特集 神経免疫疾患の治療Update

特集にあたって

 学生時代,当時,大学に開設されたばかりの神経内科学について,「細かな診察に基づいて把握した神経症候から,科学的推論により難病に対して診断をつけるアカデミックでスマートな学問.でも,治療の話はあまり出てこない」という印象をいだいた同級生は少なくなかったと思う.体系的にもれなく神経症候を洗い出して診断をつけていく教授の診察手技や臨床講義に感銘を受けながらも,その反面なんとなく物足りなさも感じたわけである.もちろん当時でもパーキンソン病や重症筋無力症などの一部の疾患についてはその病因に基づいた薬物治療が行われていたし,また筋緊張などへの対症療法は存在した.しかし不勉強のせいもあるだろうが,多くの神経疾患ではステロイドをどのように投与するかということ以外にはあまり治療についての話を耳にしたことはなかったように思う.
 ところが10年程前から,リハビリテーション(以下リハ)の現場でも,神経内科からコンサルトされる患者さんを通して,神経疾患に対する新しい治療法の話を次々と聞くようになった.日本神経治療学会が今年は第23回を迎えるそうであるが,各神経疾患に対する病因の解明が進む一方で新しい治療法の開発が進んだ結果,かつて抱いていた神経疾患へのイメージが大きく変わってきている.一方,“神経免疫疾患”というのも耳新しい言葉である.これは神経や筋に存在する自己抗原を標的とする免疫機序によって発症する疾患の総称だそうで,重症筋無力症やギランバレー症候群はじめとする多彩な疾患が含まれる.職場の棚にあった1991年改訂出版の某神経内科学教科書を取り出して,“ギランバレー症候群”のページを開いてみた.その病因の項を要約すると「何らかの免疫的機序が疑われるが明らかな証拠がなく,本症の原因はなお不明である」と記載されている.また「神経免疫疾患」という言葉はその教科書には見出せなかったので,比較的新しい概念であることがわかる.そのようなこの領域の発展のなかで,日本神経免疫学会・日本神経治療学会の合同委員会により作成され,2年程前から順次公表されている「神経免疫疾患治療ガイドライン」が,インターネットで検索(http://www.fmu.ac.jp/home/neurol/guideline.html)できるようになっている.現在は,重症筋無力症,ギランバレー症候群・慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー,多発性硬化症に関するガイドラインが載っている.
 これらの治療を直接担当しているリハ医は少ないと思われる.しかしコンサルトされる患者さんの神経内科での治療法が大きく変わってきているので,リハの立場にいる医師やリハスタッフも,これらの概略についての知識をもつ必要に迫られている.治療が患者さんの機能障害に与える影響,あるいは病気の予後についての見通しがつかないと,リハ計画が立てにくい.このような経験から,今回の特集を組んでみた.本特集では,病因と治療に関する,ともするととっつきにくく難しい内容が,できるだけわかりやすく記述され,各疾患に対するリハについても,治療法との関連や症例報告を記載いただいた.最前線でのリハの実践に,ぜひお役立ていただきたい.

(編集委員会)

 

最近の神経免疫疾患の治療

 阿部和夫
 Key Words:神経免疫疾患(免疫性神経疾患) 血液浄化療法 免疫抑制剤 インターフェロン 免疫グロブリン大量療法

内容のポイントQ&A
Q1. 神経免疫疾患とはどのような疾患か?
 免疫性神経疾患とも表記される.本来であれば細菌などの体外からの異物に対する防御機構として働く免疫が,神経や筋に存在する自己の抗原を認識し攻撃することにより発症する神経疾患の総称.神経疾患には他の臓器にはない,神経特異的自己抗原が多く存在し,これらの抗原が標的とされ神経免疫疾患(免疫性神経疾患)が発症する.
Q2. 神経免疫疾患に対する代表的治療法の概略は?
 神経免疫疾患に対する治療は,全身性自己免疫疾患とほぼ同様に抗免疫治療法が行われる.したがって,すべての神経免疫疾患に対して,薬物治療(ステロイドや免疫抑制剤)インターフェロン,免疫グロブリン大量療法,血液浄化療法が適応になるはずであるが,実際は疾患により選択される治療法が異なる.
Q3. これらの治療法の副作用は?
 ステロイドによる骨粗鬆症,免疫抑制剤による骨髄抑制,インターフェロンでの抑うつや間質性肺炎,血液浄化療法での体外循環にともなうショック,免疫グロブリン大量療法での肺水腫やアナフィラキシーショックが知られている.
Q4. これらの治療法についての最近のトピックは?
 アジアでよくみられる視神経脊髄型多発性硬化症といわゆるDevic病の異同に関しての新しい見解が出されている.
 Guillain-Barré症候群の治療にステロイドを用いることに対し否定的な意見があるが,最近,Guillain-Barré症候群に対して免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)とメチルプレドニゾロン(mPSL)パルスの併用に関する報告がなされ,議論になっている.

