特集 脳外傷のリハ医療介入−就労支援にむけて
特集にあたって
米国においては,新規脳外傷患者は毎年約200万人とされており,わが国同様大きな社会問題となっている.米国の場合,こうした脳外傷の大部分は中等度障害であるが,そのうち約30%がいくつかの高次脳機能障害を呈していると報告されている.
わが国ではようやく2000年に「重症頭部外傷治療・管理ガイドライン」が発表され(神経外傷23:1-51,2000)「外傷初期治療ガイドラインJATEC」(2002,p
95-101)が日本外傷学会外傷研修コース開発委員会より出版された.この日本外傷学会によるデーターバンクが示す脳外傷の発症は,男性が多く20歳代と60歳代の二峰性で,10歳〜30歳をピークとする交通脳外傷と50歳〜70歳をピークとする日常生活のなかの転倒転落を反映している.
脳外傷では急性期に死亡ないし植物状態になる群以外の運動障害の予後は比較的よく,日常生活活動は比較的保たれているが,高次脳機能障害としての認知障害や情緒障害のために社会適応の障害が顕著である群,つまり,び漫性軸索損傷患者が社会的に大きな問題を抱えている.特に,交通事故の脳外傷では20歳前後の若年男性が多く,就学や就労の問題は大きく復学,復職への対応が要求される.こうした患者の示す高次脳機能障害の内容は多彩であり,従来の失語症,失行症,失認症のような比較的系統だった神経心理学的検査が確立されていないのが現状である.び漫性軸索損傷の重症度や広がりを診断評価する明確な手法はなく,MRIを用いた拡散テンソル画像が有効な検査法として報告が増えてきたが,CTやMRIにおけるT2画像などでも,び漫性軸索損傷の広がりや予後を予測することが困難であるとされている.
今回,オーバービューを神奈川リハビリテーション(以下リハ)病院の大橋先生,リハ評価を埼玉県総合リハセンターの先崎先生,リハ医の介入について慈恵会医科大学の橋本先生,リハ医がかかわることで就労支援に成功したケースとして福岡市立心身障害福祉センターの永吉先生,東北労災病院の小林先生,広島県立身体障害者リハセンターの丸石先生に執筆をお願いした.
リハ医を頼って,脳外傷の患者さんとご家族の方が外来にお見えになり,「一般病院を退院したものの今後どうしたらよいだろうか?」「脳外傷による高次脳機能障害者への対応が可能な施設が非常に少ないのは,いったいどうしてなのでしょうか?」と質問されることも多い.逆に医師からも,「知的検査であるWAIS-Rは正常範囲内で問題ないので,何とか就労できないものか?」など,相談されたことはないだろうか?
大橋先生が述べられているように認知や行動障害を抱えたまま,家庭や地域社会に役割を見つけ,安定感と充実感がある生活を続けるためには,多くの専門職種による適時,的確な支援を必要とする.また,患者さん個々で出現する症状が異なるため,アプローチの方法をいろいろ変えなければならない.高次脳機能障害をもつ脳外傷患者の就労支援には,職場の理解を求めること,職場での職業訓練を実施すること,定着のための断続的支援を行うことなどが必要である.症例提示からもわかるように,非常に長期的に粘り強く患者さん,ご家族にかかわり,関係する職種の方としっかりと連携をとらなければ,就労に決して結びつかない.しっかりしたリハマインドをもった医師でないとできない仕事である.
(安保雅博/東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座・編集委員会)
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