経年変化は?
 成人を含めた「不慮の事故による死亡」の年次推移では,1972年までほとんど横ばい状態であったが,1973年以降は低下傾向となり,1987年には過去最低となった.しかし,その後上昇傾向である.また,1994年から1998年で自動車乗車中の交通事故による幼児の死傷者数が1.5倍に増加した.
Q4. 法整備と発生数の関係は?
 米国では飲酒運転の取締り強化やチャイルドシート,エアーバッグの装備の義務化などにより発生数は減少傾向にある.しかし,わが国では1987年以降,発生数が増加傾向にあり2000年に先進諸国で最も遅くチャイルドシートの使用が義務づけられた.
 またわが国でも乳幼児被虐待児症候群は近年,相当増加している.これをうけ,2000年に児童虐待防止法が制定,公布された.しかし,2001年の児童虐待事件は,検挙件数,人員,被害児童数ともに前年を上回っている.

リハビリテーション外来での脳外傷児のみかた

 栗原まな
 Key Words:小児 脳外傷 高次脳機能障害 検査バッテリー

内容のポイントQ&A
Q1.

リハビリテーション外来で遭遇する患者像は?
・脳外傷の後,入院することなく外来だけで対応された例が代表的である
・軽度身体障害,軽度知的退行,高次脳機能障害が患者像のポイントとなる
・対応が難しいのは,高次脳機能障害である

Q2. 親から症状を聞き出す工夫は?
・診断名,意識障害の程度とその経過,運動障害とその経過,失語症状,半側空間無視の症状など急性期の状況を少しでも正確に把握する
・学業成績,性格の変化,友人関係,記憶力,注意集中力など以前と変わった点は何か,学校,家庭それぞれで現在困っていることは何か,合併症としてのてんかんがあるかを確認する
Q3. 検査バッテリーをどう使うか,その有用性は?
・小児に用いることができる検査バッテリーは限られており,知能検査を基本として,神経心理学的検査を加える
・正確に検査ができれば有用であるが,神経心理学的検査を行うには熟練が必要である
・検査だけに頼らず,子どもをよく観察すること.日常生活のなかでの問題点を聞き出すことが大切である
Q4. 年代ごとに障害はどう変化し,社会生活で何が問題となるか?
・外傷後しばらくは周りも気配りをするが,学年,学校が変わると外傷の既往は忘れられ,親でさえ忘れることもある
・眼にみえる障害は気配りしてもらえるが,みえない障害は理解されにくい
・幼児期は,集団に入ってはじめて問題を感じることが多い
・学校側の対応に子どもの社会生活は左右されるため,正しい情報を学校に伝えていくことは大人の責任である
・小学生時代は,学業面と友人関係がうまくいくと学校生活の問題が少なくなるが,中学生になると,学業が難しくなる
・思春期には,特に二次障害(劣等感,反抗など)の発生を予防することが大切である

実践例:家族による支援を中心にして多様なリハビリテーションアプローチを行った症例

 伊藤武哉・生駒一憲
 Key Words:脳外傷児 リハビリテーション 高次脳機能障害 復学支援 家族支援

実践例
学校と連携しながら,包括的に支援した症例

 荏原実千代・浅田二朗・廣瀬綾奈
 Key Words:脳外傷児 高次脳機能障害 学校との連携 ケアの連続性

実践例:ICUと回復期リハビリテーション病棟での集中的,継続的リハビリテーションアプローチで重度意識障害が著明に改善した症例

 影近謙治・柴田孝博・嶋先 晃・島根照美・中道尚美・大橋雅広・高木泰孝
 Key Words:頭部外傷 小児 脳外傷 チームアプローチ 高次脳機能障害