特集 リハビリテーション患者とうつ

特集にあたって

 精神症状の合併はリハビリテーション(以下リハ)を遂行するうえでのいわゆる阻害因子となることが多い.そのなかでも,「うつ」の問題はリハの臨床に携わる者にとって,最も直面する頻度の高い精神症状のひとつであろう.
 うつが阻害因子といわれる理由としては,本人が能動的に意欲をもって訓練をすすめることが困難であることや患者の将来に関する重要事項の決定ができないこと,したがってリハプロセスが停滞してしまうことなどが考えられる.また,われわれリハ専門職にとっては,うつ症状を呈する患者に対してどのようなゴール設定を行い,リハ計画を立案したらよいのかということについて困惑し,対応に難渋する場面も多いと思われる.
 本特集では,まずうつの症状とそれを見逃さないためのポイント,うつ患者への対応方法,うつ治療の最近の動向をオーバービューとして述べていただいた.続いて4つの疾患に関して,症例を通したうつへの対応を臨床経験豊富な先生方に紹介していただいた.
 リハにおけるうつ症状の出現は,もともとの疾患としてうつがあり,とくに自殺企図が原因で障害に至ったという場合と,脳卒中や脳外傷のように二次的な症状として出現するという場合がある.いずれの場合も,できる限り早期に精神科医へコンサルテーションを行うことが重要であり原則である.しかし,回復期リハの病院やリハ専門病院には精神科医が常勤していないことも多く,その場合は主治医であるリハ医が診断を行い,一定レベルの対応・治療を開始する必要がある.最近は,SSRIなど比較的副作用が少なく使いやすい薬が登場したことにより,リハ医が抗うつ薬を処方する機会も多くなっている.とはいっても,安易な薬の投与は避けられるべきであり,うつの評価・診断は慎重に行う必要があろう.
 リハを行うにあたっての留意点は各論文に詳しく述べられているが,チームアプローチという観点から最も重要なことはチームにおける対応の統一であると考える.職種による対応が異なってしまった結果,うつの改善が得られないばかりか症状の悪化をもたらす場合もあるので注意が必要である.
 うつ症状の出現によりゴール設定を下方修正することはやむを得ないことである.しかし,うつ症状は治療に反応する割合も高く,可逆的であると考えられる.うつ治療中の機能低下を可能な限り予防することを当面の目標としながら,うつ治療が奏効した場合には再度ゴール設定をし直すことが肝要である.うつという診断名だけで低いゴールを決めつけず,時間がかかっても身体機能的なゴールの達成を目指すことがわれわれリハ医の目標となると考える.
 うつ症状を呈する患者さんを前に悩んでいるリハ医やリハ専門職にとって,本特集が問題解決の一助となり,患者さんに対してより適切なアプローチがなされるようになることを期待したい.

(高岡徹/横浜市障害者更生相談所・編集委員会)

 

オーバービュー
リハビリテーション臨床におけるうつの症状と対応

 古川俊一・江藤文夫
 Key Words:リハビリテーション うつ病 抑うつ 治療

症例に学ぶうつへの対応

脳卒中後のうつ

 岡崎英人・園田茂・岡本さやか・三沢佳代・才藤栄一
 Key Words:脳卒中 うつ リハビリテーション 抗うつ薬 自殺

内容のポイントQ&A
Q1.

脳卒中患者におけるうつの合併率は?
 脳卒中後のうつ状態は15〜72%と報告されている.
 うつ状態の時期は発症後から半年以内に多い.

Q2. リハビリテーションを行ううえで困ったことは?
 うつ状態となると訓練そのものができなくなる.その間に廃用が進む.
Q3. リハビリテーションを行ううえで気をつけた点は?
 患者をよくみる,訴えをよく聞く,無理をさせない.
 必要であれば抗うつ剤は速やかに開始する.
 自殺されないよう対応には気をつける.
Q4. ゴール設定はどのように行ったか?
 うつ状態の時期は現状維持の廃用予防を目標とする.
 うつ状態から回復したらうつ状態前のゴール設定に戻す.

脳外傷後のうつ状態

 岡本隆嗣・橋本圭司・青木重陽・大橋正洋
 Key Words:脳外傷 うつ 高次脳機能障害 評価 対応法

内容のポイントQ&A
Q1. 脳外傷者におけるうつの合併率は?
 10〜77%までさまざまな報告がある.主な理由として,診断基準・評価法の相違があげられる.
Q2. リハビリテーションを行ううえで困ったことは?
 遂行機能障害,自発性の低下ともとらえられ,診断が困難な場合が多い.
Q3. リハビリテーションを行ううえで気をつけた点は?
 認知障害に配慮した環境調整が必要である.環境調整のほか,内服薬が必要と考えられる場合には,精神科へのconsultが望ましい.
Q4. ゴール設定はどのように行ったか?
 状況をよく見極め,無理のない範囲でのゴール設定とした.

うつによる自殺企図が原因の脊髄損傷

 富永俊克
 Key Words:自殺企図 脊髄損傷 職業復帰

内容のポイントQ&A
Q1. 脊髄損傷におけるうつの合併率は?
・自殺企図による脊髄損傷は2%であった
・一方,脊髄損傷者は約12倍自殺死亡率が高い
Q2. リハビリテーションを行ううえで困ったことは?
・精神症状の把握と対応
・合併症(褥瘡,痛み,尿路感染症など)の治療
Q3. リハビリテーションを行ううえで気をつけた点は?
・共感的対応について,治療スタッフ間だけではなく家族とも情報共有した
・向精神薬はすべて精神科医の処方として薬剤師が服薬状況をモニターした
・課題が遂行できるとしっかりと褒めた
Q4. ゴール設定はどのように行ったか?
・入院リハビリテーション治療の開始時期からの最低ゴールを在宅復帰とした
・達成しやすい訓練課題を順次設定した

うつによる自殺企図が原因の切断

 菊地尚久・水落和也
 Key Words:うつ 自殺企図 下肢切断 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. 切断患者におけるうつの合併率は?
 最近の大規模な調査報告はわが国,欧米とも渉猟できなかった.過去の症例による検討と当院での統計では,下肢切断者全体の比率では1〜2%,精神障害者のなかでは10〜20%となる.受傷原因はすべて自殺企図であり,電車による轢断であった.
Q2. リハビリテーションを行ううえで困ったことは?
 リハビリテーションを施行する際に不安・恐怖感を伴うことが多かった.平行棒内歩行訓練から訓練室内歩行訓練への移行など訓練内容のステップアップを行うたびに不安・恐怖感が増大し,訓練の進行が大幅に遅延した.
Q3. リハビリテーションを行ううえで気をつけた点は?
 精神症状の変化に留意し,患者の態度・行動の変化,睡眠・食欲,ADL,患者のリハビリテーションに対する意欲,疲労度などから判断して,それぞれの医療スタッフが適切な対応をとれるように指示し,精神症状が著しい場合にはその都度精神科医に相談した.
Q4. ゴール設定はどのように行ったか?
 精神症状の影響も含めて(1)義足装着での屋内歩行自立,(2)断端管理・義足装脱着の自立,(3)入浴以外の日常生活動作の自立,(4)簡単な家事動作の自立と設定した.退院までに長期間を要したが,ほぼゴールは達成された.