特集 臨床ですぐ役立つ
症候からの筋電図検査の組み立て方

特集にあたって

 運動障害(dismobility)の診断・評価・治療を専門とするリハビリテーション(以下リハ)医療において,筋電図・電気診断学は必須の知識・技術であり,米国や韓国ではリハ専門医の重要な資格要件のひとつとして位置づけられている.特に米国では筋電図関係の講習会が盛んに開催されており,American Academy of Electrodiagnostic Medicine(AAEM)のホームページを見ると,Comprehensive clinical neurophysiology course(Cleveland Clinic Foundation),Update in clinical neurophysiology(Mayo Clinic),Super EMG/Practical electromyography(Ohio State University),Annual electrodiagnosis and clinical neurophysiology:a high intensity review(Rehabilitation Institute of Chicago:RIC),Electrodiagnosis of focal and diffuse neuropathies(University of Pittsburgh)などのコースが目白押しである.ちなみに最もintensiveと評判の高いRICのプログラムでは,4日間,毎日朝8時から17時過ぎまで,筋電図の基礎,代表的な病態,応用的な検査が講義,デモンストレーション,グループディスカッションなどを交えて,非常に密度濃く行われている.参加者のレベルも概して高く,かなりホットなディスカッションが交わされる.
 ひるがえって,わが国の実情はどうであろうか.わが国では,一部の施設を除いて,電気診断に関する基本的な教育や臨床経験の機会がほとんどないまま,リハ専門医となる場合が多く,この現状は整形外科,神経内科の領域でも大同小異であり,筋電図・電気診断学のスキルアップは急務の課題である.そのような背景を踏まえて,近年,日本リハ医学会および日本臨床神経生理学会により,臨床筋電図・電気診断学の入門講習会が開催されるようになり,多くの参加者を集めており,この分野に対する潜在的なニーズが高いことがうかがわれる.
 そこで本特集では,リハ領域における筋電図・電気診断学のボトムアップを期待して,この分野の経験が豊富な執筆者により,臨床で遭遇する機会の多い症候・病態に対する筋電図検査の組み立て方,アプローチのしかたを解説していただいた.一人でも多くの方々が“a proud and competent electromyographer”としての第一歩を踏み出すきっかけになれば幸いである.

(編集委員会)

 

オーバービュー
臨床筋電図検査

 長谷公隆
 Key Words:筋電図検査 脱随 軸索変性 複合誘発電位 運動単位

四肢の感覚および運動障害

 馬場正之
 Key Words:末梢神経障害 軸索変性 脱髄 電気診断

内容のポイントQ&A
Q1. 病歴および身体所見のポイントは?
 (1)急性発症か慢性発症か,(2)どの部位から症状が始まり,どう広がったか,(3)感覚主体か脱力主体か,(4)前駆症状や化学薬品暴露歴がないか,(5)内科的疾患の治療歴,などについて聴取する.そして,(6)筋電図検査時に脱力・筋萎縮および感覚低下の分布と程度を必ず診察する.病歴や身体所見を考慮しない電気生理検査は徒労に終わる可能性が高い.
Q2. 神経伝導検査の目的と進め方は?
 軸索数減少や脱髄など末梢神経病変の病理学的変化の種類・程度・広がりが明らかにできる.無症状部神経では潜在性病変の有無がわかる.解析するパラメータはM波と感覚電位の振幅・波形・潜時・持続時間,伝導速度,A波の有無,F波出現率・潜時など.伝導速度だけでは多くの疾患が見逃され,一利はあっても百害に繋がる.スクリーニングは四肢の代表的な神経である正中/尺骨/脛骨/腓腹神経で行う.
Q3. 針筋電図検査の組み立ては?
 臨床診断と鑑別診断をもとに,診断的意義が高い検査筋を選択する.そして,(1)安静時検査で脱神経電位,ミオトニー発射やニューロミオトニー発射など自発放電の有無,(2)弱収縮時検査で運動単位電位(MUP)のサイズ,(3)収縮力の増強にともなうMUP動員パターン,(4)最大収縮時の干渉波形成,を各筋で順にシステミックに記録する.
Q4. 診断の際のポイントは?
 いかなるしびれ患者でも,治療可能疾患の可能性を最初に探索する.診断の遅れは適切な治療の機会を奪い,後遺症の危険性を高めるからである.
Q5. 筋電図検査で明らかにすべきことは?
 初診時・急性期には病態把握,治療可能性を含めた鑑別診断,重症度の把握,などを明らかにするように努力する.治療期・慢性期には治療効果の判定,および予後の判定を念頭に置く.


