特集 障害者は運動不足?
退院・社会復帰はしたものの

特集にあたって

 私たちが最初,「生活習慣病」との呼称を聞いた際の違和感もすでに薄らぎ,臨床におけるその重要性は罹患数の増大とともにますます高まっている.他方で複合生活習慣病としてメタボリック・シンドロームが注目されてきている.他の名称として内臓脂肪症候群(松澤, 1987),シンドロームX(Reaven, 1988),死の四重奏(Kaplan, 1989),インスリン抵抗性症候群(De Fronzo, 1991),などもあるが,動脈硬化の危険因子である「肥満」,「高血圧」,「高血糖」,「高脂血症」を重複発症している状態である.このメタボリック・シンドロームは急速に動脈硬化を進行させることがわかっており,心筋梗塞や脳梗塞など死亡につながる疾患にもなりやすい.ひとつひとつの疾病としてはそれほどの症状はないものの,私たちの周辺でもごくありふれた血糖値や血圧がやや高く,お腹が出てきた人のことを指す.
 こうした状況が障害者においてはより高頻度に見つかり,当初の疾病や外傷に対する管理終了後に新たな問題となりつつある.すなわち障害を抱えながら生きる人々にとって,社会復帰後の二次的問題としてクローズアップされるに至った.これまでリハビリテーションの世界では,まず患者の社会復帰を第一の目標に掲げてやってきたが,十分な運動量を確保しにくい障害者にとってはより切実な,復帰後の健康管理という課題が登場したのである.
 そこで本特集「障害者は運動不足?退院,社会復帰はしたものの」では,
1. 佐久間肇先生に,障害者の生活習慣病,二次的障害発生の実態,障害者の食事・身体活動の実態を明らかにしていただき,
2. 樋口幸治先生らには,障害者の体力評価はどのように行われるか,運動指導の実際はどんなものか,そして運動介入に対する身体反応はどうかを,
3. 佐々木裕子先生らには,日常の運動活動の低下はどのような体内変化をもたらすか,摂取カロリーと消費カロリーのアンバランスはどう作用するかなどを
4. 運動不足の対策:障害者スポーツセンターでの取り組みとして東京都多摩障害スポーツセンター(江口秀幸先生)と兵庫県勤労身体障害者体育館(増田和茂先生)での実際について,水中運動,室内運動などの選択をどうするか,リスク管理はどうするかなどを,
5. 幸田剣先生らには,運動指導の立場からみた身体障害者スポーツの実例をいくつかあげていただいた.
 この特集では必ずしも,一定の介入手段により,障害者における二次的な健康問題の解決につながる方向性を出すまでには至っていない.あくまで今後とも重要性を増すことが予想される課題への注意を促すレベルにとどまっているが,関連した新たな知見が蓄積され,コンプライアンスのある有効性の高い治療法に結びついていくことを期待したい.

 (編集委員会)

 

障害者における生活習慣病の実態

 佐久間肇
 Key Words:障害者 生活習慣病 廃用症候群 食事 身体活動

内容のポイントQ&A
Q1.

障害者の生活習慣病,二次障害発生の実態は?
 障害者では身体活動の低下,基礎代謝量の低下があり,健常者よりも高脂血症,耐糖能障害などの生活習慣病の発症,廃用症候群が多くみられる.

Q2. 障害者の食事,身体活動の実態は?
 障害ごとの食生活の実態は明らかではないが,しばしば,1日1〜2食の生活や栄養の偏りのあるケースがみられる.褥瘡を繰り返す例では,栄養不足の合併がよくみられる.障害者の多くで身体活動は低下しており,ある程度社会活動をしている障害者でも運動習慣は少ない.
Q3. 代謝障害が主か循環器障害か?
 障害者に多くみられる生活習慣病は,高脂血症,耐糖能障害を中心とする代謝障害である.しかし,障害者においても冠動脈疾患の増加がみられるほか,特に活動性の低い障害者では,廃用症候群としての起立性低血圧,循環血液量の低下などの循環器障害も大きな問題である.

運動訓練(フィットネス)の果たす役割

 樋口幸治・山崎昌廣・赤居正美
 Key Words:有酸素性作業能力 生活習慣病 立位歩行様運動 リハビリテーション体育

内容のポイントQ&A
Q1.

障害者の体力評価はどのように行われるのか?
 脊髄損傷者に対しては上肢エルゴメーター,車いすローラー,トレッドミル,立位歩行様運動,上下肢併用エルゴメーターなどを用いてVO2 maxを直接的に測定することが可能であるが,高価な機器や専門のスタッフを必要とする.そのためフィールドワークではVO2 maxとの相関が認められ,より簡便な3分間走テストを用いている.

Q2. 障害者に対する運動指導の実際は?
 医学的管理下でのリハビリテーション体育訓練(RS)は,障害や残存機能,心理状態を考慮し,日常生活動作(ADL)獲得,向上を目的に運動指導を行う.社会的リハビリテーションでのRSは,与えられた課題や専門家の指示に従うだけではなく,現状をしっかりと認識し,自発的な行動ができる総合的な体力を養えるような運動指導を行う.
Q3. 運動介入に対する身体反応は?
 筆者らが行った,頸髄損傷者に対する運動介入によれば,立位歩行様運動群は車いす運動群に対して有意な最大運動時の酸素運搬能力の増加を示した.また,1カ月間の立位歩行様運動トレーニングによって血清脂質に好影響を与えていることが示唆された.

