特集 摂食・嚥下療法の実践−経口摂取開始までのリスク管理

特集にあたって

 平成18年には医療保険と介護保険の見直しが同時に行われる.それにより急性期病院から在宅までの途切れのないリハビリテーション(以下リハ)が求められている.このなかで摂食・嚥下に対する興味が一層広がってきている.特に介護保険においては制度改革の全体像が示され,持続可能な介護保険制度の構築が提唱されている.その柱のひとつに「予防重視型システムへの転換」,いわゆる介護予防がある.介護予防には大きく分けて2つの要素があり,さまざまな研究から要介護状態の悪化は,軽度要介護者においては歩行や立ち上がりの運動に関するもの,要介護度3以上では口腔清潔,食事摂取,嚥下などの摂食・嚥下に関するものが悪化に大きく影響するとされている.それらに対するサービスの内容として,運動器の機能向上(筋力向上,転倒予防),口腔機能向上,栄養改善があり,いずれも科学的な効果が証明され,介護予防のなかで行われるべきものとなっている.すなわち,口腔ケアにより肺炎の発症率の減少,高齢者のADLの改善,コミュニケーション機能の向上がもたらされ,栄養改善は集中的に行われれば,死亡率の低下,身体機能,生活機能の向上につながるといわれている.
 一方,急性期医療に目を転ずると,NST(Nutrition Support Team)の考え方が広がりつつある.病院にはNSTチームや摂食・嚥下チームが作られ,それらは一部を共有することが多い.また,診療報酬のなかにNST加算が加わるとの憶測がこれを加速している.この意味では摂食・嚥下の問題は急性期から在宅まで連続した治療戦略が求められる大きな医療課題である.
 しかし現状をみていると,摂食・嚥下に対する知識の不均衡は明らかで,積極的に行っている施設と関心の少ない施設の間での差は歴然としている.技術的な面,評価法においてもばらつきがあり,学際的な研究を推し進めて早急なルール作りが求められている.
 摂食・嚥下リハは,本人はもとより家族も関心の強い項目である.しかし,いくら家族が強く要望しても,リスクは当然伴い,安易に受け入れる内容でないことも知っておかなければならない.VFや各種治療的アプローチにおけるインフォームドコンセントの必要性についても早急に論議されなければならない項目であろう.
 現在,摂食・嚥下のリハアプローチは,あくまで経口にこだわり,経鼻チューブ,間接嚥下訓練,直接嚥下訓練へと進めていく方向と,とりあえず然るべきルートより栄養を確保して,維持的栄養の摂取を可能にしてから反応がよければ経口摂取を考えるというアプローチの2つに大きく分けられる.術後は当然であるが高齢者の嚥下障害には後者の考えが広がってきている.NSTもその考えのうえに立っており,近年特に看護サイドで急速に広がってきている.
 口から物を入れることで中枢を刺激し,覚醒度を上げ,リハのモチベーションを上げQOLの向上に貢献していこうとする姿勢は患者や家族に受け入れられやすい方法であるが,誤嚥という大きなリスクを伴う.一方,NSTにみられる栄養重視の考え方はまず栄養(体力をつけ),それにより免疫力をアップさせ,リハの1つの目的であるmobilityを獲得しつつ,できれば経口摂取可能の方向に持っていく方法とも受け取れる.この方法は比較的低リスクで,簡単な処置(手術など)を取れば人件費の抑制から全体で低コストに抑えられることも特徴である.
 両者の選択はcase by caseであると考える.今回の企画では両者共通のベースである口腔ケアの理論的根拠やNSTの考え方とともに各種嚥下療法の導入に至るまでの適応の選択やリスク管理をそれぞれのエキスパートの先生方に書いていただいた.

(編集委員会)

 

オーバービュー
誤嚥性肺炎の予防を中心として

 太田喜久夫・岡崎英人・平山良子・才藤栄一
 Key Words:摂食・嚥下リハビリテーション 誤嚥性肺炎 リスク管理 NST

 