感覚障害を伴わない筋力低下

 幸原伸夫
 Key Words:筋電図 筋力低下 神経伝導検査 神経筋疾患 診断

内容のポイントQ&A
Q1. 病歴および身体所見のポイントは?
 緩徐な進行か,急激な発症か,日内変動はみられるか,筋萎縮が目立つか,MMTはどうか,反射は正常か,疲労現象はないか,fasciculationは認められるか,炎症反応はみられるか,CKは高値か.このような観察を通じ,障害レベルが中枢神経にあるか,末梢神経(根を含む)にあるか,神経筋接合部にあるか,筋にあるか,またその病態が急性の対応を迫られるものかどうかの仮説を立てる.
Q2. 神経伝導検査の目的と進め方は?
 軸索障害か脱髄か,筋あるいは神経筋接合部の障害はないか(反復刺激試験).障害は近位部か,遠位部か,全長にわたるか,局所的か.潜在的感覚障害はないか.F波や磁気刺激などを含めて検討する.SEPも役立つ.
Q3. 針筋電図検査の組み立ては?
 末梢神経・脊髄運動ニューロンの変性か,筋疾患か,活動性か慢性か,障害レベルはどこか,などを考えながら必要最低限の筋を選択して検査する.
Q4. 神経筋電気診断の際のポイントは?
 検査をしている筋の症状と電気診断所見を照らし合わせながら,適切な部位で必要な検査を選択する.
Q5. 筋電図検査で明らかにすべきことは?
 診断あるいは病態を明らかにし,すぐに治療の必要な疾患かどうかを判断する.慢性疾患では予後を推定し,必要な治療や処置を受けられるようにする.


上肢の感覚障害と筋力低下

 谷 俊一
 Key Words:Cervical radiculopathy Cervical spondylotic amyotrophy Conduction block Finger drop Hand wasting

内容のポイントQ&A
Q1. 脊髄・神経根障害と末梢神経障害を鑑別するポイントは?
 感覚障害や筋力低下,針筋電図異常が髄節支配領域に一致して生じているのか,末梢神経支配領域に一致して生じているのかによって鑑別する.
Q2. 運動麻痺の予後を診断するポイントは?
 神経障害は予後の良い伝導ブロックと予後の悪い軸索変性に大別することができる.障害部位よりも末梢で神経を最大上刺激して記録されるM波の大きさ(陰性波の振幅や面積)が小さいほど軸索変性に陥っている神経線維の割合が多く予後が悪い.
Q3. C5麻痺の診断のポイントは?
 三角筋や棘上筋麻痺による肩外転筋力低下と小円筋や棘下筋麻痺による肩外旋筋力低下,さらにそれらよりもやや程度の軽い上腕二頭筋や腕橈骨筋麻痺による肘屈曲筋力低下が特徴である.それらに加え,橈側手根伸筋麻痺により軽度ではあるが手関節背屈力が低下する.
Q4. C5麻痺の予後診断の方法は?
 片側性麻痺において,鎖骨上窩を刺激して得られる三角筋M波の振幅や面積の患側/健側比が大きいほど予後が良い.
Q5. 下垂指(Finger drop)の鑑別診断のポイントは?
 Saturday night palsyでは,上腕三頭筋を除くすべての手関節および指の伸筋筋力が低下し,後骨間神経症候群は上腕三頭筋に加え,回外筋と橈側手根伸筋が障害を免れるため背屈時のRadial deviationが特徴的である.頸部神経根症による下垂指は,そのほとんどがC8神経根障害によると考えられ,橈骨神経支配筋だけでなく尺側手根屈筋や手内在筋にも明らかな筋力低下と針筋電図異常を伴う.
Q6. 手内在筋麻痺(Hand wasting)の鑑別診断のポイントは?
 手内在筋は正中神経または尺骨神経によって支配され,髄節支配はいずれもC8とT1であることにもとづいて,手根管症候群,肘部管症候群やGuyon管症候群,圧迫性頸髄症や運動ニューロン疾患を鑑別する.


