特集 高エビデンスからみた脳性麻痺児への治療効果

特集にあたって

 近年,胎児・新生児医療の進歩によって,早産・低出生体重児の救命率が向上したが,未熟児からの脳性麻痺の発生頻度はむしろ増加したとの報告が多い.そのようななかで,新生児の神経学的評価が詳細に行われるようになり,NICUからの早期診断・早期療育の重要性が認識されるようになった.
 また,従来から行われてきたファシリテーション療法が再検討され,痙縮抑制装具,座位保持装具,車椅子,抗痙縮薬などの治療効果に関する臨床研究が報告されている.さらにボツリヌス毒素,バクロフェン髄腔内注入療法,選択的後根切除術などの新たな抗痙縮療法が開発され,治療法の選択肢が増加しつつある.
 臨床医学全般において,Evidence-based medicine(EBM)の流れが加速するなかで,小児リハビリテーション(以下リハ)の領域においても,GMFM,WeeFIM,PEDIなどの標準化された障害の評価尺度が開発され,日常臨床や治療効果の判定に活用されつつある.さらに米国脳性麻痺学会(American Academy for Cerebral Palsy and Development;AACPDM)が,治療効果に関するエビデンスをホームページ上に順次公開するなどの動きが活発化している(http://www.aacpdm.org/research/index.html).今後,わが国においても,小児リハに関するさまざまな治療法のエビデンスをデータベース化し,臨床に役立てていくとともに,新たなエビデンスの創造を押し進めていく必要があると思われる.
 本特集では,そのスタートラインとなることを願って,まず,脳性麻痺における効果研究の問題点や現状を鳥瞰した後,ハイリスク児に対する早期介入の効果,ファシリテーション,筋力増強,体力訓練,集中訓練などの運動療法の効果,装具療法・キャスティング療法の効果,痙縮に対する治療法の効果に関する最新情報と課題を解説していただいた.
 リハ医療においてEBMを実践する際には,(1)質の高い証拠が限られている,(2)患者の背景因子や治療条件が複雑で,実験室的条件で得られた証拠を適用しにくい,(3)介入内容が複雑で,単一要素の効果を抽出しにくい,(4)研究デザインの黄金律とされるランダム化比較試験を実施しにくい,(5)多施設が共同で使える標準化された尺度が限られている,などの問題が立ちはだかっている.これらの問題は,年齢や病態・障害像,生育環境などが多様で,成長・発達というもう一つの重要な変数が介在する小児において特に顕著といえよう.われわれ臨床家には,そのような難しさにひるむことなく,日々の診療のなかで一例一例の経験を大切にしながら,よりよい治療法を求めて,科学的なエビデンスを積み重ねていく責任がある.

(編集委員会)

 

オーバービュー
治療効果尺度と研究デザイン

 高橋秀寿・里宇明元
 Key Words:脳性麻痺 EBM エビデンス AACPDM

内容のポイントQ&A
Q1. AACPDMのデータベースにおいて,脳性麻痺治療のEBMがどのように実践されているか?
 まず,その治療法についての歴史的な概観,変遷について年代ごとに述べられる.次に,既存のデータベースのなかから,バイアスを最小限にして文献を抽出し,そのエビデンスの信頼性,妥当性について,AACPDM outcomes studiesの編集委員会により評価,検討される.さらに詳細な検討が加えられ,最終的にエビデンスレベルをつけて紹介されている.
Q2. 機能評価においてデータベースとして用いるにふさわしい評価法は何か?
 国内および国際的な情報交換,エビデンスレベルの高い共同研究を行うためには,妥当性,信頼性,反応性,実用性などの条件を備えた普遍性のある尺度が必要である.このような条件に合致した尺度としては,GMFM,PEDI,Wee FIMなどがある.
Q3. これまでのわが国における小児リハの効果判定はどのように行われてきたか?
 脳性麻痺の病像の複雑性から,施設間に共通の評価や標準化された病像の記述法は確立されたとは言い難く,標準的治療の長期成績は十分に検討されず,二次障害の実態やその防止策も確立されないまま経過してきた.
Q4. 今後,わが国における小児リハへのEBM導入にあたって,どのような展開が必要か?
 既存の系統的レビューを日本リハビリテーション医学会,評価用語委員会とも連携してデータベース化し,さらに,エビデンスレベルの低い,あるいは,まだ治療効果の明らかにされていない部分を補完するための研究を,適切な研究デザインをもとに,多施設間と連携して行うことが重要であると考える.


