特集 高齢者の下肢切断とリハUpdate

特集にあたって

 今回の特集は変貌しつつある高齢者の下肢切断と義足へのリハビリテーション(以下リハ)を取り上げてみた.
 最近米国を訪れてみると,切断患者が少ないのに驚かされる.かつて,米国でレジデントとして勤務していたときに,常時20〜30人の下肢切断患者を抱えて苦労した記憶がよみがえってくる.従来,切断が必要であった閉塞性動脈硬化症のある高齢者に対して,診断技術の発展,治療薬の進歩,徹底した生活管理などが長足に進歩してきたためであろう.今回取り上げた瀬戸際でのlimb salvageも効果を上げているものと思われる.やがて高齢者の切断・義足は,リハの主要疾患ではなくなるかもしれないといった予感さえする.一方で高齢者の交通事故が多発するわが国の現況では,欧米と異なる切断原因の頻度があるかもしれない.
 高齢者切断のリハは,動脈硬化症が主要原因でも,心臓疾患,糖尿病,脳血管障害などの併存疾患をもつ場合が多く,切断,義足作成,独立歩行,退院へのリハプロセスがスムーズにいくことは少ない.ましてやlimb salvageに時間がかかり,変形拘縮,筋力低下などあると,切断は免れたが,実用的な歩行に至らずセルフケアも自立しないケースや,limb salvage後に切断となったため断端形成がよくなく,義足作成に難渋するケースも少なくない.
 本来リハが主体性をもって治療すべき切断・義足が,治療法の変化や,合併症,難治性の断端の潰瘍などから,他科依存的な展開となるところも多いと聞く.
 この特集が,高齢者の切断に対して,新しい視点から取り組む契機となり,患者の社会復帰を目指す視点からもう一度見直すチャンスとなれば幸いである.

(編集委員会)

 

高齢者の下肢切断の現状と課題

 越智文雄・石神重信
 Key Words:血行障害 高齢者 切断 血行再建術 運動療法


高齢者のlimb salvageの動向

 宮田哲郎
 Key Words:重症虚血肢 limb salvage 下肢切断 末梢循環障害 血行再建術

内容のポイントQ&A
Q1. 末梢循環障害の診断と治療法の選択は?
 末梢循環障害の診断は下肢の脈拍を触知することが基本である.下肢ASOが疑われた場合は,API,トレッドミルを用いた近赤外分光法検査,レーザードプラー皮膚潅流圧測定,Duplex scan,CTアンギオ,MRアンギオ,IADSAなどの機能検査,形態学的検査により確定診断する.
 ASOに対する外科的血行再建術は,劇的に患者の症状を改善できる最後の切り札であるが,侵襲もあるため,患者の状態によって,治療方法を選択することが重要となる.
Q2. Limb salvage治療(surgery)の原則は?
 外科的血行再建が基本原則であるが,壊死の状態で有効な処置ができない場合は一次切断も考えざるを得ない.血管新生療法が新しい治療方法として注目されているが,その有効性や適応が明らかになるには治験例の集積を待たねばならない.
Q3. Limb salvage治療のリスクと合併症は?
 動脈硬化症は全身疾患であり,下肢に虚血症状が出現している場合は,脳血管障害,虚血性心疾患を合併する頻度が高くなる.
Q4. Limb salvageと運動療法は?
 重症虚血肢患者は運動療法自体が不可能である.間歇性跛行段階で運動療法を行うと,将来下肢切断になる率を下げることができるというエビデンスはまだない.
Q5. Limb salvageの治療成績は?
 血行再建可能な症例では救肢成績も良好である.しかし,重症虚血肢を持つASOの遠隔生存率は不良であり,その死因の多くを循環器系疾患が占めている.動脈硬化進展の予防に向けての対策が重要である.
Q6. 切断の決断,タイミングと切断部位は?
 切断の決断,タイミングと切断部位は全身状態の改善と下肢の機能回復とに分けて考える.全身状態の改善の観点では,壊死組織への感染合併による全身状態の悪化防止,虚血疼痛の改善が重要である.下肢切断を行うことで,早期に良好な断端を作り,義肢装着により歩行機能を回復することで日常生活への復帰を目指す.


