特集 うちの子は発達異常?
−保護者の心配にこたえる乳幼児発達診断のポイント

特集にあたって

 とどまるところを知らない少子高齢化社会のなかで,乳幼児,障害児をとりまく環境は大きく変化してきている.保育所や学校は統廃合され,地域によっては子どもが外で元気に遊ぶ姿が消えようとしている.乳幼児の発達相談に関しても少子化の影響は大きく,特に運動発達にかかわる整形外科,小児科領域のなかでも専門医は少なく,精神言語発達遅滞や行動異常の領域でも対象児や相談の多さに比べて専門医は不足し,保健師,訓練士などの相談指導スタッフもたりない状況となっている.今後少子化がさらに進むと,子育て中の保護者の心配に対応できなくなる危機的な状況にあり,佐渡の朱鷺は絶滅してしまったが,乳幼児の発達に関する医師と関連スタッフは絶滅しないように手厚い対策が早急に望まれる.
 昭和の経済高度成長期には,会社人間,かぎっ子などの言葉に代表されるように,保護者は仕事に追われ,家庭のことに時間を費やす余裕はなかった.社会も隣組といった人間関係が薄れ,家族構成も大家族から核家族化が進み,少子化によりひとりっ子も増えている.子どもの遊びも自分で工夫して友達と屋外で体を使っての遊びから,屋内でひとりで遊ぶコンピューター遊びへと変化している.現状をみると,保護者特に母親は社会から孤立した家庭のなかで子育てに悩み,子どもへの虐待も年々増加している.また,今の子どもたちはきれやすい,逆ぎれする,友達関係がうまくいかないなどといわれ,行動異常(注意欠陥多動障害,自閉症など)も増えている.原因に関しては社会家族情勢の変化,環境ホルモンの影響,母親の妊娠中の喫煙,それに関連して早産未熟児や排卵誘発剤による多胎妊娠の増加,子どもが体を使った遊びをしなくなった,コンピューター遊びの弊害などがいわれているが明らかでない.
 保護者からの相談に対しては,乳幼児の成長による変化,個人差を的確に判断し,心配のない場合は保護者を安心させるような対応が必要である.また正常であっても突き放すことはせず,ただ経過をみるのではなく,子育て支援(以前であれば祖父母から自然に伝わっていた子育て法)を行いながらある程度経過をみる必要のある場合もある.逆に早期に専門家に受診させる必要のある場合もある.リハビリテーション(以下リハ)では訓練スタッフとのチーム医療のなかで今後一層乳幼児の発達相談が増加することが予想され,小児専門でなくても的確な評価,判断,対応が求められる.
 今回,個人差の大きい運動発達,外見上目立つため保護者からの相談の多い歩容や下肢・足部変形,スクリーニングの難しい言葉の発達,社会問題化している行動異常に関して,保護者からよくある相談に対して,どのように評価し判断・診断したらよいのか,説明,指導,経過観察はどのように行うべきか,専門医に紹介の必要がある状況はなどの項目について,各領域の第一線の専門医にわかりやすく解説していただいている.
 この特集を契機に,小児の発達に興味をもち,保護者の発達に関する心配に対応できるリハ医が増え,訓練スタッフの充実につながれば幸いである.今後,小児リハの卒後教育もさらに充実させる必要がある.

(編集委員会)

 