食生活改善,栄養指導など他のアプローチの可能性

 佐々木裕子・金澤雅之・上月正博
 Key Words:廃用症候群 食事摂取基準 摂取エネルギー たんぱく質エネルギー比率 ビタミン

内容のポイントQ&A
Q1. 日常の身体活動の低下や運動不足は,どのような体内変化をもたらすのか?
 身体活動の低下や運動不足は,筋・骨格系,呼吸・循環器系をはじめ種々の生理機能を低下させると考えられている.また,障害による安静や長期臥床は,筋肉の萎縮や筋力の低下を引き起こし,立位や座位の保持,歩行,トイレ動作,入浴,更衣,整容などの基本的な日常生活動作(activities of daily living,ADL)を制限してしまう場合が少なくない.
Q2. 摂取エネルギーと消費エネルギーのアンバランスはどう作用するのか?
 摂取エネルギーが消費エネルギーを上回れば,肥満が生ずる.また,消費エネルギーが上回れば,脂肪燃焼,体重減少,ひいてはエネルギーや各種栄養素の不足による栄養障害を引き起こす.特に,障害者の場合には,長期的なエネルギーやたんぱく質不足による栄養障害が深刻となるため,食事指導は,疾患別や障害の程度別によるガイドラインではなく,アセスメントをふまえたうえでの,個々へ対応した栄養ケアプランが要求される.
Q3. 過食なのか偏食なのか?
 障害者の場合には,過食(エネルギーの過剰摂取)というよりも,偏食によるビタミン不足のため,エネルギー代謝に用いられなかった糖質が,乳酸や脂肪という形で体内に蓄えられてしまい,慢性の疲労感や,体重は少ないのに体脂肪率は高いという逆の結果を招く場合が多い.ポイントは,加齢とともに摂取エネルギーを減らし,一方,ビタミンやミネラルの摂取量は,20歳代並みにキープすることである.しかしながら,実際には,摂取エネルギーは若い頃と同じで,たんぱく質やビタミン,ミネラルは不足しているのが現状である.これでは,障害の進行をくい止めるどころか,逆に推し進める結果になる.

運動不足への対策
障害者スポーツセンターでの取り組み

東京都多摩障害者スポーツセンター
 江口秀幸
 Key Words:障害者 スポーツ スポーツセンター リスクマネジメント

内容のポイントQ&A
Q1. どのような場所で可能か?
・車椅子使用者などに配慮したバリアフリーの施設であること
・障害特性を理解した指導者がいること
・障害の種別・程度,運動の目的などに対応したプログラムが提供できること
Q2. どのような障害者が参加しているか?
・肢体不自由者を主に視覚障害者,聴覚障害者,知的障害者,内部障害者,精神障害者など
・健康の維持・増進,リハビリテーション,競技力向上,余暇活動,交流などを求める人々
Q3. 水中運動,室内運動などの選択をどうするか?
・基本的には,障害の種別・程度,健康状態,スポーツ歴などが参考になるが,当事者の目的,興味などを尊重して選択することが将来に継続できるかの重要な要素である
・当事者の目的,興味,障害状態,健康状態などは,個人のライフステージで変化することも多いので,そのつど運動の種目,内容,負荷などを見直すことも必要である
Q4. リスク管理はどうするか?
・最初に看護師によりインテークを行い,障害状態,健康状態などを聞き取る
・合併症などがあれば,医師によるスポーツ医事相談を勧める
・希望者には,初めての運動相談で個人の目的や医事相談の内容をもとに,個別に運動の方法などを指導する
・スタッフに周知し,自己管理を喚起しながら,安心して安全にスポーツを楽しんでもらえるようにする

運動不足への対策
障害者スポーツセンターでの取り組み

兵庫県勤労身体障害者体育館
 増田和茂
 Key Words:施設 機会 社会の障害 原障害

内容のポイントQ&A
Q1. どのような場所で可能か?
 障害者専用・優先スポーツ施設などが中心である.また,公共スポーツ施設や民間のフィットネスジムでも個人の障害程度や施設設備状況によっては利用されている.
 施設のみならず機会提供が重要である.
Q2. どのような障害者が参加しているか?
 若中年齢層までの活動的な参加に加え,高齢者層,重度障害者の増加傾向がある.内訳は身体障害者(肢体不自由,視覚障害,聴覚障害,内部障害),知的障害者,精神障害者の順である.
 ハンディキャップという「障害」の影響が大きい.
Q3. 水中運動,室内運動などの選択をどうするか?
 水中運動と室内運動の選択には,運動の目的(個人の身体状況を含む)と本人の希望(嗜好)によるところが大半であり,障害という特別因子が介在するのは一部である.
Q4. リスク管理はどうするか?
 障害(者)=疾病(病人)という認識は間違いでもあるが,一方リスク管理上では配慮すべき事項も存在する.管理に関しては運動種目の内容と強度,対象者の障害とその原因,年齢などで異なり,通常では既往歴,問診による個人情報が必須となる.循環器系の疾病,愁訴,運動前後の血圧,てんかんの有無,投薬などの確認が必須条件となる.

運運動指導の立場からみた
身体障害者スポーツ

 幸田剣・指宿立・伊藤倫之・田島文博
 Key Words:運動指導 運動生理学 障害者スポーツ 筋力トレーニング