口腔ケアの理論的根拠と実践

 植田耕一郎
 Key Words:口腔ケア 誤嚥性肺炎 バイオフィルム 機械的清掃 口腔機能訓練

内容のポイントQ&A
Q1. 口腔ケアはなぜ必要なのか?
 近年,口腔ケアに関する介入調査が頻繁に行われ,その結果,誤嚥性肺炎予防および上気道感染予防に口腔ケアが有効であることの根拠が示されるようになった.口腔内でバイオフィルムを形成する菌は,誤嚥性肺炎の起因菌として最も疑われる菌であるが,これら菌を除去するにあたり,化学療法的なアプローチは補助的な手段と捉え,機械的清掃法が最も有効と考えられる.
Q2. どのような人に口腔ケアが必要か?
 要介護の重度,軽度を問わず,日常生活動作のいずれかに介護が必要な人には,専門的な口腔ケアの介入が必要と考えてよい.また経管栄養管理者のほうが,経口摂取をしている者よりも誤嚥性肺炎の罹患率は高いことから,経口摂取の有無にかかわらず口腔ケアは必要である.口腔にも障害と廃用の生じることを認識していただきたい.
Q3. 誰がどのように実践するのか?
 在宅や高齢者施設などの療養者に対しては,家族,訪問医療従事者,施設介護者などが口腔ケアにあたり,病院では主に看護師が担当することになる.しかし,日常介護のなかで,現実的には口腔ケアまで手が回らないといったこともある.歯科衛生士による専門的口腔ケアの定期的介入は,誤嚥性肺炎を効率的に予防するために必要である.
Q4. リハビリテーションとの併用はどのように行うか?
 口腔ケアには口腔衛生管理のほかに,口腔機能改善のための機能訓練としての側面がある.したがってリハビリテーションとしての各療法的アプローチは,口腔ケアにおいても必要欠くべからざるものである.しかし,訓練療法としての医療職が充足されているのはリハビリテーション専門病院やその他医療施設に限られているため,専門職でなくても,口腔機能向上をさせるに足りるプライマリーなリハビリテーションの確立が急務である.

低栄養をいかにして是正するか

 東口高志・伊藤彰博・飯田俊雄・村井美代
 Key Words:NST(栄養サポートチーム) 栄養管理 高齢者医療 栄養障害 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. NSTとは何か?
 栄養管理を症例個々に応じて適切に実施することを栄養サポートといい,これを各科間の垣根を越え,しかも医師のみならず看護師,薬剤師,管理栄養士,そして検査技師やリハビリテーション・スタッフらがそれぞれの専門的な知識・技術を活かしながら一致団結して実施する集団をNST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)という.
Q2. 栄養アセスメントと栄養補給法の選択はどのように行うか?
 栄養アセスメント(評価)には,(1)主観的評価法と(2)客観的評価法がある.主観的評価法は,主に一次スクリーニングとして用いられ,基本的アセスメント法を身につけた検者が主観的に栄養障害の有無をチェックする方法や,最近では患者・家族による自己評価(self assessment)によるものがある.客観的評価法には,身体計測法と血液化学的検査法があり,一次あるいは二次スクリーニングや経時的変化をみる際に用いられている.栄養補給法の選択には,できる限り消化管を用いるという大原則があるが,まず消化管が安全に使えるならば経腸栄養・経口栄養を主体とする.それが困難な場合であってもできる限りリスクの低い末梢静脈栄養法を選択し,長期の経口・経腸栄養が困難な場合に中心静脈栄養法を実施する.
Q3. 特に高齢者医療に重視される理由は?
 高齢者の栄養状態を規定する種々の因子には,(1)脳血管障害などの複数疾患を有することが多い,(2)食欲低下や嗜好品の偏重,咀嚼・嚥下障害,下痢,便秘などにより十分な食事摂取ができない,(3)高齢者のひとり暮らしや高齢夫婦のみの生活など栄養不良を惹起する種々の社会的背景を有する,(4)低い運動機能,(5)老人性のうつや不眠よる食事摂取量の減少などがある.このような因子が重なり合って高齢者では栄養障害あるいは潜在性栄養障害(LOM:likelihood of malnutrition)を有する症例が多い.栄養障害症例はもちろんのこと,高齢者は入院時に明らかな栄養障害は認められなくとも,入院期間中に栄養障害をきたす可能性がある.またそれにともなって褥瘡や肺炎などの種々の感染症などが発生したり増悪したりする.NSTはこれら高齢者の栄養状態をチェックし,適切な栄養管理を実施することで,これらの併発疾患の発生を予防し,たとえ高齢者であっても若年者や壮年者と同じような経過で治療を進めることを可能とする.そのため高齢者医療の確立に栄養療法(特にNST)はなくてはならないものとされている.
Q4. リハビリテーションとの連携は?
 エネルギーや栄養素の摂取は生体にとって欠くべからざるものである.したがってこれらの投与不足は,筋蛋白の崩壊を増長し,嚥下機能やADLの低下を惹起する.このことを忘れてリハビリテーションのみを実施してもその効果は十分に得られない.また,リハビリテーションを実施することによって必要とされるエネルギーは増大し,蛋白(アミノ酸)を中心とする栄養素の消費も増加する.NSTの稼働はこのような代謝・栄養学的な見地からリハビリテーションの活動を支援し,その効果を増幅する.特に各種手術の周術期,外傷や脳血管障害の治療,あるいは種々の病因による重症症例の管理のうえでは,まずは適切な栄養管理を実施することが大切で,同時にリハビリテーションを行うことは治療効率を増大するとともに,種々の合併症の回避にも大きく貢献するものと考えられる.