オーバービュー
乳幼児発達診断の現状と診断のポイント

 朝貝芳美
 Key Words:乳幼児発達診断 保護者の訴え 発達診断のポイント 子育て支援

内容のポイントQ&A
Q1. 今なぜ乳幼児発達診断か?
 医療,特に周産期医療の進歩そして少子化や社会情勢の変化により,乳幼児発達相談の内容も変化し,障害の早期発見という重要な役割のほかに,うちの子は発達異常? という保護者の心配に応える子育て支援の役割がクローズアップされてきている.
Q2. 乳幼児をとりまく環境の変化は?
 近年の少子化,核家族化により,保護者は子どもの発達に対して不安を抱いても相談する相手がなく,育児書などさまざまな情報は過剰にあるが,的確に整理し受けとめることができず不安を増大させている.さらに乳幼児の問題に不安を抱く保護者の心配に応えられる医師,保健師の不足により乳幼児の健診体制は弱体化し,健診の場で医師や保健師から発達に関する問題や,下肢・足部変形を指摘され心配を増し外来を受診する保護者も多い.
Q3. 保護者から多い訴えは?
 保護者は,同年齢の乳幼児との比較,兄姉との比較,健診での保健師,医師からの指摘,保育士や祖父母からの指摘から心配になって受診することが多い.保護者は心配していないが,他者から指摘されたため念のため受診することも多い.
Q4. リハ医に求められる役割は?
 早期に専門医への紹介が必要か,問題点に対する対応を指導しながら経過観察が必要かの評価,判断が求められる.全く問題がない場合は保護者を安心させる.突き放すのではなく心配があればいつでも相談にのる対応が必要となる.児の状況だけでなく環境条件,保護者の育児状況も把握して対応する必要がある.

座れない,歩けない

 小池純子・半澤直美
 Key Words:発達相談 運動発達の遅れ 早期介入と予後

内容のポイントQ&A
Q1. 保護者から多い訴え,相談は?
 ハイハイしない,立たない,など運動発達のマイルストーンにそった,「遅れ」の訴えが多い.
Q2. 問診のコツと(X線写真などがすでにある場合)検査所見を読むポイントは?
 保護者の不安や心配,子どもの現時点における発達的行動,発達歴に分け,具体的かつ平易な表現で聴取.検査結果正常範囲も重要な所見.
Q3. 診察でのチェックポイントは?
 発達相談で鑑別すべき障害は,脳性麻痺(片麻痺,軽度の両麻痺),運動発達遅滞,精神運動発達遅滞が多い.
Q4.

年齢毎の正常範囲をふまえた評価は?
 周産期リスク,不活発または非常に過敏,筋緊張の低下,3〜4カ月の運動発達の遅れ,肢位・部位で運動発達に差,保護者の強い不安があれば「ちょっと注意すべき(follow upが必要な)」状態.
 「問題なし」「問題とすべき」の判断は,複数回のfollow up後の変化をみて行う.

Q5. 保護者への説明,アドバイスは?
 単純明快に.具体的な対策を示すこと.
Q6. follow upと専門医への紹介は?
 脳性麻痺リスク,50%以上の運動発達の遅れ,18カ月で始歩が見込めない(「問題とすべき」)場合,専門療育機関に紹介.

歩き方がおかしい,転びやすい

 佐藤雅人
 Key Words:歩行異常 O脚 ブラウンド病 内旋歩行 画像診断

内容のポイントQ&A
Q1. 保護者から多い訴えは?
 膝と膝の間があいていて不格好である,脚(膝から下)が内側に曲がっている,うちまた歩行である,足が絡んでよく転ぶ,踵をつけないで歩いている,などの訴えが多い.
Q2. 問診のコツは?
 いつから歩き始めたか,一番気になるのは何か,それはよくなっているのか,不変なのか,悪くなっているのか,転び方,転ぶ頻度,などを問診で尋ねる.
Q3. 診察のチェックポイントは?
 体型(生理的なものと系統疾患によるものとの鑑別),脚,足の動き(運動麻痺)と拘縮,O脚の程度,うちまた歩行の程度,足の変形などに注意して診察を進める.
Q4. 年齢ごとの正常範囲をふまえた評価は?
 問題なし:歩き始めた頃の歩容(歩き方)が気になる点.
 注意すべき:歩き始めて半年も過ぎているのに少しも改善がない場合.
 問題とすべき:改善がなく3歳になってしまった場合.
Q5. 保護者への説明,アドバイスは?
 歩き始めの頃の脚の形は母体内の胎位の影響が強く残っており,ほとんどは歩くことで骨の形は改善し,また歩くことで筋力がつき,良い足になることを説明する.
 ただし,他の病気があり,その合併症としての変形をきたしている場合などは別である.
Q6. follow upと専門医への紹介は?
 3カ月に1度くらいは経過をみる.「注意すべき」段階では整形外科受診をすすめ,「問題とすべき」段階では小児専門の整形外科へ紹介する.

