特集 Monthly Special
高齢者の体力UP
地域における健康増進プログラム実例集

特集にあたって

 高齢者の介護予防が最近大きな問題となっている.
 リハビリテーション関係者もこの問題にフォーカスが当たってきた背景を理解しておく必要があろう.介護保険が施行されてからすでに4年が経過しており,いろいろな分析が行われてきた.介護保険受給者の推移からみて,受給者の増加,特に支援を要する要支援,要介護Iの際立った増加が明らかとなった.結果的には介護保険のサービスが,機能の改善や悪化の防止に役立っていないとわかったとされる.
 介護予防は,高齢者リハビリテーション研究会報告にあるように,高齢障害者タイプ分けによる「廃用症候群タイプ」と大きな関連があり,転倒予防などを含めた介護予防,とくに体力増強が今後の大きな方向性となろう.
 この方向性は高齢者のリハビリテーションにとって障害を起こす前に予防するといった観点から望ましい方向であることは多くの読者にとって賛同されると思われる.
 しかし,一方では,どんな方法をとるべきか,どのように関与すべきかなどで戸惑っている読者も多いのではあるまいか.
 今回の特集では,全国で行われ,実績をあげている先生方にお願いして,行っている運動プログラムやトレーニングの実際とどのような効果を上げているかを書いていただいたので,是非比較検討されることをおすすめする.先生方の実践に大きく役立つこと請け合いである.
 この分野の権威である鈴木隆雄先生に「高齢者の介護予防と体力増強」をオーバービューしていただいたので,是非各地での試みを読まれる前後で参考にされたい.

(編集委員会)

 

オーバービュー
高齢者の介護予防と体力増強

 鈴木隆雄
 Key Words:介護保険 介護予防 老年症候群 包括的健診 筋肉減少症

実例集

ステップ運動

 田中宏暁・森由香梨
 Key Words:乳酸性作業閾値 脳卒中予防 転倒・骨折予防 痴呆予防 体力

内容のポイントQ&A
Q1. 運動プログラムの内容は?
 ステップ台を昇り降りを一定の時間行う.道具が安価・簡易のため運動を習慣化しやすく,強度を台高と昇降頻度で適切に設定できる.
Q2. プログラムの科学的な根拠は?
 乳酸性作業閾値(LT)以下の運動を1日30分以上,週140分以上行うことで,動脈硬化性疾患の予防・治療効果が期待できることが明らかになった.ステップ運動では各参加者のLTを測定し,それにあわせて台高と昇降頻度を設定している.
Q3. 対象者は?
 歩行可能な人は誰でも可能であり,下肢や腰に障害を有する高齢者でも,歩行補助具などを用いて上肢で支えることにより無理なくおこなうことができる.
Q4. 必要なスタッフ・機材,費用,行政との連携は?
 運動負荷の決定時には医師が立ち会う.LTを測定するための装置,ステップ台などが必要な機材である.すでにいくつかの市町村で行政と連携して展開しており,来年度には38市町村に達する予定である.
Q5. どのような成果が得られたか?
 前期高齢者群,後期高齢者群の両方でLT,脚伸展パワー,およびバランス能力が向上した.その他にも生活習慣病のリスク軽減,認知機能・前頭葉機能の向上に効果を示した.

 

転倒予防・筋力トレーニング教室(群馬県鬼石町)