各種嚥下障害治療法の適応とリスク管理
経皮内視鏡的胃瘻造設術

木村知行・猪飼哲夫・宮野佐年
 Key Words:嚥下障害 経皮内視鏡的胃瘻造設術 PEG 胃瘻カテーテル 経腸栄養

内容のポイントQ&A
Q1. 適応となる患者は?
 正常な消化管機能を有しているが,必要な栄養を経口摂取できない症例で,4週間以上の生命予後が見込まれる場合適応となる.
Q2. 手技の内容,想定されるリスクとその対策は?
 電子スコープの普及,造設用胃瘻キットの改良などにより,造設時の合併症・偶発症のリスクは少なくなった.しかし,造設後の管理が徹底されていないため,カテーテル交換時のトラブル,スキントラブルなどが問題となっている.
Q3. 導入により栄養は十分に維持されているか(不足するものはないか)?
 長期絶食症例では,腸管粘膜の萎縮のため消化・吸収が不十分となりやすい.そのため,導入直後は,静脈栄養との併用が必要となることがある.
Q4. 他の治療法と比較してリハビリテーション上の利点は?
 胃瘻からの経腸栄養療法は,定期的,確実に栄養剤や薬剤を投与できるため,全身状態が改善される.そのため,リハビリテーションが円滑に進み,ADLの向上が期待できる.

各種嚥下障害治療法の適応とリスク管理
間歇的口腔食道経管栄養法

 松田清嗣・中角祐治・藤原美香・寺村衆一
 Key Words:嚥下障害 間歇的口腔食道経管栄養法 口腔ネラトン法 嚥下練習

内容のポイントQ&A
Q1. 適応となる患者は?
 意識が清明で,ある程度コミュニケーションを取れる患者.そして,咽頭反射は強くなく,カテーテルの挿入(嚥下)ができる場合である.実際的な対応として,管先が気管に入っていないかどうか常に不安を感じる.そのため,患者本人か家族が中心となって実施できる環境にあることが必要であろう.
Q2. 手技の内容,想定されるリスクとその対策は?
 8フレンチ程度の細いカテーテルを口腔から挿入し,先端を食道に留置する.発声してもらい声に変化がないこと,あるいは,水を10 ml注入してむせがないことで,管先が気管に入っていないことを確かめる.それでも不安が残る場合は,カテーテルをいったん胃まで挿入し,空気音で確認してから食道まで引き抜く.姿勢は座位もしくはリクライニング位で,栄養剤を毎分50 ml程度の速さで注入する.
Q3. 導入により栄養は十分に維持されるか?
 この方法を単独で施行しても,栄養は十分に補給できる.
Q4. 他の治療法と比較したリハビリテーション上の利点は?
 間歇的であるため,持続的に管を留置する不快感がなく,外見上も重症感がない.また,鼻腔口腔咽頭の衛生によく,経口摂取と併用するうえでも,管が邪魔にならない.毎日経口的に管を嚥下するため,嚥下の練習にもなる.さらに,食道から注入するので,より生理的に食道や胃腸を刺激し,腹満感が少なく,下痢も少ない.そのため,注入速度を増すことができる.

各種嚥下障害治療法の適応とリスク管理
バルーン拡張法

 稲川利光・山田真美恵
 Key Words:嚥下障害 輪状咽頭筋開大不全 バルーン拡張法 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. 適応となる患者は?
 適応は脳血管障害や手術後の瘢痕などによって起こる食道入口部の開大不全をきたした嚥下障害の症例である.
Q2. 手技の内容,想定されるリスクとその対策は?
 バルーンカテーテルを使用して輪状咽頭筋を拡張する.
 リスクとしては,頸部の刺激による迷走神経反射の出現や,機械的な刺激による出血・瘢痕などである.無理な手技は危険であり,患者に苦痛のない範囲で行う.
Q3. 導入により栄養は十分に維持されるか?
 バルーン法を受ける患者の多くは間歇的口腔食道経管栄養法(IOE法)にて栄養摂取を受けており,IOE法が難しい場合は胃瘻での栄養管理となる場合も多い.栄養管理に関してはこのような経管栄養のあり方が重要である.
Q4. 他の治療法と比較したリハビリテーション上の利点は?
 バルーン法はカテーテルを飲み込むこと自体が有効な嚥下訓練となり,他の間接的な訓練では得られない直接的な食道入口部の拡張刺激が得られる.
 外科的な治療では大きな侵襲が伴い,その術式は施設によって異なっている.保存的治療と外科的治療との比較については,今後のエビデンスの蓄積が必要であろう.