 

多発性硬化症の治療とリハビリテーション

 河野 優・瀬田 拓・鈴木正彦・安保雅博
 Key Words:多発性硬化症 治療ガイドライン Th1/Th2バランス 副腎皮質ステロイド インターフェロンβ

内容のポイントQ&A
Q1.

多発性硬化症の病態は?
 抗原特異的Tヘルパー細胞を中心とする細胞性免疫の異常,特にTh1/Th2バランスの破綻が病態機序に関与している.

Q2. 主な治療法とその効果の程度は?
 2003年に日本神経免疫学会・日本神経治療学会合同でガイドラインが報告された.主に急性増悪期の症状回復を目的とした短期的な治療と,再発予防・進行抑制を目的とした長期的な治療の2つに分類し,各種薬剤の選択が推奨されている.
 ステロイドパルス療法は,血液脳関門の修復,炎症・浮腫抑制などの機序を介して,MSの急性増悪期の症状改善に有効である.インターフェロンb療法は,免疫調節,血液脳関門破綻の抑制などの機序を介して,MSの再発予防・進行抑制に有効である.その他,血漿交換,免疫グロブリン,各種免疫抑制剤の短期・長期的効果が示されているが,エビデンスレベルは十分とはいえない.
Q3. 実際のリハビリテーションは?
 多彩な症状を呈するため,各時点において,各患者における身体機能,能力を評価し,福祉を含めた適切な環境設定を組織することが重要である.

ギラン・バレー症候群,慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーの治療とリハビリテーション

 川手信行・水間正澄・市川博雄・河村 満
 Key Words:ギラン・バレー症候群/慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)治療 機能予後 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. ギラン・バレー症候群(GBS)/慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)の病態(免疫的機序)は?
 GBS,CIDPともに自己免疫疾患と考えられており,細胞性免疫・体液性免疫の関与が指摘されてきており,特に一部のGBSでは抗ガングリオシド抗体の関与が指摘されている.
Q2. 主な治療法と効果の程度は?
 GBSの治療法としては,単純血漿交換(PE)と免疫グロブリン静注療法(IVIg)があり,CIDPの治療法では,副腎皮質ステロイド療法・PE・IVIgがあるが,それぞれ同等の有効性を示す.治療の長所・短所,患者側の要因(性,年齢,基礎疾患,合併症など)を考慮し,患者への十分なインフォームドコンセントのうえ治療法を選択すべきである.
 PEの作用機序は,抗体の除去,細胞性免疫の調節などがあげられ,IVIgの作用機序は,抗体の中和,マクロファージの貪食機能抑制,B細胞の増殖および抗体産生抑制などが推定されている.
Q3. 実際のリハビリテーションは?
 GBSは,従来考えられてきたような予後良好な疾患とはいいがたく,一見機能障害がないような症例でも,日常生活上の困難感や不自由が残存している例や機能回復に長期間を要する例もあることや,また,CIDPは慢性進行性,再発性の疾患であることから,日常生活の視点に立った,長期的なリハビリテーションアプローチが必要である.

重症筋無力症の治療とリハビリテーション

 小野寺宏
 Key Words:重症筋無力症 治療 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. 重症筋無力症の病態は?
 重症筋無力症はアセチルコリン受容体に対する自己抗体による自己免疫疾患であり,神経筋接合部の機能阻害と破壊によって筋力低下をきたす.90%の患者に胸腺異常が認められ,胸腺には自己抗原に反応する異常なTリンパ球が存在する.
Q2. 診断のポイントは?
 a)日内変動のある筋力低下(特に眼瞼下垂,複視,嚥下障害は診断的価値が高い),b)血液中の抗アセチルコリン受容体抗体陽性,c)電気生理検査所見(反復誘発試験で活動電位の振幅が低下),のうち2つ以上が認められること.
Q3. 主な治療法とその効果の程度は?
 胸腺摘出術と薬物療法(ステロイド薬とコリンエステラーゼ阻害薬)が治療の中心となる.胸腺腫例では過形成胸腺例に比べ胸腺摘出術の効果が低い.ステロイドは術後投与を基本とするが,重症例には術前から用いる,コリンエステラーゼ阻害薬はあくまでも対症療法である.急性増悪時(クリーゼ)には人工呼吸器の装着,血液浄化療法,ステロイドパルス療法,免疫グロブリン大量投与などにより治療する.
Q4. 実際のリハビリテーションは?
 重症筋無力症患者は反復運動により疲労・脱力が悪化するため,通常のリハビリテーションメニューの実施は困難である.嚥下訓練や呼吸筋力保持を中心にメニューを作成するが,クリーゼ時には関節拘縮予防に重点をおく.