リハ評価とアプローチ

 吉永勝訓・村田 淳・橋本光宏・赤澤 努
 Key Words:下肢切断 高齢者 リハビリテーション rigid dressing

内容のポイントQ&A
Q1. 切断患者のリハ評価は?
 心身機能・身体構造では,全身状態,併存疾患,断端の状況,疼痛,健側・患側下肢機能,精神機能などを評価する.そのほか,移動能力や日常生活動作,社会的因子,心理的評価などを行う.
Q2. 主要な併存疾患は?
 切断の原因となる疾患は閉塞性動脈硬化症や糖尿病性壊疽の頻度が高く,切断後も原疾患の管理と断端や反対肢のケアが重要である.そのほか,慢性腎不全,心疾患,脳血管障害などを伴いやすく,切断者の機能をさらに低下させる要因となる.
Q3. リハと治療プログラムは?
 切断前のリハとして,廃用症候群改善のための運動療法に加え,心理的サポートと患者教育が特に必要である.切断端のケアとして術後からrigid dressingを行って浮腫の軽減をはかり,疼痛を軽くするとともに早期の創治癒を目指す.術後3週頃に仮義肢を作製して義足訓練を行う.
Q4. 義足の処方と非適応例は?
 高齢者での義足処方の際には,軽量,安全性,装着し易いことなどを考慮する.併存疾患などにより一般状態が悪い場合,大腿切断や両側切断では義足歩行の適応にならない場合がある.


症例から学ぶリハアプローチ:
limb salvage後の切断

 西村尚志
 Key Words:重症虚血肢 limb salvage 下肢切断 rigid dressing 義足歩行

内容のポイントQ&A
Q1. いつからリハが介入したか?
 始めから血管外科との共同作業として治療にあたり,血管外科的対応が困難な場合には速やかに切断術を実施し,早期に義足を作製した.
Q2. リハのプログラムとリスクは?
 切断術後の断端管理法はrigid dressing法を原則とし,断端を保護しつつ早期離床に努め,術後3週で仮義足完成後,義肢装着訓練を実施し,早期の歩行退院を目指す.
Q3. ゴールの設定とは?
 痛みのない義肢装着に適した切断肢の獲得,さらに義足歩行による早期のADL自立を目標とするが,このためには切断レベルが下腿切断,または膝離断であり,重篤な合併症のないことが条件になる.
Q4. 義足の処方と工夫は?
 rigid dressing法により2週で仮義足採型,3週で仮義足完成とする.患者の体力などに応じて,下腿切断ではPTBソケットまたはTSBソケット,短軸足部またはSACH足部とする.
Q5. 症例から学んだ高齢者切断の要諦は?
 上記の治療方針により義足による実用歩行を獲得できたのは,適切な切断術,術後の断端管理により適合のよい断端が得られた膝または下腿切断例で,重篤な併存症のない症例に限られていた.


症例から学ぶリハアプローチ:
両下腿切断

 土岐明子・住田幹男・竜江哲培
 Key Words:両下肢切断 高齢者 義足 リハビリテーション 合併症

内容のポイントQ&A
Q1. いつからリハが介入したか?
 切断前の歩行レベル・全身状態の評価,切断レベルの決定にも関与するのが望ましい.高齢者の場合,術前から運動療法を開始し,廃用予防に努める.
Q2. リハのプログラムとリスクは?
 切断後早期からの関節可動域訓練,筋力増強訓練,立ち上がりが可能な場合は平行棒内での患肢免荷での立ち上がり訓練を行なう.創離開の危険性がなくなれば義足装着での患肢荷重を許可し歩行訓練を行なう.
Q3. ゴールの設定とは?
 切断レベルに最も左右される.膝関節の温存が重要である.歩行獲得を阻害する因子としては,低いモチベーション,心疾患や脳卒中の合併,糖尿病による視力障害や末梢神経障害,関節拘縮などがあげられる.
Q4. 義足の処方と工夫は?
 装着が簡単で,軽量なものを処方する.バランスをとりやすいように後方バンパーを硬くする,歩隔を広く取るよう足部をアウトセットにつけるなどの工夫を行なう.
Q5. 症例から学んだ高齢者切断の要諦は?
 切断者の能力と日常生活での歩行の必要度をよく吟味し,いたずらに訓練期間を延ばすのではなく,杖などの歩行補助具や車椅子,介護保険などの社会資源を上手に活用することが大事である.