 浅川康吉
 Key Words:転倒予防・筋力トレーニング教室 コミュニティ形成 自主グループ活動

内容のポイントQ&A
Q1. 運動プログラムの内容は?
・筋力トレーニングが住民の自主活動として地域に根付くことを意図した事業で通称「鬼石モデル」とよばれている.
・プログラムは初級,中級,上級の各コースで構成され,各コース3〜4カ月間,全体でおよそ1年かけて進行し,1年後には自主活動に移行する.
・各コースは「地区筋トレ」と「合同筋トレ」の2本柱で構成されている.
Q2. プログラムの科学的根拠は?
・転倒予防には運動トレーニングだけでなく学際的包括的介入が必要である.
・筋力トレーニング指導は転倒予防に必要な水準を明示したうえで行う.
・筋力トレーニングをグループで行うことは中高年者のコミュニティ形成に有用である.
Q3. 対象者は?
・1グループの人数は10〜20名がよい.地理的に近所となる人々のグループをつくる.
・地域内に同時に多数のグループが形成される.鬼石町では約20グループが活動している.
Q4. 必要なスタッフ・機材,費用,行政との連携は?
・対象者の募集には老人クラブ連合会の協力を得る.
・週に1度程度の「地区筋トレ」では町職員が運営の補助にあたる.
・月に1度程度の「合同筋トレ」では運動指導にあたる理学療法士が必要である.
・大学との連携により人件費やデータ管理費用を減じることができる.鬼石町の年間予算は約30万円である.
・上級コース終了後は自主活動に移行するという意図を明確にして援助する.
Q5. どのような成果が得られたか?
・筋力やバランスなどの身体機能を高めるだけでなく,うつ傾向の軽減や外出頻度の増加といった効果も得られる.
・「鬼石モデル」による筋力トレーニング指導はコミュニティの形成や活性化をもたらす.


介護予防のための包括的高齢者運動トレーニング

 大渕修一
 Key Words:虚弱高齢者 身体機能低下 高負荷筋力増強トレーニング ウェートトレーニングマシーン 科学的根拠

内容のポイントQ&A
Q1. 運動プログラムの内容は?
 高負荷筋力増強トレーニングを特徴とするが,コンディショニングトレーニング,筋力増強期,機能トレーニング期を各1カ月ずつ経て,徐々に高負荷筋力増強トレーニングへ移行する.また事前事後の包括的な評価により科学的な進歩につとめる.
Q2. プログラムの科学的な根拠は?
 介護老人保健施設のデイサービス利用者と一部入居者を対象に無作為化比較対照試験を行った結果,身体機能,Basic ADLに有意な改善がみられた.
Q3. 対象者は?
 軽度の要介護者(要支援〜要介護2程度まで)および虚弱高齢者.
Q4. 必要なスタッフ・機材,費用,行政との連携は?
・スタッフ:8名の高齢者に対し,理学療法士などの医療スタッフ・体育スタッフ・保健師の3名が必要.
・機材:高齢者向けのトレーニングマシーン(4機種)
・費用:人件費・機器使用費(200万〜1,000万円)・会場利用費
・行政との連携:自治体により所管の部署が異なるため高齢福祉担当・保健所・介護保険担当などの部署に問い合わせる.
Q5. どのような成果が得られたか?
 プログラム実施の結果をマニュアル化してモデル事業を実施し,平成15年度より介護予防・地域支え合い事業のメニューとして全国の自治体で実施されるに至った.

 

荒川ころばん体操(東京都荒川区)

 山田拓実・米本恭三・高野百里・深瀬叔子・稲葉裕子・与儀恵子
 Key Words:介護予防 転倒予防体操 10 m歩行速度 高齢者 体力測定

内容のポイントQ&A
Q1. 運動プログラムの内容は?
 荒川版転倒予防体操はオリジナルの音楽に合わせておこなう36項目17分間の体操である.体操2セットとレクリエーションからなる1時間30分のプログラムが週2回実施されている.
Q2. プログラムの科学的根拠は?
 体操の負荷は高齢者の筋力向上に必要十分な大きさであり,反復回数,トレーニング間隔も運動生理学に基づいて設定されている.また,プログラム自体が楽しいこと,器具を必要としないため,トレーニング環境の整備が行いやすく,継続可能であることも利点であると考える.
Q3. 対象者は?
 参加者は日常生活が自立している高齢者で平均年齢は71.0歳,そのうち後期高齢者は約3割,虚弱高齢者も約2割参加している.自分で会場に来られることがスクリーニングとなっている.
Q4. 必要なスタッフ・機材,費用,行政との連携は?
 現在は所定の講座を受けたリーダーによる自主運営へと移行を図っている.機材としては折りたたみイスなどを使用するが,会場に備わっている場合が多い.区と連携し,公共施設を会場とすることで参加者の費用負担はなしとしている.
Q5. どのような成果が得られたか?
 体操の4カ月効果で片脚立ち時間,10 m歩行速度,最大1歩幅,Timed up & go(TUG),Four Square Step Test(FSST),膝伸展ピークトルクで有意な改善がみられた.

