特集 高齢者の失禁−在宅に向けたリハアプローチ

特集にあたって

 高齢者にとって失禁は,人間の尊厳にかかわる問題であり,単に下の世話を受けるといった問題だけでなく,精神的な問題や社会性の剥奪を伴うものである.一方介護者にとっては介護負担・ストレスが大きい.日常生活動作の評価においても重要視され,Barthel Indexでは尿意や便意,さらに排泄動作を含めると30点を占めている.また在宅復帰の基本的な要素として排泄動作の自立があげられている.このように失禁を巡る問題はリハビリテーション(以下リハ)医療のなかで大きな位置を占めている課題の一つである.
 今回の高齢者の失禁をテーマとした企画は,居宅生活に向けて入院中にさらに居宅における失禁対策の多面的なリハアプローチを提示して読者の諸兄姉の日常診療の手だてとなることを期待したものである.
 高齢者の尿失禁は,特に下部尿路症状(lower urinary tract symptoms:LUTS)という新しい概念の元に検討されてきている.これについては仙石淳先生らに,高齢リハ患者の尿失禁をめぐる諸問題として主として病態と特徴をオーバービューしていただいた.その治療戦略では薬物療法・手術療法・理学療法・作業療法・言語療法などあらゆる方法を駆使して円満な居宅生活への移行をはかることに眼目があると述べられている.さらに鳥羽研二先生には老人において頻繁にみられるLUTSにおける原因疾患と除外診断のポイントを簡潔にわかりやすく概説していただくと同時に所見の取り方,特に機能的失禁におけるADLの詳細なチェックは不可欠であることを示していただき,失禁に対する薬物療法に関しても漫然と投与するのではなくその効果を判定して診断のチェックポイントを例示されている.我々も泌尿器科医へのコンサルトにとどまらず積極的な関与が望まれよう.リハアプローチに関しては比嘉淳先生らによって尿失禁改善のための排尿チャートの活用などから排尿パターンの分析,具体的な薬物療法,トイレへの誘導をはじめとする行動療法,排泄動作訓練における排泄カンファレンスの重要性,介助量の軽減の見極めなどをとおして在宅への流れを形成していく方法が提示された.以上の急性期から回復期のLUTSへのアプローチに加えて,在宅生活での工夫について斬新な間欠自己導尿法,間欠バルーンカテーテル留置法,排尿が容易な衣類,排尿・排便自立に役立つ補助具,骨盤底筋訓練法などを高坂哲先生,山口明先生に詳述していただいている.特にバルーンカテーテル留置法はQOL向上や行動範囲拡大の目的のため,その適応さえ吟味されれば大きな効果をもたらすことが臨床成績から示されている.骨盤底筋訓練法もわが国でもっと普及してよいと思われる.
 高齢者の失禁をめぐる課題は今後高齢化社会の進行のなかでリハ医にとって日常診療で遭遇する不可欠の課題となることが予想される.薬物療法も含めてさらなる習熟・工夫が期待される.

(編集委員会)

 

高齢リハ患者の尿失禁をめぐる諸問題

 仙石 淳・酒井麻衣子
 Key Words:高齢者 尿失禁 リハビリテーション 下部尿路症状(LUTS) 下部尿路機能障害(LUTD)


高齢者失禁の診断のポイント

 鳥羽研二
 Key Words:切迫性尿失禁 溢流性尿失禁 腹圧性尿失禁 多尿 機能性尿失禁

内容のポイントQ&A
Q1. 原因疾患の特徴と除外診断を行うべき疾患は?
 尿路感染症,過活動性膀胱による切迫性尿失禁,前立腺肥大に伴う溢流性尿失禁,腹圧性尿失禁が多いが,入院症例では半数は機能性尿失禁である.抗コリン剤投与との関係で,過活動性膀胱では前立腺肥大との鑑別が最も重要である.前立腺癌で排尿症状を呈する場合は進行例が多く,手術適応となる例は少ない.
Q2. 所見の取り方と見逃してはならない項目は?
 過活動膀胱では肛門反射が亢進しており,CMGでは無抑制性収縮を示す.尿路感染症は発熱,CVA圧痛をきたすが,高齢者では無症状の場合もある.機能性尿失禁の場合には排尿に関するADLをチェックする.
Q3. 診断のポイントは?
 後述の表2をチェックすることでおおよその鑑別は可能だが.抗コリン剤の効果がない(もしくは悪化)場合,αブロッカーが効果がない場合などは他の原因疾患,あるいは薬剤の併用などを疑う.


入院中に行うべきアプローチと家族指導

 比嘉 淳・児玉三彦・石田 暉
 Key Words:リハビリテーション 尿失禁 高齢者 排泄動作 神経因性膀胱

内容のポイントQ&A
Q1. 高齢尿失禁患者の初期評価は?
 高齢尿失禁患者の初期評価は病前の排尿状況と社会背景をふまえ,障害像を明らかにすべく行われる.
Q2. 具体的なアプローチは?
 当院では薬物療法後の失禁に対し時間誘導を,夜間のみ失禁であれば時間誘導やオムツ・尿集器の併用を試みている.なお,排泄動作障害があれば,集中的に訓練期間を設ける.
Q3. 在宅移行への流れは?
 3カ月での退院を前提に評価・訓練をすすめ,2カ月時に家族指導・訪問指導・外泊訓練を行う.


ここまでできる在宅生活の工夫
間欠自己導尿法

 高坂 哲
 Key Words:排尿障害の治療 間欠式バルンカテーテル留置法 神経因性膀胱


ここまでできる在宅生活の工夫
排泄自立に向けた環境調整

 山口 明・日野 創・阿部高子・伊東亜希子・及川奈美・倉田美枝子・長谷川恵子・小澤洋子・石井賢俊
 Key Words:活発な在宅生活の獲得 自立度を高める訓練・衣服・用具選び 排泄ノート