特集 神経筋疾患の呼吸リハビリテーション−在宅生活へ向けて

特集にあたって

 介護保険制度の施行にともなう当初の戸惑い,混乱がようやく落ち着き,医療福祉の分野では制度の問題点が目につくようになった.
 介護保険制度では在宅療養が一つのキーワードとなっているが,難病を抱えた人が家族の庇護のもと自宅で暮らしたいという願いは大きい.一方で,核家族化における人手不足とコストの問題,在宅療養での緊急支援体制と療養機器の普及と性能には依然として課題が多い.
 また介護保険制度では高齢者,高齢障害者がより注目されがちである.難病の神経筋疾患者は高齢者人口に比べれば僅少であるとはいえ,この進行性疾患患者は若年者が多い.彼らは社会活動や家庭生活を営み暮らしているのであり,在宅療養への支援の実践は大きな意義がある.だからこそ介護保険制度の導入以前から高いコストを覚悟のうえで在宅医療を部分的にしろ実践してきた.
 以前は品質のよい呼吸補助機器や吸引機器もなく,あっても高価で一般病院の麻酔科で使用するためのもので,自己負担での入手は困難であったことを思い出す.リースができればよいがと願った時代だった.その後,社会保障制度の充実にともない介護保険制度の項目に呼吸不全者へのさまざまな支援が具体的に盛り込まれ,それと並行して機器の開発・改良が進行し,福祉機器貸与制度,住宅環境改造費用などが保険給付の項目に入った.最も重要な事項は訪問診療や訪問看護・介護・リハビリテーション(以下リハ)が診療報酬の対象となり,症状にあった各種の呼吸リハ機器の実用化やそれらのリース会社の進出といった総合的な在宅支援システムが確立し始めたことである.
 ソフト面とハード面のコンビがあってはじめて重症者の在宅生活が実行できる.緊急時の対応(リスク管理)マニュアルもそのうえでこそ実行可能となろう.そして,これらを基盤として呼吸筋関係の機能増進訓練,誤嚥者への嚥下リハなどの訪問リハに効果を期待することができる.包括的な在宅リハはまだまだ全国的にみても少ないのではなかろうか.依然として課題の多い在宅療養ではあるが,難病者の医療福祉に携わる機会が多いリハ医は,この在宅支援システム作りのキーパーソンであってほしい.入院と在宅は一体とならざるを得ないが,病院内と異なり,在宅医療には地域の人的資源の発掘,指導育成と終生にわたるリハ関与が求められる.プライマリーケアにみる定義そのものとなるであろう.
 もう一つ,リハ医が避けては通れないのが,当該患者の初期病日に診断の告知を行わなくてはならないときである.皆悲しくとも現実と向き合わねばならない体験をもっていよう.頭脳明晰な大人に対し,その人が生を終えるまで責任をもって看とることができる人だけがその任に堪えられるという考え方もある.最近の医療界ではインフォームドコンセントという言葉だけが先行し,その流れにしたがって安易に告知をするという無責任のそしりを免れない風潮があるように思える.医療,ターミナルケアに通じる神経筋疾患患者の在宅療養には特徴があり,ethicsの問題が大きな要素を含んでいる.三好正堂氏の論文はそれへの答えに資する内容であり,読者も満足していただけるものと思う.
 今回の特集号は実地医療に携わる方でなければ聞けない貴重な数々の論文であり,これらを糧にこの分野の更なる全国的展開を期待する次第である.

(編集委員会)

 

