特集 高次脳機能検査から何がわかるか
     −検査の適応と限界

特集にあたって

表 高次脳機能障害の診断基準
I.主要症状等
1. 脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている.
2. 現在,日常生活または社会生活に制約があり,その主たる原因が記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などの認知障害である.
II.検査所見
 MRI,CT,脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか,あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる.
III.除外項目
1. 脳の器質的病変に基づく認知障害のうち,身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状(I-2)を欠く者は除外する.
2. 診断にあたり,受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する.
3. 先天性疾患,周産期における脳損傷,発達障害,進行性疾患を原因とする者は除外する.
IV.診断
1. I〜IIIをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する.
2. 高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う.
3. 神経心理学的検査の所見を参考にすることができる.

 今回の診療報酬改定により,高次脳機能障害が単独で早期リハビリテーション(以下リハ)の対象疾患に認められた.果たして早期リハ対象にふさわしいかの議論は別にして,高次脳機能障害に対して一段と注目が増したことは否めない.この際,高次脳機能障害が存在するか否かは診断基準(表)に基づいて行うことが義務付けられている.この決定には学問的にはともかく,2つの大きな意味をもつ.一つは診断基準が存在することを公に認めたことである.これにより高次脳機能障害の枠組みのたたき台ができ,今後診断基準の良し悪しを含めて大いに議論がなされるであろう.もう一つは早期加算の対象になったことである.当初我々は急性期を過ぎ,運動機能が回復し,ADLが自立しても認知障害が残存する患者の社会復帰(学業復帰)をどうしようかという点,すなわち長期的な医療を必要とする患者の一助としての診療報酬を考えていた.その際,高次脳機能障害の急性期からのナチュラルコースと早期の予後予測は必須のものとなる.残念ながらわが国の高次脳機能の研究では失語症など一部の障害を除いて,早期からの息の長い研究はほとんど存在していなかった.今回の早期加算への採用は,間違いなく高次脳機能障害の早期評価の確立にプラスになることが予想される.
 さて本論に戻り,リハの現場で使われている高次脳機能障害の「各種テストをテストする」という目的でこの特集を企画した.現在,リハ病院を中心に脳卒中患者などの中枢神経疾患に対し,ほぼルーチンに高次脳機能評価が行われている.数多くの評価が時間をかけて行われているわりには,その結果を解釈して治療に反映させていくという点になると不十分さが残る.運動機能障害の評価のように,筋力低下,可動域の制限などの結果をふまえ即治療に反映できるというレベルに至っていないのが現状である.
 まず適応についてであるが,高次脳機能障害の発生しそうな疾患とその症状,あるいはスクリーニングから適応を決め,さまざまなdeep testを行うことが大切である.障害が同じでも検査による特異性があり,それぞれの検査の適応と限界を知り,その使い分けを知っていなければならない.重症例で感度が高い検査もあれば,軽症例に適したものもある.急性期に適したものもあれば慢性期に適応があるものもある.また国際的な比較を行ったり,学会や論文で発表するには不向きな評価法も存在する.多くの高次脳機能検査は机上検査であるが,能力低下を問題にするリハにおいては行動を重視する評価のほうが実践的である場合もある.評価には結果をアセスメントする意味も含まれる.臨床家は検査のスコアがもつ意味を十分に吟味しなければならない.その結果に影響を与える因子は何か,標準値に年齢の上限(あるいは下限)はないのか,他の合併症の存在が結果に影響していないかなど常に目を光らせていなくてはならない.
 以上をふまえ,多数の臨床経験をもち,高次脳機能障害検査を熟知している先生方に執筆をお願いした.

(編集委員会)

 

オーバービュー

 江藤文夫
 Key Words:高次脳機能 失語 失行 失認 リハビリテーション

内容のポイントQ&A
Q1. リハ医療における高次脳機能検査の位置づけは?
 高次脳機能障害を呈する患者の病気診断,治療やケアの計画,治療介入効果の評価,研究の目的で施行され,機能障害を明らかにする.
Q2. 薬物療法,リハ治療効果判定のツールとしての役割は?
 基準値の入手可能な検査により効果を数量的に示す.複数の下位テストを組み合わせて施行し,得点のプロフィールが利用されるが,下位テストであっても複合的内容を有することが多いので,慎重に解釈すべきである.
Q3. 共通言語として多職種間に理解してもらう内容は?
 用語は一つの立場を反映し,テスト結果を常に患者の日常生活での具体的な障害に結びつけた説明を心がけることが大切である.


注意障害

 和田勇治・問川博之・本田哲三
 Key Words:注意障害 注意の分類 注意力検査 頭部外傷

内容のポイントQ&A
Q1. どんな疾患に適応があるか?
 脳卒中,脳外傷などの器質性脳疾患のみならず,うつ病,統合失調症などの精神神経疾患や発達遅滞など,注意障害をきたすさまざまな疾患に適応がある.
Q2. どんな検査があるか?
 注意の内容に対応したさまざまな机上検査に加え,生活の場での観察を紹介した.
Q3. 結果をどうアセスメントするか?
 意識障害,失語症,半側空間無視の有無,発症前の状態,併存する精神症状,年齢,麻痺の有無などを考慮する必要がある.
Q4. 症例提示
 35歳の頭部外傷患者に対し,注意障害をはじめとした入院前後の高次脳機能障害の評価を行った.注意障害の内容の把握および患者指導に有用であった.


