特集 リハ医とリハスタッフのためのリスクマネジメント

特集にあたって

 医療事故に関しては社会的にも重要な問題としてとりあげられ,ほとんど連日といってよいほど医療者側の謝罪声明が公表されている.しかし一方で事故の背景や原因,プロセスについて踏み込んだ報道は極端に少ないのが現状である.列車事故や航空機事故などでは即座に専門チームが派遣され,事故の原因究明と再発防止策が検討されるのとは大きな違いがある.そこでリハビリテーション(以下リハ)治療の現場においてリハ医とリハスタッフのためのリスクマネジメントについて,チームアプローチの観点からリハ医の立場を論説していただくと同時に,リハスタッフのそれぞれの現場における問題点とその解決に向けたアプローチを提示していただいた.
 前田真治先生には,リスクマネジメントの基本理念そしてリスクマネジメントの基本的な考え方,なかでも見落とされがちな医療者自身の健康管理,リスクマネジメントのための教育・研修システムの整備に言及していただき,具体的なリハ医療,全身管理のポイントを明確にしていただいた.とかくリスクを恐れるあまり患者の行動規制に陥るのではなく,リスク管理からペイシェントセイフティーへと発展させ,チームによるシステムの確立を強調された.
 急性期リハの拡大・普及はベッドサイドでのハイリスクな患者を対象とする機会を多くし,一方で在院日数の短縮化はリハスタッフの余裕を狭めている.転倒・転落のみならず,窒息,誤嚥,DVT,心肺停止などのアクシデントが現場には潜んでいる.理学療法士の渡辺京子先生には現場のケアプラン会議の具体的な運用,インシデント・アクシデントが多発しやすい新人への教育の重要性を指摘していただいた.作業療法士の東祐二先生には特にインシデントへの取り組みの工夫と必要とされる意識改革の方向性でチームアプローチの重要性と経験者におけるpitfallを指摘していただいた.言語聴覚士の小島千枝子先生は,近年治療現場で摂食・嚥下障害を扱う機会が増大し,直接生命の危機に遭遇することも増えている現状を分析したうえで,医師の指示のもとに行うことの重要性,感染の問題,また回復期病棟でリスクが増加している背景として患者の活動性を積極的に展開することとの背反性の克服のあり方を示された.最後にリハ専門病棟における看護師の立場から北代直美先生にリハ看護の理念とリスクマネジメントのありようを提示していただいた.勤務者の人員配置の問題,家族指導のあり方の詳細,具体的事例の提示をしていただいた.全体を通してヒヤリ・ハットで始まった安全管理は,より多くのチームを巻き込んで,安全管理推進と患者の人権を守るペイシェントセイフティーの理念へと進みつつあるといえよう.

(編集委員会)

 

リハビリテーションにおけるリスクマネジメントの考え方

 前田真治・椿原彰夫・高岡 徹・永田雅章・山口昌夫・渡邊 修
 Key Words:リスクマネジメント リハビリテーション医療 医療事故 マニュアル

内容のポイントQ&A
Q1. リハにおけるリスクの実態と特徴は?
 リハ医療の対象者は運動器の障害や全身的な合併症を有することが多く,本質的にはハイリスクの部門である.
 知的機能低下や高次脳機能障害を呈する場合には本人によるリスク管理が困難なことも多い.
 転倒や合併症のリスクを管理しながらリハ医療を行わなければ廃用に陥るリスクがあるとともに,患者にとっては不利益となる.
Q2. リハ・リスクマネジメントとは?
 各患者のリスク情報の共有と評価・分析・防止策の検討,リハ業務における事故発生時の対応方法の確立が重要である.
Q3. 安全管理・推進のためのチームアプローチとは?
 患者の安全確保の面から,リハ部門職員は,バイタルサインの監視を適宜行い,治療による悪影響に留意して管理する.
 リスク管理の観点から,生じたリスクの情報をチーム内で共有することが重要である.
Q4. リハ医・リハスタッフの教育(卒前・卒後研修など)は?
 具体的な事故時の対応方法について意識を喚起するために,リスク管理の研修などを定期的に行う.
 実際に生じた事故については,どのような小さなものであっても報告の対象とする.
Q5. リスクマネジメントの向上にむけた今後の課題は?
 事故は生じるものであることを前提に,意識改革を行い,未然に防ぐように心がける.

 