ハイリスク新生児に対する早期介入の意義

 半澤直美・松波智郁・岸本久美・前野 豊
 Key Words:ハイリスク新生児 早期介入 呼吸理学療法 ポジショニング

内容のポイントQ&A
Q1. NICUからの早期介入の目的は何か?
 (1)呼吸理学療法や拘縮予防など,ICUに共通する基本的業務を確実に行う,(2)環境や刺激の調整・哺乳訓練・家族指導などを通して,児への発達支援・親子関係への支援を行う,(3)障害のある場合は個別訓練を開始し,早期に適切な療育機関につなげることである.
Q2. どのような介入が行われているか?
 (1)呼吸理学療法,(2)環境調整(ポジショニングなど),(3)神経学的評価,(4)哺乳訓練,(5)家族指導(扱いにくい児へのハンドリング指導など),(6)運動療法(障害がある場合)などが行われている.
Q3. 早期介入のアウトカムは?
 呼吸理学療法には短期的な換気改善効果が示唆されており,また,ポジショニングは座位の獲得時期・5歳時の知能指数・就学適応力について良い影響がある可能性が示唆されている.しかし,長期的効果の検討にはこれらのアプローチが本当にその後のより良い発達経過や家庭環境(親子関係など)に寄与しているのかどうかという心理的・社会的な視点が必要であり,学童期まで長期的に評価していく必要がある.
Q4. 今後の課題は?
 新生児期からのリハアプローチの効果についての評価は始まったばかりの段階であり,研究機能をもつ大学や療育機関の支援を得て,介入プログラムの統一,計画的なフォローアップ,客観的な評価方法の作成など行うことが必要である.


脳性麻痺児に対する運動療法の効果

 朝貝芳美
 Key Words:脳性麻痺 運動療法 エビデンス 訓練効果

内容のポイントQ&A
Q1. ファシリテーション療法の方法と効果は?
 ファシリテーション療法にはさまざまな方法がある.代表的な方法としてneurodevelopmental treatment(NDT)が実施されている.The American Academy for Cerebral Palsy and Developmental Medicine(AACPDM)では1966〜2000年までに報告された論文のエビデンスを分析し,NDTの効果に関してエビデンスは証明されておらず,筋緊張,痙性,反射に違いがみられなかったと報告している.
Q2. 筋力増強訓練の方法と効果は?
 筋力強化マシーン,電気刺激,各種歩行補助装置,biofeedback trainingなどの方法がある.筋力増強訓練の効果については,なおエビデンスレベルの高い報告は少ない.しかし従来いわれてきた,「脳性麻痺例に対する筋力増強訓練は痙性を高め,関節拘縮を増悪する」ということを証明するエビデンスレベルの高い報告もない.
Q3. 体力訓練の方法と効果は?
 自転車エルゴメーター,トレッドミル,水泳・水中歩行訓練,各種歩行補助装置,乗馬療法などの報告があるが,効果に関してはエビデンスレベルの高い報告はない.
Q4. 集中訓練の適応,方法および効果は?
 集中訓練の適応に関しては,運動機能予測,短期ゴール設定により,これまでの訓練指導では十分に効果が発揮されていない例に適応があり,保護者に対する児の扱い方の徹底した指導や環境調整が重要である.歩行に関しては,家庭では実施しにくい支持歩行のレベルを日常で使えるレベルに高めることが目標となる.
 方法はNDTを基礎とした理学療法が主に行われ,その他,筋力増強や体力訓練なども集中的に行われている.集中訓練に関してAACPDMは,NDTの頻度を増やすことで効果があるとするエビデンスレベルの高い論文はないと報告しているが,Mayo NE(levelIb,1991年)の訓練頻度を増やすと効果があるという報告もある.


