特集 脳卒中リハビリテーション治療の新展開

特集にあたって

 リハビリテーション(以下リハ)における治療は,麻痺を回復させるなど,機能障害そのものに対するアプローチと,残存機能の活用,補助具の活用,環境調整などの代償的アプローチとに大別される.これまで,成人の脳においては,可塑的変化の可能性は極めて限られていると考えられ,アプローチの重点は機能障害そのものに対してよりも,代償的アプローチによりいかに失われた機能を補い,日常生活の制約を軽減するかに重点が置かれてきた.
 しかしながら,近年,neuroscienceの分野から,成熟した脳においても従来考えられていたより遥かに可塑性があることが報告され,脳の可塑的変化を促進させるような新たな治療戦略に対する関心が急速に高まりつつある.その端緒のひとつになったのは,Nudoらの研究で,彼らはリスザルの運動野に小梗塞を作成し,餌をとる訓練を行った群と非訓練群の皮質マッピングを比較したところ,訓練群の手,手関節,前腕の運動野が有意に拡大していることを報告した(Science 272:1791-94, 1996).成熟脳でも訓練により皮質運動野の可塑性があることを初めて実証した重要な研究である.
 さらに,より早期から,高強度・高密度のリハを提供することがより大きな機能回復につながるという証拠も集積しつつある.たとえば,Biernaskie らは,ラット脳梗塞モデルにおいて,リハ開始時期による回復の差を検討し,発症後早期からリハを行った群ほど回復の程度がよく,また形態学的にも非損傷側の樹状突起がより複雑に分岐していることを報告している(J Neurosci 24:1245-54, 2004).また,Kwakkelらの強化運動療法の効果に関する20件のランダム化比較試験(2,686名)のメタアナリシスでは,強化運動療法群において発症後6カ月以内にADL,IADL,歩行速度により大きな改善が認められている(上肢巧緻性には差なし)(Stroke 35:2529-39, 2004).わが国からも高密度,集中的リハの提供を可能にするFull-time integrated training program(FIT)の有効性が報告されている(Am J Phys Med Rehabil 83:88-93, 2004).
 このような脳の可塑的変化に働きかける具体的なリハ手技として,本特集で詳しく紹介されているconstraint-induced therapy,(部分免荷)トレッドミル歩行,経頭蓋磁気刺激,経頭蓋直流電流刺激,ロボットを活用した上肢・下肢の訓練,求心性刺激,半側空間無視に対するプリズム適応療法をはじめ,バイオフィードバック,経皮的電気刺激,ミラー療法,運動イメージなどさまざまな治療戦略が最近注目を集めている.さらに運動および認知機能の回復を促進するための神経薬理学的アプローチも精力的な研究が進められている.また,近い将来,神経幹細胞移植による機能再生も夢ではなくなる時代もくるであろう.
 これらの最先端の治療的アプローチを正しく理解し,その適応と限界を整理しながら,脳卒中リハ治療戦略の中に位置づけていくことが今こそ求められているといえよう.本特集がその一助となれば幸いである.

(編集委員会)

 

歩行リハビリテーション−部分免荷トレッドミル歩行訓練

 越智文雄・村田賢二
 Key Words:脳卒中 歩行 部分免荷トレッドミル

内容のポイントQ&A
Q1. 部分免荷トレッドミルはどのような治療法か?
 患者の体を吊り上げ,体重の30〜40%まで免荷してトレッドミル上を歩行させる.歩行速度は患者が歩ける最も速い速度を選び,歩行の改善とともに免荷量を減らしていく.
Q2. 効果のメカニズムは?
 部分免荷トレッドミル歩行では体幹を吊り上げることにより下肢への荷重を減らし,患側の片脚支持期が長くなることで歩行の左右対称性を増すとともに,患肢で体重を十分支えられない早期から歩行訓練が行える.
Q3. 治療効果のエビデンスは?
 部分免荷トレッドミル歩行訓練はボバース法や免荷なしのトレッドミル歩行訓練より,歩行速度をはじめとして歩行能力が有意に改善した.しかし発症早期では積極的な平地歩行訓練に比べ改善に有意差はなかった.
Q4. 脳卒中リハビリテーションにおける位置づけと今後の展望は?
 部分免荷トレッドミル歩行訓練は歩行の禁忌となる合併症がない限り,歩行が自立していない早期から歩行訓練が行える.介助量が多く通常の平地歩行訓練が十分行えない患者には行うことを考慮してもよい訓練法と考えられる.

 

上肢リハビリテーション

 武原 格・安保雅博
 Key Words:慢性期脳卒中 constraint-induced movement therapy robotic therapy task-oriented therapy

内容のポイントQ&A
Q1.

どのような治療法か?
 近年新たな上肢機能訓練法としてconstraint-induced movement therapy,robotic therapy,task-oriented therapyが報告されている.