 

鶴ヶ谷転ばぬ体力づくり教室(宮城県仙台市)

 藤田和樹
 Key Words:介護予防 転倒予防 下肢筋力 バランス機能

内容のポイントQ&A
Q1. 運動プログラムの内容は?
 ストレッチ,筋力トレーニング,バランストレーニングなどからなる.
Q2. プログラムの科学的根拠は?
 厚生労働省老健局計画課監修「介護予防研修テキスト」,地域高齢者に対する転倒予防を目的とした運動介入研究を参考とした.
Q3. 対象者は?
 「寝たきり予防健診」で転倒に関連する運動機能の低下した70歳以上の住民86名を対象とした.
Q4. 必要なスタッフ・機材,費用,行政との連携は?
 東北大学と仙台市宮城野区保健福祉センターとの共同事業.スタッフ8〜10名,下肢の筋力トレーニング機器3台で行う.
Q5. どのような成果が得られたか?
 運動トレーニングによって,横方向の姿勢調整に影響を及ぼす股関節外転筋力と左右方向のファンクショナル・リーチが約20%改善した.

 

パワーリハビリテーション

 森本益雄
 Key Words:パワーリハビリテーション 介護予防 自立支援 行動変容 パーキンソン病

内容のポイントQ&A
Q1. パワーリハビリテーションとは?
 力学の「仕事率」(または出力)を意味する「パワー(Power)」を増大させて,活動的な生活を取り戻し最終的に行動変容を目的とするリハビリテーション(以下リハ)の手法である.
Q2. プログラムの科学的根拠は?
 高齢者の活動力低下は「出力低下」によるとの先行研究による.出力(パワー,仕事率)は「動作性」と「体力」から構成され,高齢者の動作性低下は動作時における身体各所の不活動筋の存在によることから,これらの再活動化をはかるトレーニングである.
Q3. 対象者は?
 単純な老化はもちろん,陳旧性脳卒中などの器質的障害に老化(または廃用症候群)が合併した虚弱および要介護高齢者(1〜5)のすべてが対象となる.その他,パーキンソン病(症候群)や痴呆などの疾患そのものへの改善効果が得られ報告されている.
Q4. 必要なスタッフ・機材,費用,行政との連携は?
 スタッフは指導者と補助者に分かれ,前者には理学療法士・作業療法士・健康運動指導士などの専門職1名と健康管理の看護職,補助スタッフとして介護職など5〜6名を必要とする.機材はパワ−リハのトレーニング要件に合致したもので,安全性・機能・品質について公的な認証を受けたものとする.これには,パワーリハ研究会の推薦するドイツProxomed社Compassシリーズ6機種があり,費用はマシン1セットと人件費が中心となる.各地の自治体で介護予防の施策として委託するところが急増しており,この委託先として連携できる.
Q5. どのような成果が得られたか?
 介護予防・自立支援としてパワーリハに取り組んだ神奈川県川崎市では,要介護度(一次判定)の改善者が約8割,非該当率約5割に達するなどの成果が得られている.

 

高齢者の体力UP−今後の展望

 久野譜也
 Key Words:個別プログラム EBH e-wellness 筋力トレーニング

内容のポイントQ&A
Q1. 各地での体力UPの取り組みの現状は?
 少人数の住民を対象とした教室事業が主流.
Q2. 現在の体力向上プログラムの問題点・課題は?
 高齢者のプログラムは個別プログラムであるべきだが地域でそのような体制が作られていない.
Q3. 体力向上プログラムの将来展望は?
 ITを用いることにより,多人数に提供が可能となる個別プログラムシステムとしてのe-wellnessが必要となる.