脳性麻痺児に対する装具療法の効果

 岡川敏郎
 Key Words:脳性麻痺 装具療法 キャスティング療法 座位保持療法 変形

内容のポイントQ&A
Q1. 脳性麻痺児の下肢・体幹変形の特徴は?
 障害の本質である筋緊張の異常から起こるので進行性である.障害の重さによって典型的な変形がみられる.
Q2. 下肢の痙縮・変形に対する装具療法の適応と効果は?
 痙性抑制装具が痙縮を緩和して機能アップを得るというエビデンスは乏しい.変形の矯正・予防を目的とする装具ははずせばその効果は失われる.歩行機能を改善する下肢装具は歩行パラメ−タを評価して処方される.
Q3. 下肢の痙縮・変形に対するキャスティングの適応と効果は?
 足底板に工夫した痙性抑制キャストの効果はエビデンスに乏しい.キャスティングは即時的にROMを改善する.再発するが,安全なので繰り返し行って手術を先送りする使い方も可能である.
Q4. 座位保持療法の適応と効果は?
 垂直位にすると得られるメリットは多い.機能向上を目指すなら座面は前傾が用いられ,楽な良い姿勢保持のためには体幹支持とリクライニングが考慮される.上肢機能・口腔・呼吸機能の向上が期待できるが側弯の進行は止められない.
Q5. 変形に対する保存療法の限界は?
 装具により早期なら矯正位に維持はできるが,うち続く筋緊張異常のためはずせば再発する.理学療法も変形早期には効果があるが,効果を維持するだけの頻度を継続することが困難である.装具療法も理学療法も長期間の継続が必要で困難である.


脳性麻痺の痙縮に対する治療法の効果

 花山耕三
 Key Words:脳性麻痺 痙縮 痙性麻痺 EBM

内容のポイントQ&A
Q1. 脳性麻痺児に対する抗痙縮薬の選択,効果と副作用は?
 脳性麻痺について有効性が確認されているのは,Dantrolene,Diazepam,Ketazolam,Piracetamの4種類である.Dantroleneは中枢神経を抑制したくない患者で,ある程度筋力が保たれているものに用いられる.Diazepamは,痙縮のほかにアテトーゼに効果があるとされている.
Q2. フェノールブロックの適応,効果と副作用は?
 局所の筋活動が姿勢や運動の障害になっている場合で,その筋活動の抑制により機能改善が見込める場合が適応である.副作用は,注射時の痛み,慢性的な異常感覚や痛み,血管の合併症,末梢神経障害などである.
Q3. ボツリヌス毒素,バクロフェン髄腔内投与(ITB)の効果と副作用は?
 ボツリヌス毒素は,下腿三頭筋や上肢筋への注射により痙縮の抑制や機能の改善が得られたとする報告がある.副作用に重篤なものはみられていない.ITBは,下肢の痙縮については多くの報告で軽減を認めている.副作用,合併症に関しては,カテーテルやポンプに起因するものと,薬効に起因するものが同等にみられる.中枢神経系症状,感染や髄液漏出などがあり,重篤な合併症としては,無呼吸,夜間低血圧,徐脈,心肺停止なども報告されている.
Q4. 電気刺激(TES)による痙性抑制効果は?
 TES単独で脳性麻痺に対し行われたRCTではいずれも有意差が認められていなかった.
Q5. 選択的脊髄後根切断術(SDR)の適応,効果と副作用は?
 SDRは痙縮の抑制と機能改善に有効であるとのメタアナリシスの結果がある.