治療部門におけるリスクマネジメント(1)
−理学療法部門から

 渡辺京子・西潟 央・松田 徹・鵜澤吉宏
 Key Words:DVT 急変時対応 個別ケア 職員教育

内容のポイントQ&A
Q1. リスクの実態と特徴は?
・整形:早期離床や早期退院の進展により,深部静脈血栓症(DVT)や肺血栓塞栓症(PTE)のリスクが顕在化している.
・脳血管障害:再発・進行,抜管・抜針など早期介入により起こりうるリスク,廃用性筋力低下など介入遅延により起こりうるリスク,患者の転倒・転落など介入の有無にかかわらず起こりうるリスクがある.
・急性呼吸不全:モニター機器などの環境面,患者の特性,理学療法士の知識・技術不足,適応判断,使用する手技の不統一などがあげられる.
・高齢者施設:日常生活援助に関する事故や,施設内感染などリスクが多岐に渡る.医療職が少ないため,介護職員へのリスク管理教育も重要.
Q2. リスクマネジメントの工夫は?
・整形:DVTスクリーニングおよび予防・治療プロトコールを作成し,予防・早期発見に努める.離床,患肢荷重開始や歩行開始時は特に注意を要する.
・脳血管障害:再発・進行のリスクに対しては,理学療法場面の対応で回避可能なものと,回避困難なものに区別し対策を講じる.
・急性呼吸不全:医療機器やモニター機器の知識に加え,胸部理学所見の知識も必要.体位変換は技術を習得した複数人で行うことが望ましい.
・高齢者施設:マニュアル的対応だけでなく,看護師,介護職員とともに利用者個別に対応した具体的対策を行う必要がある.
Q3. 必要とされる意識改革は?(今後の課題も含め)
・整形:医師・看護師とともに患者の情報を共有し,DVT早期発見・予防に努める.無兆候の臨床所見であっても“DVTを疑う”必要がある.
・脳血管障害:患者特性から,再発・進行のリスクの重症度を予測して診療にあたる.
・急性呼吸不全:卒前教育に基礎的な教育を導入し,卒後にも適応や開始基準,手技の効果,安全性,限界を教育指導する必要がある.
・高齢者施設:利用者の情報を職員間で共有し継続的にケアプランを見直すことが重要.


治療部門におけるリスクマネジメント(2)
−作業療法部門から

 東 祐二
 Key Words:リスクマネジメント 作業療法 インシデント アクシデント 実態と対策

内容のポイントQ&A
Q1. リスクの実態と特徴は?
 厚生労働省,医療安全対策ネットワーク事業のうち,直近1年間に報告されたインシデント事例を集積し,分析した.インシデント発生件数をみると,作業療法士は,全体の0.08%,理学療法士は0.26%,言語聴覚士は0.009%であった.発生要因は,観察不足・確認不足・判断ミスが多かった.
Q2. リスクマネジメントの工夫は?
 事故の再発防止のために,経験の浅いスタッフやアクシデントを繰り返す,もしくはその恐れのあるスタッフに対して,一定期間,毎日,リスク管理状況について,現場責任者ならびに所属部署長への報告を義務化した.それによって,当事者にリスク管理の重要さを意識づけることができた.
Q3. 必要とされる意識改革は?
 作業療法の訓練場面の特徴は,個別対応にあり,1人の作業療法士が,患者の安全管理を行うことになる.そのため,技術不足や生理的限界などの個人レベルの限界によって重大な事態を招きかねない.それを補うため,チーム全体で助け合うシステムの構築が重要である.一方,有経験者においては,自己の診療行為に対して批判的な評価をできない傾向にあり「思い込み」による重大なミスを犯しやすい.経験者であっても定期的な研修が必要である.

 

治療部門におけるリスクマネジメント(3)
−言語聴覚部門から

 小島千枝子・長谷川賢一
 Key Words:診療の補助行為 摂食・嚥下訓練 安全条件の確保 情報の共有化 精神的リスク

内容のポイントQ&A
Q1. リスクの実態と特徴は?
 事故やヒヤリ・ハットのほかに苦情・不満を含めるとアンケート回答者約8割がこれらを経験している.身体危害の約7割が誤嚥・窒息と転倒・転落であった.近年,言語聴覚士の臨床においては摂食・嚥下障害の治療・訓練が占める割合が高くなってきており,摂食・嚥下訓練をすすめるにあたり,いかにリスクを最小限にとどめるかが言語聴覚士にとっての大きな課題である.
Q2. リスクマネジメントの工夫は?
 <リスクを起こさないための工夫>
 (1)患者(児)の疾患や症状を観察や情報収集により十分に理解し,危険行動に常に対応できるよう留意すること.(2)「医師の指示」のもと行うこと.(3)嚥下障害を正しく評価し,適切な訓練計画を立案し設定した安全条件を確実に伝達し守っていくこと.(4)訓練中は全身状態,呼吸状態,嚥下機能,神経学的所見などに注意し,危険な徴候を見逃さないこと.(5)医師,関連職種と情報を共有すること.(6)STの身を守るリスク管理として,感染や被曝に注意すること.
 <万が一事故が起こったときの対応>
 気道確保のための緊急の対策をとる.事故の原因を追及し,インシデント・アクシデントレポートを活用して書面に残しておく.
Q3. 必要とされる意識改革は?
 常にリスクを意識し,安全性と活動性をともに確保する努力が重要.コミュニケーション不足による精神的なリスクにも注意するという意識改革が必要.

 

看護からみたリハ科病棟におけるリスクマネジメント

 北代直美・渡辺眞理子
 Key Words:リハビリテーション看護 転倒・転落 無断離院 リスクマネジメントマニュアル 転倒転落アセスメントシート

内容のポイントQ&A
Q1. リハ看護の特徴とリスクの実態は?
 リハ看護の特徴は対象を“生活する人”ととらえ“生活を支える”ことである.
 脳卒中専門病院の当院の場合,医療事故の7割弱を転倒が占めているが,リハ病棟に特徴的な事故として無断離院がある.
Q2. ベッドサイドにおける対応の問題点は?
 ベッド周りの整理整頓など,環境が生活する患者に安全で安楽なものとなるよう配慮する.患者のニードに対する洞察力と生活状況を把握し,事故防止のためのアセスメントを行うことが必要となる.普段からのチームでの連携が事故を防ぐことも多い.一方で人員不足が事故発生の要因のひとつであることは否定できない.
Q3. 家族指導とリスクマネジメントの関係は?
 介護者も高齢化しており,(家族へ患者に対する理解を働きかけ)簡潔・明瞭に何が危険であるかをインフォームドコンセントすることが重要である.病院と自宅,昼と夜では違いが大きく,実際の生活の場に近い環境で,24時間通しての指導が必要である.