記憶障害

 原 寛美・並木幸司
 Key Words:記憶障害 リバーミード行動記憶検査 ウェクスラー記憶検査 日常記憶チェックリスト

内容のポイントQ&A
Q1. どんな症状に適応があるか?
 頭部外傷や脳血管障害などにより記憶障害の存在が疑われ,その診断と重症度の評価が求められるときに記憶障害の検査を実施する.さらに記憶障害の症状改善の経過を経時的に評価する場合にも適応となる.
Q2. どんな検査があるか?
 国内で標準化された評価法としてウェクスラー記憶検査法(WMS-R)と日本版リバーミード行動記憶(RBMT)の二つがあり,国際的にスタンダードな評価法として使用されている.とりわけRBMTは日常記憶や展望記憶の評価法としてその結果を使用できる.しかし比較的軽症例においては,WMS-Rの遅延再生課題が有用な場合もある.その他に三宅式対語学習,Reyの複雑図形遅延再生などの検査法がある.机上検査以外の評価法としては,質問紙法としての「日常記憶チェックリスト」がある.
Q3. 結果をどうアセスメントするか?
 複数の机上の検査結果と,日常生活や職場(学校)での行動観察を組み合わせて診断と重症度の評価を行う.他の認知機能,とくに全般的知能,注意,遂行機能にも左右されることがあり,それらの認知機能検査結果を総合して評価を行う.
Q4. 症例提示
 記憶障害の診断には複数の検査法が必要であった症例,慢性期例における検査への慣れの問題,さらに就労上での検査法の限界を示した症例を記載した.


前頭葉障害

 渡邉 修
 Key Words:前頭葉 高次脳機能検査 ワーキングメモリー

内容のポイントQ&A
Q1. どんな症状に適応があるか?
 前頭前野の障害が示唆される症状には,背外側面では遂行機能障害,ワーキングメモリーの低下,注意集中力の低下,保続,展望記憶障害,うつ状態などが,内側面では,自発性の低下,行為障害などが,底面(眼窩面)では,脱抑制,行動障害などがみられる.
 前頭葉機能を反映する高次脳機能検査は,これらの症状が軽微な場合や画像診断上,異常がない場合に,障害の検出に有用となる.また治療目的でのモニタリング,患者や家族へのフィードバックの目的でも有用である.
Q2. どんな検査があるか?
 机上検査として,WCSTやStroop Test,類似課題(抽象化),TMT(A,B),流暢性課題,迷路課題,手指の連続する運動課題などがある.近年,前頭葉機能検査のバッテリーとして,BADS,FABが発表された.いずれも,前頭葉機能に対し特異性が高い検査である.
 机上テスト以外に,遂行機能に関する行動評価(BADS内質問紙)や情緒・行動障害に対し,第三者が評価する尺度があるがわが国で統一したものはない.
Q3. 結果をどうアセスメントするか?
 臨床症状と検査結果,責任病巣との対応は,前頭葉障害では困難な場合が多いことを熟知し,検査結果の限界を知るとともに,逆に,詳細な検査が軽微な症状を浮き彫りにすることもある.
 前頭葉は頭頂葉・側頭葉・後頭葉の各皮質および基底核,小脳,脳幹と緊密な神経回路を形成していることから,これらの構造との関連において結果を評価する必要がある.
 情緒,性格,行動障害は,前頭葉の器質的障害でも起きうるが,二次的要因(環境の変化,精神反応,病前要因など)の可能性も十分に考慮する.


知能障害

 宮崎晶子・赤星和人
 Key Words:知能検査 テストバッテリー 知能障害

内容のポイントQ&A
Q1. どんな症状に適応があるか?
 発達障害や後天的な脳の器質的損傷により知能障害が疑われる場合に検査を実施する.
Q2. どんな検査があるか?
 短時間で実施できるものにはHDS-R,MMSE,レーヴン色彩マトリックス検査がある.コース立方体組み合せテストも知能低下のあるものは短時間で終了するので実施しやすい.施行時間は長いが国際的に広く使用されている検査としてはWAIS-Rがある.言語障害の有無や,対象者がどの程度,集中を持続できるかによって実施する検査を選択する.
Q3. 結果をどうアセスメントするか?
 知能検査は教育年数や年齢が成績に影響することが多い.また軽度のうつや意識障害があると成績が低下し知能障害と誤って判断されやすいので注意が必要である.動作性検査の場合は,半側空間無視や注意障害,ペーシング障害などの右半球症状が結果に影響する場合があるので,それらの障害の有無や程度を把握しておく必要がある.