下肢の感覚障害と筋力低下
−総腓骨神経麻痺を中心に

 正門由久
 Key Words:総腓骨神経麻痺 神経伝導検査 conduction block temporal dispersion 針筋電図

内容のポイントQ&A
Q1. 病歴と身体所見のポイントは?
 下肢の筋力低下,感覚障害を呈する疾患については,外傷などの既往を含め,他の疾患と同様に病歴の聴取が重要である.たとえば総腓骨神経麻痺が起こりやすいのは,腓骨頭付近での圧迫によってである.病歴では,圧迫にいたるようなエピソードがあるかどうかを確かめることが重要である.身体所見としては,下垂足となる運動障害と足部中心の感覚障害である.また腓骨頭でのTinel signも重要な所見である.画像所見も他の疾患との鑑別のため重要である.
Q2. 神経伝導検査の目的と進め方は?
 神経伝導検査の目的は,総腓骨神経の障害部位,病態を明らかにすることである.またほかの神経に異常がないことを調べることも鑑別診断のために必要である.総腓骨神経の場合,EDBをpick upとして足関節部,腓骨頭下,膝窩で刺激を行うことが必要である.しかしそれによって異常が得られなくても,TAの筋力低下が明らかならば,TAをpick upとして腓骨頭下,膝窩で刺激を行い,conduction blockあるいはtemporal dispersionがあるかどうかを確認する.また浅腓骨神経の感覚神経伝導検査を行うことが必要である.
Q3. 針筋電図検査の組み立ては?
 針筋電図検査は,総腓骨神経支配領域に限定される異常が重要である.その際は腓骨頭以下の総腓骨神経支配の前脛骨筋,長腓骨筋などと,腓骨頭より近位で総腓骨神経に支配される大腿二頭筋短頭を検査することが鑑別に役立つ.さらには他の疾患を鑑別するために,ほかの筋を検査することも必要となる.たとえば両下肢にいわゆる‘脱神経電位’が検出されれば,上肢や体幹などの検査も必要となる場合がある.
Q4. 診断の際のポイントは?
 臨床診断,神経伝導検査と針筋電図によって診断する.診断の際のポイントは,それらが診断に必要十分であるかを見極めることである.
Q5. 筋電図で明らかにすべきことは?
 まずは鑑別診断が重要である.総腓骨神経麻痺では,特にL5神経根障害,坐骨神経麻痺,腰部神経叢麻痺などとの鑑別が重要である.
 総腓骨神経麻痺であれば,障害部位,脱髄か軸策変性か,軸索変性の程度を知ることが予後を知るうえで重要である.それには対側との比較が必要である.
 さらに再検査の際には,神経再生を含めての回復がどの程度おきているのかを知ることが重要であろう.


顔面神経麻痺

 栢森良二
 Key Words:顔面神経麻痺 後遺症 迷入再生 顔面筋反射 針筋電図の適応

内容のポイントQ&A
Q1. 病因と病態は?
 頻度の高いベル麻痺とハント症候群はいずれもヘルペス・ウイルスの再活性化が原因で,種々のストレスが誘因となる.
Q2. 顔面神経麻痺の後遺症は?
 急性期の弛緩性麻痺は,回復期になるとまるで痙性麻痺のように過緊張症に陥り,強力な随意運動を行うと「ヒョットコの顔」ができあがる.
Q3. 後遺症の病態は?
 迷入再生回路によって病的共同運動が出現し,運動過多に陥る.さらに顔面神経核興奮性が亢進し,顔面拘縮と顔面けいれんの症状が出現する.
Q4. 神経伝導検査の目的と進め方は?
 病変を挟んだ近位部刺激と遠位部刺激による誘発電位を導出し,病態が脱髄か軸索変性かを鑑別し予後を決定する.後遺症に対しては,顔面筋反射によって迷入再生の範囲と重症度を決定する.
Q5. 針筋電図の適応は?
 針筋電図の適応は限定される.これは外傷性や術後性でSunderlandステージIVやV型の診断を行うときである.この所見によって,XII-VII吻合術などの適応を決定する.