Q2. 効果のメカニズムは?
 機序は十分に解明されていないが,脳の可塑性,再構築が関与すると推測される.そのためには,麻痺側上肢の積極的使用が重要である.
Q3. 治療効果のエビデンスは?
 訓練後の評価では,上肢機能の改善が認められている.しかし,長期的効果の報告では,効果が持続した報告とコントロール群との有意差がなくなったとする報告がある.
Q4. 脳卒中リハビリテーションにおける位置づけと今後の展望は?
 慢性期脳卒中患者においても訓練により上肢機能の改善を図ることは可能である.今後エビデンスを積み重ねていくことにより,新たな有効なリハビリテーション手技に確立していくことが求められる.

運動麻痺治療

 衛藤誠二・川平和美・松元秀次・石川聖子
 Key Words:経頭蓋磁気刺激 paired associative stimulation afferent block 感覚刺激 促通反復療法

内容のポイントQ&A
Q1. どのような治療法か?
 運動野の興奮性を変化させる手段として,経頭蓋磁気刺激,感覚刺激,ペア刺激,求心性神経のブロック,頭皮上の直流電流があり,いずれも運動野の興奮性の促通,抑制が可能である.これらの手段を利用して,患側運動野の興奮性や患側肢からの入力を増やし,健側運動野の興奮性や健側肢への入力を減らすことが,麻痺の改善に結びつく可能性がある.
Q2. 効果のメカニズムは?
 上記の方法が,大脳皮質の興奮性を変化させ,それが脳の可塑性を高め,麻酔の改善に結びつくと思われる.
Q3. 治療効果のエビデンスは?
 健常人や脳卒中患者において,運動野の興奮性の変化や,四肢への入力の変化が,運動技能や麻痺を改善させるとの報告がある.
Q4. 脳卒中リハビリテーションにおける位置づけと今後の展望は?
 麻痺を改善する運動療法を,上記の神経生理学的な手段と併用することにより,特定の神経回路の興奮を高めることができると思われる.これが,より大きな麻痺の改善をもたらす可能性がある.

半側空間無視リハビリテーション
−プリズム適応療法(PA療法)

 水野勝広・辻 哲也
 Key Words:半側空間無視 プリズム適応 リハビリテーション 治療

内容のポイントQ&A
Q1. プリズム適応療法とは,どのような治療法か?
 視野を右にずらすプリズム眼鏡をかけ,前方の目標物を指差す課題を繰り返すと,最初は正確な位置を指すのが難しいが,次第に視覚の外乱に適応し,正確な位置をさせるようになる.このようなプリズム適応課題を左半側空間無視患者に行うと半側空間無視の諸症状が改善することが報告されている.これをプリズム適応療法(PA療法)とよぶ.
Q2. 効果のメカニズムは?
 プリズムにより視覚的空間がずらされると,見えている場所と実際に手を伸ばした場所の間にずれが生じる.これが,普段は気づくことができない空間認知のゆがみを認識するための警告刺激となり,視覚のずれに適応する過程で複数の感覚モダリティーを利用した空間認知の再構築が起こると考えられている.
Q3. 治療効果のエビデンスは?
 小規模な研究では治療効果が認められているものの,大規模なランダム化比較試験(RCT)などはなく,まだ十分なエビデンスがあるとはいえない.今後の研究が待たれる.
Q4. 脳卒中リハビリテーションにおける位置づけと今後の展望は?
 脳卒中患者のリハビリテーションにおいて,半側空間無視はリハビリテーションの効率を悪くし,機能的予後を増悪させる重要な因子である.PA療法はこれまで考案されてきた治療法と比較して,簡便であり,発症早期から行うことも可能と考えられる.早期から半側空間無視が改善すれば,リハビリテーション全体の効率を改善し,ADLの改善や入院期間短縮につながる可能性があり,期待されている.

神経薬理学
−運動機能回復に関与する薬物

 生駒一憲
 Key Words:ノルエピネフリン 運動機能 薬物治療 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. どのような治療法か?
 脳卒中の運動機能障害に対し運動療法などが行われるが,D-amphetamine,methylphenidate,levodopa,L-DOPS,fluoxetine,selegilineなど,運動機能回復を促進させる薬物の使用が提唱されている.また,ドパミン受容体遮断薬,a1受容体遮断薬,a2受容体刺激薬,GABA作動薬,phenytoin,phenobarbitalなどのように阻害する薬物もある.
Q2. 効果のメカニズムは?
 脳卒中の運動機能回復には脳内ノルエピネフリンが重要な役割を果たすと考えられており,脳内ノルエピネフリン作用を増強する薬物が運動機能回復を促進し,ノルエピネフリン作用を抑制する薬物は運動機能回復を阻害すると考えられる.また,他の機序により効果を発揮すると考えられる薬物もある.
Q3. 治療効果のエビデンスは?
 運動機能回復を促進する薬物では,D-amphetamineについて有効,無効のどちらについてもエビデンスが報告されている.他の薬剤についてはエビデンスのある報告があるものの数は少なく,いずれの薬物も治療法として確立するには至っていない.
 運動機能回復を阻害する薬物について臨床的な報告があるが,倫理上,エビデンスの高い実験的臨床研究は困難である.現時点ではこれらの薬物は避けることが望ましい.
Q4. 脳卒中リハビリテーションにおける位置づけと今後の展望は?
 運動療法に薬物を組み合わせることで中枢神経の再構築を促進させる可能性は十分あると考えられ,今後の研究の進展が期待される.