おもちゃに興味がない,言葉が遅い

 田中恭子・加我牧子
 Key Words:おもちゃ遊び 言語発達遅滞 精神遅滞 自閉症 聴覚障害

内容のポイントQ&A
Q1. 保護者から多い訴え,相談は?
 おもちゃ遊びに関しては,通常のおもちゃに興味を示さない,同じ遊びばかりを繰り返す,おもちゃの使い方にこだわりがあるなどの相談がある.言葉の問題では,意味のある言葉が出ない,言葉が増えないなどが多い相談である.
Q2. 問診のコツと検査所見を読むポイントは?
 いずれの場合も,子どもの運動面,精神面の発達について,今までの発達経過を含め評価する必要がある.検査場面のみならず,保育園や家庭などの複数の状況における子どもの様子についても問う.また,その他に行動や情緒面で気になる点はないかを尋ね,診断に結びつく所見がないかを確認する.
Q3. 診察でのチェックポイントは?
 年齢相応のおもちゃ遊びができているかをみる.その際,体や手の運動能力や人とのかかわり方,おもちゃの使い方などに注意を払う.言語面の発達に関しては,言語の理解や表出がどの程度できているかを確認する.指差しや表情などの発達についても評価する.さらに早期に診断すべき難聴も念頭に置き,聴性行動についても評価を行う.
Q4. 年齢ごとの正常範囲をふまえた評価は?
 遊びに関しては,1歳では積み木などでバリエーションのある遊びをし,2歳では親と離れて友達と遊ぶようになり,3歳では役割のあるままごと遊びをし始める.
 言語に関しては,乳児期中頃には喃語が出現し,1歳頃に「おいで」などの簡単な言葉がわかり,1歳半までにほとんどの子どもで有意語が現れる.2歳では「もう一つ」などの言葉を理解し,2語文を話す.3歳では大小や色の概念を理解し,3語文を話すようになる.
 遊びや言語の発達には個人差も大きいが,半年から1年の遅れがあればフォローの必要があり,1年以上遅れている場合は問題とすべきであると考える.
Q5. 保護者への説明,アドバイスは?
 保護者が子どもの状態を正確に捉えられるように,どのような面でどの程度の遅れがあるかということを丁寧に説明する.
Q6. follow upと専門医への紹介は?
 適切な治療や療育を早期に開始するため,なるべく速やかに専門機関へ紹介することが望ましい.しかしグレーゾーンの発達状況を示す児や保護者の理解を得にくいケースでは,follow upの期間を設け,繰り返し評価や説明を行い,無理のない形で専門機関へ紹介する方がよい.

落ち着きがない,子ども同士で遊べない

 汐田まどか
 Key Words:発達障害 軽度発達障害 生活モデル 注意欠陥多動性障害 広汎性発達障害

内容のポイントQ&A
Q1. 誰からのどんな訴えが多い?
 子どもの行動が集団において問題になることが多いので,家族よりも保育所や幼稚園で問題に気づかれ受診をすすめられることが多い.ADHDやPDDで多い訴えは,「落ち着きがない」「集団での行動ができない」「一人遊びが多い」「こだわりやパニックがある」などである.
Q2. 問診のコツは?
 集団場面での客観的な状況の把握,行動分析が重要である.また,発達歴および感覚過敏や対人相互関係の質についての生育歴も診断に有用である.
Q3. 診察のチェックポイントは?
 発達障害は,診察室の診察だけでは得られる情報が限られ,的確な診断はできない.子どもの行動をみるためには,診察構造に配慮し,言語発達,コミュニケーションのあり方,対人相互関係,遊びの内容などについてアセスメントする.
Q4. 年齢ごとの正常範囲をふまえた評価は?
 家庭生活,集団生活において生じている困難の程度,集団生活における特別な配慮の必要性の程度が発達障害かどうかの診断をするうえでの根拠となる.
Q5. 保護者への説明,アドバイスは?
 発達障害は,治療や訓練で正常化させることよりも,その子どもが生活しやすいように,周囲が子どもの特徴を理解し環境を整えること,本人の自尊感情を育てることが重要である.
Q6. follow upと専門医の紹介は?
 医師が漫然と定期的に発達のチェックをするだけでは意味がない.子育てについての助言,療育方針の決定,関係機関のコーディネートを行う機関へつなげる必要がある.