オーバービュー

 近藤清彦
 Key Words:呼吸リハビリテーション 神経筋疾患 筋萎縮性側索硬化症 生活の質 緩和ケア


筋ジストロフィーの呼吸リハビリテーション

 石川悠加
 Key Words:筋ジストロフィー 呼吸リハビリテーション 非侵襲的人工呼吸 咳介助 呼吸機能評価

内容のポイントQ&A
Q1. 筋ジストロフィーにおける呼吸障害の特徴は?
 原疾患の進行と加齢にともない,吸気呼気筋力低下や易疲労,肺や胸郭のコンプライアンスの低下をきたす.喉咽頭機能や咳の能力の低下により肺炎や無気肺や窒息を起こしたり,睡眠呼吸障害,気管内挿管抜管や人工呼吸器離脱困難になりやすい.酸素化障害ではなく,換気障害が主体で,低酸素血症がなくても高炭酸ガス血症を認めることが多い.
Q2. 呼吸障害のアセスメントは?
 普段から慢性肺胞低換気症状に注意し,定期および必要時に非侵襲的な呼吸機能評価を行う.呼吸機能評価としては,(1)肺活量,(2)覚醒時および睡眠時の動脈血酸素飽和度(SpO2),呼気終末炭酸ガス濃度(EtCO2)や経皮的動脈血炭酸ガス分圧(TcPCO2),(3)最大強制吸気量(MIC),(4)自力咳または介助咳の最大呼気流速(PCF)が簡便で有用である.
Q3. 呼吸管理,リハのポイントは?
 早期から積極的治療プログラムを導入し,気道分泌物のクリアランス,呼吸筋の伸張と耐久性,ガス交換の異常を改善する.原疾患が進行しても,咳の機能や,肺と胸郭のコンプライアンスをなるべく維持し,急性や慢性呼吸不全に対する徒手や器械による咳介助(Mechanically assisted coughing=MAC)や非侵襲的人工呼吸(Noninvasive positive pressure ventilation=NPPV)をタイムリーに適応する.長期に人工呼吸器を使うことになっても,気管切開よりQOLの向上が維持されやすいNPPVを活用し,肺炎や窒息による入院や気管内挿管を回避し,本人と周囲が安心して過ごせるようにする.


ALSの呼吸リハビリテーション

 出倉庸子・笠原良雄・小森哲夫
 Key Words:ALS 呼吸リハビリテーション 呼吸理学療法 呼吸筋麻痺 球麻痺

内容のポイントQ&A
Q1. ALSにおける呼吸障害の特徴は?
 呼吸筋麻痺と球麻痺がさまざまな組み合わせで出現する.球麻痺による栄養障害が呼吸症状に影響を及ぼすこともある.他の随意筋の麻痺の進行とは独立に症状が進行する.人工呼吸器使用により長期の生存が可能である.
Q2. 評価のポイントは?
 補助呼吸の導入が遅れないように少なくとも3カ月に1度の呼吸機能評価が必要である.マスク使用でのVital Capacity(VC)とPeak Cough Flow(PCF)の測定が簡便であり継続しやすい.
Q3. 呼吸リハプログラムのポイントは?
 排痰,胸郭の可動性維持,安楽さ,移動能力の可及的維持を目標とする.継続して実行可能な自主トレ,家族指導,地域連携を行う.


在宅へどう帰すか−在宅生活に向けたアプローチ

 石原傳幸
 Key Words:NPPV 人工呼吸器 筋ジストロフィー 筋萎縮性側索硬化症

内容のポイントQ&A
Q1. 人工呼吸療法導入に必要なことは?
 人工呼吸療法導入の際には入院指導が必要となる.DMDでは約7日程度の入院でNPPVの指導および導入が可能である.ALSの場合は気管切開が必要なことが多く,嚥下可能となるまでに術後約1カ月,病状が落ち着くまでには約2カ月程度は要する.また,呼吸器の使用方法も複雑であり,家族への教育も念入りに行う必要がある.
Q2. 必要な検査,オリエンテーションは?
 外来では動脈血を採血してPaCO2,PO2を測定し,呼吸機能をチェックする.患者・家族に検査の必要性を説明しておくとだんだん自分の現状を受け入れられるようになる.ALSでは外来の段階で,合併症や予後について患者・家族に話すことが必要であり,十分な配慮を要する.
Q3. 器械の選択,管理,フォローアップは?
 NPPVにはBiPAP(Bilevel positive airway pressure)の器械が使用される.軽量で,片手で持ち運びができ,回路接続も簡単で誰でも使用できる.陽圧式人工呼吸器は気管切開患者用であるがNPPVにも使用できる.気管切開した場合は定期的な気管カニューレの交換などが必要となる.
Q4. リスク管理(緊急の対応)は?
 肺炎を含む気道感染症,気胸の合併を常に考えなければならない.在宅患者の場合,呼吸器故障は呼吸器業者が24時間対応してくれるが,呼吸器の設定変更は法律上医療側のみが許可されており,医療側が自宅まで出向き,設定変更などの対応しなければならない場面もある.


在宅呼吸ケアの実際
10年間,nasal maskによる呼吸管理を行っているDMDの1例

 松村 剛・神野 進
 Key Words:筋ジストロフィー 在宅人工呼吸 リスク管理 QOL


在宅呼吸ケアの実際
7年間BIPAPを使用し,気管切開IPPBに移行したSPMAの1例

 三好正堂
 Key Words:ALS BIPAP 気管切開IPPB